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第6回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
22/26

緑の指はこの街に

 枕元のスマホが震えている。

 ブー、ブー、と長めに振動するバイブは着信だ。今日は日曜で大学は基本休みなので、アラームは設定していない。壁の時計を見るとまだ七時前だ。

「誰だ、こんな朝っぱらから……」

 止まない着信に根負けして、ロクに画面も見ないまま通話を押す。途端に聞き慣れた声が飛び出してきた。

「もしもしおっくん?! 大変ー!」

 あぁ、やっぱりこいつか……

「どうした……」

 声に隠しきれない諦念が混じる。

「うちが、てかうちのアパートが大変なんだよ!おっくん起きたよね?とにかく来てー」

 プツ。唐突に通話は切れた。

「マジか…」

 正直、面倒くさい。でも俺はこれから着替えてあいつンとこに行くんだろう。こんな朝っぱらから。

 のそりとベッドから起き上がる。

 自分の律儀さに涙が出る。


❈❈❈❈❈


「あ、おっくん。来た来た〜」

 二十分後。自転車に乗ってきた奥田に向かって松本が手を振る。

「あ、そうだ。おはよ〜」

「おはよ〜、じゃない。それとおっくんやめろ」

 奥田は辺りを見回した。アパートの住人らしき人たちが何人か、建物を取り囲んで何か話している。彼らの視線を追って三階建てのアパートを見上げた。

「……何か、ずいぶん華やかだな?」

 アパートの外廊下にプランターが置かれ、こんもりとドーム型に広がった葉の間から赤やオレンジ色の花が咲き誇っている。さらに手すりにはハンギングバスケットが吊るされ、こちらには黄色い花が溢れるように咲いている。アパートの入口も鮮やかに彩られていた。

「グリーン・ゲリラが来たみたいなんだよ」

「グリーン・ゲリラ?!」

 グリーン・ゲリラとは二年ほど前から市内に現れる、謎の緑化集団のことだ。前夜、寝る前までは何でもなかったのに、朝起きると辺り一帯に満開に花開いた鉢植えやプランターが置かれ、一夜にして花だらけにしていく。もちろん、その現場を見た者はなく、グリーン・ゲリラの正体を知る者はいない。今回は松本の住むアパートがターゲットになったようだ。

「で?どうするんだ、この花?」

「…うちの玄関前にプランター二つと、あと吊り下げ式の……」

「ハンギングバスケットな」

「そう、そのバイキングなんとかが一つあって、それがうちの割り当て分みたい」

「割り当て分って……」

 少し呆れて溜め息をつく。

「頼んで貰ったワケでも、欲しくて自分で買ったワケでもないのにか。面倒くさかったら世話なんてしないで、別に放ったらかしといてもいいんだぞ?」

「そうなんだけどさ……」

 少し迷うように、松本がアパートに目を向ける。

「……この中でうちの前だけ枯れてたら、マズくない?」

 言われて、改めて花々に彩られたアパートを見た。そして一ヶ所だけ、茶色く枯れてカサカサになったプランターがある様子を想像してみる。

「……で?ジョウロとかあんの?」

「ない」

「だろうな」

 今度は松本が地面に向かって息を落とす。

「おっくん、朝ごはんまだでしょ?デニーズでモーニング奢るから、店が開いたら買い物付きあってよ」

 松本の奢りならもちろん、奥田に断る理由はなかった。


❈❈❈❈❈


「何これ?!『競走馬の馬糞』だって。おもしろーい」

「……松本。お前さ、ジョウロ買いに来たんだよな?」

「そうなんだけどさ。園芸コーナーにこんなに色々あるなんて知らなくてさ」

 デニーズでモーニングを満喫したあと(トーストではなくパンケーキをチョイスした)、アパートから歩いて五分の小さなホームセンター『エーサン』にやってきた。エーサンの近くには百円ショップもあるのだが、サイズの小さなジョウロしか置いてなかったのだ。グリーン・ゲリラの置いていったプランターはしっかりとした大きさがあり、

「この百均のジョウロだと、水を汲みに確実に三回は往復することになるぞ」

と奥田に言われ、ここに来たのだ。

「ジョウロと、あとは……」

「肥料が要るだろ」

「そう、肥料もだよ」

 堆肥を見ていた棚の向かい側に、ずらりと肥料が並んでいる。チッソ、リン酸、カリ。固形、有機、活力剤……。

「…どれが良いと思う?おっくん」

「こんなにあるとはな……」

「何がどう違うんだろう?有機って体に良いヤツ?」

「百均と違って選びたい放題だけど、こんなにあると返って選べないよな」

 二人して棚の前でウロウロと路頭に迷っていると

「何かお探しですか?」

 女性店員が声をかけてきた。

「肥料を探してるんですけど……」

「どのようなタイプが良いでしょう?」

「どのようなって言われても……」

 口籠る松本の隣から

「こいつ花育てるの初めてなんで、初心者でも簡単なのってありますか?」

「それなら、液肥はいかがですか?」

「液肥?」

「はい。一〜ニ週間に一度くらいの割合で、水で薄めたものを与えるんです。これだと水やりの時に一緒に出来るので、簡単だしオススメですよ」

「確かに水やりと一緒なら簡単かぁ」

「はい。どのようなお花ですか?」

「それが……自分で買ったワケじゃないから、種類とか分からなくて」

「頂きものですか?」

 店員が軽く首を傾げる。

「いや、何というか、グリーン・ゲリラが来たみたいで」

「グリーン・ゲリラ!」

 なるほど、と得心したように頷きながら

「実はすでに何人か、同じようにジョウロや肥料を買っていくお客様がいらっしゃってるんですよ。今日はちょっと多いなと思っていたのですが、なるほど、グリーン・ゲリラでしたか」

「朝起きたら、いきなり花だらけにされちゃって」

 はいはい、と店員は笑いながら頷く。

「グリーン・ゲリラは二年ほど前から出始めたんですよね。それがきっかけで景観が変わった地区もあるんですよ。確か、最初にグリーン・ゲリラが出たのは商店街だったんじゃないかしら。昔とずいぶん変わったみたいですよ」

「商店街って、駅の北口の方の?」

「はい。今日は日曜日ですから、きっと賑やかだと思いますよ」


❈❈❈❈❈


「何かさ、思わぬ出費だったよ」

 会計を終えた荷物を持ってエーサンを出た。

「…お前が思わぬ出費をするのは良いんだが、なぜ俺がトイレットペーパーを持っているんだ?」

 店を出た奥田の手には、16ロール入りのトイレットペーパーが持たされている。

「だって安かったんだもん。いくら広告の品とはいえ、今どきトイレットペーパー16コ入って298円はないよ?激安だよ?!これだけあれば当分買わないで済むし」

 松本は出てきた店の入口を少し振り返る。

「ここ、日用品がこんなに安いなんて知らなかった。今度からここで買おう」

「お前、今までティッシュとかトイレットペーパーとか、どこで買ってたの?」

「コンビニ」

「……そりゃ高いな」

 うん、と頷いて

「うちのアパートの近くにローソンとイレブンと、コンビニが二軒あるじゃない?だからついそこで買ってたんだけど、歯ブラシでも洗剤でもこっちの方が品数揃ってるし、断然安いし」

「そうだな」

「こんなことでもないと、このホームセンターとか来なかったよ」

「確かに」

 入口を出てすぐの場所には様々な花の苗や野菜の苗が並んでいる。そこで松本はふと足をとめた。

「グリーン・ゲリラが置いてった花って、こんな感じのだったっけ?」

「…これは苗だからまだ小さいし、色は違うけど確かに似てるな」

「ねぇおっくん。グリーン・ゲリラって、誰なんだろうね」

「気になる?」

「だってさ、アパートに置かれただけでも、結構な数のプランターだったよ?用意するの、大変だと思うんだ。お金取るワケじゃないし、何が目的なんだろう」

「目的……か」

 ただの気のいい園芸家の仕業なのか。それとも何らかのメリットが発生してるのか。

「最初にグリーン・ゲリラが来たのは、商店街だって言ってたよな」

「言ってたね」

「……久しぶりに行ってみるか、商店街」


❈❈❈❈❈


 駅の北口から少し歩き、交差点を左に入ると約八十店舗が軒を連ねる『銀座商店街』がある。その商店街の入口で奥田と松本は呆然としていた。

「ねぇ、おっくん。ここの商店街って、こんなんだったっけ……?」

「いや、もっと古くて閑散としてたような……」

 通りの両側にはプランターが並べられ、松本のアパートに置かれたような、ドーム型に広がるボリュームのある花が植えられている。等間隔に立てられた街灯は柱の部分にハンギングバスケットが吊るされ、商店街のどこを見ても花々が目に鮮やかだ。足元に敷かれた、赤茶色のレンガ風タイルと相まって

「何か、どこかのヨーロッパの町みたい……」

 そして商店街を歩くたくさんの人たち。それぞれが花々に彩られた通りや満開の花にスマホを向け、写真を撮っている。

「ずいぶん変わったとか言ってたけど、ここまでとはな…」

「小さい頃、旅行でフランスに行ったことがあるんだけど…」

「フランス?!」

「うん、夏に三週間くらい」

 さらりと言った松本をマジマジと見つめる。

「三週間も……?」

 小さい頃というからには家族で行ったんだろう。一家でフランスに三週間とか、いったい幾らかかるんだ。

 下世話だと分かっているが、ついそんなことを考えてしまう。

「パリから離れて郊外の小さな街を回ったんだけど、向こうって夏はフェスティバルがあるんだよね。ちょうどこんな風に街中に花が飾られていて、すごくキレイだったの、憶えてるよ」

 ぶらぶらと通りを歩いていると、松本が足をとめた。

「あ。パン屋さんだ。ね、明日の朝のパン、買ってってもいい?」

「あぁ」

 『栄国屋えいこくや』と書かれた看板の下のガラス戸を入る。六畳に満たないくらいの狭い店内に入った途端、

「うわぁ、良いにお〜い!」

 パンの焼ける甘くて香ばしい匂いに包まれた。さっそくトレイとトングを持って、

「オーソドックスにツナマヨかなぁ。あ、何これ?『ハンバーグパン』だって」

「ハンバーグパン?」

 見れば丸い形のパンの真ん中にハンバーグが乗っているものがある。ツナマヨパンのツナの部分がハンバーグになっている感じだ。ちなみに入口を入ってすぐの右側の棚にはサンドイッチや焼きそばパンなどの惣菜パンがあり、そこにはハンバーガーも置いてある。

「斬新だな……」

「面白いからこれにする〜。あ、『ずんだあんパン』も美味しそう」

 松本はツナマヨパン、ハンバーグパン、ずんだあんパンの三つを取り、レジに向かった。

「お願いしま〜す」

「はい、いらっしゃいませ」

 手際よくパンを袋に入れる店員に

「ハンバーグパンって初めて見たんだけど、美味しそうですね〜」

「ありがとうございます」

「この商店街、すっごい久しぶりに来たんだけど、前とすっごい雰囲気変わっててびっくりしました。花がいっぱい飾られてて明るくなって、なんか『映える商店街!』って感じ〜。お客さんも増えましたよね?やっぱりたくさん花を飾ってから?」

「えぇ、そうですね」

「こんなにキレイだと、絶対写真に撮ってSNSに上げますよね〜。今、SNSってすごいからなぁ。花を飾るようになったのって、グリーン・ゲリラが来てから?」

「まぁ、そうですね」

「実はうちのアパートも今朝、グリーン・ゲリラの襲撃を受けて花だらけにされちゃって〜。朝から近所のエーサンにジョウロとか肥料とか買いに行って、もう大変〜」

「あら、そうだったんですか。それは驚いたでしょう?」

 店員がくすりと笑う。

「そう。朝起きてびっくり〜!って感じ。花育てるのなんて初めてで。ここの商店街も、こんなにたくさんプランターとかあると、世話とか大変じゃないですか?」

「まぁ、それなのに手間はかかりますけど、なるべく簡単に育てられる種類にしてるんですよ。世話や管理の仕方はエーサンの人に教えてもらって」

「エーサン!初めて行ってけど、あそこ安くていいですよね〜!一人暮らしなのにトイレットペーパー16ロールも買っちゃって、どこに仕舞うんだ自分?!って感じ〜」

 今度は店員もはっきりと笑いながら

「そうなんですよね。行くとつい買っちゃうんですよね。商店街からも近いし、色々お世話になってるんですよ」

 いつの間にか接客モードから世間話モードになっている。

 これがこいつの怖いところだと奥田は思う。親しみやすい子犬系キャラで愛嬌があり、さらに裏表のない素直なリアクションが面白く、ついつい相手は口を軽くする。トレイとトングを持ってパンを選ぶフリをしながら奥田は聞き耳を立てた。

「そうなんだ〜。でもこれだけの数のプランターがあると、ぶっちゃけ費用も結構かかるんじゃないですか?ジョウロとか肥料とか買ったけど、やっぱそれなりに値段したし」

「あぁ、市から補助というか、助成金が出てるんですよ」

「えっ、そうなの?!助成金?」

「えぇ、継続的に緑化活動をしていてその実績があると、申請すれば助成金の対象になるんです」

「そうなんだ!知らなかった〜。あ、うちのアパートも申請すれば貰えるのかな?」

「すぐは無理かもですけど、ある程度したら、出る可能性はあるかもしれないですね」

「そっか〜。覚えておこう」

 会計を済ませてパンを受け取る。

「じゃ、お花育てるの頑張ってくださいね」

「ありがとう。頑張ってみるね〜」

「お待たせしました。いらっしゃいませ」

 奥田は松本と入れ違いにレジに立った。斬新なところが気になって、ハンバーグパンを一つ買った。


 パンを買った栄国屋を出てすぐのところに人だかりが出来てるのを見て

「あ、おっくん。紀勢屋きせやでお団子食べてこう」

 紀勢屋は昔ながらの甘味処だ。通りに面した小さなウィンドーには豆大福、柏餅、牡丹餅、芋羊羹、ちらし寿司などが並べられていて、団子のところには『注文を受けてから焼きます』と札が出ている。

「おっくん何にする?」

「むらさき(醤油)かな」

「僕もむらさき。あ、あと胡麻の団子も一本」

「はい、むらさき二本と胡麻一本ね。これから焼くから少し時間がかかるけど」

「あ、全然大丈夫です」

「松本、あれ」

 団子を食べながら歩いていく数人は、手に同じ袋を持っている。

「あぁ、『ヤルヴィ』に来た人たちだね」

 この南能市なんのうしには駅から車で十分ほど行ったところに周囲ニキロほどの人工の湖があり、数年前に北欧の伝説をモチーフにしたテーマパーク『ヤルヴィ』が出来たのだ。あの人たちが持っているのは、そのヤルヴィのロゴとキャラクターのシルエットが印刷された袋だった。

「おっくん、ヤルヴィって行ったことある?」

「いや、まだ」

「僕も。出来てから結構経つのに、なかなか行かないんだよね〜」

 そんなことを話していると

「はい、むらさき団子二本と胡麻一本、お待ちどうさま」

「あ!美味しそう〜!」

 団子を受け取りながら

「ここの商店街、ずいぶん賑やかだけど、ヤルヴィからのお客さんも来てるんですか?」

「そうだね、最近は増えたね」

「最近はって言うと、前はあまり来なかったとか?」

「駅からヤルヴィまで直通バスが出てるからね。真っ直ぐ駅まで行ってそのまま電車に乗って帰るから、こっちに寄ることはなかったよ」

「そうなんだ…。テーマパークが出来たら観光客が増える、なんて話があったけど、なかなか難しいんだね」

「グリーン・ゲリラがきっかけで、本格的に緑化活動するようになってからかな。初めはなかなかだったけど、ネットやSNSに写真が出るようになったら、徐々に増え始めたね」

「すごい変わりましたもんね〜。みんな写真撮ってるし、僕もお団子撮って上げようかな」

「よろしく頼むね」

 店先から離れると、松本はハンギングバスケットの花を背景にむらさきの写真を撮った。そのまま焼きたての団子を頬張る。

「あったかくて、モチっと柔らかくて美味しい〜!」

「焼きたての醤油の、焦げた匂いがたまらないな。ウマい」

「胡麻も!胡麻が香ばしくてすごい良い匂い。甘さも控えめで、どこまでも胡麻!って感じ〜」

「何だそりゃ」

 言いながら奥田もスマホを出して、花の写真を撮った。

「あ、おっくんもネットに上げるの?」

「いや、ちょっとな」

 そのまましばらくスマホで何かしていたが、やがて二人でぶらぶらと歩き始める。

「…見た目ずいぶん華やかになったけど、基本は昔の商店街なんだよな」

 古くからの新聞販売店があり、豆腐屋がある。蕎麦屋、焼き鳥屋、日用品店。そして新しくオープンしたカフェに唐揚げ屋。賑わいと共にシャッター通りの危機から脱出しつつあるようだ。

 花で飾られた通りを歩いていたが、ぽっかりと空いた空き地の前で奥田は足をとめた。

「…もしかしたら、グリーン・ゲリラの正体が解ったかも」

「え?おっくんマジで?!誰なの?」

「まず、グリーン・ゲリラが単独犯じゃないのは分かるよな?」

「うん…。うちのアパートもだけど、この商店街全体を花で飾るとしたら、相当の人数が要るよね」

「グリーン・ゲリラは、複数の要因が絡んだ集団だと思う。まず最初はこの商店街の人だ」

「えっ?ここの人たち?!」

「全員じゃない。一部の、何店舗かの人だ。あと商店街組合の上役」

 以前の商店街は、はっきり言って寂れていた。休日でも人通りは少なく、平日ともなればガランとしている。そんな状態を打破するべく様々なイベントを打ったが、当たったものはなかった。いつの間にかシャッターが降りたままの店が増え、商店街組合はかなりの危機感を持ったはずだ。

「それからエーサン」

「エーサンも?!」

「当然だ。これだけの園芸資材や花の苗、プロがいなきゃ用意出来ない」

「まぁ、そうだけど」

「それにコレ」

 奥田が見せたスマホには花の写真が載っていて、『エーサンはガーデニングビギナーを応援します!』とある。

「あ!グリーン・ゲリラの花と同じ」

「エーサンのオリジナルブランドの花だ」

「オリジナルってことは、エーサンじゃないと扱ってないってこと?」

 エーサンは『コモリ』や『ビッグホーム』と並ぶ大手ホームセンターで、全国にチェーン展開している。他との差別化を図るため、ここ数年は自社ブランドの開発に特に力を入れている。

「そう。さらにはエーサン閉店の噂」

「閉店?!そんな話、あったの?」

「三〜四年前かな」

 エーサンは大手ホームセンターとして郊外型の大型店舗を幾つも展開しているが、この街にあるのは「そう言えば物心ついたときからありました」というような、古くて小さな店だ。そこに来て、バイパス近くにビッグホームが大型店舗を出店した。ここからは離れているとはいえ、圧倒的に品揃えの違うビッグホームの存在は、エーサンに確実にダメージを与えた。

 シャッター通りの危機に瀕した商店街と、閉店話が持ち上がったホームセンター。

「つまり、商店街とエーサンがタッグを組んで…」

「起死回生の一手を打ったんだ」

 どっちから話を持ちかけたのかは、当事者じゃないから分からない。栄国屋の店員も「よく行く」と言ってたから、愚痴がてら「うちも厳しい」なんて話をしたのだろう。そしてエーサンの売上げになり、商店街の客足に繋がるようなイベント『グリーン・ゲリラ』の計画が持ち上がる。

「実行部隊は、朝早くから動いてる店だろうな。まず確実なのは新聞販売店」

「まだ暗いうちから、配達とかするもんね」

「そう。商店街中にプランターを設置しているとき、いちばん目撃する可能性が高いのが新聞配達員だ。そこが騒がないということは…」

「最初から仲間なんだね」

「それに豆腐屋の『豆吉とうきち』、パン屋の『栄国屋』。紀勢屋もだろうな。朝からあんこ炊くから」

 これら何軒かの店が協力し、まだ暗いうちから少しずつ時間をかけ、ハンギングバスケットを吊るすための金具の取付けなどの準備を進める。エーサン側は園芸資材と花を手配する。全ての準備が整った頃、寝静まった商店街に一気にプランターを置き、ハンギングバスケットを吊り下げると

「『グリーン・ゲリラ』だ……」

「そういうこと」

「え、待って?そんな面倒なことしなくても商店街のイベントとして、みんなで花を植えて緑化活動すればいいんじゃない?」

「それだとただの地方の商店街の、心温まるほっこりニュースにしかならないだろ」

 誰の仕業かは分からない、一夜にして生まれ変わった商店街は不思議なミステリーとして、ちょっとしたニュースにもなったのだ。

「何しろインパクトが違うからな。今だって全国ニュースにはなってないけど…」

 奥田がスマホで検索すると『グリーン・ゲリラ』関連の見出しが幾つか表れる。そのほとんどが

「『咲たまテレビ』だ〜」

 県内のニュースや情報を主に放送しているご当地チャンネル、咲たまテレビ。グリーン・ゲリラの出現は格好の取材対象らしく、何度かニュースになっている。一度など『グリーン・ゲリラの正体を追ってみた』という三十分ほどの特集番組が組まれ、この商店街を始めテーマパークの『ヤルヴィ』、他にもグルメスポットなどが紹介され、

「…何かほとんど観光情報番組」

「でもいい感じにまとまってる。近かったらちょっと行ってみようかな、と思うような」

 そうして冷やかし半分にやってきた人たちが予想以上のクオリティに驚き(プロが一枚噛んでいるのだから当然だ)、写真を撮ってネットに上げる。それを見た人たちの間で徐々に拡散され、結果として訪れる人が増えたのだ。

「そっかぁ。お客さんも増えたし、市から助成金も出てるし、安心だね〜」

「その助成金だけど」

「助成金も?!」

「直接グリーン・ゲリラが関係してるワケじゃないと思うけど」

 さらにスマホで検索を重ねる。

「この人」

「南能市市議会議員、山川しげる……」

「緑化活動に助成金が出るようにした議員で、元々『ヤルヴィ』誘致計画に反対してた人だ」

 『ヤルヴィ』をオープンすることで観光客を誘致し、その観光客が市内で買い物することで地元の商店が経済的に潤う、というのが市の見解だったが、山川議員はテーマパーク誘致よりも地域の活性化に予算を使うべきだと主張していた。しかし

「…上手くいかなかったんだね」

「まぁ、シャッター通り寸前だったからな」

 『ヤルヴィ』が開業し観光客はやって来たが、紀勢屋が話したように、彼らは駅とヤルヴィを往復するだけで、商店街にお金を落としてはいかなかった。

「つまり、市の目論見は外れたんだね」

「そこに来て持ち上がったのが『グリーン・ゲリラ』騒動だ」

 謎の緑化集団により一夜にして花に彩られた商店街は、話題性たっぷりだ。さらにその後、商店街組合独自の努力により緑化活動は続けられ、商店街に行くことが自体が目的の観光客も増えて売上げも上がってきた。

「地域の活性化を公約にしてきた山川議員にとって、これは大きなチャンスだ。すでに実績があるからな」

 『ヤルヴィ』による経済効果のアテが外れた南能市としても、この実績は無視出来ない。かくして緑化活動に対する助成金はトントン拍子に決定した。地域や団体の場合は五十万、個人はニ十万円を上限に、掛かった費用の三分のニまで助成金を払うことが決まったのだ。

「さらに南能市」

「えッ?市も?!」

 スマホの画面を切り替え、南能市の地図を表示する。

「グリーン・ゲリラが出たのがこの辺りと、この辺り。そして市の助成金を利用して、古いブロック塀から生け垣に作り替えたのが、この辺り」

 奥田が指し示したところは、ほぼ一致する。

「どこだか、良く分かったね〜」

「市のホームページに、助成金利用の一例として写真が出ていた。地元民ならどこか分かる」

 そしてその地域は…

「駅からヤルヴィまで、直通バスが通るところだよ!」

「そう。市は観光客向けに直通バスが通るところを緑化したいんだ」

 南能市は古い住宅地が多く、そういうところのブロック塀は大抵が黒灰色に変色している。しかし観光客が訪れる『ヤルヴィ』は緑溢れる北欧がモデルだ。テーマパークと、そこへ行くまでの市内のイメージが掛け離れていると考えたのだろう。

「グリーン・ゲリラで緑化のイメージを作り、助成金を使ってブロック塀から生け垣に変えることで、観光客向けの緑化を進める。そしてそんな市民が気軽に行けて、色々相談できるところは、この辺りだと…」

「エーサンだ……!」

「そういうこと。まぁ、山川議員と南能市は、後から乗っかってきたって感じだけど」

「待って!うちのアパート、直通バス通らないよ?」

「来年から松本の住むアパートの近くを巡回バスが通るんだよ。ヤルヴィの近くも通るから、観光客が乗るかもしれないな」

「なるほど〜……」

 つまり『グリーン・ゲリラ』の正体とは、商店街やホームセンターの愚痴から始まった緑化計画が、市議会議員や南能市を巻き込んで大きくなっていったというものらしい。

「まぁ、あくまで俺の推測だけどな」

 奥田と松本はしばらく無言で、花咲く商店街を見つめていた。


❈❈❈❈❈


「おっくん!知ってる?銀座商店街で『アンブレラフェスタ』やってるの!」

「アンブレラフェスタ?」

「キレイな色のビニール傘をたくさん、上から吊るすんだよ。『ヤルヴィ』とのコラボ企画なんだって。おっくん行くでしょ?」

「誰が行くって言った?」

「だっておっくん、ハンバーグパン気に入ってたじゃない」

「勝手に決めるな。それとおっくんやめろ」

 関東は先週から梅雨に入った。商店街では雨続きなのを逆手に取った、次の企画を始めたのだろう。アンブレラフェスタの傘と観光客の傘で、きっと商店街は賑わうに違いない。

 新たな『グリーン・ゲリラ』出没の報せは、今のところまだない。


     〜了〜


 

 

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