第5話 エピローグ
夏休み中、悠斗がいつものように病室に行くと、ベッドに横たわる大地は相変わらず目を閉じたままだった。
心電図の単調な音が規則的に響く。
一緒に笑い合っていた親友が、今もこうして動かない姿を見せている現実が信じられなかった。
小学校から帰る途中の交通事故だった。
医者の説明によると、外傷はなかったのだが打ちどころが悪く、大地は昏睡状態にあり、いつ目を覚ますかはわからないという。
「大地。絶対に目を覚ませよ!」
悠斗はベッドの隣に座り込むと、彼の手をそっと握った。
その帰り道だった。
夕焼けが朱く照らす病院からの帰り道、不意に声がした。
「悠斗!」
振り返ると、そこには立っているはずのない人物がいた。
「大地……?」
悠斗の目の前に立っていたのは、病室で眠るはずの親友・大地だった。顔も声も仕草も、間違いなく彼そのものだ。
「お前……どうしてここに? 目を覚ま―――」
いや、そんなはずはない。
先ほど会って、その帰り道だ。
「う、う~ん……おれもよくわかんなくって……」
笑顔を浮かべるその姿は、普段の大地と何も変わらなかった。
大地……いや、大地なのかはわからないが、病院にいるのが大地Aだとすると、今、目の前にいるのは大地Bだとしよう。
大地Bが言うには、家に帰ったところ、すごい騒ぎになり、訳も分からず飛び出して歩いていたところ、偶然悠斗に会ったので話しかけたとのことだった。
「なあ、悠斗…」
大地が静かに口を開く。
「おれって……どうなってるんだ?」
悠斗もどう説明していいか分からなかったが、とりあえず悠斗の知る大地Aは、交通事故で昏睡状態にあることを伝えた。
「いやでも……おれ、ここにいるし……」
「確かに……」
「悠斗……おれ、どうしよう……」
泣きそうになっている大地Bを、放っておくこともできなかった。
「じゃあさ、俺の家に来いよ!いま、親が旅行に行っててさ!俺一人だけなんだ!」
「ほんとか!」
そうして、大地Bと連れ立って自宅へと向かった。
行く途中、いつものように二人で道草をしつつ歩き、『大地』と遊んでいるような錯覚を覚えた。
いや、嘘だ。そうじゃない。
こいつは、大地だ。ちょっと何かが違うけど、大地本人以外の何者でもなかった。
そう思ってからは、気も楽になり、家に帰り二人でカップラーメンを食べて、止めていたゲームを一緒にやった。
1日。
2日…。
3日……。
俺たちはそうやって、今までの時間を取り戻すように遊んだ。
友達の事をしゃべったり、好きなクラスメートの話をしたり、とにかく大地は帰ってきた。
そんな折、大地の母親から連絡が入った。
大地が……大地Aが危篤だという電話だった。
すぐに悠斗は再び病室を訪れた。
3日しか経っていないのに、もうずいぶんと長い間会っていないように感じた。
しかし―――。
大地は、今、うちにいる。
もしかして、こっちの大地のほうが俺の知ってる大地ではないのではないか―――そんなことさえ、思えた。
幸い、大地Aは小康状態になり、悠斗はいったん家に帰ることになった。
「おかえり! ……かあさんと、とうさん……どうだった?」
悠斗は大地Bに問われ、どう言っていいものか分からなかったが、素直に伝えることにした。
「そっかぁ……」
そういうと、大地Bは黙ってしまった。
泣いていた。
悠斗の視界もにじんだ。
どちらが本当の大地なのか、あるいはどちらでもないのか。
悠斗には、わからなかった。
「大地……おれさあ……」
「うん……」
「何も……何も違わないんだけどさあ……」
「うん……」
「俺の知ってる大地は……」
「うん……」
「お前じゃ……ない気がするんだ……」
最後の言葉は嗚咽になり、悠斗自身も言えたかどうかわからなかったが、大地Bはもう、いなかった。
3日後、大地が亡くなったと連絡を受けた。
葬儀は気が付いたらあっという間に過ぎ、悠斗はぽっかりと心に穴が開いたような日々を過ごしていた。
大地の両親からは、最後まで一緒にいてくれてありがとうと、悠斗は言われていた。
あの大地は幽霊だったのか、それとも違う存在だったのか。
あの時どうしたらよかったのか、今でも悠斗は思い返す。
俺の知っている大地はお前だと、そう言ったなら―――。