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 馬車から降りた王女を出迎えたのは、三人の騎士だけだった。

 彼らはお決まりの平坦な労いの言葉以外を言わず、そのまま王女を『塔』に連行する。

 半年前まで住んでいた平素な部屋に戻り、彼女は再びそこに閉じ込められた。

 王女もそれに対して不満を感じなかった。

 むしろ、それを懐かしく感じる。

 まるで『塔』に連れて行かれる前のようだ、と。

 窓から聞こえる鶯の歌声に耳を傾けながら、王女は定められた物語の展開を待ちわびている。


 そして、一週間後。

 展開の知らせは、王の到来と共に訪れた。

 仮面のような表情をしている王に、セレスメリアは微笑む。


「あら、いらっしゃい叔父様」


 だが、ハロルドは彼女の挨拶を無視し、静かに窓の前まで歩いた。

 セレスメリアは無言で外の風景を見つめる彼の背中に対して首を傾げるしかできなかった。

 しばらくすると、彼がようやくその重い口を開いた。


「ライネリオとはどうだったか」


 突風のような質問だ。

 ハロルドの意図を読み取れないが、それに答えないといけない。


「つまらなかったわ」


 震えない声で言えた己に関心しながら、その続きを口にする。


「よかったね。これでようやく彼は自由になって、叔父様もめでたいと思わない?」


 ハロルドは深く、重いため息で答えた。

 そして、意味不明の導入を経て、ようやく主題に入った。


「私の息子は完全に病から立ち直った」

「それはめでたいだわ。おめでとう?」


 ハロルドは一度息を吸い、それを深く吐いた。


「明日だ。占星術師は明日が冬の終わりと宣伝してもいいと言った」

「あら、それをわざわざ叔父様がわたくしに? 国王なのに、暇なの?」

「いや、直接お前に、お前がエトリアを離れてから何が起きたのかを話したかった」


 ハロルドが淡々と、分かり易く説明を始めた。

 例の騎士の襲撃により発覚された裏に動いている公爵。

 彼はセレスメリアを操り人形として王座に座らせようとしている。

 そのために、セレスメリアを自分の袂まで招き入れなければいけない。

 その時、歪な感情を抱いている騎士を甘言で陥れた。

 元凶となる公爵の尻尾をなんとか捕まえたことが出来たが、問題が次々と現れた。


 ジェラルドの頃では、エトリアは閉鎖的な街だった。

 首都に入るまでは何度も厳しい審査を受けなければいけない。

 王族などに敵意を持つ人は言うまでもなく、エトリアに入れない。

 他の領や町と村などと違い、エトリアだけが王族に肯定的でいられる理由の一つだ。

 そしてもう一つは、王女自ら行った慈善活動である。

 病や汚れを恐れず、そのまま慈悲深く接する彼女の姿は人々の心に刻まれたのが大きかった。


 しかし、王が代わり、エトリアに集中している富を分散するために、その規制は少しずつ緩んでいく。

 外の話を耳にした結果、エトリアの民は目を覚ました。

 そして、夢から覚めた彼らの敵意は全て、彼らを弄んだ聖女と崇めたセレスメリアに向けられた。

終いには、王女をアベイユに避難させた王の判断にも不満を訴える人が多かった。


 日々、彼らの声量が大きくなり、制御し辛いものになり果てた。


「これはもう限界だ。もう、時間が尽きたんだ」


 セレスメリアは咳を我慢しながら、ハロルドの説明を聞いている。

 彼は何故、ここまで自分を助けようとしたのだろうか、と彼女は思わずにいられなかった。


 国とセレスメリアの間に挟まれた国王。

 心なしか、その時の彼の背中がいつもより小さく見える。

 そんな彼の姿に、セレスメリアの胸が縄に締め付けられたかのように傷む。

 静かで感傷的な雰囲気が話の終わりかと思いきや、そうではなかった。


「兄上だったら」


 小さな声で呟かれたそれは、はっきりとセレスメリアの耳に届いた。


「兄上だったら、もっと上手くやれたのだろう。賢王の彼なら、こんなことにもならず、上手く全てを片づけたのだろう」


 なんとも、説明し難い声色だ。

 悲哀、後悔、憧憬。

 そんな感情に共感したセレスメリアは、思わず身勝手に答えた。


「いいえ、叔父様はもう、ご自分ができることをできる所までやったと思うわ」


 その身勝手な言葉に、ハロルドは肩を震わせた。

 そして、彼はようやくセレスメリアに顔を見せた。

 彼はその青い瞳を震わせながら、唖然とセレスメリアを見つめている。


「叔父様?」

「いや、なんでもない。ただ少し、懐かしかっただけだ」

「あら」


 ハロルドは一瞬苦笑を浮かべ、すぐさま真剣な表情を作った。

 反射的に、セレスメリアは背筋を伸ばし、佇まいを正す。

 二対の青い瞳は互いを映し出す。


「これは、お前が自分で考えて、自分の意志で選んだ道だな?」

「ええ、もちろん」

「例え結果が不確かで、何も報われないまま終わったかもしれなくても?」


 その質問に、セレスメリアは瞠目した。

 ただ、その後すぐ微笑を浮かべる。


「やってみないと、わかるないのではなくて?」


 本心からの答え。

 その姿に、ハロルドは太陽を目の当たりにしたかのように目を細める。


「真に、嫌なところまで母に似てきたな」

「お母様に?」

「ああ。頑固で利他的で……だが、そんな時でこそ一番美しく微笑む。そんな難儀な人だ」


 ハロルドは小さく笑みを作り、セレスメリアを見下ろす。


「血筋というのは、こういうものなのかもしれんな」


 その瞳は、とても深い色をしている。

 そして――。


(同じ)


 あれは小さなセレスが村の結婚式を見た時のこと。

 好奇心に駆られて、母に自分の父について聞いたことがあった。

 なんでも教えてくれた母が珍しくはぐらかしたせいで、この時の記憶は深くセレスメリアの中に刻まれた。

 複雑な表情をした後、母は父の弟、即ちハロルドのことを話し始めた。

 それもとても、印象的なものだった。


(お母さんと、同じ目)


 今のセレスメリアにならわかる。

 心の奥深くに隠した花の存在を受け入れた彼女ならわかる。

 温容な瞳の奥に潜められたものの正体は――。


「っ!」


 突然、セレスメリアの喉が激しい痒みに襲われた。

 咳をもうこれ以上我慢できず、そのまま衝動に身を任せるしかできなかった。


「セレスメリア!」


 ハロルドは焦り、苦しそうに咳しているセレスメリアの背中を優しく撫でる。

 その体温に安らぎを感じ、少しずつ彼女の咳が収まった。

 目が潤んでいるセレスメリアを見て、ハロルドは言い辛そうに語った。


「この間、久々に爺と会った」

「えっ」

「だから、お前がここまで生き急いでいる理由を理解しているつもりだ。……お前の思惑に乗るつもりでもあるだが」


 ハロルドの手はセレスメリアの背中から彼女の頭に移る。

 彼は優しく、自分の子供を撫でるかのように優しく、セレスメリアの頭を撫でる。


「すまない」


 そう言い終わり、もう一度だけ彼女の頭を撫で、そっと身を離した。

 彼はそれ以上何も言わず、セレスメリアの部屋から出て行った。


 セレスメリアは唖然と扉を見つめている。

 彼の謝罪の訳を知らないまま、見つめるしかできなかった。




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