5話 夜に惑う 1
この平原でハーブ採取業を始めて8年あまり、稼ぐコツや、危険を避けるコツは大体身に付けたつもりでいた。
あと3年も働けば貯金が目標額になる。どこかいい土地で自分の小さな店でも構えよう。気ままなその日暮らしとももうすぐさよならだ。
そんなことを考えながら腰から提げた魔除けを揺らし、草を踏みながら今日の採取地へ進んでゆくと、
「ううん、ううん・・」
女性の声だ。行ってみると、同業者らしいロングフット族の女性が足を押さえて座り込んでいた。
「大丈夫ですか?!」
私は駆け寄り、ポーションを分け与えた。
「ぷはっ、ありがとうございました」
間近で見ると、美しい人だな。私はワーキャット族だけど、ドキマギしてしまった。
「足を挫かれたのですか? 診ましょう。同業ですが、薬師の勉強もしているので」
「いえ、手当ては済ましています。でもポーション切らしてしまって。ここは初めて来たのですが、街からの距離を読み間違えてしまったようです」
「初めてなら仕方無いですよ。『エーサンの町』ですよね? 送りましょう」
「いえ、もう大丈夫です。それよりお礼といってはなんですが、たまたま旅の方に安く譲ってもらった霊石で・・」
女性は赤黒い、いかにも強い魔力の籠った石を古風な装飾の収納ポーチから取り出した。
「ポーション代に」
「いえいえそんな! 野外ではお互い様ですよっ」
霊石は専門外でもあり、困ってしまったが女性が譲らないので、高そうだから結局ポーション2本分の価格で買い取ることにした。
「お気を付けて!」
「その石が、『あるべき方』の元に渡ることを願っております」
「はぁ・・」
見送って、改めて見てみると、ちょっと気味が悪い石な気はした。
「さて、仕事だ。日が暮れたら私まで危ない」
気を取り直して採取を始めようとすると、チャリっと、固い物を踏んだ。
それは2つに割れて力を失い、細鎖が切れていつの間にか落ちていた私の魔除けだった。
「えーっ? いつかな?? 参ったな。しょうがない、予備を・・」
思えばこの時既に、取り返しはつかなくなっていた。
──────
モータン衛兵本部に勾留されてるバズ・レンザに会ってきたけど、すっかり窶れてた。
目利きと商品管理でうっかりミス2連発で結構な惨事にはなったけど、やっぱり気の毒だったね。鼠に齧られそうなとこ入れられてたし・・
ギルドにレンザに関してレポート提出しなきゃだから、特に新しいことは聞けなかったけど、待遇改善の要望は出しといたよ。
その流れでそのまま『吸血鬼化騒動(仮)』のクエストの発注を確認しにいった。
「こんにちは! 現状は皆さんに紹介できそうなのは3つありますが、これが一番近場ではありますね~」
ギルドの専用窓口で受付の可愛い制服着たワーラビットの女性職員が資料を出してくれた。
「ん~・・エーサンの町? 行ったことないなぁ」
「結構遠いよ? あ、馬と騾馬貸してくれるんだ。銀毛種! へぇ」
エーサンはモータンの南の平原を抜けた先の町。高額なテレポート装置、転送門も通ってるけど、C級冒険者はそうそう使わない。
銀毛の馬は魔力も体力も走力も普通の馬より断然速いっ。これも高くて自費で借りるのはちょっと大変!
テオの反応はまぁ普通。
「どうも平原のハーブ採取業者が『ブローカーらしき女』に『引っ掛かった』ようですね~。しかし勘の良い方だったようで、エーサンで行商に件の呪いブラッドストーンらしき霊石はすぐ売却。その行商は失踪したのですが、その後現地で若い女性の失踪が続発していますっ。こわ~!」
「うわぁ」
「ほぼ当たりだな」
「許せません!」
「ほんとね。エーサンは踊り子の稼ぎ場っ。荒らすなんて気に入らないわ!!」
他のクエストも確認したけど、この件程、情報が固まってないのと単純にモータンから遠くて、私達はこのクエストを受注することにした!
フード付きマントを羽織った私達はモータン市の南の平原を銀毛種の馬と騾馬で駆けていた。
ギルドから借りたこの馬達は魔除けも馬具に取り付けてある。整備された街道を外れてショートカットして移動してるからね。
これから先のこと考えると緊張しちゃうけど、風と草いきれの中、今は気持ちよく走る!
全員サイズをきっちり合わした『浄血の腕輪+1』を装備してる。これもギルドからの貸与品。血の穢れを防ぐアクセサリーで、吸血鬼化もかなり防いでくれる。
下級のバンパイアならまず、これを装備してる者を噛んだら口が浄めの炎で焼かれるレベル!
「・・・」
で、アクセサリーと言えば、この間のダンジョンでソラユキに借りたリボンは事後処理でバタバタしてる内に、返し損なってたんだけどタダ持ってるのもなんだし、後ろの短めの左右御下げをやめて、1つに纏めてそのリボンで結んでる。
目立つから、返してほしかったら言ってくるでしょ。
「風がいいから飛びたくなるわぁっ、ホホホッ」
機嫌いいけど、当人は反応無し。忘れてる? これで自分から返したらなんか負けた感じがするからもそっと粘ってみよ・・
初めて来た。エーサンの町に着いた。
結構開けた町だよ。平原の近くの町だから風避けを兼ねて城壁は高く作ってる。城壁周辺は影になるから、行政施設か商業施設、墓所、歓楽街になっていた。
まぁ5割は歓楽街だから、ちょっと退廃的な雰囲気あるかも?
ロングフット族とハーフエルフ、猫系獣人が多い構成。
街全体に香のニオイが立ち込めていた。
「やたら資料で夜の商売関係の推定被害者が多かったけど、こういうことかぁ」
自分がバンパイアだったら『仕事』し易い街だな、て。
「血が騒ぐ街だわ!」
「ハーフエルフのアレなとこがよく出てる街だ・・」
「とにかく調査です!」
「ポポヒコ、その前にまずギルドの馬借に行こうよ。大通りとか以外乗り入れ禁止っぽい」
テオがさっさと城門近くから見えてたギルドの馬借に向かったので、私達も続いた。
銀毛のお馬ちゃん達を取り敢えずギルドの馬借に預け、冒険者ギルドエーサン支部に向かった。
「御待ちしておりました、ネリネリ隊の方々ですね」
ギルドの制服を着た若く見えるハーフエルフの男性職員(華奢な体型で、ガンモンと大違いだね)がテキパキと対応してくれる。
支部内の『鍵付きの客間』に案内された。
鍵を開けて中に入ると、
「酷いですよ! 3日も拘束されてるっ。仕事にならないです!!」
はい、最初のハーブ採取業者のワーキャット族の人がいましたよっ。
「いやいや、衛兵は扱い酷いし、聖教会も担当者によってはムチャするって言うし、保護を兼ねてね!」
「ふぅーっっ!」
めちゃ毛を逆立てられたっ。
「仕方ない、わたくしの踊りで鎮めるしか」
「よしなって」
余計ややこしいわ!
私とソラユキがわちゃわちゃしてるとポポヒコがぐいっ、と前に出た。
「ブラッドストーンを売った人物と、手離した相手の行政の方について聞かせて下さい! 本当に危険なんですっ」
「まだ確定じゃないが『確定であった場合』。別の地で商売できるよう、ギルドで手配できる。その場合、既に相当被害が出てるからな?」
ガンモンが冷静に付け足すと、またまた気の毒な採取業者のワーキャットの人は観念したようだった。
「ですから、私は行き倒れてた方を介抱しただけなんですっ! なんでこんなことに」
無念そうに話しだした内容は概ね事前の資料通りだったけど、具体的な話を聞けたことでイメージし易くはなった。
この人が引っ掛けらたブローカー。絶対『めちゃ強い個体』だ!
それも、種族的な単純な補食本能よりも目的の達成を重視してる。
得体の知れない相容れそうにない思考の一端に触れて、ちょっと身震いした・・