カモノ天上ル先ニテ我学ブ
物語を紡ぐという行為は非常に難しい。だけどやりがいのある事だと思いますね。いつもいつも、書いているときは、「もうしんどい」「やめたい」「ギブアップしたい」と思うのですが、終わったあとは「書いてよかったな」と思えたりするもんです。達成感ですかね。
さて、決められたテーマに沿って物語を作る機会がここ最近ありました。テーマは「6月のミステリー」。「ミステリー」というジャンル縛りでも難しいのに「6月」というたった一月だけに絞られてるわけですよ。いやー本当にこれは参りました。
「6月」って言うと、「紫陽花」「梅雨」「かたつむり」くらいですかね。ジューンブライド?ああ、そんな言葉もありましたね。どんな意味でしたっけ?6月に結婚式を挙げると一生涯にわたって幸せな結婚生活を送ることができる?へえ、そんな意味合いがあるんですか。知らなかったです。作家ではありますが、世の中にはまだまだ知らない言葉がいっぱいありますね。
そういえば私。前に京都で結婚式にお呼ばれしたのですけど、あれは確か6月だったかな。もう梅雨入りしていて、ジメジメベタベタでしたよ。そして奇抜で、何より「見ている分には面白い」結婚式でしたよ。どんな結婚式だったかって?それは新婦が新郎に「謎を解かせる」結婚式でした。
「人は緊張の度合いが一定量を超えると、何も喉を通らなくなるのか。知らなかったなあ。」
倉科諒太は緊張していた。なんといっても今日は結婚式である。ここに至るまで本当に色々なことがあった。結婚式の式場選び、プランナーさんとの打ち合わせ、衣装選び、そして動画作成。動画作成は本当にきつかった。あまりに自分の動画作成に対する意欲が低く、妻である芽依と何度喧嘩したことか。と言っても自分がほとんど悪いのだが。なんとか動画作成も完了し、無事に本日を迎えた。
今は式場のドアの前に立ち、合図を待っている。新郎である自分の入場をもって結婚式はスタートする。
「それではまず、新郎である諒太さんの入場です。」
僅かに聞こえる司会者の声。そして式場のドアが開き、ゆっくりと歩みを進める。カメラのシャッターを切る音、おめでとうの声、以外と周りの音は聞こえているから落ち着いているのかもしれない。待ち構える神父の案内に従って振り返り、新婦を待つ。
「続いて、新婦の芽依さんの入場です。。。が、ここで芽依さんよりメッセージを預かっています。」
ん?メッセージ?そんなことは打ち合わせで聞いていない。新郎関係者、新婦関係者、それぞれの席がざわめき始める。
「『諒太へ、私を探してください。見つけ出してください。』とのことです。と言うわけで、諒太さん、謎解き結婚式のスタートです!」
「え…えぇーーーーーーーー!!!!」
<カモノ天上ル先ニテ我学ブ>
「何だ…この暗号。」
ニコニコした司会者に「プレゼント」と称して渡された封筒の中に入ってたこの一枚の手紙。一体こんな親族がいる場で芽依は何を考えているんだ。しかし、今はそんなことを考えて立ち止まっていてはどうしようもない。とにかくまずは芽依を見つける必要がある。
「カモ?天上?学んでるってこんな時に何を?」
まったく書いてある意味がわからない。これだけで場所を特定するのは無理がある。
先ほどから何度か電話をかけているが、まったく繋がらない。LINEでメッセージも送っているが、それも既読にならない。どうやら、見つかるまでスマートフォンを手に取ることは無さそうだ。
「いったいどこにいるんだ…」
「結婚式の準備してて思ったんだけど、私って以外と諒太のこと知らないみたい。」
「ん?どういうこと?」
「いやー、例えば苦手な食べ物だったり、性格とかもそうかな。結構こだわりがあるというか、気難しいというか。」
「いまさらかよ。まあ、言ってもまだ2年くらいの付き合いだもんな。」
芽依と知り合ったのは2年前。友人からの紹介で知り合い、半年の交際期間を経てプロポーズした。お互いアラフォーになりかけという年齢で知り合ったものだから、先を見据えると色々急ぐ必要があった。だからこそ、お互い知らないことはまだまだあるかもしれない。そして、勝手な思い込みということも色々とあるのかもしれない。
「まあまあ、これから嫌でもわかってくるでしょ。」
「そうね。知りたいことも、知りたくないことも、いろいろね。」
「よう。なんだか大変なことになってるな。」
「フワか。まいったぜ本当に。」
声をかけてきたのは、大学の友人であるフワ・ジーラだ。ブラジルからの留学生ではあるが、日系3世で、家族間は日本語で会話してただけあり、日本語に全く違和感はない。
「どうやら、お困りのようだ。手伝ってやろう。」
なぜかハードボイルドな空気を出すのが得意で、それが癪に障ることもあるが、基本的にはイイヤツである。そして妙に頭が切れる。
「芽依はこんな紙を置いて行ったらしい。」
「んー?<カモノ天上ル先ニテ我学ブ>。フッ、なるほどな。」
「なるほどなって。何かわかったのか?」
「いいや。何もわからない。ただ、なかなか面白い暗号だと思ってな。」
「面白がっている場合かよ。せっかくの結婚式がめちゃくちゃだ。」
「確かに。お前さんからしたらめちゃくちゃかもしれないが、新婦さんはすごく楽しんでいるように思えるぜ。結婚式ってのは、新郎新婦が主役だ。そのうちの片方が楽しんでいるならいいじゃないか。」
「俺は全く楽しくないんだが。」
「ああ、そうだったな。悪い悪い。で、これからどうするつもりだ?」
「とりあえず、謎を解くしかなさそうだ。さっきから電話をかけているんだが、まったく繋がらないしな。」
「なんかこの暗号の一部でも思い浮かぶものはないのか?例えばカモのところとか。」
「いいや。全く覚えがない。」
「なるほど。じゃあ、京都でカモが付く名所を調べてみよう。例えば、下鴨神社や上賀茂神社とかあるよな。」
「確かに、それらにはカモが付くな。」
「あとはGoogleマップで見てみよう。お、賀茂川ってのもあるな。ん、これは途中から鴨川に名前が変わるのか。変わってるな。鴨川公園や、賀茂大橋、鴨川デルタってのもあるのか。」
「本当にいろいろあるな。だが、それだけあると全然絞れないな。」
「確かにな、<カモノ天上ル>ってのは、カモが付く何かの上ってことだと思うんだが、どこを選んでもそこにあるのは空しかないからな。何かカモが付く場所で、2人の思い出とかないのか?」
「本当に等間隔に座ってるな。」
「でしょ?昔からそうだよ。特に祇園祭りの時には多い気がするね。」
「お祭りは日本人の心を盛り上げる力があるよな」
「そうだね。それに、これだけカップルが周りにいると、付き合ってない者同士でもいい空気になったりするよね。」
周りの熱に浮かされてってわけではないが、自分もそうだったなと思う。年齢も年齢であり、周りがどんどん結婚、出産というステージを進んでいくなか、自分このままでいいのかと自問していた。結論は先に進むことだった。もう思う存分一人の時間を満喫したと思うし、さすがに親もうるさくなってきたのもあった。芽依とはそんな時期に出会い、流れのままに付き合った。テーマパークの夜のイベント、一番盛り上がった後に告白した。
芽依は実家の京都から就職を機に東京に出てきて、ずっとそのまま東京暮らしをしていた。実家にご挨拶に向かうついでの京都旅行。そして今日は祇園祭りの宵山であった。
「私は、もしかしたらあの時、少し浮ついたところがあったかもしれない。」
「え?急にどうしたんだよ?」
「別に?ただ思いついたから言っただけ。ただ、諒太と付き合って結婚できることは何も後悔していないよ。たとえあの時、周りの熱に流された結果、今こうなっているとしても、それはきっとそういう運命だったんだと思うから。」
「運命か…確かにそうかもな。」
「そうそう運命。そういえば昔はここでよく遊んだな。水に落っこちたりもした。」
「やんちゃだったんだな。」
「そうかもしれない。色々な思い出のある、大切な場所だよ。ここはいつまでもこうであってほしいな。そして、ここに諒太と二人で来れたのもまた運命だよ。」
「この間来た京都旅行で、鴨川に大事な思い出があると言っていたな。」
「ほう。じゃあ、暗号のカモは鴨川を示しているのかもしれない。」
「仮にそうだったとして、カモノ天上ルってなんだ?」
「お相手は天狗だったりしてな。」
「そんなバカなことがあるわけないだろう。真面目に考えてくれ。」
「ああ、すまない。ところで知っているか?京都では北に行くことを上ル。南に行くことを下ルと言うらしい。」
「え、そうなのか。だとしても、そんな大事なこと、なんで教えてくれないんだ。」
「聞かれてないからな。」
「聞かれてなくても、この状況を考えたら少しでもヒントになりそうなことは教えてくれよ。」
「悪い悪い。んで、これで少しは暗号が解けそうか?」
「いいや、鴨川を上るということなら、天の文字は不要なはずだ。」
「確かにな。天か…」
「仮に賀茂川を示しているだとしたら、その北のほうにあるものは京都産業大学だが、北というよりは北西方向だし、確実に合っているとは考えにくい。ただ、時間もないからまずはこっちに行ってみるしかないか。」
「いいや、そっちにいって、仮に見つからなかった場合、陽が暮れちまう。曖昧な状態で向かうのは危険だと思うな。」
「だったら、天の示す意味を考えてくれよ。こっちは焦っているんだよ。」
「焦った時ほど、物事を冷静に考えるんだ。何事も、心に余裕のないやつが敗者になる。」
「…わかったよ。」
「わかったなら、それでよし。天の意味か、カモが鴨川、もしくは賀茂川を示しているとして、その川の天となる場所となるわけだが、さっきからマップを見て思ったんだが、何か気付かないか?」
「マップ?いいや、なにも気付かない」
「それが、余裕のない証拠だ。遠くから見て見たらわかるかもしれないが、賀茂川と高野川の合流地点近くに架かる賀茂大橋を含む今出川通り。そして、丸太町橋を含む丸太町通り。この2本の通りを天の字の横線と考え、合流点からそれぞれの支流沿いに走る道路をいわゆる人の字に見立てれば、天の漢字の完成だ。」
「本当だ。これは天とみなしていいな。じゃあ、カモの天上ルってのは、この天の字を中心に北を指しているのか。」
「恐らく、そうに違いない。現にこの天の字の北には京都精華大学があるからな。」
「京都精華大学か。だが、この結婚式のタイミングになって学ブってのは一体何をしているんだ。」
「それは、行って本人に聞いてみるんだな。まずは乗れよ、送るぜ。」
フワは自らが駐車場に止めた、メタリックグレーのAudi RS 3 Sportbackを指さしながら自信満々に言う。
「そういえば、お前今京都に住んでるんだったな。」
「ああ、こんなこともあろうかと、車で来てよかったぜ。」
「念のため聞いておくが、グルじゃないよな。」
「それは100%無いことを神に誓おう。」
「とりあえず信じることにするよ。」
プロポーズするとき、正直に言うとすごく迷った。本当にこの人でいいのかと自問自答を繰り返した。相手のことをわかっているようで、時々分からなくなることがあるからだ。もちろん、相手の全てを知ることは難しい。人間はだれしもなにか秘密を持って生きている。その秘密を無理に暴くことは問題外であり、かといって引き出す意味はあまりない。
しかし、結婚した後に、自分の知らない部分を見たとき、それを果たして受け入れることができるだろうか、自分には自身が無かった。そしてその逆も然り。自分がまだ芽依に見せていない部分を見せてしまったとき、それを許してもらえるだろうか。受け入れてくれるだろうか。それが心配でならなかった。同居する前までは、家で一人の自分というのは、言わばブラックボックスであり、自ら発信することがなければだれも知ることがないものである。もちろん、そのブラックボックスを大っぴらに見せる人間もいれば、そうでないタイプもいる。自分はもちろん後者だ。だからこそ、今は後悔している。最初からありのままの自分を見せておけばよかったと。
芽依が言っていた、あなたを知らないという発言は本当なのだろう。
「フワ、学ブって部分だけど、芽依は今何を学んでると思う。」
「結婚式前の新婦さんが学びたいことなんざ、俺にはよくわからねえな。だが、お前さんはそれが何なのか、何となく気付いているんじゃないのか。」
「ああ…何となくな。」
「だとしたら、それを答え合わせすればいい。ほれ、着いたぞ。ここから先はお前ひとりで行ってこい。」
「ああ、ここまでありがとうな。」
「報酬は後で請求するぜ。上手い飯でも奢れよ。」
「ああ、必ずやいつかな。」
京都精華大学は京都市左京区の膨大な土地に建てられており、約20㎡の土地に22の校舎が並んでいる。芸術、デザイン、マンガなど変わった学部が存在し、国際文化学部やメディア表現学部などもある。
本当に突拍子の無いことをしたと思っているけど後悔はしていない。事実、今回のゲストの中でこのことを知らなかったのは諒太本人、親友であるフワくん。あと諒太の友人のよくわからない猫なんとかって人だけ。
両親には迷惑をかけたかもしれない。特に諒太の両親には悪いことをした。だけど、それも許してくれたあの両親たちは本当に懐の広い人たちだなと思う。私達もあんな風になりたい。
そして教室のドアが開く。
「やっと見つけた。」
「やっと見つかった。」
諒太が私の手を取る。ウエディングドレス姿の私の手を。
「どうして、自在館にいるって分かったの?」
「君を表す言葉としてピッタリだと思ったからだよ。自在っていう言葉がね。」
「まあそうだよね。でも諒太の心の中までは思うがままにならなかった。」
「そりゃ一人の人間だからね。」
「そうだね。私もまだまだだね。」
「そもそも、一人の人間が思うがままになるなんてことはないんだよ。」
「そうだと思う。」
「二人でお互いのことを知って、ちょっとずつ受け入れていこう。そして、どうしても受け入れられないことがあれば、それはちゃんと話し合おう。」
「うん、わかった。」
「さあ、帰ろう。」
「うん。」
そんなわけで、一見落着となったわけです。いやー戻ってきた後は盛大なお祝いをしましたよ。なんたって二人の晴れ舞台ですからね。本当にいい式でした。私も参列できてよかったですけど、なんか周りの人はみんな知ってたみたいですね。私だけのけ者にされたみたいで気分はすごく落ち込んだもんですよ。まあでも終わりよければ全てよし、みんなが笑顔になるのが一番ですね。めでたしめでたし。
え?結婚式のあとの二人ですか?それはまあ普通に平和にやってるって話ですよ。本当に思ったよりお互いのことを知らなかったみたいで、逆に新鮮みたいですね。毎日が新鮮って野菜かって思うかもしれないですけど、みずみずしい生活羨ましいですねえ。憧れますね。
え?私ですか?私はつたない小説化。結婚なんて夢のまた夢です。でも夢でも会えたらいいですね。パートナーがいるのはめんどくさいことも多々ありますが、きっと人生を華やかにしてくれるでしょうから。私もそんなパートナー探してみようかな。
あ、せっかくだから名刺置いておきますよ、猫に田んぼでネコタって苗字です。変わってるでしょう。また来ますね。それではほなさいなら。
<この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。>