第1夜〈 VRMMO - 某ファンタジーゲーム - 〉
『電脳の鬼』 -ろーぷれ異文-
◆◆◆
もういいかい?
まぁだだよ
もういいかい?
もういいかい?
電脳の中には鬼が棲んでいる。
振り返ってはいけない。
のぞいてはいけない。
眼を合わせた鬼が肩を掴んで離さない……。
聞くともなく聴こえてきていた、
音声放送で流していたホラー特集の音声データ。
何の番組だったかもうわからない。
検索しても出てこない……。
聞こえた音が頭から消えない……。
心の奥底にこびりついている……。
-◇-
第1夜〈 VRMMO - 某ファンタジーゲーム - 〉
ここはどこだ?
ログアウトしたはずなのに?
転生?転生なのか?
荒涼とした夜の大地。
空に星はなく、赤と青の月らしき、欠けた大きな天体が大地を見下ろしている。
ここはやはり現実と違うのだろう。時折、景色が乱れる。
視線で設定画面を呼び出して、ゲーム時間と操作履歴を確認してみる。
ゲーム時間は停止しており、履歴も終了処理が正常に終了したことになっている。
巨竜討伐の最高難易度クエストをなんとか無事に終えて、せっかく気分よく帰還したはずの気持ちに、水を差されてしまった。
おかしいな……。
これはなんだ?
運営に通知できない。
装備は……、呼び出せるか?
窓、状態設定画面を開く。
そして標準装備を視線で設定する。
私服である未装備素体だった姿が、ファンタジーの戦士風の、きらびやかな鎧姿へと変わる。
転生?ではないな。
そんなラノベの物語のようなことを考えて、ひとり苦笑いを浮かべた。
少し待ってみるか。約束はないから……。
回線が復旧したら運営に連絡し、
どんなクレームからお詫びの懸賞をせしめようかと、そんなことを考えつつ、
それでもほかに何か起きないかと、すこしだけ期待して周辺を歩き始める。
心細くはない。ここは鍛えた分だけ強くなる世界だ。
強くした自分には自信がある。
時間や金、生活の大半をつぎ込んで造り上げた、この世界だけの強い自分だ……。
夜空に金の一条の光が流れゆく。
流星か……。
紫に染まる世界。そこにただ一人いる……。
闇が忍び寄るように、ふと背筋が寒くなる。
怖さを振り払うと笑いがこみ上げてくる。
まるでホラーRPG向けの演出だな♪
出るのなら幽鬼や悪霊がいい。
大群の死体はいただけない。
それとも吸血鬼がいいか?
以前にあった出来事にも、不死者が大量発生する場面へと出くわしたものがあった。
今回のような形での討伐系の探索への無条件での参加へと入り込んでしまったこともあったな。
あの時の面倒臭さや大変さと、楽しさがないまぜとなった、モザイクのような少し懐かしい記憶を思い出して、心の中で苦笑する。
今回も、そうした強制的な出来事となるはずだったのだろうか……。
不意に現れる敵発生音。
何かが現れる……。
巨体の何か……。
角?
鬼?
思ったよりも小さい。オーガに似た格好と大きさ。
人よりははるかに大きいが、3メートルはないだろう。
黒く大柄な姿、紺の髪は所々に赤が混じる。
そして額からそそり立つ艶やかな朱の角と、血溜まりのような紅い瞳……。
オーガとは違う。気配から既に違う。
背は高いが、オーガのような筋肉で覆われているボリュームのある姿では無く、むしろ、ほっそりとも言える姿。
体積で言えば上位種オーガ、支配種オーガの半分程度だろう
けれども非力とは違う。
鋼の糸を縒り合わせた、強靱な、刃物の鋭さを思わせる姿。
オーガの最上位種?
いや、変異体か……。
強い。
まず間違いなく。
すかさず、視線操作で装備を対個人のものへと変更する。
さっきまでの鎧よりも、素体へと掛かる重さを強く感じる。
掛かってくる防具の重量は防御率の証しでもあり、それを心強く感じた。
黒く禍々しい武具と紅い刻印の魔剣。現在持つ最強の対人対敵の装備だ。
討伐での巨竜、最終場面で魔神化した敵もこれで倒した。
相手を睨みながら、視界端の小窓をちらりと覗く。
種族名、不明。個体名、不明。
エネミーカラーは? 紫紺に近い黒!?
この身体は現段階でのレベル限界で、メインの戦闘技術限界も間近だ。
最終限界突破シナリオも目前に控えた自分でも勝ち目のない判別色、高レベルの敵だと!?
あり得ない……。故意か、不具合か?
目の前にいる鬼のような種別の敵は、だいたいが低レベル向けでのボスで、高レベルの敵ではいないはず。
特殊イベントに出て来ても、せいぜいが衝立程度、壁にもならない。
それによく考えれば、高レベルボスの鬼神や変異体なら、もっと派手な出現パターンをとるはず……。
鬼が、にぃっと嗤う。
「よく来たなぁ、人……。
派手な衣装から、遊びのやり方で装いを替えるのだなぁ……、まるで人の子が好む、玩具の兵隊だ……」
敵が言った言葉にイラつきながら、
それでも落ち着いて観察しようと努める。
話す!?ということは、イベントキャラか!
フロアボスクラスの敵か?
何でも同じだ。吹き飛ばして壊してやる!
逆撫でされる気持ちに耐えられず、愛剣を構える。
両手で重量級の大剣を正面へと構えて、剣の切っ先を正面の無造作に立つ敵へと向ける。
剣先を向けたままで技の発動時の反動に備える。
愛剣が黒金の稲妻を帯びる。
『貫通弾黒雷』、そう呟く。
ここは必殺技だから叫ぶのが本当か?と思いかけたが、言い直す間もなく戦技が発動される。
激しい閃光の圧力で後方に押し戻される身体を、足元へと体重をかけてその場に押し留める。
直撃だ!
必殺技の判定が確実に、構えもせず悠然と立つ鬼の姿を捉えた。
漆黒と黄金色に輝く稲妻の帯が、敵へと伸びてゆき……、
そして唐突に消え去った。
後には何も起こらなかった。
「うつけめ。
雷は鬼の技巧ぞ……」
鬼の手の上には、浮かぶ漆黒の珠。それが時おり黒と金の電荷を発している。
鬼はこちらの放った戦技、その渾身の雷禍の珠を無造作に握りつぶす。
「児戯のごとき雷なぞ、奪うも消すも思うがままよ。
炎や氷の技巧を試すか?、果たして効くかな?」
そう言いながら鬼は哄笑を上げる。
発動された戦技は消せない!!
うぶ毛が逆立つように、
ゲームでは感じられないはずの寒気が、背筋へと這い上ってくる。
何だ、これは!?
VRMMOじゃないのか?
どこだ!?
ここはどこだ!!
「ここは鬼の棲み家よ」
心を読んだようにそう言った鬼が嗤う。
「人は面白い世界を作ったなぁ」
巨体が嗤いながら言葉を継ぐ。
「闇に潜むのも、ここに潜むのも変わらない」
「街の影と同じだ
ここは人の作った影の中、人の心の闇の場所だからなぁ」
くつくつと嗤いながら、
「ぬしの心の闇と驚愕……、
楽しんで喰うに価するようだな」
「さて……、もういいかい?喰っても」
鬼は嗤いを漏らして嬉しげにそう言った。
巨体の紫紺に染まる影が大きく大きく広がり、全てを包み込んでゆく。
影に触れた黒い武具が引き剥がされて、初めに呼び出した鎧、豪奢な姿に戻る。
驚愕して再び武具、装備を呼び出そうとするけれど、出来ない!?
何だ!これは??
あり得ない、あり得ない!!
怖い怖い、怖いっ!!!!
心が恐怖で塗りつぶされてゆく。
紫紺の恐怖へと染まってゆく……。
着飾った鎧の男が上げかけた叫びは、
その姿と共に影に掻き消されて、不意にぷっつりと途切れる……。
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- 灯火を追う影ひとつ - (第一文)