1-0/胎動
「まあまあまあ。そんなに怒らなくてもいいじゃない! 別に君の生命力が強すぎるからって問題が起きるなんてことがないでしょう? え、起きてる? でも、君、超絶生命力強いんだよ? しかも、君が持っているスキル――ああ、君たちの世界では異能とかいう能力も、さんはい、ご一緒に!」
「…………」
いう訳ないだろうがこのぽんこつ神
てゆーか、お前の不手際でこちらは転生する羽目になったのにもかかわらず、痛覚無効、毒無効、ありとあらゆる苦痛を無効化した上で不死者として転生してくれる、っていう契約はどこにいったんだよ。
その契約があるから、仕方なく殺された俺は異世界で英雄として世界を救おう、って話だったのに、蓋を開けて転生してみたら別門だったとかほとんどってゆーか、完璧詐欺だろうが。
ぽんこつ神は、おれのことを不手際で殺してしまうような最低ゴミ屑野郎だが、地球と同じような世界を持っている、一応、創造神らしい。
しかし、創造神として半人前。性格も半人前。見た目も半人前なこのぽんこつ神の世界は、「新たなる創造」ができなくなっているらしい。
おい、てか待てよ。新たなる創造ができない、って言うなら。
「この世界唯一の不死者――つまり、前例のない新たなる創造なんて、不死者に転生するなんて、ハナからできなかったっていうことじゃねえか! お前、この契約を最初から反故にするつもりだったな! このおぉ!」
「ぬわっあ。離せ! 離せってば! 僕は別に君との契約を反故にしようだなんて思ってもいなかったよ。だから君の生命力は前例のないほぼ無限に近い値だし、それを操作できるような異能だってつけてあげた! 君はほとんど、そうだな九割九分ぐらいは不死者みたいなもんだよ! よって、僕は契約を破っていない! 僕法廷の判決は、僕無罪! これにて終了!」
「おいっ! このぽんこつ神がよ!」
胸倉をつかんでいるかと思っていたら、あっというまに姿が消えておれの真後ろにいる辺りは、こいつが神だってことを意識せざるを得ない。
まあ、第一、こんな白いいかにもな空間を作れている時点でこいつが神であることはまぎれもない。
また胸倉をつかもうと動くと、視界がちかちかしだす。
「ふふ。残念だったね。君との面談は今日で終わりみたーい。また、君の活躍がどうにかこうにか見れることを期待しているよ!」
「なにをぬかしやがってええええええええええええええええええええええええええ」
ちかちか視界から戻ると、そこは教会。
「大丈夫ですかオスカーさん。これにて異能神託は終了いたしました。あなたの異能――ぷぷっ。生命力、ですか。これはこれは……」
あ? 今、こいつ笑いやがったな。
自身の異能や身体能力がどんなものなのか、ある程度を把握するために教会に行けば、神託をすることができる。
通常はお祈りをしている間に石板に数値が書き込まれているそうだが、俺はあのぽんこつ神と話したことがあるのも関係しているのか、本当に神託を受け取ることが出来た。あいつの神託なんざ、欲しくもねえけどな。
聖職者の話を聞く限りじゃ、生命力という異能では戦闘系の仕事はおろか、職業系の仕事にも就くことはできないらしい。
異能を持ってることが当たり前のこの世界で、何らかの異能を持っていない限りは仕事に付けない、と言っていたが、別に俺は能力を持っていないわけではないんだが? ただ、戦闘向きではない生命力というだけで。
だが、あいつは勘違いをしている。
おれの生命力は――少なくともおれの場合だけは、戦闘向きなのだ。
何故なら。
「おら、スライムかかってこいやぁ! お前が吐く酸性の液体なんざ、全く持って効かねえんだよ!」
おらおら!
俺の転生した――オスカー・ジンジャーウッドの体は、ほぼ無敵状態だ。
あちこちに傷だらけだった転生前の鶴萩治五郎のときは全く違う。
痛みも毒も体が解けるようなこともない。においや味なんかも管理することができ、簡単に無効化することが出来る。
つまり、いくら傷つけられても――そんなことは生命力のおかげで有り得ないが、俺は動き続けることができる。
なので、火を吐くドラゴンだって俺には非じゃない。
試しにスライムを相手取ってみたが、あのぽんこつ神も今回ばかりは仕事をしてくれたようだ。傷一つなく終わり、酸がかかった場所も服が破れるだけで体には何の影響もなかった。
「これ普通に考えれば、ドラゴンとかに挑むときは全裸の方がいいな。一々、服を買っていちゃ埒が明かねえ。ってか、今日の宿はどうするんだよ。どこに行けばいいとかぽんこつ神なんも教えてくれなかったな。次ぎあったら潰す」
あのぽんこつが与えてくれたのは、体と身分証と七つの秘密道具が入った鞄だけだ。いわく、超絶不運なことが起きた瞬間だとか、異能を使っても全く打開する見込みがなさそうな時に鞄の中に手を突っ込めば秘密道具が炸裂して窮地を救ってくれるらしい。
中身を教えてほしかったが秘密道具の秘密部分が保たれない、と言われた上に、死地を脱したいと強く思わなければ秘密道具が俺の体と魂を食いちぎるだろうというにべもないことを言われてしまったので手を出せずにいる。
教会がある都市まで戻ってみると、適当にスライムを売るために人に聞いて冒険者ギルドである、『組合』に案内される。
「あ、えーっと、オスカー・ジンジャーウッドですよね? すでに組合員登録は済まされています。実績もそれなりにありますから、わざわざ新たに登録する必要はないと思うのですが……」
「もう登録されてるぅ? ああ、なるほど。それじゃあ、実績の内容って見れたりしますか?」
「可能ですよ。でも~、お金を取らなきゃ、組合の受付嬢やっていけないんですよ~。口頭でなら銅貨五枚、文書となりますと銀貨一枚いただきますが、どうされますか~? ラティナ、文書での実績開示がいいな~。うるうる」
「ああ……そう言われてもな。金持ってねえんだわ。だから」
言葉はそこで区切られた。
にこやか笑顔、店の看板娘なみの明るさと人気を誇っているであろう受付嬢ラティナから一瞬で笑みが消え去り、目つきがあきらかに裏の職業についている人間のそれになる。
「うちぃ、金ない人求めてないんで。出てって貰っていい? 商売の邪魔なんだわ」
なんでこんな可愛い顔から地を這う蛇のような冷たい言葉が出てくるんだよ。
しかも別に金がないってわけじゃねえし。金に交換できるスライムの核は持っているけど、まだ交歓済ませてないってだけだろうが。
そう説明すると先程の笑顔に戻り、即座に対応してくれる。
ふう、組合の受付嬢は――というか、このラティナって奴は怖いって覚えとこう。
「もう~、お金に交換できるものを持っているって言うなら、早く行ってくださいよ~」
「いや、言おうとしたけど」
「言ってくださいよ~」
「いやだから! 言おうとしたけどさ!」
「え? 聞こえません~。ラティナ、あんまり耳良くないから~」
しらばっくれるらしい。
ラティナによるとスライム一体の核の相場は銅貨一枚。
普通のスライムならばそれぐらいなのだが、俺が今日狩って来たスライムは酸を吐く特殊な奴が多くて、そういったスライムは報酬が高いのだそうだ。
スライムを始めとする魔物は、魔力が密集する場所――要するに人口密度の高い場所に向かおうとする習性があり、さらに大都市の周辺には農村が都市を囲うようにしてできている。大都市という消費地が近いからである。
人の多い都市を農村が囲っていると言う事は、スライムたち魔物は都市に到着するよりも先に農村を襲い、農作物や人を溶かしていくのだ。そういった事情もあって酸を吐くような特殊なスライムは報酬が高いということらしい。
正直よくわからないが、お金はあればあるだけ嬉しいのが人間なので、もらっておこう。
無事に笑顔の怖いラティナから銀貨六枚と銅貨二十枚を受け取り、そのうち三枚の銀貨を払って、実績の文書を作成してもらう。
作成には三十分ほど時間を要するようなので、組合の壁に張られている依頼書に目を通すことにした。
冒険者ギルドといえば、もっとこう冒険者――ここで言うところの組合員が、依頼書をどんどん取っていく感じだと思っていたが、依頼書にはそれぞれ番号が振られており、俺以外の多くの冒険者たちは紙に番号を書いていっている。
入札に近いと言えばいいのだろうか。
一つの依頼に多くの冒険者たちが希望書を提出し、組合と依頼主が誰に依頼するか決定し、後日依頼された冒険者だけが依頼を受け取ることができる、というのだ。
これには依頼ごとによって難易度が異なっていたり、依頼主に頼みたい冒険者がいたり、組合として依頼の難易度によって支援が必要かどうかを見極めないといけなかったりするから、と理由があるようだ。
なんちゃら谷で発生した剣のゴブリンの討伐依頼を見ている途中で俺を呼び出すラティナの声が聞こえてきて、文書を受け取る。
「ありがとうラティナ。この支部が空いている時間は何時から何時だ?」
「いつでも空いているんですよ~。なぜなら! このジェルフェン支部には領主様からのありがた~い助成金が出ており、それを支部長がかすめと……なんてことはなく~、お金ががっぽがっぽ~。しかもここ、ジェルフェンは人口十万人を超える大都市ですからね~。依頼の数や緊急性の高いものも多いのです!」
「なるほどな。じゃあ、いつでも来るとして、ここらへんで宿をしらねえか?」
「え! それはもしかして、このラティナを誘っているということですか⁉ 組合規則で組合員と職員の交際は認められていないんです。オスカーさんの貯金が金貨二十枚を超えるか、オスカーさんに病が見つかって組合員保険で一生働かなくてもいいだけのお金が入ってくるまでは待っていますよ! あ、ちなみにラティナはお昼の十二時から夜十時までならこの一番カウンターでお待ちしています! あなたの依頼にラティナをよろしくお願いします!」
本当によくしゃべる受付嬢だ。
さっきの二面性を知っているから、これもオレに対するおべっかなのだろう、と理解できるがやっぱり愉しげに話す様子は見ていて飽きない。
「それで宿は?」
「ああっ! 組合が提携しているとびっきりビッグな宿がございますから! ぜひぜひ、組合をこれからもごひいきに!」
「ああ、ありがとう。また来るよ」
俺はラティナから紹介された宿で一晩を明かした。
「ああ、ありがとう。また来るよ」
彼が差って言った後。
受付嬢ラティナは彼から受け取った三枚の銀貨を転がしてほくそ笑む。
「待っていますよ……ツルハギ・ジゴローさん~」