第四話:招かれざる恋敵たち
空賊団「運び屋」の襲撃は、健一とルナの日常に大きな爪痕を残した。
健一は、ルナの安全を最優先に考え、旧友でセキュリティ専門家の助けを借り、都市の再開発エリアの片隅にある、今は使われていない古い観測施設の地下シェルターに一時的に身を隠すことにした。
そこは外部からのアクセスが厳重に制限され、最低限の生活設備も整っていた。
カレンもデータ回線を通じて同行し、引き続きルナの観察と外部情報の収集を行っていた。
シェルターでの生活は静かだったが、緊張感は常に漂っていた。
ルナはあの襲撃以来、さらに口数が減ったものの、健一のそばを片時も離れようとしなかった。
彼女のその小さな信頼が、健一にとっては大きな支えであり、同時に重い責任も感じさせていた。
そんなある日、シェルターの厳重なセキュリティをいとも簡単に突破して、一人の男が彼らの前に現れた。
歳は二十代半ばだろうか。
銀髪に鋭い蒼い瞳、そしてどこか人間味を感じさせない整った顔立ち。
その男は、神代玲と名乗った。
「佐伯健一さん、そして…『LUNA-07』。興味深いサンプルだ」
玲は薄い唇に冷笑を浮かべ、一切の遠慮なくルナを観察する。
その視線は、まるで希少な昆虫を検分するかのようだ。
カレンが警告を発するより早く、玲は手にしたデータパッドを操作し、周囲の監視システムを掌握してみせた。
「君は…一体何者だ?」健一は警戒を露わに問い詰める。
「しがないプログラマーだよ。もっとも、巷では『電子世界の魔術師』なんて呼ばれているがね」
玲は肩をすくめた。
「君たちが遭遇した『運び屋』の使ったジャミング…いや、あれはもっと原始的で、それでいて高度な未知の干渉波だ。その発生源がこの子だとあたりをつけてね。私の推測が正しければ、彼女は人類の科学技術を数世紀は飛び越えた存在だ。素晴らしい…実に素晴らしい研究対象だ」
玲の言葉には、純粋な知的好奇心と、獲物を見つけたかのような独占欲が剥き出しになっていた。
彼はルナに近づき、その手を掴もうとする。
健一は咄嗟にルナを庇った。
「彼女は研究対象じゃない!」
玲は面白そうに眉を上げたが、それ以上強引な行動は取らなかった。
「まあ、いい。いずれ君も理解するさ。彼女の価値を、そしてそれを最大限に引き出せるのは私だけだとね」
そう言い残し、玲は突如として姿を消した。
まるで幻のように。
玲の出現から数日後、健一はルナに必要なものを買い揃えるため、そして少しでも彼女の気を紛らわせるために、細心の注意を払いながら変装して地上に出た。
賑やかな商業エリアの片隅にある公園で、ルナが珍しくベンチに咲くホログラムの花に手を伸ばした、その時だった。
「わあ、綺麗だね!君もそう思う?」
声をかけてきたのは、眩いばかりのオーラを放つ青年だった。
顔には大きなサングラスとマスクをしていたが、そのスタイルの良さと、隠しきれない華やかさは常人ではないことを示していた。
彼は国民的人気を誇るアイドルグループ「スターダスト・ナイツ」のセンター、橘翔だった。
多忙なスケジュールに疲弊し、束の間のお忍びで街をさまよっていたのだという。
翔は、ルナの穢れを知らない純粋な瞳と、どこか儚げな雰囲気に強く心惹かれたようだった。
「僕は翔。君は?」と、人懐っこい笑顔を向ける。ルナは戸惑いながらも、健一が教えた通り「ルナ…です」と小さく答えた。
「ルナちゃんか、可愛い名前だね。もしよかったら、今度僕のライブに来ない?きっと元気が出るよ!」翔は屈託なくルナを誘う。その背後には、いつの間にか彼のマネージャーらしき人物が慌てた様子で駆け寄ってきていた。
若くして世界の頂点に立つ天才プログラマー、神代玲。
そして、日本中の人々を魅了するトップアイドル、橘翔。
どちらも健一とは住む世界の違う、輝かしい存在だ。
彼らがルナに特別な関心を寄せているという事実に、健一は言いようのない焦りと、みじめな劣等感を覚えた。
42歳のしがないエンジニアである自分に、ルナを守り、幸せにすることなどできるのだろうか。
しかし、ルナは玲の知的な分析にも、翔の華やかな誘いにも、ほとんど心を動かされた様子を見せなかった。
彼女はただ、健一の服の袖をそっと掴み、不安げな瞳で彼を見上げるだけだった。
その無垢な信頼が、健一の迷いを打ち砕き、腹の底から新たな決意を湧き上がらせた。
「ルナは俺が守る。誰にも渡さない」
玲と翔。
二人の強大な恋敵の出現は、健一にとって大きな試練の始まりを意味していた。
ルナを巡る運命の糸は、さらに複雑に絡み合い始めていた。
登場人物紹介(第四話時点):
* 佐伯健一: 42歳、独身。システムエンジニア。ルナを守る決意を新たにする。
* ルナ: 透明感のある美少女。健一に懐いている。
* カレン: 健一の家のAIコンシェルジュ。
* 空賊団のおばちゃん: 「運び屋」と呼ばれる空賊団のリーダー。
* 神代玲: 天才プログラマー。若く傲慢だが、ルナの能力に強い興味を持つ。
* 橘翔: 国民的人気アイドル。ルナの純粋さに惹かれる。