魔王
「魔の四天王が1人、アスバク、義父上の招集に従い参上致しました」
「同じく火の四天王が1人、フラメール、ここに」
「同じく水の四天王が1人、カモシール、ここに」
「死の四天王が1人、カラン、陛下にお目見え出来た感銘をここに表明いたします」
牛頭人身、一ツ目赤鬼、一ツ目青鬼、千骨怪魔の4体が1人の男に跪いている。
ぬばたまの髪に黄金の目を持つ男が青白い唇を動かす。
「大義である」
とたん、4体に威圧感がのしかかる。牛頭は平然とし、2体の鬼は胃を引き絞られたかのように襲う吐き気を堪え、頭を低く保つ。千骨は全身から泥を溢れさせた。
それを気にした様子もなく“魔王”は告げる。
「勇者が来る。アスバクは民を治めよ。フラメール、カモシールは前線の指揮をせよ。カランは他を補佐せよ」
四天王に動揺が走る。牛頭ーーアスバクーーが顔を上げる。
「では、勇者は誰が相手をするのでしょうか」
「余だ」
再度、動揺が走る。2体の鬼ーーフラメール、カモシールーーが思わず顔を上げてしまう程に。
「何故、我々は」
「それは、危険、なのではーー」
「余は、王である」
口を笑みの形に変え、言う。
その目は、笑っていなかった。
「余に、何か危険があるか? 答えよ」
重圧。千骨ーーカランーーの体が崩れる程の圧力が場を支配する。
「いえ、いえ、何もありませんとも。ええ、魔王陛下に危険など、何があろうと」
その声は、震えていた。
無期の時を感じる程の沈黙を過ごした後、どこからか重い鐘の音が響く。再びの沈黙が訪れる頃には、場には何も無かった。
ーー◇ーー◆ーー◇ーー
勇者アークス・ライト。それは魔族ーー魔獣、魔物、魔人の総称ーーに対抗するため、選ばれた人類の英雄。人の中で最も才に恵まれ、神に選ばれ、1人で魔族に立ち向かう真に勇気ある者の名。僕の名前でもある。
僕は今、魔王城にいる。城の中には魔族が1体も居ない。
「不気味だな……」
そこは、一見すればただの謁見の間だった。
一歩踏み入れば即座に膝をつきそうになる程の重圧があることを除けば、だが。なんとか二歩目を踏めば、顔から何かが失われるーー血の気が引く感覚を覚える。全身が危険信号を発する。今すぐ引き返したいがーーーー背中を向けてはいけない。
「頭が高い」
加重。更なる圧力に、僕は膝をついてしまった。辛うじて前を向いている視線は、1人の男を捉えた。圧力の正体、それは彼の魔力だった。意識を伴った魔力が大量に集まれば、それは魔法の形を取らなくても力を持つ。もっとも、それで僕レベルの存在に膝をつかせるなんて、不可能なハズなんだけど、ね。
「少しは頭の出来が良さそうな格好になったじゃないか。王の前では膝をつくのがこの世の理だ。劣等の英雄よ」
劣等? これでも僕は人類最強なんだけどね、はは。でも王の前、ということは彼が魔王か。
……なら、僕が討伐しなくちゃいけないなあ。
「ほう?」
“神威”を纏って、魔力を吹き飛ばす。そうすることで、立ち上がれる。
「僕は勇者。人類最後の英雄だ。劣っているとは言わせない。それをあなたを討伐することで証明してあげよう」
「ふん、少しは出来るようだ。劣等とは貴様のことを言っているのではない。貴様の種族のことを言っているのだ。劣等は劣等として生まれた時点で劣等なのだ」
……つまり人類が劣等って、言いたいのね。それは、ちょっと
「許せないなぁ!」
最初から全力で突っ込む。聖剣から斬撃を飛ばして視界を塞ぎながら飛び出し魔王に斬りかかる寸前に襲ってくる爆発を受け身を取ってやり過ごす。再度踏み出すと光の弾幕に囲まれて、動けない。近付けない。
これは、何度やっても、同じ事だろう。
……全力で、やるしかないね。全力を出すと体に負担が掛かって寿命が縮むらしいけれど、仕方ないね。
「人類の、神意のために、勝たせて貰うよ」
「格好付けも程々にしろ、劣等」
強まる“神威”を纏った僕が走り出す。“神威”によって強まった脚力が床をへこませ、衝撃を伝える。文字通り、目にも留まらぬ速さの僕をーーーー魔王は、さも当然と言わんばかりに地面から生やした岩で突いてきた。
「ぐっ!?」
思い切りそれをくらった僕は後退りーーーー次が来る前に横っ飛びをする。そこから魔王に向かう、と見せかけて飛び出てくる岩を横に避けようーーーーとしたら見えない壁に阻まれ挟み込まれる。これくらい“神威”で回復できる。大丈夫、まだいける。
岩を破壊して再び前へ進もうと足を踏み出した瞬間ーーーー“神威”が、吹き飛ばされた。幸いなことにすぐに”神威”は戻ってきたが、一瞬でもそれを失ったのは大きく、かなり攻撃を食らってしまった。それを“神威”で回復して何度も駆け出すが、どうしても突破することが出来ない。
ああ、これは、さすがに
「勝てない、なぁ……」
“神威”の大半が僕の中から消えた。
ーー◆ーー◇ーー◆ーー
勇者の中にあった“神威”の大半が消え去った。
大方、勇者の中の戦意が無くなったことで神に回収されたのだろう。再び“神威”が付与されることはもう無くなった。今の勇者は立つことも出来ないだろう。背を向けて歩き出す。
「なかなかの道化であったぞ、勇者よ」
既に勇者のことなど頭から消え去り、勇者などより有意義なことを考えていた。だが。背後から敵意を持って疾走する気配。
まだ向かってくる力がーーーーーー
目の前に剣。
「ッ!」
振り向きざまに突きを躱す。追撃を、魔力を放出することで圧し潰す。
「負ける、訳には、いかないんだッ! 家族のために、友人のために、人類のためにッ!! たとえ神に見捨てられようと、僕はっ、戦わなくちゃいけない!」
その顔には恐怖が浮き出るように目鼻から水が溢れていた。手足は震えていた。あれでは満足に刃筋も立てられないだろう。
だがその目は力強く余に向けられ、口は威嚇するかのように歪められる力。それは……それは、勇気と呼べるものだ。だが、この力強さは、不屈の力は、余の全く知らない物だった!
「ふはっ、良い、好いぞ勇者ァ! それが貴様の、勇者の本性か!!!」
勇者が一歩足を踏み込めば一瞬で距離が詰められる。魔力の圧力で吹き飛ばすと同時に空中から槍を生み出し貫く。
次の瞬間には勇者が槍をへし折り穴が空いた体を回復させていた。火球、雷球の弾幕により包み込む。全てはじかれた。岩盤の中に閉じ込めた、全て砕かれた! 万の鋼人形を召喚し攻め込む! だがそれすらも切り抜けこちらに向かってきおる!
「ふ、は、は、ハハハッハハハハッ! 見直したぞ劣等! コヤツは、勇者は最後の最後で神を超えた、余に対抗しうる英雄よ!」
なんだその無尽蔵に溢れ出る力は! “神威”ではないはずなのにそれに近しいことをしているのは! 莫大な正の感情を受けた魔力が変質したものか! 身体の強化に回復、魔法には出来ぬことをしている! これが、神になど頼らぬ勇者自身の力か!
勇者が切りかかるそれを、握り込むことで止める。
ギチリと、体が軋む音がする。
「僕はアークス・ライト!
人類の最後の英雄、勇者だ!
勝たなくちゃ、いけないんだ!
母さんに、父さんに、村の人たちに、みんなにッ!
たくさんっ、背負ってる物があるんだ!
これは格好つけじゃない!宣言だ!
僕が勝つ!僕が、人類を救うんだ!!」
「……教えてやろう。
余は魔王!
王とは勝者だ!ただ1人の勝者こそが王となるッ!
王に敗北は許されぬ!王とはこの世の全てに勝ち尽くしてこそ王なのだ!
余は王だ!全ての魔を背負う魔王よ!
……貴様に、貴様ごときに余が負けてやるつもりなど毛頭無い。
余が王である限り、王は、魔族は負けぬ!」
魔王を超えて見せよアークス・ライト!余がそれを踏み越える!踏み越えてこそ王よ!貴様が魔王に挑み続ける限り、余は、王は貴様の前に立ち続けてやる!
魔弾をアークス・ライトを中心に展開する。槍を向ける、闇の嵐に包み込む、影が実体を持ち勇者の手足を押さえる。余は離れた。全てをアークス・ライトに叩き込む!
「無駄だよ!」
「貴様がな!」
背後から斬りかかるアークス・ライトに闇の精霊の濁流をぶつける。距離を取った勇者に向けて魔力を圧縮した重力渦を放つ!
「受けてみよ!」
「グッ、アアアあああッ!」
アークス・ライトから漏れ出たエネルギーがスパークとなって弾ける。光線を耐える勇者に対して岩の津波で圧し潰す。岩から飛び出てくるアークス・ライトと向かい合う。
「これでも死なぬか。ならば余の全てを見せてやろう」
魂を削り発動する禁呪。死に手をかけられようと構わぬ!今この時、勝つためならば!
余の体からあふれるは“破壊”の触手。これに触れた凡ゆる物は消滅する。二桁を数えるそれを全て勇者に差し向ける!全方位から迫る触手をアークス・ライトは置いていく程の速度で余に迫る!余は動かぬ、触手による“破壊”に全てを傾ける!
触手が来る一歩先へ、囲まれる前に右へ、少しずつアークス・ライトが近付く、触手が避けられぬ密度で迫る、アークス・ライトは剣を握らない手を差し出す。触手と手、両方が対消滅する。そして、剣がーーーー
「ーーーー余は、負けたのか」
「魔族は、僕に任せて欲しい」
「舐めるなよ。
魔族とは敬虔なる力の信徒。
貴様の助力など、必要とせん。
それでも、何かしたいと言うのなら」
己の身に残る最後の魔力を使い、アークス・ライトの魂にこびりつく“神威”を吹き飛ばす。
「力を、己の力を示すのだ、アークス・ライト」
この身が手足の指先から崩壊し始める。
「貴様は、魔族の王にはなれなくとも……
隣人には、なれるで、あろう、か、らーーーーーーーー