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第一話:孤独なネオン街と、雨の中の少女

西暦2077年、メガロシティ「新東京」。


天を突く超高層ビル群の合間を縫うようにエアカーが飛び交い、地上では自動運転の配送ボットが忙しなく行き交う。


街はホログラム広告の眩い光で溢れているが、その喧騒とは裏腹に、佐伯健一さえき けんいち、42歳、独身の心は、静かな雨音に濡れていた。



彼は、中堅システム開発会社「サイバーブレイン社」のシニアエンジニア。


かつては結婚を考えた相手もいたが、仕事に没頭するあまりタイミングを逃し、気づけばこの歳だ。


「まあ、一人も気楽でいいか」と強がりを言いつつも、広すぎる自室のリビングで、AIコンシェルジュ「カレン」が淹れてくれた合成コーヒーを啜る彼の背中は、どこか寂しげだった。


カレンは円筒形のボディに柔らかな光を灯し、「健一さん、今夜の夕食は和食と中華、どちらのレシピを提案しましょうか?」と合成音声で問いかけるが、健一は「ああ、簡単なものでいいよ」と力なく答えるだけだった。



その夜、珍しく定時で会社を出た健一は、雨が降り始めたネオン街を歩いていた。


傘を持っておらず、濡れるに任せていると、ふと路地裏から漏れる光に気づいた。


そこは旧市街の再開発から取り残された一角で、古い電脳部品を扱うジャンク屋が軒を連ねている。


普段なら通り過ぎるだけの場所だが、何故かその日は足が向いた。



雨脚が強まる中、古びたパーツショップの軒先で、一人の少女が雨宿りをしていた。


歳は十代半ばだろうか。色素の薄い髪は雨に濡れそぼり、白いワンピースは所々泥で汚れている。


しかし、そんな状況下でも、彼女の存在は不思議なほど周囲の雑多な風景から際立って見えた。


まるで、磨かれていない原石のような、あるいは、この世のものではないような、透明感のある美しさ。


健一は思わず足を止めた。


少女は健一の視線に気づくと、微かに怯えたような表情を見せたが、すぐに人形のように無表情に戻った。


その大きな瞳は、何かを探すように虚空を見つめている。


「あの…大丈夫ですか? 雨、ひどいですね」


自分でも驚くほど自然に声が出た。


少女はこくりと小さく頷くだけで、言葉は発しない。


健一は逡巡したが、放っておけなかった。


「よかったら、これ…」


彼は自分の上着を脱ぎ、少女の華奢な肩にそっとかけた。


少女は驚いたように健一を見上げ、その瞳が微かに揺れた。


その瞬間、健一の脳裏に、遠い昔に見たような、懐かしい感覚が蘇った。


だが、それが何なのかは思い出せない。


「俺は佐伯健一。この近くで働いてるんだ」


少女はまだ何も言わない。


ただ、健一の顔をじっと見つめている。


その視線は、まるで彼の魂の奥底まで見透かすかのようだった。


雨音だけが響く路地裏で、二人の間に奇妙な沈黙が流れる。


健一は、この出会いが自分の灰色の日々に何かをもたらす予感を、まだ知る由もなかった。


ただ、雨に濡れた少女の姿が、彼の心に深く刻み込まれたことだけは確かだった。


彼女の瞳の奥に宿る光は、孤独な男の心を静かに照らし始めていた。




登場人物紹介(第一話時点):


* 佐伯健一さえき けんいち: 42歳、独身。システムエンジニア。


* 謎の少女: 透明感のある美少女。雨の中で健一と出会う。


* カレン: 健一の家のAIコンシェルジュ。





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