四十九日
四月二十一日春一番が吹き荒れる中、都内某所の戸建てから火の手が上がった。その家は全焼し、焼死体として家に住む母前島美穂(39)と娘前島優理香(17)の死亡が確認された。二人はなぜ死んだのか。
前島親子の近隣の女性の話
前島さん? ええ、よく知っておりますよ。火事で亡くなられたんでしょ。あれ放火なの? 怖いわぁ。あ、まだわからないのね。
前島さんはとても娘思いの方だったわ。旦那さんとは娘さんが小さい頃に別れたらしく一人で育てていたわ。その割には生活に苦労してなかったみたいよ。娘さんはあの白雪学園に中学生の頃から通っているの。あの私学のお嬢様学校よ、持っているでしょ。娘さんは幼い頃から体が弱いらしく、よく病院に連れて行っていたわ。大きくなってからも親子で通っているらしいの。元気だけが取り柄のうちの子たちとは大違いよ。病院なんて行っても年一回くらいよ。あの人たちは月数回通っていたみたいね。
前島さんは娘さんが小学生低学年の頃引っ越してきてね、印象? 前島さんは穏やかそうで娘さんは大人しそうな印象だったわね。うちのことも年が近かったから時々遊んでいたけど遅くなると血相変えて前島さんが来たり外で遊ぶのを嫌がったりして段々疎遠にはなったわね。あ、でも仲が悪いわけじゃあないのよ。挨拶はするし立ち話もするし。でも亡くなった人を悪く言うつもりは前島さんも近所の人と仲良くする気配がないのよ。私くらいじゃない、話していたの。ランチに誘っても絶対に来たがらないし。佐藤さんと山本さんも同じことを言っていたわ。それなら誘うのも申し訳ないじゃない。
犯人? 私は違うわよ。近所に潜んでいたら怖いから早く捕まえて頂戴。
前島美穂の上司の話
事件のことはお伺いしました。おいたわしいことです。
前島さんは娘さん思いの方でした。お一人で娘さんを育てていまして、楽しそうに話していましたよ。もう長年弊社で働いてくれていましてね、いろいろとお聞きしましたよ。娘さんは病弱であまり遠出はできなかったらしいですが、近所に二人でご飯を食べに行ったり、かわいい服を買ったりしていたらしいです。中学校に入学した際には制服を着た姿を見せていただいてね、線が細くて可愛らしい娘さんでしたよ。
身に着けているものは質素で、給料は生活費と娘さんに回していたようです。娘さんも白雪学園でしょ、かなり切り詰めていたのではないでしょうか。娘さんはとても大事にされていてね、夜遅くなるのはかわいそうだからと会社の飲み会にも全く参加しなかったですね。忘年会も顔を一瞬出して帰っていきましたね。娘さんが大きくなってからも変わらずです。私なんかは高校生の娘から無視される生活とは真逆のようです。父と母で違いがあるのかもしれませんが。
そういえばある時、うちの娘が友達と旅行に行くと言い出しましてね、年の近いお子さんのいる前島さんに話したんです。世間話のつもりだったのですが、とても真剣に受け止められてね、子供同士で何かあったらどうするのですかとひどい剣幕で食って掛かられたのを覚えています。私は修学旅行だって反対なんですと真剣に言われて思わず黙ってしまいました。
仕事には真面目に取り組んでくれていましたよ。社内の人間とも明るく接していましてね、昼休みは同じ事務員と話していましたよ。娘さんの話は良くしていたようです。休日遊びに行くような仲の良い方はいないようでした。
娘さんは病弱なようで幼い頃は体調が悪いので休みますという連絡が良くありましたね。病気なので仕方がないですけどあまりに頻度が高い時期があって困ったことはありました。時々急に一週間とか休むことがありましてね。事務員たちから不満も出て、やんわりとですが出社を促したことはありました。
火事で亡くなられたとのことですが、誰かに恨まれるような人ではなかったです。少なくとも弊社では恨みを買うことをすることができるような人ではないです。何しろ娘さんしか目に入っていないような人でしたから。
前島優理香の担任の話
この度はご愁傷さまです。事故だったのでしょうか。
前島さんは大人しい生徒でした。中学から彼女は白雪学園に入学しました。大人しく品性方向な子でしたよ。わが校は中学で三クラス、高校で五クラスなので中学からいる生徒はよく知っていますね。彼女は病弱だからと部活や学校行事には参加していなかったです。お母さまからも学校にその話がありまして、体育祭は勿論、文化祭や遠足、修学旅行も参加していなったですね。参加させようとするとお母さまからお電話があるとか。聞いた話ですけど。
中学から友人も多い方ではなくて似たような子たちと仲良くしている印象でした。もちろんいじめや仲間外れにされていたわけではないですよ。女子校は女同士の陰湿なイメージがあるかもしれませんが、男性の目がないからこそ一体感が生まれもするのです。共学ではカーストの違う少女たちが女子校では普通に仲良くしていることもよくあるのです。
中学までは同じような境遇の子が多いですが、高校からは外部生が増え雰囲気は変わります。共学で生活にボイルされてきた子はまた価値観が違いますから。それもあって内部生は内部生と、外部生は外部生と仲良くする傾向があります。
前島さんは高校に上がってからは外部生と仲良くしていましたね。名前? 宮上山吹さんです。彼女は主張が強くテキパキとしているタイプで前島さんとは違う性格でした。前島さんには宮上さんからよく話しかけていました。一緒にもよく帰っていたようですよ。良い傾向だと思っていたのですが、こんなことになってしまうとは……。
火事と聞いて事故だと思ったのですが、お二人は殺されたのですか? 私には心当たりが思いつかないですね。
前島優理香のクラスメイトの話
前島さん? ああ、火事で死んじゃった子ね。一言で言えば地味な子だったよ。何というか、他人に興味がないみたいな。地味な子もさ、同じ様な子とつるんでるけど、前島さんそんな感じじゃないんだよね。グループ組まなきゃいけない時もチョウゼンとした態度っていうか、全く動じないの。一人でも良いけど人数足りなくて困っているでしょ、私が入ってあげるわみたいな。普通こっちのセリフじゃん? でもそんな空気出してたんだよね。だから仲良くする子いなかったし、みんなちょっと怖いって話してた。いじめる気も起きないよ。あ、私たちが誰かをいじめてる訳じゃないからね?
あ、でも内部生の馴れ合いの関係嫌いですみたいなオーラぷんぷんさせてる外部生の子は前島さんに積極的だったよ。この学校じゃ異分子だから前島さんに同等のものを求めたのかもだけどはたから見ると全然違うね。外部生は普通だけど前島さんはお腹の中が分かんない、
他? 求めるね。そういえば親がめっちゃ過保護らしいよ。中学生になってもママが学校迎えに来たりとかあったらしいよ。病弱を理由に体育免除、行事免除もママからのお達しらしいしね。出られるところ出て無理だったら休むがふつーじゃない?亜美が何で出ないの?って聞いたら病気があるってお母さんが言ってるからって答えたんだって。理由ママかよ、いい加減自分で決めればいいのにね。
死んだ理由ねぇ。良くも悪くも恨まれそうにないし、火の付けっ放しとか、事件にしたいなら相手にしてもらえなかった外部生の子とか?
おじさんごちそーさま。なんでそんなことしているのか知らないけど、犯人見つかるといいね。
前島優理香の主治医の話
もう話しちゃってくださいって? 何を聞きたいんら? 前島親子の話? ん、これは……。なかなか分厚いですね。もちろんここは奢りですよね? 誰にも話さないなら……ね。
あの親子は奇妙でね、幼い頃は確かに病気の症状が見て取れたよ。でもね、その症状はどんどん落ち着いて行ったんです。だからね、お母さんに娘さんが丈夫になってよかったですねと話したら、顔の血の気が引いたんですよ。ほんと漫画みたいでよく覚えています。それでね、この子、まだ悪いところありますよっていうんですよ。健康になったことを喜ぶのが普通じゃあないですか。まあその日は帰ったんです。
数週間後またやってきてね、最近咳が止まらないっていうんですよ。喉を見ても炎症は起きていない。でもそれじゃあ納得しないので風邪薬を出しました。それからも定期的に来て薬を求めるんです。見てわかるでしょ、私は寂れた開業医。お客さんが来てくれなきゃ続けられんのですよ。
あるときね、診断書を書いてほしいと言ってきたんですよ。最初は断りましたよ、もちろん。でもね、おまんま食つなぐには金が必要なんですよ。あの人はそこを知っていたんですね、診断書を書いてくれるなら金を払うと言うんです。私はそれに釣られてしまって言われるがまま書きました。あの人は狂ってますよ。子どもを病気にしたいだなんて理解に苦しみます。
殺した人? あのお母さんじゃあないですか。可愛さ余って憎さ百倍って。最近は来ていなかったですしね。母子の間で何かあったんじゃあないですか。これ、絶対誰にも言わないでくださいね。
前島優理香の友人の話
なんであんたが嗅ぎまわっているのよ。優理香のことを聞きたいって? よくのこのこ来たものね。あの時はあんな対応したくせに。あの子を助けられたかもしれないのに。
優理香が気になったのは彼女が描く絵を見たとき。なんて言ってよいかわからないけど、なんか奇妙なのよ。人だけがぽっかり抜けているような、妙な静寂が漂っているような。思わず「やばいね、その絵」って言ったらくすくす笑って普通だよって言ったの。それから気になってよく話しかけるようになったんだ。
内部生がお高くとまっている中、あの子は内部生、外部生関係なく関わっていた。特別仲のいい子はいなかったみたいだけど。幾度となく話しているうち、お昼を一緒に食べたり、一緒に帰るようになったりした。知れば知るほど奇妙な家で学校行事は参加しない、門限は十七時、毎日習い事が入っている……、私が変だよって言ってもくすくす笑ってお母さんが決めたことだからっていうの。高校生にもなっていうことじゃあない。だから私は隙間を縫って放課後マックで喋ったり買い物に行ったりした。そういったこと友達をしたことないって目をきらきらさせてきた。私も一緒にいて楽しかった。
でも十七時近づくとそわそわしだして絶対帰るの。一回くらい破ったって大丈夫って言っても絶対しないし、家に遊びに行きたいって言っても絶対断られる。変だよ、そんなの。だから一回こっそり付いて行った。優理香がチャイムを押すと神経質そうな細身の女性が出てきて、気のせいかもしれないけど目が合った気がして急いで帰った。
私が話しても埒が明かないし、先生に話す気なんてもっとない。そんな時浮上したのが父親だった。一番家に入っていけるし今は直接的なかかわりがないから話しやすい。それは大きな間違いだったみたいだけど。説得して調べだして行ったわ。後は知っての通り。二人であなたの元に行って話をした。きちんと話を聞いてくれて状況は変わると思った。でも会いに行ったことがばれて状況は悪化した。それを報告してもあなたは何もしなかった。途中から返信すらもなかった。優理香の家に行ってチャイムを鳴らしても誰も出ない。貴方が殺したようなものよ。実際に手を下したのはあの母親だろうけど。
死んだ後にこそこそ嗅ぎまわって何がしたいの?
畑中健介の告白
缶ビール片手に聞き込みをしたメモを眺めながら思った。何がしたいのと俺に聞いた子の声が甦る。
美穂とはデキ婚だった。若気の至りで子供作って外で遊んで離婚。優理香とは会うことは全くなく、養育費のみ払い続ける生活。恋しくもなく自分の生活を謳歌していた。
優理香と友達が来ると聞いたときは驚いた。話を聞いて美穂らしいと思いもした。付き合っていた時も行動を監視されているようだった。話を聞いて思わず抱きしめたがどうすればよいかは分からなかった。その後も優理香の友達からはどうにかできないのかと連絡が来る。父親とは言え今は他人だ。何ができるというのだろう。あいまいな返信を返しつつ、だんだん面倒くさくなり無視をした。
二人が死んだと聞き、なぜか分からないが思わず現場に直行していた。歩いていたおばさんを引き留めて話を聞くとそこにいるのは俺の知らない二人だった。元夫の立場を利用して話を聞くと違う姿が浮かび上がる。死して二人と向き合っている気がした。父親失格の俺が何をしているのだろう。そんな疑問が頭をかすめてもやめることはできなかった。
ビールを飲み干してベッドに転がる。睡眠欲求に身を委ねた。
畑中健介の夢の中
ねぇお父さん、二人と向き合っている気がしたって何? くすくす、向き合う勇気もなかったくせに。 死ぬまでは私に興味がなくて、自分勝手なお父さん。最後だからね、私の話も聞かせてあげようと夢枕に立ったのよ。
私の思い出の中にお父さんの姿があるのは見上げた背中だけ。顔の記憶は一切ないわ。その背中の記憶だって本当かどうかは分からない。あの会った時だって誰だろうと心では思っていたわ。その代わり私にはお母さんがいた。お母さんは私とずっと一緒にいてくれた。
お仕事の時はお家で一人過ごしていた。だから病気の時はずっと一緒に居てくれるのが嬉しくてちょっとの異変で風邪かもとお母さんに泣きついた。そうするとね、お母さんは絶対お家にいてくれるの。だからね、子供の浅知恵で病気っぽく振る舞ったのよ。そしたらね、お母さんもそれにハマっちゃって。お母さんも誰かに頼られたい・頼りたい依存性の人じゃない。仮面病弱親子の出来上がり。私たちはずぅっと一緒にいたわ。
お母さんは病気を理由に私に外は危ないと教えたわ。私も素直な子だから額面通りに受け取って基本家で過ごしていたわ。絵を描いたりピアノを弾いたりビデオを見たり。学校に通う様になってからはすぐ帰ってきてお母さんと勉強したり、いろんな先生がうちに来てくれたりしたわ。月数回は診察を受け病院に行って薬をもらう。友達関係築くのが苦手だったから誰とも話さずいる方が気が楽だった。大きくなってもインターネットもスマホも一切なかったけど困らなかった。連絡とるのはお母さんだけだから家から電話すれば済む話だし。あ、あと本もなかったわ。きっと私たちの歪さにきづいてしまうからね。でもね、私はそれが嫌ではなかったの。世界に私とお母さんだけでもよいと思っていたから。
白雪学園に入学してからは余計顕著になったわ。同性同士だからか異分子には敏感なの。腫れ物を扱う様にされたけど気にはならなかった。それを壊したのが宮上山吹。
あの人といたのは十七年の人生のたった二年だけ。でもね、あの人は私の人生にナイフを切り込んだわ。
初めて話しかけられたのは美術の授業の時。後ろから「やばいね、その絵」って声をかけてきたの。私は笑って普通よと答えたわ。何故だか分からないけどそれからは良く話しかけてくるようになった。放課後寄り道したり、一緒に行動したり。初めてのことでなんだか変な感じだったわ。お家のことも聞かれるがまま話したら変だって。お母さんに反抗した方が良いっていうの。くすくす、私にはお母さんしかいないのだからそんなことする訳ないのに。
そしたらね、お父さんに会いに行けって言うの。あんまりにもしつこいから冬休みのあの日、会いに行ったのよ。お母さんに黙って出かけるなんて初めてだったからずっと胸が締め付けられているようだった。あの日はコーヒーもケーキも味がしなかったわ。
あの人が私の事知ったように話してお父さんは黙って聞いていた。そして馬鹿みたいに私を抱きしめてごめんって言ったよね? そして私とあの人に連絡先を渡して帰った。自分の家でお父さんは何を思ったのかしら。私への同情? お母さんととっとと離れたことへの安堵? それとも良い父親面した自己陶酔かしら? くすくす、まあどうでもいいけど。
お母さんにあのメモがバレてお母さんは今までに見たことのない形相で私に食いかかってきたわ。そしてお父さんへの罵詈雑言。私はお母さんを宥めて一旦は落ち着いたけれど、毎日のようにお父さんのことを聞いてきたわ。そしてあの人のことも。可愛い優理香ちゃん、あなたはずぅっとお母さんと一緒ね?って毎日毎日。そんなの無視すれば良いっておもうでしょ、あの人にも言われた。でもね、私にはできないの。学校にも病気を理由にあまり行かなくなってお母さんと二人家で過ごした。心配したあの人からお父さんに連絡行ったでしょう? でもお父さんは何もしなかった。
家の空気は私たちの息が充満して身動きが取れなかった。決定的な何かがないと私たちはこの生温く真綿で締め付けあっている関係から抜け出せなかった。学校に行っても、あの人と話しても一緒。むしろ話せば話すほどそのことを実感させられる。十年以上の鎖はそう簡単には引き千切れない。だからね、私は火をつけたの。
よく眠れる薬を砕いて砕いて砕いてお茶に混ぜた。そして夜のティータイムに誘ってあまーいケーキと一緒に飲んだ。お母さんと一緒に寝たいと甘えて、一緒にベッドに入った。トイレに立って窓を開けマッチを私の部屋に落とした。戻った時にはお母さんは寝静まっていた。私も眠気の限界だったからお母さんの温もりを感じた瞬間眠りに落ちた。
死んじゃったらお父さん、私たちが死んだことについて調べているじゃない。気になって成仏できなかった。でもね今日が私の四十九日。私の話はこれでおしまい。お父さんえいえんにさよなら。