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1-1/俺が殺した俺

「ここが宿か。うん、別に可もなく不可もない、いかにも普通の宿だな」


 ラティナから紹介された宿とあれば、どんな悪質な宿だろうと思っていたが、意外といい宿――いや、普通の宿を紹介してくれたようだ。

 身分証明書と組合員カードを見せればすぐに案内してくれた。 

 朝食のついていない一番安いプランを洗濯すると案内された部屋は風呂もない、ベッドしかないいかにもな部屋だ。

 秘密道具の入っている鞄の中に物をいれることはできないので、手に持っていた書類をベッドの上に置いて、明かりを灯す。


「ふう……これから俺が殺した俺について知るわけだが……度胸はあるか?」


 俺自身の心に聞いてみる。

 これは俺にとって儀式みたいなもので、絶対に失敗できないような大舞台や面接なんかの度胸が必要な時にやるルーティンだ。

 もちろん、俺以外の人間が答えるわけではないので無言になるが、それがいいのだ。

 俺が殺した、というのには語弊がある。

 少なくとも俺が殺したわけではないが、この体の持ち主である――オスカー・ジンジャーウッドさんは、俺が転生したことによって魂が死んだ。つまるところ、俺と一緒のあのぽんこつ神の被害者ということだ。

 しかし、同じ被害者でも俺は死後、こうやって転生してもらっている。ポンコツ神に聞いたわけではないが、あいつの話を聞く限りじゃ俺を入れるためにこいつの体を奪ったようだったし、きっとオスカー・ジンジャーウッドさんが転生して俺と同じように生活している、ということはないだろう。

 知らないうちに評価が下がっていくからあのポンコツ神への信頼は面白いほどない。

 書類の中には俺の知らないオスカーさんのこれまでの人生がつづられている。


「この体に転生してきたときびっくりしたもんな。いくらあのぽんこつが手を加えたって豪語していたけれど、こんなにも違和感がないのはオスカーさんと俺の生き方っていうか、考え方が似ているからなんだろうな」


 転生して、文字や言葉なんか一部の記憶だけがこの体には残っていた。

 私的な記憶はほとんど――そこには配慮する気概がぽんこつにもあるのだなと見直した、なかったが、言葉や文字を習得する過程の記憶はあった。

 貧しい村で育ったようだった。

 孤児だったのか、はたまた異民族の子供だったのか、奴隷だったのか。あるいは、そのすべてだったのか、オスカーに出される食事は糞尿が入っているようなものあったし、着せられるボロ着は、掃除に使われた後に便所で使われていた布を渡していた。

 断片的なのに、俺にもある程度はその痛みは分かるはずなのに、オスカーの記憶は本当に凄まじいものだった。

 村人全員が侮蔑的な視線を送っている、というわけではなかった。

 視力の落ちていた、先生と呼ばれる老人だけはオスカーを可愛がって文字を教えてくれた。

 口ぎたない村人たちに罵られるのが当たり前だったため、必然的に口の悪かったオスカーに敬語の類を教えてくれたのも『先生』だった。

 なぜか、その記憶の中でオスカーに優しくしてくれる人があったかく思えた。

 同情心や哀れみよりも、オスカーを素で心配しているような気がして、俺は其処だけが少しうらやましかった。

 オスカーはとにかく正直者で頑固だったようだ。

 実績書類に書かれている中に、一つたりとも達成不可の文字が並んでいない。

 達成できなかった場合は多くの依頼でキャンセル料として一割取られる、という現実的な問題もあっただろうが、それでも受けた依頼を全て熟しているのはオスカーの人となりが成せる業だと思う。

 しかし、不思議に思う点がある。


「成人してから――おそらく、村を抜け出してから組合に高い頻度で顔を出すようになってから五年以上、このウェラム支部で活動を続けていたのに最近になって急に、ウェラム支部とは違う場所で依頼を受けている……なんでだ?」


 ウェラム支部の文字を撫でるとふいに頭がずきりと痛んだ。


『…………ヲ……ぇ。…っ……ぃ………みの……………や……なっ!』


 オスカーの声だ。

 怒ってる? いや、これは悲しんでる?

 どちらにせよ、断片的な記憶しか持っていない上に、オスカーの人となりを知っているわけではない。けれど、早々に俺のせいで死ぬことになったオスカーの無念が、オスカーが成し遂げたかった使命が俺の心に響いたような気がした。

 俺は早いうちにウェラム支部へ向かうことを決めて眠りに就いた。


 翌朝。

 宿からは美味しそうな朝食のにおいがしているが、俺の宿泊プランは朝食なしのものだったので、少ない荷物を片づけて亭主に聞いた食堂にやってきていた。

 冒険者も多く利用しているようで、情報収集の場としてもいいとのことだ。


「鹿肉のシチューなんて食ったこともねえぞ……こん中でおすすめはあるか? 直ぐ出てくる奴がいーな」

「直ぐ出てくるやつっていったらアルラーの塩焼きかねえ」

「アルラーってなんだよ?」


 話によると白身魚のようで、俺はそれを注文して、冒険者らしい集団がいる方の席に座った。

 話しかけるのではなく、相手の人となりを知るために話に耳を傾ける。


「支部長の話だとよお、ガルアンの一党が潰れちまったて言うじゃねえか。あそこから一番近い支部は撤退の準備を始めているとかよ」

「けっ。組合のやつらは結局、金商売のことしか考えていねえんだ。俺たちだって金は必要だけどよ、そこに住む村人を無視してまでのことなんてしない。なあ、カシラ、なんとかならねえか?」

「うう…………」


 冒険者という荒事に慣れている職業についているから体は屈強だが、心は優しい人間の方が多い。

 冒険者が無骨というのは、転生前の勝手な偏見で、実態は依頼主や弱者のために己の力を振りたい、と考える人間の方が多い。

 荒れている冒険者や金目当ての冒険者もいるようだが、それは一部だ。

 カシラと呼ばれた男はうなっている。

 どうやら、ここから少し離れた場所に強い魔物が出現したようで、かなり強い冒険者集団が壊滅したということもあって、足踏みをしているようだ。


「俺だって、何とかしてやりたいよ。けどよ、俺たちの実力で言ったら新緑にも負けちまうほどだぞ? 実績に傷をつけるわけにはいかねえし、かといって見過ごすこともできねえ……」


 カシラという人もその郎党たちもいい人のようだ。

 俺からしてみれば、この世界の冒険者のことは理解しがたい。

 完全に理解できないか、と言われればそうではないが、顔も見知らぬ――たとえ知っていたとしても知り合いでもない人間のために命を張るなんてばかげているようにしか見えない。

 俺は話しかけるのを止めて、『ザキアスの一党』という名前らしい集団の話に耳を傾けながら朝食を摂った。

 久しぶりのご飯は腹の底に溜まった。

 食堂を出て、組合の支部に足を向ける。


「おはようございます。今日はなんかやけに人が多いな?」

「通行して構わない……二十一祖の一人、隻詛王せきそおうとその一党が来てるってんだ。俺たち支部警備なんて、非番の奴らも呼び出されて警戒態勢とってんだ。くれぐれも変なことしでかすなよ」

「俺がそんなことするような人間に見えるかってーの。ひでえな。ありがとよ」


 通行許可を出してくれた警備に礼を言って、中に入っていく。

 二十一祖……隻詛王……

 当然だが聞いたことのない名前だ。しかし、警備の男が当たり前のように話題に出してきた、ってことはオスカーも知っているはずなのに、この体も覚えていない。

 人込みの中に視線を向ければおのずと、その人物が誰なのか見えてくる。

 眼帯姿の茶髪の青年。

 こう、王って言ったらもっと風格があって、狡猾な雰囲気のおじいちゃんって感じだけど、これはなんていうか……


「強そうだな」


 隻詛王について情報を手に入れたい、と思っても、そこら辺の人間に聞けば分かることだろう。

 そして、そんな有名人とお関り会いになることなんてないんだ。

 早々に隻詛王に視線を送るのは止めにして、受付嬢から受け取った番号を記入する書類を手にして、依頼書が張り出されている壁に目をむけていく。


「もしかして、さっきのザキアスの一党が言ってたのってこれか……?」


『アプラケウンス討伐』と大きく書かれた張り紙には、ミレサウス高原で発生した準一級相当の魔物発生災害と書かれている。

 アプラケウンスというのは飛べる人馬という感じで、人の姿の上半身に大きな羽を持っている。

 人馬ほどの高度な知能は持っていなくても、人間と同レベルの知能を持っている。

 準一級相当というのは依頼の難易度を示しており、最低等級の準六級から上に上がっていく。

 最高位は特級。

 これまでに特級の難易度を誇っていた依頼は三度しかなく、そのどれもが国の命運を左右するような大魔神の発生のようなものだったと言う。

 準一級相当というのは、その一つ下の二級とは程度が違う。

 二級までは最下位の準六級冒険者であったとしても百人もいれば圧勝できる。けれど、準一級を超えた辺りからは二級が百人束になったとしても達成できるかどうか分からない。

 それほどまでに二級と準一級には壁があるのだ。

 だと言うのに、準一級相当と格付けされているということは、この案件がいかにやばいのかが分かる。

 俺の――オスカー・ジンジャーウッドの等級は三級。

 履歴を見たところ、成人する前の齢の十七歳から組合員として登録していたので、体自体は今年で五年目に突入しているのを鑑みれば、進級速度は人並みよりも少し早いぐらいだろう。


「あらあら~オスカーさんじゃありませんか~? アプラケウンスの討伐なんて、少し早すぎるんじゃありませんか~? しかも、準一級相当だなんて、少なくともニ十体は確認されているはずですよ~。一党を組んでもいないのに~、挑戦するだなんて無謀なことは~止めてくださいね~!」

「ラティナじゃないか。この案件に俺が適していないことぐらい、冒険者のはしくれではあるんだからそれぐらい分かってる。てゆーか、まだ十時になっていないぞ? 嘘ついたのか?」

「滅相もありませんよ~。あの隻詛王がいらしゃっているので看板受付嬢ラティナが~お世話をしなきゃいけなくなったんですよ~」

「そうなのか。大変だな」


 にしても、こんなユルそうなラティナが看板娘だなんて、この支部はどうなってんだが。

 そう思っていた矢先。


「ラティナはん、何言ってん? 看板受付嬢はうちに決まってるやろがいな」

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