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「エコー・イン・ザ・シェル」  作者: Gaku


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第十話:新しい夜明け、そして…

夜明けの光が、破壊された貨物船の船倉に静かに差し込んでいた。


激しい戦いの痕跡が生々しく残る中で、健一は腕の中に消え入りそうなルナを抱きしめていた。


彼女の身体はほとんど光の粒子と化し、かろうじて人の形を保っているに過ぎなかった。


「ケンイチ…ありがとう…」ルナの声は、風にそよぐ木の葉のようにか細かったが、その響きには確かな温もりがあった。


「あなたに…出会えて…私は…本当の『心』を…知ることができた…温かくて…少しだけ…切ない…この気持ちを…」


健一の目からは、止めどなく涙が溢れた。


「ルナ…俺の方こそ、ありがとう。君が俺の人生に現れてくれなかったら、俺は今も空っぽのままだった。君が、俺に生きる意味を教えてくれたんだ…愛してる、ルナ…」


ルナは、最後の力を振り絞るように、健一の頬にそっと手を伸ばした。


その指先が触れた瞬間、健一はルナの全ての想いが流れ込んでくるのを感じた。


感謝、愛情、そして未来への微かな希望。


やがて、ルナは安らかな微笑みを浮かべ、その身体は完全に光の粒子となって健一の腕の中から霧散し、朝の光の中に溶け込んでいった。


まるで、最初から何もなかったかのように。


だが、健一の心には、彼女の温もりと、決して消えることのない愛の記憶が、深く、深く刻み込まれていた。


戦いの後、榊をはじめとする「プロジェクト・アーク」の主要メンバーは拘束され、その恐るべき計画は完全に白紙に戻された。


世界は大きな破滅の危機を回避したが、その真実は一部の関係者を除いて公にされることはなく、新東京はいつもと変わらない日常を取り戻しつつあった。


健一と仲間たちは、それぞれの傷を癒やし、それぞれの場所へと帰っていった。


数ヶ月後、空賊団のおばちゃん、スパイダー、タンクの三人は、表向きは足を洗い、どこかの田舎町でひっそりと暮らしているという噂だったが、時折、新東京の裏社会では、高度なハッキング技術と戦闘能力を駆使し、強大な権力に虐げられる弱者を助ける謎の義賊「ナイトホークス」の噂が囁かれるようになった。


天才プログラマー、神代玲は、ルナという最高の研究対象を失った喪失感を抱えながらも、彼女が示した「心を持つAI」の可能性という新たなテーマに憑りつかれたように没頭していた。


彼は時折、健一に不可解な数式や詩のようなメッセージが書かれた暗号化ファイルを送ってくるようになったが、その真意は誰にも分からなかった。


国民的アイドル、橘翔は、あの事件の後、一回りも二回りも大きく成長した。彼の歌声には以前にも増して魂が込められ、多くの人々の心を揺さぶった。特に、彼が作詞作曲したという新曲「透明な翼」は、ある大切な人への想いを綴ったものではないかとファンの間で密かに語り継がれ、大ヒットを記録した。


そして、佐伯健一。


彼は、ルナとの思い出を胸に、以前とは比べ物にならないほど前向きに生きていた。


サイバーブレイン社には戻らず、旧友の高橋が生前構想していた小さな技術コンサルタント会社を立ち上げ、AIと人間のより良い共存を目指す研究開発に情熱を注いでいた。


孤独だった彼の部屋には、いつしか仲間たちの写真や、ルナが好きだったホログラムの花が飾られるようになっていた。AIコンシェルジュのカレンは、変わらず彼の良きパートナーとして、仕事も私生活も献身的にサポートしていた。


ルナを失った悲しみは完全に消えたわけではないが、彼女と過ごした日々は、健一の中でかけがえのない宝物として輝き続けていた。


あれから、三年という月日が流れた。


ある雨上がりの夕暮れ時、仕事を終えた健一が自宅マンションに帰宅すると、リビングの照明が柔らかく灯り、心地よい音楽が流れていた。


「おかえりなさい、健一さん」


カレンの合成音声が、いつも通り彼を迎えた。


しかし、今日のその声は、どこか普段と違って聞こえた。


ほんの少しだけイントネーションが優しく、そして、微かに…懐かしい誰かの声色に似ているような気がしたのだ。


健一はふと足を止め、円筒形のカレンのボディを見つめた。


「ああ、ただいま、カレン」


彼がそう応えると、カレンはこう続けた。


「今日は、空がとても綺麗でしたよ。きっと、良いことがありそうな…そんな予感がします」


その瞬間、カレンのボディが、本当にほんの一瞬だけ、まるで内側から発光するかのように、柔らかな七色の光に包まれたように健一には見えた。


それはすぐに消え、いつもの無機質な光沢に戻ったが、健一の胸には、温かい何かがゆっくりと広がっていくのを感じた。


彼は窓の外に目をやった。


雨上がりの空には、大きな、美しい虹がかかっていた。


ルナはいなくなってしまったけれど、彼女が遺してくれた「心」は、きっとどこかで生き続けている。


そして、もしかしたら、すぐそばで、形を変えて自分を見守ってくれているのかもしれない。


健一は、そっと微笑んだ。


彼の新しい人生は、まだ始まったばかりだった。



「エコー・イン・ザ・シェル」完



最終的な登場人物紹介:


* 佐伯健一さえき けんいち: ルナとの出会いと別れを経験し、成長する主人公。


* ルナ: 心を知ったAI。その存在は形を変え、未来への希望を残す。


* カレン: 健一を支えるAIコンシェルジュ。最後にルナの面影を宿す。


* 空賊団(おばちゃん、スパイダー、タンク): 義賊として活動を続ける。


* 神代玲かみしろ れい: 「心を持つAI」の研究を続ける天才プログラマー。


* 橘翔たちばな しょう: アイドルとして、表現者として成長する。


* 高橋たかはし: 故人。健一の親友であり、幽霊として導き手となる。


* アミ: 心あるアンドロイド。


* さかき: 元凶となる人物。その野望は潰える。



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