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ライネリオ視点です。
季節は春。
アベイユの周囲に色彩豊かな花々が美しく散りばめられている。
その香りに誘われ、多くの人がアベイユを訪れるようになる季節。
この二年間であの灰色の雰囲気が嘘かのように、今のこの町は温かい色で包まれている。
観光客が再びアベイユに魅了された理由はそれだけではない。
他の観光地よりも警備がしっかりとしており、安全な場所と認識されている。
そんな賑やかな町の教会の裏側に、小さな森が広がっている。
ライネリオはその森の中に身を屈めて、草むらの間をかき分けている。
額から流れる汗を拭き、また同じ行動を繰り返している。
それを何時間も、それこそ太陽が頭上に昇るまでやり続ける。
集中力が落ちていると感じたライネリオは近くの木の下に腰を駆けたその時——。
「あら、ライネリオさん?」
顔をあげると、そこに手籠を抱えているエマがいる。
彼女は立ち上がろうとしたライネリオを手で静止した後、質問を続ける。
「今日は休みですか?」
「はい。皆様にちゃんと休みを取るように、と」
「ふふ、なるほどですね。ライネリオさんはあまり休まないんですもんね」
今朝、剣の稽古のために集まる広場に向かった。
だが、そこにはトーマしかいなかった。
『ライネリオさんは今日休んで! 俺たちはちゃんと基礎訓練をやるから!』
青年に成長したトーマに背中押され、そのまま追い出された。
首を傾げながら見回りを始めると、今度は一人の村人に出くわした。
『もう、ライネリオさんは今日見回り禁止だ! この二年間碌に休んでないだろう?』
そう言われて、ライネリオの予定が全て白紙になった。
人々を心配させることに申し訳なく感じた。
同時に、感謝もしている。
次に会った時、それをちゃんと言葉にすると思いながら、ライネリオは帰宅した。
だが――。
「今日も、探しものですか?」
「はい。せっかく、皆様から頂いた機会を無駄にしたくはありません」
「それは、皆さんに言わない方がいいかもしれませんね」
ライネリオは苦笑を浮かべる。
帰宅しても、落ち着かない。
だって、ライネリオは無理していないと自負しているから。
第三者から見ればそうは映らないが、この二年間はしっかりと休みを取るようになった。
だから、彼はこの機会を逃したくない。
探し物の性質を考えると、夜の方が適切かもしれない。
しかし、一般的には探し物は夜よりも昼に実行した方が効率的である。
複数の戦略を試すのは悪い事ではない。
そう思いながら、ライネリオは今日の捜索に力を入れている。
しかし、今日も成果の一つもでなかった。
そう実感する度に、ライネリオの胸が苦しくなる。
そして、自然とそこから見える、教会の二階の窓に視線が泳ぐ。
(セレス)
この二年間、あの窓は一度も開けられたことはなかった。
前は、彼女は時間を計りながらも、あんなにそれを開けてたのに。
その事実はライネリオの胸の奥に眠る切なさを刺激する。
痛みから逃げるために、ライネリオはゆっくりと立ち上がる。
「では、エマ様。これで失礼します」
「無理は、しないでくださいね」
「心得ます」
エマに礼をし、歩みだそうとしているその時。
「ライネリオさん。今夜も訪れますか?」
「エマ様のご迷惑でなければ」
「いいえ、そんなことないですよ。じゃあ、今日も晩御飯を多めに用意しますね」
「あ、いつもありがとうございます」
「いいえ、いいえ。これくらいはなんともないですよ」
今度こそエマはライネリオを止めなかった。
だが、森の奥に進もうとしているライネリオの耳に、エマの言葉がちゃんと届いた。
「あの方も、喜ぶと思います」
哀愁を漂わせた声色だ。
その感情に、ライネリオは自嘲以外浮かべることができなかった。
アベイユに来てから二度目の春。
ライネリオは以ての外、村人たちに歓迎されていた。
不信な目で見ている人も確かに存在しているが、それは少人数に限る。
剣術の稽古や魔獣の退治など、過去の功績は彼を有利に立たせた。
今でも、ライネリオは彼らの面倒を見ている。
訓練の指導と村の警備を整えるための設備を提案したおかげで、アベイユの治安が向上した。
そして、セレスメリアの演技もそうだった。
あの夜、彼女が放った言葉は村人たちの記憶に刻まれている。
そのおかげで、彼らからすると、ライネリオは王族の被害者の一人に過ぎないのだ。
彼らと同じく、奪われた側の同胞である、と。
(今の俺が持っているものは、全て君からのものなんだな)
眠るための家。
食べるための食べ物。
生きるための居場所。
それらは全て、セレスメリアが用意してくれたものであると。
(本当に、君は残酷な人だな)
同じ想いをしているからこそ、応えられない。
小さい頃から、何も変わらなかった。
(何もできなかった俺には、言えることではないが)
彼女から貰ったばかりだ。
落ち込んでいる時、騎士になる淡い夢と次期当主としての役割に挟まれた時。
後悔せず選択が出来たのは、いつも彼女のおかげだ。
本人は自覚していないが、ライネリオにとってそれは非常に大切な想いだ。
セレスメリア、いや、セレスはいつもそうだ。
自分の意見をちゃんと述べてから、ライネリオの選択を尊重してくれた。
彼女だけではない。
家族全員もそうだったとあの時初めて気付いた。
いや、再実感したと言った方が正しい。
自分は、とても恵まれた環境に生まれたのだ、と。
だからこそ、心から彼らに恩返ししたいのだ、と。
その切っ掛けを与えたのは、彼女だった。
セレスという女性は、ライネリオにとっての分岐点だ。
人生において重要な決断が必要な場面に、彼女の存在はいつもいる。
例え彼女が生きていても死んでいたとしても、だ。
そう自覚すると、何故だか、小さな棘が引っかかるように、喉が痛み出す。
(今の俺を見て、君は喜んでくれるのだろうか)
まるで、依存のような感情。
彼女の存在なしで、ライネリオは選択できるのだろうか。
この九年間、彼は彼女に頼りきってしまったんだ。
ライネリオは教会が建っている方に視線を向ける。
だが、その自問自答に答えなんてなかった。
鳥の囀りと葉擦れの音だけが聞こえてくる。
(しっかりしろ、ライネリオ)
彼女の望みは、ライネリオが自分の足で立って、未来に歩むこと。
感傷に浸りたいから、彼女を理由にするような不躾なことをする場合ではない。
(今は、やれることをやるんだ)
たとえそれが、自分の我が儘のようなものだとしても。
たとえそれが、保証などない馬鹿馬鹿しい願い事だとしても。
ライネリオは再び身を屈め、探し物をし始める。
わらに縋るような気持ちで、捨てられた星屑を探し続ける。
しかし、茂みの中の小さな物を探すのは至難の業である。
森がすっかりと茜色に染まった。
成果は何もなかったが、そろそろ切り上げないといけないとライネリオは小さく息を漏らす。
彼は自分の家に戻り、念入りに身だしなみを整える。
汗の匂いや汚れなどがついていないと確認が取れ、そのまま教会に向かう。
「こんばんは、ライネリオさん」
「エマ様、今日もお世話になります」
「ふふ、いいのよ。ごはんは賑やかの方が好きなんですから」
エマに歓迎され、彼女の厚意に甘え、教会で晩御飯を済ませた。
せめてのことだと思い、後片付けを手伝うこともすっかりと日常になった。
それをこなし終わった頃に、ライネリオは後ろから薬草の香りが漂う。
その香りは、彼の胸を切なくさせる。
「ライネリオ様」
抑揚に乏しい声が彼の鼓膜を響かせる。
ライネリオはそのまま身を翻せば、そこに「彼女」が立っている。
「アコニタ」
名前を呼ぶと、白髪の女性が小さく会釈をする。
「エマ様、薬の調合が終わりました。そして、皿を返しに来ました」
「まあ、もう終わったの?」
「はい」
「急がなくてもいいのに……でも、ありがとう」
二人の女性のやりとりを横目にし、ライネリオは足音を殺しながら離れる。
いつも通りの足取りで階段を登り、廊下の一番奥の部屋を目指す。
しかし、扉を触れても、それを開ける勇気は彼になかった。
過去も今も、幾度もなく繰り返した行為にも関わらず、だ。
慣れるどころか、日々躊躇いが膨らむばかりだ。
(いっそう、扉を開けないままにすれば)
そうすれば、可能性も無限のまま残っているのだろうか。
そう、ライネリオは馬鹿馬鹿しく思ったその時。
「入りませんか?」
いつからか、アコニタは再び彼の後ろに立っている。
不安に飲み込まれたからなのか、平和な日常になれてしまったからなのか。
周辺への警戒を緩めてしまった自身に、――そして、弱気になった自身に。
ライネリオは内心嘲笑を浮かべ、軽く首を横に振った。
「いや、入るさ」
今度こそ、ライネリオは手に力を入れた。
扉を開いた、中からふわりと薬草の香りが彼の鼻孔をくすぐる。
清潔な部屋の奥に、誰も座らなかった一脚の椅子が寂しく佇んでいる。
ライネリオは音が立たないように優しくその椅子をベッドの隣に移動させ、その上に腰を下ろした。
視線を落とし、ベッドの上に眠っている女性に目元を緩める。
「久しぶりだな、元気にしているか?」




