7話 夜に惑う 3
エーサンの衛兵本部から呼び出しがあった。
私達は早朝の町の城壁の北東部に向かった。
そこは外壁の内側にいくつもある墓場の中でも歓楽街の女性の中でも恵まれなかった人達を葬る所で、粗末で、管理は行き届いていなかった。
埋め方が粗いのかも? 異臭がする・・
「ミリミリ隊。こっちだ! 早くしろっ」
「昨夜は良い仕事をしたらしいな」
「元々ワイロと接待まみれのクソ野郎だ。清々したぜ!」
「まぁ、やるだけやりました・・」
素行の悪い人だったんだろうけど『人である限り』あそこまでのことにはならなかったと思う。
犠牲者ではあったと思う。
「こりゃまた」
「戯曲にありそうねぇ」
ガンモンとソラユキが驚くのも無理無い。衛兵達が退けたらしい、無縁者の墓の1つの下が地下への階段になっていた。
「元々『足抜け』に使われていたらしい。評論野郎はその口利きでも小遣いを稼いでたらしいが、最終的にゃ送り狼ならぬ送り吸血鬼だ。教会の坊さんの鑑定じゃ、後付けのこの通路は城壁の魔除けの抜け穴にもなっちまってるそうだ」
「ここから出入り? 夜だけでも人としての立場もあったから、仕事多い気がする」
テオは違和感を感じたらしい。
確かに、評論家活動。狩り。『お零れ』の加工と補食。昼は外出できない(特に中級以下の吸血鬼は通常、日光に弱い)ことを差し引くとちょっと忙しいかも?
「いや、他にも眷属がいた可能性はある。調べてみるとエーサン北東部の野外では、野外活動者や旅人の失踪が相次いでた。ただ、これは老若男女美醜問わずだ。『趣味』が違うだろ? 節操が無い」
「・・度し難いです」
私もポポヒコに賛成。またあのレベルの個体か。街の外担当ってことは擬態に力を振ってない。『戦闘的な個体』かも?
「特定してもらえばやってみます。ただ私達はC級の冒険者です。無敵じゃないですから」
「ああ、そこは問題無い。エーサンにも『火縄』と『銀の弾丸』のストックはそれなりある。相手が吸血鬼だから坊さん達もやる気出してるからな。『釘付け』してくれたら殺ってやるさ!」
「任せろっ!」
「火縄の使用許可中々下りねーからなっ」
「・・そう、ですか」
なんか害獣の狩りを楽しんでるノリで、苦手、かも?
一旦、ギルド支部で待機することなったんだけどすんなりとは衛兵の捜索は進んでないみたい。
水晶通信器が使えない野外での連絡が取り辛い(装置が大きいから軍やもっと大きな機関の部隊じゃないと運用し辛い)から、これは冒険者ギルドから『遠距離連絡系の能力』を持ってる人を回したりしてカバーしたけど、絞るとなると、人気の無い野外でのことだから手こずってるみたい。
それでも夕方には4ヵ所くらい、怪しい場所を特定できた。
エーサンのギルド支部が調整して、私達は『以前から度々目撃されてる届け出の無い北東の丘の家屋』を担当することになった。
「他の3ヶ所は?」
ガンモンはなるべく『帰還率』の高そうな割り当てを選びたいみたい。彼はテオの護衛だしね。
「不確定なので危険度はどこも変わりませんよ? 他は1ヵ所は衛兵の手練れ主体。ここは『砲筒』も使えそうな環境です。衛兵向きです。もう1ヵ所聖教会主体。元々夜間にアンデッド目立つ場所です。最後の所は非専従のD級パーティー5組主体です。ここは対策が判然としないので『柔軟な方が』よいかと」
「ん~」
渋い顔のガンモン。
「あたし達以外の戦力は信用できそう?」
テオが確認。ガンモンもそこそこ過保護だしね。
「衛兵隊は7名。2名が銀の弾丸の火縄を使えます。教会の助祭は2名でどちらもD級相当ですが、アンデッド退治の実績はそれなりです。あとは馬番にE級冒険者を3名。内、1人が使い魔を使って長距離連絡可能です」
「いいね。勝てそうになかったら増援を待てばいいし」
「ああ、まぁ・・」
ガンモンはどうにか納得したみたい。
私は資料を読み進めたんだけど、思ってもない名前が出てきた。
「『凍剣のカロアン』?」
とっくに引退してるけど結構有名なB級冒険者だ。
「はい、件の無届けの家屋の持ち主である可能性が高いです。元々彼女と『そのパートナー』はエーサンの出身。最後のクエストでパートナーを失い、自身も後遺症を受けてギルドを去っていますが、彼女は魔法道具『ミストコテージ』を所持していました」
ミストコテージ、霧の幻術で所在を隠して暮れる一軒家のレア魔法道具。普段は小さくして携帯もし易い。
「その方が吸血鬼に? ヒロシはほぼ事故でしたが、知性を得た上で、かなり意欲的に獲物を集めているようですが??」
「カロアンは蘇生不能になったパートナーの遺骸の一部を持ち帰っています。通常の蘇生は無理でも、吸血鬼化による復活は魔法の理屈を越えた結果を生む例が少なくありません」
確かに生きてたヒロシさんも大概だったし、一般人の評論家の人も装備揃えてなかったらちょっと大変だったもんね。
「情愛が一線を越えさせたのかしら?」
私達は資料にある、かなり美人なハーフエルフの剣士とそのパートナーだというワーキャット女性の僧侶の粗い光画を見ていた。
相手はアンデッド。できれば夜明けを待ちたい所だったけど、逃げられたらしょうがない。
4班に分かれた『追撃隊』は夜中の平原を行軍していた。
ギルドからそこそこ高い『鬼火使役のロール』を何本も借りていて、鬼火モンスター『ウィスプ』を多数、灯りとして召喚している。
この子達は発光してもあまりモンスターを寄せず、群体だと進行上にたまたま居て遭遇したモンスター達を追い払う効果もあって便利。
まぁ物量ありきだけどね。
「そろそろ『奇妙な霧の家』の目撃例が多いエリアだ。ミリミリ隊はいい馬を持ってるから、いざとなったら頼むよ?」
この隊の衛兵隊長はいかにも育ちのいいロングフット族の坊っちゃんって感じ。実際貧乏男爵氏の三男とか四男らしい。
学もあるだろうし衛兵なんてやりたくないんだろな、って。
「了解です」
これでハズレだったらそれはそれで気まずい、というか確認後にすぐ他の班に合流しなきゃだから、移動がちょっと大変だな。
なんて思ってると、
「変な気配!『ダンジョンが向こうから迫ってくる』みたいなっ?」
テオの索敵スキルに変な掛かり方したみたいっ。
「僕の『邪気探知スキル』でもこれは空気・・霧です! 霧が来ますっ! 他にも、十数体! アンデッドですっ。速いっ」
「総員戦闘準備! ウィスプの位置取り改めっ!」
坊っちゃん隊長の号令の直後、前方から霧が押し寄せ一気に辺りを包み込んだっ。
前方以外も照らせるようウィスプ達の位置が改められ、馬の速度を落としてそれぞれ武器を構える。と、
「ぎぃいいっっ!!」
「血ぃいいっっ!!」
霧の中から旅装や野外活動風の格好をした半端に吸血鬼化した人々が駆け込んできたっ! 野外の犠牲者達だ!
「うわっキモっっ、・・掛かれーっ!」
「「「ブレッシング!!」」」
「ホーリーエンチャント!」
僧侶2人は自分達も衛兵達に祝福を与え、ポポヒコは私とテオの武器に神聖属性を付与した。
「『ファイアショット』!」
火炎弾魔法で吹っ飛ばし、数を減らしに掛かるソラユキ。テオも神聖付与の鎖鎌で応戦を始め、近接の衛兵と一緒に私とガンモンも馬で駆け込んで斬り伏せてゆく。
もうこうなったらしょうがないからっ。
火縄の2人はほぼ馬を止めて、後ろから射撃の構え。馬番のE級冒険者3人はあたふたしていた。
衛兵達も+の付かない『汎用対魔サーベル』なんかを装備していて有効性はある。
馬を狙ってくるのと動きのトリッキーさは厄介だけど、十分いけそう。なんて思ってると、
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませーっ! ただいまお得な商品を取り揃えておりますよ~?」
霧の向こうから、吸血鬼化した驢馬が牽く『鉄の荷車』に乗った。『行商風の格好の吸血鬼』が現れた。いやこれっ、
「行商っ!」
『転売された』人!!
「はい、行商でございますよぉ?!」
いきなり両腕を巨大化させてっ、唖然とする衛兵2人とその馬を殴り潰しに掛かる行商バンパイア!
「このっっ」
「バインドリング!」
私のウォーハンマーとソラユキの捕獲魔法で押し留めるっ。慌てて馬の進行方向を逸らして離れてく衛兵2人。
「『馬鹿みたいな死と復活』と『冗談みたいな死と復活』。どちらをご所望ですかぁ? 今なら漏れなく『クソみたいな渇きと永遠に自由な夜』をおまけに付けさせて頂きますよぉ~っっ?!!」
吸血驢馬が『首を伸ばして』魔除けの障壁を破って私の銀毛馬ちゃんの頭を丸齧りしようとしてくるっ。
私は左手で収納ポーチから素早く聖水の瓶を抜いて、吸血驢馬の顔面に中身をぶちまけ、派手に顔を青白い浄化の炎で炎上させてやった。
「いらないしっ、今日で店仕舞いねっ!!」
取り敢えずデカ過ぎな行商バンパイアの左腕を神聖付与ウォーハンマーで弾いてやった!
アンデッド化、はしゃぎ過ぎでしょっ?!