モラハラ男にご注意を
―――王妃様は、貴族では珍しく、料理上手だった。その腕前は、国王の胃袋をつかみ、結婚までこぎつけるほどであったと言う。
そんな、シンデレラ・ストーリーが広まれば、我ら淑女がやることなど決まっている。
料理である。
今、令嬢たちの中では、空前の料理ブームが到来中。
第2のシンデレラを目指して、日々邁進しているのだ。
そんな事情もあって、貴族の通う学園でありながら、お弁当を持参する人間は多い。
中庭で睦み合う男女の多さと言ったら……。
いや、悔しくないんだけどね。独り身だからって、同情とか要らないからね!
そんな誰に言っているかも定かではない言い訳をしつつ、のんびり、日に当たる。うん、良い気持ち。
―――そう、目の前に、あんな光景さえなければ。
険しい顔の男は、いかにも不機嫌そうだ。精悍な顔つきだというのに、ピリつく雰囲気で全てを台無しにしている。あんな顔で食べられる弁当が可哀想だ。
対する女は、今にも泣きそうだ。俯いて、持参のお弁当を食べる姿は、憐憫を誘う。普段は、はにかみ笑顔の可愛い子なのだが。
私はあの二人を、アランとミーシャさんを知っている。
なぜなら、学園で最も有名な、婚約者同士だからだ。良い意味ではない。悪い意味で、だ。
入学式の日、私は見た。
アランが、あの可愛いミーシャさんの手作り弁当を地面にぶちまけ、悪びれもしない姿を。
あれには、虫酸が走った。
人が作ってくれた弁当をなんだと思っているんだ。
地面に叩きつけるぐらいなら、私にくれ。
ミーシャさん、めちゃくちゃ可愛いんだぞ。
あんな可愛い女の子が作った料理になんの不満があるんだ!
そんな、自己中男、アランを軽蔑する生徒は少なくない。それなり人がいる場所だったのもあり、アランの非道さは、学園中に広まった。
しかし、アランは反省しない。
地面に叩きつける事こそ無くなったが、不機嫌そうに弁当を食べる。ご丁寧に、グチグチと不満を添えて。
そう、今も―――。
「ミーシャ、このムニエル、味が濃いと思うのだけど。塩をかけ過ぎ」
「……ごめんなさい」
「それに、油っこい。これじゃあ、胃もたれしてしまう。大体、なんで朝からこんな凝ったもの作ろうとしたの?」
「美味しいものを、アランを食べて欲しくて……」
「その気持ちは嬉しいけど、料理が苦手なら、簡単なものを作るべきだと思う。僕は、ミーシャに凝ったものを求めていない」
「ごめん、なさい」
「謝らないで。ただ、改善をしてくれれば良いから」
「はぃ」
料理しない側の分際で、偉そうに文句を垂れ流している。自分はアドバイスをしているのだとでも思っているのだろうか。
ミーシャさんは優し過ぎる。
あんなに文句を言われながらも、弁当を作り続けて。美味しいものを食べて欲しいなんて、健気な事を……。
私の嫁に欲しい。
「じゃあ、明日また、弁当を作ってきてね」
「はい」
殺意湧くわー。
麗らかな春、午前12時昼休み、内なる殺意を抑えて、食事を摂る。そんな日常を、私、エレーナは送っている。
◆ ◆ ◆
「あ"ぁ"〜もうっ、腹立つぅ!」
「どうどう、落ち着いて。エレーナ」
「他所の婚約者同士の問題に首を突っ込むのもどうかと思って、静観した3ヶ月。何も変わってないじゃないっ!」
「でも、いきなりエレーナが怒鳴り込むのも可笑しな話でしょう」
正論パンチは受け付けてないぞ。
こちとら、可愛い女の子の味方だぞ。
「でもねぇ、アラン君も、料理関係以外では、ミーシャさんとも良好でしょう?」
「そうなんだけどぉー」
そう、あの自己中男。
料理以外の方面では、気の利く性格良し、顔よしの優良物件なのだ。
ツンツンした側面もあるが、まめにミーシャさんにプレゼントもする、極めて仲の良い2人。
入学式の弁当残飯化事件さえなければ、お似合いの2人と言われただろうに。
「それにほら、アラン君って、ツンデレでしょう。ミーシャさんの手作り弁当が嬉し過ぎて、照れ隠しで暴言を吐いているのかも」
「そんな男なら、尚更悪質よ!」
「……でしょうねー」
アランが私の婚約者なら、即婚約破棄だ。
あんな男と一生涯を共にするなんて、死んでもゴメンだ。
しかし事実として、アランの婚約者はミーシャさんで、私は傍観者。口を挟む権利なんてない。
「あ、見てみて。エレーナ」
「何?」
「ほら、外で勉強している2人が居るわよ」
「うわぁ」
「本当、仲良いわね。アラン君は、ミーシャさんに勉強を教えているのかしら。あ、でも、ミーシャさんがリスを見つけてはしゃいで、脱線しているわ。ふふ、楽しそうね」
「楽しくないっ!」
「エレーナが決める事でも無いでしょう」
「そっちこそ、ミーシャさんが心配じゃないの?」
「でも、ミーシャさん、本当に幸せそうよ。恋する乙女の顔をしているもの」
ミーシャさんは、アランに恋をしている。それは周知の事実だ。ミーシャさんはアランが好き。だから、弁当を用意するし、文句を言われても反抗しない。
ミーシャが幸せなら、目の前の問題を放置しても良いのだろうか。
「それに……もしかしたら、本当に不味いのかもしれないわよ」
「それは無いっ!」
「どうして?」
「だって、私食べたことあるもの」
―――あれは、入学式から少したったあたりの日。
「回想に入るな」
―――私は、お金もお弁当も忘れ、ひもじい思いをしていたわ。
「うわ、頭になんか流れ込んでくる」
―――ついでに、朝ごはんも食べ忘れ、意識も朦朧とし始めたあの瞬間。
「もういいわ。黙って見守る」
―――ミーシャさんが現れ、倒れる私に駆け寄ってきたの。
ご飯、と呟く私にミーシャさんは持参のお弁当を食べさしてくれた。
その時口にしただし巻き卵焼きは、ふわふわで、旨みがぎゅっと詰まった極上と逸品だった。
その後も、マカロニサラダ、ミニグラタン、肉巻きおにぎりを口に放り込まれ、幸せ時間を味わった。
空腹がスパイスになっていたのかもしれない。けれど、それを差し引いても、不味いと評される味ではなかったわ。
「へー、そうなの。知らなかったわ」
「ええ、見た目から分かるでしょう。あんなに美味しそうなんだから」
口をとがらせて言うが、目の前の友人に言っても意味は無い。あの、我が恩人の天使ちゃんの婚約者、アランに言わなければ。
だが、部外者の私が、シャリシャリ出ていいのかという問題が出てくる。
婚約は家同士の約束。
簡単にひっかきまわして良いものでは無い。
遠回しに苦言を通すぐらいなら許されるが、そんな事周囲も既にやっている。
それでも、治らないのだから、処置無しだ。
世知辛い世の中だ。
人助けも、気軽に出来ないのだから。
「あ、エレーナ。私、選択授業の教室が遠いから、先に行くわよ」
「うん」
「そっちも、のんびりし過ぎないようにね」
「了解」
ぐでーんと机に頬を置く。
世の理不尽。傍観者の苦悩。
フレッシュな10代のありがちな悩みなのだが、10代には重くてしょうがない。
ふと視線を上げると、ミーシャさんが1人で佇んでいた。アランも選択授業で、先に行ったのだろう。
その後ろ姿が、どうにも悲しげに見えて、思わず駆け寄った。
「あのっ、ミーシャ、さん」
咄嗟だったものだから、声が裏返ってしまった。
突然声をかけられたミーシャさんは、目をぱちくりさせ、私の紡ぐ言葉を待っている。
「えと、私はミーシャさんの味方なので、困っていたら声を掛けてください!何とかするし、させますので」
「え……っ?」
「後、愚痴とかでも何でも聞くので!」
「え、と」
いきなりの味方宣言に戸惑う、ミーシャさん。
衝動のままに気持ちをぶちまけてしまったことが悔やまれる。
ミーシャさんは、照れくさそうに、頬をポリポリかいて、笑う。
「よく分からないけれど、ありがとうございます」
私のお節介なんて、要らないかもしれない。
邪魔なのかもしれない。
それでも、心の奥底で苦しんでいるとしたら?
私のお節介が、ほんの少しでもいいから、役に立てばと願う。
この、愛らしい笑顔の、優しい人のために。
◆ ◆ ◆
今まで、ほとんど交流がなかったミーシャさんだったが、あれ以降、ちょくちょく会話がうまれるようになった。
アランの愚痴でも言われるかと思っていたが、出てくるのは惚気ばかり。
本人は、アランの振舞いの酷さに気づいていない。
それらは、とても恐ろしいことのように思えた。
けれど、あんなに幸せそうなミーシャさんにアランの行動の身勝手さを指摘しても、果たして受け入れてもらえるだろうか。答えは否だ。
本人が助けを訴えない限り、私は動けない。
もやもやだけがふり積もる。
「いっそ、殴り込めば……いや、だから、それは何の解決にもなってないんだってば!」
溜息一つ。
視界の外に、人ひとり。
―――誰だろう。
茂みに消えて人影が、無性に気になり、追いかける。
小柄で、爽やかなレモンみたいな金髪の女の子。
―――って、誰だろう、じゃない。私は、知ってる。
思いの外素早い女生徒に、必死に食らいついて、制服の裾をつかむ。
「―――ミーシャさんっ!」
ぽかん、と口を丸くさせたミーシャさんは、頬を涙で濡らしていた。
ああ、あの男のせいだろうか。
体の中で渦巻く激情が、あふれて、あふれて、こぼれてしまいそうだ。
「あの、えと、違うんですっ。これは……そう、汗です。ちょっと走った汗が流れてしまったのが恥ずかしくて、こんな隠れるようなことをしてしまったんです」
「……ウソ、ですよね」
けれど、一番辛いのは、ミーシャさんだ。私が荒れ狂ったって、意味はない。
意味があるのは、ミーシャさんの心を軽くすることだけだ。
「私はッ、ミーシャさんの味方になりたい。苦しいなら、助けたい」
貴女の心に触れることを許して欲しい。
私の願いは、それだけだ。
目をつぶり、反応を待つ。
静寂の時間。
線を引かれ線を引かれてしまうのだろうか。
最近話すようになったとはいえ、私はただの同級生。悩みを打ち明ける対象にはなりえないのかもしれない。
私、出しゃばりすぎた?
確かに、昔から私のあだ名は『止まれないお節介猪』だ。
女の子にちょっかいをかける男子と取っ組み合いをし、大人が飛んでくるまで止まらなかった。ちょっかいかけられていた女の子も、感謝を示すとともに、ドン引きしていた。
やりすぎた、と悟っても後の祭り。
そういう経験もあって、他所のいざこざに首を突っ込むのを足踏みしてしまうのだ。
人間関係って難しい。
ふふ、心の涙が流れちゃうぜ。
「あり、がとうございます。エレーナさん」
ミーシャさんは、とぎれとぎれに言葉を紡ぐ。
戸惑いながら、迷いながら、私の目を見て。
「私、自分が不甲斐なくなってしまったんです」
「それは、どうして……」
「いつまでたっても、いくら頑張っても、私には料理の才能が有りません。駄目駄目なんです。どうして、駄目なのかも分からなくて。もう料理なんてしない方がいいのかなって」
「……」
「私が料理をする意味なんてあるんでしょうか。私が料理をしない方が、皆も喜ぶし、迷惑もかけない……」
ミーシャさんは、俯いた。
だから私は、前を見据えた。
「覚えていないかもしれませんが、私は、ミーシャさんの料理を食べたことがあります。実は私は、以前行き倒れていたところをミーシャさんに助けてもらった者だったのです」
「まさか、あの行き倒れの!?」
「その通りです。あのお弁当は、本当に美味しかったです。内容の豊富さもですが、繊細で丁寧な味わいに、ほっぺが落ちそうでした」
「っそれは!」
ぐいぐい、ミーシャさんを褒めていく。
しかし、その顔色は悪くなっていくばかり。
どこまで、自己肯定感が低いんだ!
「何より、愛を感じました」
「うぇ、アイ?」
ミーシャさんは、なぜだか赤面する。
「愛です。それもとびっきりの愛です。相手のことが大好きで大好きでたまらないという愛です」
「あぁぁぁ、愛!?」
「そんな、愛のこもった、お弁当が迷惑なはずがありません!」
それを拒否る男に問題がある。
愛されることに胡座をかく、憎きアラン。
涙を流すミーシャさんを見て、自責の念でぶっ倒れろ!
「なんなら、私に食べさせて下さい!」
「それはちょっとぉー!」
「お願いします、食べさして下さい。お弁当はどちらに?」
「ア、アランが持っています。けど、食べさせるのはちょっと問題があると言いますか……」
「そうですか。あの男が持ってるんですね!分かりました今すぐ探してきます!」
「止まってください、止まって……うわ、止まってくれませんー!」
食べてやろうじゃないか。
これでもかという程、美味しそうに食べ、アランを詰ってやる。
これが不味いって、舌がいかれてるんじゃないのか、と。
弁当を食べるため。
アランを探す。
どこだ、どこにいる?
そこら辺の人間に尋ねまくって、その居場所に向かう。
弁当を持つ男を見つける。
「いた!」
「え、誰?」
「弁当をよこしなさい!」
「新手の山賊!?」
「同級生よ!」
「だからこそ、疑問を抱くのだが」
「なんでもいいから、弁当をよこしなさい」
ゴチャゴチャうるさい。
こちとら、頭に血が上ってるのだ。
理性?そんなもの母親の腹の中に置いてきたわ!
「いや、その……弁当を上げるのはちょっと……ほら、俺のだし」
「普段から、不味そうに食べてる奴の台詞じゃないわ!」
「うぐっ」
「ちょっとだけよ。安心しなさい」
「可能であれば、小指程度も食べさせたくないのだけど。って、力が強い。取るな、止めてくれ!」
「この世は弱肉強食なのよ!」
「どこの常識だよ!その筋肉の出処を教えてくれ!」
弁当を奪い去り、高笑いを披露する。
あれ、私は何処に向かっているのだろうか。
山賊か?弁当を狙う山賊なのか?
それはそれで、しょぼい。
そんな葛藤は一先ずおいておき、軽やかな箸さばきで卵焼きをつまむ。
分厚くて、美しい焼き加減。
見た目から美味しそうだ。
「止まって下さい!」「おい、止まれ!」
何故だか、ミーシャさんからも、アランからも止められる。
しかし、止まる私ではない。
「いただきます!」
パクッ、と口に含む。
その食感は、ギトギト、ネバネバで強烈な不快感を訴えてくる。
その香りは、魚がドレスを着てタップダンスをするような摩訶不思議でスパイシー。
その味は、ゲロとドブを混ぜ合わせた汚物の中に、砂糖と蜂蜜を加えたかのような、お茶目さがある。
その瞬間、私は幻視した。
世界が回り、キラキラと輝く楽園。
魚から足が生え、美しいドレスを纏い、油の妖精とワルツを踊る。ゲロとドブを混ぜ合わせた汚物の上に上等なレッドカーペット。愛しあう魚と油の妖精。
彼らを彩る色とりどりのケーキ。
チョコケーキ、チーズケーキ、ショートケーキ、マカロン、モンブラン。美味しそう、いや、不味そう?
もう、訳がわからない。
なにこれ、よくわかんない。
セカイは、まるい?しかくい、の?
なんか、周りに人が集まった気がするが、それも定かではない。
だんだん、頭がぼやぼやしていく。
「―――ハキソウ」
ただ、それだけを残し、記憶は途切れた。
◆ ◆ ◆
ゆっくり、頭が冴えていく。
先祖の顔が見えるより、ヤバいものを見てしまった気がする。
一体、あの体験は何だったのだろうかと思い、体を起こす。
私は、保健室のベッドで寝ていたようだ。
ついでに、着替えをしていたことから、恐らく吐いたと予想できる。
私の将来は、どうなってしまうのだろうか。
きちんと、嫁入りできるのだろうか。
ゲロ吐き令嬢として敬遠されたら、泣いちゃうよ?
しばらく、ぼんやりと悲しみに浸っていると、誰かがドアを開けた。
「あ、ミーシャさ―――」
「申し訳ありませんでしたぁーーーっ!」
「ゔぇ!?」
あまりにも見事な頭の下げ方。もしや、手慣れている?
「私のせいです。私の……」
「落ち着いてください」
「本当に、本当に、ごめんなさい」
「ちょっと、状況把握の時間を頂いても?」
私は、ミーシャさんの弁当を食べた。
そして、吐いた。
つまり、ミーシャさんの料理は不味かった?
でも、以前食べたときは、確かに美味しかった。
この矛盾を解消するとしたら、作った人が違うということ。
では、誰なんだ?
「―――俺が説明しよう」
謎が謎を呼ぶ中、その男は現れた。
アランである。
アランは至極真面目に、謝罪を織り交ぜながら、語ってみせた。
始まりは、入学式の日だった。
ミーシャさんは、初めての手料理を食べてもらうために、弁当を持参した。
アランは喜んで受け取り、満面の笑みで口に含む。
そして、事件は起こった。
―――砂とホコリを混ぜ合わせ、ホイップクリームを添えたかのような、不快感っ!
アランは、その唐揚げに毒が混入していると断定し、咄嗟に投げ捨てた。もちろん、婚約者が毒を入れたと思ったわけではない。
しかし、何者かが毒物を紛れ混ませたのだと信じ、行動を始めた。
しかし、程なくして誤解は解ける。
単純明快、ミーシャさんの料理センスが壊滅的だったのだ。
謝るミーシャさん。手料理を毒物扱いして気まずいアラン。
ギクシャクする婚約関係。
そんな状況を打開するために、一計を案じたのが、アランだ。
―――実は、俺、料理が好きなんだ。男……だけど。
男なのに、料理が好き。
それを恥じていたアランは、今まで婚約者にもひた隠しにしていた。
自分の恥ずかしいところを、弱味を差し出し、仲の修復を図ろうとしたのだ。
すると話は、アランがミーシャさんに料理指導をする所まで発展。
アランはミーシャさんに指導する名目で、料理と関われて嬉しい。
ミーシャさんは、料理上手な人に指導してもらえて、技術を向上できて嬉しい。
そういう、win-winの関係だったのだ。
「傍から見て、酷い態度だったことは認めよう。ミーシャにも謝りたい」
「良いんです、アラン。あれは、不味いです。本当に」
「でもっ」
「私だって、泣きそうになりながら、いつも食べていましたから」
「ミーシャに、指導しようとすることは、俺の自己満足だったのだろうか。料理と堂々と関われて、浮かれていたんだ。ミーシャに、料理好きな俺を受け入れてもらえて、嬉しくて、考えが足りなかった」
「そんなっ、私の方こそ。料理が下手な私にドン引きすることなく、受け入れてもらえて嬉しかったです。入学式の後、家族に食べてもらった所、包丁を握るのは諦めろと諭されました。だけど、アランは私には成長の余地があると言ってくれて……凄く、嬉しくて」
「ミーシャ……」
つまる所、2人の関係に憂いなどなかった。
歪んだ愛が横たわる、不幸せな未来などなかった。
ならば、私はさながら愚かな道化師。
「ふふ、私のやったことって……」
ごめんなさい、アラン。勝手に敵視して。
ごめんなさい、ミーシャさん。色々勘ぐって。
ごめんなさい2人とも、強引に弁当を強奪して吐いて。
「エレーナさん」
1人で謝罪パーティーを開いていると、ミーシャさんが声をかけてきた。
「その、色々と誤解を招く言動をしてしまってごめんなさい。余りにも、浅慮でした」
「いえ、勝手に暴走したのはこっちですから」
「そんなことはありません。それに、エレーナさんの今回の行動で、私達がどう見てているのかが分かりました。そうでしょう、アラン」
「ああ、今回の件を経て、いっそ隠していたことを公開しようと思う。男の癖に、料理が好きだって」
「私も、料理が下手だって、言ってみようと思います」
「そんな、隠したいことなんですよね!?」
驚いて、声を荒げると、2人は曖昧に笑った。
「それでも、仲の悪い2人だと思われるより、余程いいと思ううんだ」「です」
そう言われると、何も言えない。
何せ、私が一番2人の仲を疑ってしまっていたのだから。
ミーシャさんの惚気話は、健全で微笑ましいもので。
アランのツンツンな態度も、可愛げのある範囲。
彼らの幸せな空間を、私こそが穿った目で見ていたのだ。
うぅ、自己嫌悪。
「……ごめんなさい」
その言葉しか出てこない。すると、ミーシャさんは、小首を傾げて言った。
「どうして、謝るんですか?」
「えっ?」
「エレーナさんは、私を心配してくれただけですよね?」
「それは、そうなんですけど」
「エレーナさんが、励ましてくれた時、凄く、凄く、温かい気持ちになりました。あんなに人のためを思って、行動できるなんて、中々出来ません」
「……」
「私のために悩んでくれて、心配してくれて、慮ってくれて、ありがとうございます!」
ミーシャさん、大天使。
心がハチャメチャ清らか。
私の方こそ嬉しくて嬉しくて、幽体離脱しかけてしまうんですが!
そんなふうに言われたら、恥ずかしくなるじゃん。嬉しくなるじゃん。大好きになっちゃうじゃん。
「俺の方からも、礼を言わせてほしい。ありがとう」
うぐ、お前もか、アラン。
一方的に、モラハラ男認定してしまったことが悔やまれるほどの、良いやつじゃないか。
罪悪感がやばい。
「ごめんなさい」の一言で終わらせることなんてできない。
何か、私にできることはないのだろうか。
私にできる、罪滅ぼしは―――。
たった1つだけ、頭に思い浮かんだ。
「はっ、私もミーシャさんのお料理特訓に味見役としてお手伝いさせてください!」
「正気か?」
「頭の具合は大丈夫ですか?」
なぜか、両方から正気を疑われた。解せない。
あれから、お料理特訓に参加することになった。
アランの腕前の高さに驚き。
レシピ通りでありながら、なぜか失敗するミーシャさんの料理のメカニズムの研究をし。
なぜか私の料理の腕が爆上がりするという事態を引き起こし。
悪戦苦闘しながら、楽しんだ。
アラン、ミーシャとの仲も深まり、親友と呼べる関係になり、輝かしい青春を過ごした。
そう、私達は最高の3人。
などと思っていたら、学園生活最後の年に、己だけ独り身であると気付き、婚活にラブラブカップルをつき合わせるという苦行に手を出す羽目になった、馬鹿なエレーナは私です。はい。