1-4/問題は山積み
「おはよう、目覚めはいい感じかな?」
「いい朝ですね。俺はずーっとここで眠っていたと思うんですけど、どうやって部屋に入ってきたんでしょうか? というかいつからいたんですか? もしかして変態の方ですか?」
「いやーあはは。そんなふうに矢継ぎ早に質問されると、注目されていることになれているワタシでも照れちゃうよ。オスカー」
あれ、ヒランエルさんってこんな風に笑う人だったかな。
疑問に思ったところでそれを解決する方法はない。なぜなら、ヒランエルさんと出会ったのは昨日のことなのだから。
今日、宿にしているのは夕食をとった『熊の鉤爪亭』からほど近いところにある『トーコの武器店』だ。冒険者一党『光輝のアジエスタ』が活動拠点にしているところで、一般には宿として営業はおこなっていない。名前の通り武器屋さんだ。
「ヒランエルさん、着替えたいので部屋を出て行ってもらえますか?」
「そんなー、オスカーは全くつれないなー。ちょっとぐらいワタシに見せてもいいのにー」
うん、やっぱり変態だ。
俺史上最も早い変態認定を受けたヒランエルさんを拳で外に追いやって、着替える。全く読めない人だけれど、きっとヒランエルさんが部屋を訪れたのにはなにか要件があるのだろう。
読み通り、これから二階で会議を行うとのことだった。
「会議……だなんて、冒険者一党にもあるんですね」
「まるで熟練冒険者のような風格を持ち合わせているオスカーだから忘れてしまっていたけれど、そういえば君は冒険初心者だったね。素人はそんなふうに考えるみたいだけれど、冒険者一党で話し合わない日はないよ」
「作戦会議のようなものですか?」
「それもあるんだけれど、基本的に一日の日程を把握しておく必要があるんだよ。例えば、オスカーが一人で夜間の依頼を受けようとしているとする。けれど、夜になっても帰ってこない。依頼を受けていることを知らない他の党員はオスカーを探さないといけないわけだ」
「ええっと、何故探さなければならないんですか? 街の兵士たちにお願いすれば……」
「あ、それも知らないのか……」
馬鹿にされているわけではないんだろうけど、この適当変態人間に言われると癪に障る。
話を聞いてみると冒険者が依頼を受ける際は、冒険者は特別な許可証を持って危険な区域の出入りが可能らしい。一方、兵士はそんな許可証を持っていない。加えて、冒険者ですら死ぬような危険区域に進んで入ろうとする兵士はほぼおらず、行方不明となった冒険者を探すには自分たちで探すか、依頼を出すかのどちらかしかないそうだ。
「夜間の依頼ごときなら、次の日には帰ってくるからいいだろうけど、大型魔獣の討伐に――となれば一週間も過ぎてしまえば死んだのだと考えるのが自然だろう? そんなことをなくすために毎日、会議は行っているんだよ」
「なるほど。『ホウ・レン・ソウ』ってやつですか」
「な、なんて?」
「ああ、こっちの話です」
「それじゃあ、ワタシを含め全員が揃ったことだし、『光輝のアジエスタ』定例会議をはじめます! 拍手!」
まばらな拍手――が起きているといっても、言っている張本人のヒランエルさんが叩いているだけだ。俺にそんな期待するようなまなざしを向けても俺は絶対に叩かないぞ。
「うふふ。今日もみんなはツれないね~。それじゃあ、山積みになっている問題を一つ一つ挙げていくんだけど……」
ヒランエルさんの言葉をぶった切って、ラタリアさんが突っ込む。
「誰が問題を山積みにしているのかっつーの!」
「そうだそうだ!」
俺の入団に反対的だったヴェネッタさんも拳を振り上げて乗っかる。
……昨日は、党員に尊敬されている素敵な頭だと思ったけれど、そうではないようだ。
「一つ目、活動費不足。二つ目、新党員について。三つ目、新党員の能力向上訓練。四つ目、次の二十一祖会議の開催。五つ目、レインギア自治区問題。六つ目、流布している悪い噂。七つ目、オークレイ団との折衝。八つ目、魔剣の封印。九つ目、教会からの刺客。そして、とどめの冒険者塾」
淡々とヴァズさんが挙げていく。
ヒランエルさんの顔色はみるみるうちに青ざめていく。俺の話が二つほど上がっている上にこの党に入った以上、無関係とは言い切れない問題だろう。
でも、思わずにはいられない。
――せめて俺について以外の問題は俺を誘う前に解決してほしかった、と。
「何言ってんだい」
吹き抜けで繋がっている一階から声が聞こえてくる。
『トーコの武器店』店主のトーコさんだ。
「半年分の家賃滞納もだよ! これで、あんたたちの問題は一一個! せいぜいもがき苦しむんだね。肉体労働で払えるって言うなら私はそれでもいいけどね!」
あ、だめだ。終わった。もう、俺はこの党を抜けよう。
「ちょちょちょちょちょちょ。オスカー、なんでそんなに暗い顔をしているの! 大丈夫だから顔をあげてよ。ほら、皆も遠い目をしないで! ワタシなら、ワタシにはなんとかできるから!」
「ちょっとは黙っとけ。このぼんくら!」
「誰のせいか分かって言ってんの?」
「名前だけの無能が」
「呼吸するだけで全身に唐辛子が広がっていくような呪いにかかればいいのに」
俺よりもずっと不満を貯めこんでいたらしい、皆さんに罵られたヒランエルさんはみるみるうちにしおれていき、虫の息状態になってしまった。
大丈夫ですか、なんて生温い言葉はかけない。
――だって、俺だって面倒事は嫌なんだから。
「ヒランエルを抜きにして五人でさっさと課題を決めていきましょう。あいつの話は聞くだけ無駄だとしか思えない」
「ラタリアさんの言葉に同意します」
こうして、党の問題を解決していくための話し合いに頭の意見を聞くことはなく進んでいった。
「――――それじゃあ、話し合いはこの程度にしておいて今日は解散にしましょうか」
ラタリアさんのその一言が放たれると皆さん思い思いに席を立って部屋に戻ったり、店を出て行ったりする。
問題への対応を決めた後はそれぞれの日程を共有したので、誰がどこにいるのかおおよそは把握できている。
今日は俺はトーコさんの店で店番をしなければならない。
三級冒険者が一級冒険者一党にまぎれて活動ができないということと、それが周知の事実となってしまうと、俺の正体を探ろうして『生命力』の保有者であることが知られるかもしれない。
それを避けるために店番を任されている。
トーコさんは、商業組合の集まりに顔を出さなければならず、この街の常識について色々まとめたパン
フレットのような冊子を置いて出ていった。
不慣れな俺が少しでも早く適応できるようにとわざわざ夜遅くまで描いてくれたそうだ。
ヒランエルさんに『光輝のアジエスタ』に誘われたことといい、このことといい、この世界に来てから本当に良くしてもらっている。
店番といっても秋から冬にかけてのこの時期は客足が少なく、会計ができればそれで十分だそうだ。
――それにしても面白いな。
トーコさんから貰った冊子には、冒険者組合を初めとする『組合』についての様々な制度が説明されている。
「『まず、同業者同士て協力するために生まれたのが組合です。最大規模の組合は冒険者組合ですが、このほかにも魔術師組合や商業組合があります。職人組合は中でも革職人や木材職人などの種類に分かれて、小さな組合が連合してできていることもあります。』……ほほう、組合といっても冒険者組合だけというわけではないのか……」
組合というのは大きな会社で、それに加盟しているお店は子会社がグループ会社というふうに覚えるとイメージしやすい。
冒険者組合で言えば支部が子会社にあたるのだろうか。
冊子を読み進めては、自分とは違う常識に驚いたり、どうやってその制度が生まれたんだろうと笑ったりしていくうちに二時間近くが経っていた。
扉が開かれ、トーコさんが帰って来た。
「ただいまだよ、オスカー。久しぶりに顔を出したものだから色んな連中に揉まれて、あれが高いだのあれを融通しろだの私の話なんて聞かない聞かない」
「大変でしたね」
「全くだよ。店番はどうだった? 退屈だったでしょ。冊子は読んでくれた?」
「お客さんは誰もきませんでしたけど、退屈なんかじゃなかったですよ。とても面白かったです。花摘み組合なんて絶対いらないでしょって笑っちゃいました」
「ああ、それ私も思ったよ。けど、魔法がかかってる花を摘むなんて高位の魔法使いでも難しいらしくてね。それ専門にしている人間じゃなきゃ採れない花が沢山あるのよ」
へえ……花にすら魔法がかかっているだなんて、本当にこの世界は不思議だなあ。
トーコさんと他愛もない話をしていると昼食の鐘が鳴った。この街の教会には大きなドラのような平べったい鐘が置かれていて、目覚めの時間、始業の時間、昼食の時間、昼の仕事初めの時間、終業の時間、戸締りの時間に鐘がなるようになっているらしい。これも冊子に書いてあった。
トーコさんの手料理は上手い。『熊の鉤爪亭』でなくても良かったんじゃ、と思うけれど、俺を歓迎してくれる意味もあったのだろう。
少し気になっていることを聞いてみることにした。
「今日はお客さん、まだ誰一人も来ていないみたいですけど、儲かっているんですか?」
「武器屋なんてね全く儲からないよ。武器を必要とする人間は兵士か冒険者しかいない。なのに兵士の武器は、兵団御用達の武器商人から買ったものだ。御用達になれれば銭の心配は必要なくなるが、そんなのは貴族とつながっているような商人しかない。となると客は冒険者しかいなくなる。しかし、何度も何度も武器を買いなおす冒険者なんていると思うか?」
あ、確かに。
一度武器を手に入れてしまったら、買いなおす必要はなくなる。壊れたり調子が悪くなったりすれば修理に出せばいいからだ。
「だから、武器屋なんて上がったりだよ」
「ならどうして武器屋を開いているんですか?」
「大層な理由はないよ。いつか、オスカーがヒランエルを超えるような冒険者になったら教えてあげようか。ヒランエルには教えてしまったからな」
「ひ、ヒランエルさんを超える……いつになるか分かりませんよ」
「大丈夫さ。きっとすぐだよ」
適当変態人間ではあるが、ヒランエルさんは間違いなく一級の冒険者だ。この世界に二十一人しかいない『二十一祖』と呼ばれる一人で、隻詛王などという大層な肩書を持っているのだから。
今の俺が超えているものといえば、あのポンコツ神からもらった『生命力』ぐらいのものだ。しかも、それは俺が努力して手に入れたものではなく、与えられたものだ。
俺はここで、この世界で手に入れるんだ。
――俺自身の手で何かをつかむんだ。




