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第6回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
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鳴神月心中

 梅雨時に雨が降るのは当たり前だが、しとしと降る梅雨らしい雨とは異なり、真夏のゲリラ豪雨を思わせる篠突く雨が街を濡らしている。

「どうしてこんな雨の日に呼び出すかな」

「こんな雨の中、のこのこ出てくるのは君ぐらいのもんだろう。まあ僕のおかげで人気のカフェに来られたんだから感謝してほしいくらいだね」


 御茶ノ水のお茶カフェ。最近オープンしたというこの店は、あらゆる種類のお茶を供することと、店の大きなガラス窓から臨む橋の景観とが相まって、人気店らしい。

 だが、今は豪雨のせいか、店は貸切状態だ。


 コーヒーを注文した私に、彼は毒づく。

「珍しい茶が飲めることが売りの店でコーヒーとはね。君ってやつは」

などと言いながら、韃靼蕎麦茶ラテを啜っている。

「生憎と私はコーヒー党なんだ。それに蕎麦アレルギーだから蕎麦茶は飲めない」


 この不遜な態度の男は、仕事がらみのパーティで最近知り合った。

「激しい作風に注目しているよ」と二枚の名刺を向こうから寄越してきた。

 大手出版社の編集者が正当な肩書だが、プライベートの名刺には『銘探偵』と謳っている。

どうやらシルクハットがトレードマークのあの探偵に傾倒しているらしい。

 そして推理作家のはしくれの私は、さしずめ美袋役に抜擢されたというところか。


「それにしても退屈だな。こんな面白くない天気なんだから、何か面白い話でもしたらどうだい。君は作家なんだから」

 呼び出したのはそっちだから、そっちがもてなすのが筋だ、と喉元まで出かかった言葉をかろうじて飲み込む。揉めたところでこの男に勝てる気がしない。勝敗が見えている戦はしないに限る。

 そもそも、売れっ子作家とは言い難い私には、この男とのコネクションは貴重だ。


「大学の時に、梅雨にこんな豪雨に見舞われたことがあったな…。ちょうどサークルのメンバーと旅行した時に」

「サークル。へぇ。ミステリ研究会でも入っていたのか」

「いや、チャラ系テニサー」

「ほぅ。まさかそれだけで面白い話は終わりかい?」

「いや…もう10年前か。そろそろ話してもいい時期かな。その旅行中、クローズドサークルで人死にがあったんだ」


 そうして私は語り始めた。




 大学の創立記念日が六月で、その年は金曜日にあたり、三連休となった。せっかくだから旅行でもしよう、という話が持ち上がった。

 ところが、大学生はバイトだゼミだ就活だ、と案外忙しい。

 結局、都合のついた六人のメンバーだけで、N県の山奥にある貸別荘に行くことになった。

 数奇な金持ちが建てた洋館を改装した貸別荘とかで、サークルの姫的な立場の、かわいくて華があって男はみんな惚れるようなそんな存在の女子が、どうしても行きたいと言い出してそこに決まった。




「ああ、どこにでも姫みたいの、いるな。で、姫はサークル内の誰かとつきあってたんだろ」

「育ちが良くてイケメンでおおらかで明るい、サークルの王子みたいな人とつきあいはじめて間もない時期だった」

「ふん。姫に王子か。王道だな。で、旅行のメンバーは?」

「私、姫、王子、男子で長瀬、松岡、城島。思えばみんな姫に惚れてた」

「姫と王子とTOKIO。君だけ何も持ってないんだな」



 その日は車二台に分乗して東京を発ち、途中で昼食を摂り、テニスをした後、貸別荘に向かう予定でいた。

 N県は蕎麦が名物だが、私と王子が蕎麦アレルギーであることを事前に申告済だったため、ソースカツ丼を食べに行ったところそれが最高においしかった。


 梅雨とも無関係な高原の爽やかな空気の中、テニスをして宿に向かった。

 切り立った崖の上に聳え立つ洋館は遠目でも目立ち、素晴らしくフォトジェニックだった。「ここにしてよかった! ね?」と姫は大はしゃぎだった。

「今回もスイーツを作ってきたから、着いたらみんなで食べよう。カップケーキだよ」

 姫はいつでもお手製のスイーツを差し入れていた。



「姫は料理も上手なのか」

「スイーツやパスタみたいなチャラついた物しか作れないようだったけど、まぁ上手だったかな」

だった(・・・)…なるほどね」




「私、あのお部屋がいい!」

 ロミオとジュリエットに出てくるようなバルコニーの張り出した二階の部屋を姫が望み、女子はそこを使うことになった。

 ただ、バルコニーは崖の方角を向いているから、ロミオは登ってくることができない。なんだか不吉な予感がした。


 貸別荘の一階は厨房と続くダイニング、広々としたリビング、浴室。

 二階にツインの寝室が三部屋。いずれもゆったりと空間が取られ、ホテルのようにラグジュアリーな雰囲気を醸し出している。

 各自寝室に荷物を置き、姫はカップケーキを厨房に置き、みんなして館内の探検をはじめた。

「わぁ、どのお部屋もステキ!」

「厨房も広い。何か料理して食べてもいいかもしれないな」

「明日の朝ごはんくらいなら作ろうか」

「風呂もきれいだぞー」

「見たい見たい!」


 ところが、はしゃいで探検をしているわちゃわちゃした時間は、突然の不穏な音で遮られた。

「あれ? 雷の音?」

「今日、雨が降る予報じゃなかったけどな」

「ヤバい、かなり近そうだぞ」



「雷が原因でクローズドサークルになったのか」

「そう。貸別荘から少し下ったところの木に落雷したらしく、倒木でどうにも道が塞がれていた。警察に連絡したけれど、もう夕刻で対応は明日になると言われた」



「うっわ」

「明日までこもるのかー」

「最悪だな」

 車さえ乗れば市街地まで三十分ほどなので、夕食も外食するつもりでいた私達は酒のつまみ程度しか食べ物を持ち合わせていなかった。

「停電にならず、車も無事だっただけラッキーだよ。明日なんてすぐだよ。コーヒーでも淹れるから姫のカップケーキをいただこう」

と王子が明るい提案をした。そういう機転が利く男なのだ。


 王子が全員分のコーヒーを淹れ、姫のお手製カップケーキをお供にダイニングでお茶をすることにした。


「いつもありがとう」

「いい嫁さんになれるよ」

「おいしい! カップケーキもだけど、コーヒーもすごくおいしいよ!」


 と、みんなで楽しく食べていたはずの私は急に気分が悪くなり、そこからしばらく意識を失ってしまった。

「大丈夫か、おい!」と頬を叩かれ呼びかける声で意識を取り戻した時には、私だけでなく、王子も倒れていた。

 王子は、カップケーキを食べていたところ、突然苦しみだして倒れ、そのまま亡くなったと言う。



「毒か。カップケーキを配ったのは誰だ。それと、コーヒーを配ったのは」

「カップケーキを配ったのは姫で、コーヒーを配ったのは王子。ちなみに、ミルクと砂糖は持ち合わせていなかったから全員ブラックコーヒー」

「ふん。毒殺は女が使う手段だな」



王子の死により、ほとんどの者が半狂乱になっていた。

「毒? 姫、何か知ってる?」

「知らない…私、私、毒なんて…」

「俺達も毒で死ぬんじゃないか」


混乱の中、長瀬だけは冷静に警察と救急車に連絡を取った。

「駄目だ。倒木の影響で明日以降の到着になるって」


「配ったのは姫と王子…ということは、姫と王子は渡す相手を選べたわけだな…でも王子が自分自身に毒を盛ることがあるかな…」と、推理をつぶやく松岡。


「姫、大丈夫だから落ち着いて。俺は何があっても姫の味方だから」と、姫を慰める城島。




「長瀬はまるでこんな事態になることを想定していたかのように冷静だった。松岡は家が薬局。そして城島は姫に一番ご執心だった」

「全員怪しいじゃないか。でも王子だけならともかく、君も毒を仕込まれたんだろう? で、その先は?」




 警察の指示で現場を保存するため、王子をそのままダイニングに残し、私達はリビングに移動した。

「なんでこんなことに」「帰りたい」「一体誰が」と、口を開けば後ろ向きなことばかり口走る私達は、次第に無口になっていった。

 そんな中で姫は、まるで本人も毒を(あお)ったかのように、ぶるぶる震えていた。城島が慰めるようなことを言っても、虚ろな視線で一点を見つめるばかりで禄に返事すらしない。


 カチカチという音はやけに耳につくくせに、一向に進まない時計を見ながら、リビングでみんな揃った状態で夜を明かすものだと思っていたところ、姫が自分を奮い起こすように言い出した。

「…シャワー浴びないと。部屋に行って準備してくるね」

「俺も付き添うよ」と言う城島の申し出も断り、ふらふらとした足取りで二階に向かっていった。


 姫が場を離れたのをいいことに、三人は話し始めた。まだ気分の悪い私は、朦朧とした頭で聞くともなく聞いていた。

「おい、松岡。なんの毒だよ。薬局の息子なら分かるだろ」

「知るか。俺、経済学部だし」

「姫、かわいそうにな。卒業したら王子と結婚する約束していたらしいぞ」

「王子、いい奴だったもんな…でも、俺達にも姫とつきあうチャンスができたぞ」

「今そんなこと言うのは不謹慎だろ」

「いや、でも姫が毒を仕込んだのかもしれないしな」

「姫じゃないかもしれないだろ。王子かもしれないし、お前が仕込んだかもしれない」

「明日警察が来るまで待つしかないかな。って、姫、降りてこないな」


 いつまで待てど姫は一階に降りてこない。心配に思い三人が部屋を見に行ったところ、バルコニーに通じる窓が開け放たれ、姫の姿はなかった。

 洒落た猫脚のナイトテーブルの上には震える字で「私じゃない」と走り書きのメモが残されていた。

姫は、バルコニーから崖に飛び降りてしまったのだ。


 王子と姫は同日に亡くなった。()しくも、ロミオとジュリエットのようなバルコニーを舞台に。



「結局、事故として警察は処理したんだろ」


 韃靼蕎麦茶ラテで口を湿らせると、銘探偵は言った。


「話し始める時に君は『殺人(・・)』ではなく『人死に(・・・)』と言ったからな。君と王子を選んで毒を仕込んだのではなく、全員に仕掛けられたものが、君と王子だけ反応したってところだな。全員分のカップケーキに蕎麦粉でも混入していたか」


 さすがは銘探偵。全員のカップケーキから(わず)かに蕎麦粉が検出された。王子の検死結果は『蕎麦粉によるアナフィラキシーショック』だった。


「となると、偶然に蕎麦粉が混入したか。姫が蕎麦を打った手でカップケーキを作った、ってことはないだろうな。チャラついた料理しかしないって君が言ってたもんな。それなら誰かが故意に混入させたか。貸別荘内を探検してる時にこっそりカップケーキに蕎麦粉を振りかけるくらいなら誰にでも訳なくできそうだな」


 銘探偵は不敵に笑う。


「長瀬? 松岡? 城島? もしくは、君?」


 鼠をいたぶる猫のような眼差しで銘探偵は続ける。


「本気で人を殺そうと思ったら、長瀬と松岡と城島なら、別の手段に出るだろう。蕎麦粉じゃ確実性に欠ける。毒を使うにしても、特に松岡なら、その気になればもう少しマシな薬を入手できる」


「ところで君、美奈子(・・・)くん、好きな戦国武将は織田信長かな?」


 いきなりの方向転換に驚いたが、確かにその通りだ。


「『鳴かぬなら殺してしまえ時鳥』、君は王子に惚れていたんじゃないか。でも一向に振り向かないどころか、王子は姫とつきあいはじめた。君はいっそのこと王子を殺してしまおうと思った。蕎麦の中毒で死ぬかどうかは分からないけれど、試してみた、というところかな。誰が配ってもいいように公平に蕎麦粉をかけて。最悪の場合は君も死んで、心中になってしまうけれど」


 そう。私は王子と私の心中を狙っていた。私の蕎麦への耐性が思いのほか強く、叶わなかったけれど。

 好きだったのだ。命を賭すほどに。


「あくまでも推測で話したに過ぎないし、警察が事故として処理したならそれでいいんじゃないか」


 あの時のように、外では雷鳴が轟いている。


「知ってるかい? 六月は雷が多い月なんだ。別名を『鳴神月(なるかみづき)』と言うくらいにね」


 銘探偵はそう言い残し、鳴神月の街へと去っていった。

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