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第6回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
20/26

たとえばね


 ピコン、と一通のメール着信音が鳴ったのには気づいていたけれど、実際にメールをチェックするのは仕事の疲労感で帰宅後いつもの動画配信の撮影をすることもなくさっさと寝てしまってから、不意に目覚めた真夜中。そういえばメールが来ていたっけ、なんて今さらになって気づいてスマホのメッセージをチェックしたんだっけ。


  おめでとうございます! 我々は厳選なる抽選のもとからあなた様を貴重なサン・・・


 そんな冒頭の文面でこられた日にゃ、だいたいわかってる。どんな内容かだなんて、1+1が2っていうくらい明白で、その予想は見事に裏切られることなく、どストレートに内容を示してくれている。

 まずショートメッセージで送られてきていることから、そうそう関係のないところからダイレクトに送りつけられてきているのも予想できたし無視してもいい内容だったのだけれども、まあ、見てやろうかと微妙に冴えてしまった意識でメールの内容を開く。


  おめでとうございます! 我々は厳選なる抽選のもとからあなた様を貴重なサン

  プルとして導くことに成功いたしました。つきましては以下のURLにアクセス

  いただき、登録をお願いいたします。


 なんという文面だろう。ウケる。こういうメッセージを不特定多数に送りつける業者ってどんな神経してるのか。頭おかしいんじゃねえの?

 でもこのときの俺はもっと頭がおかしかった。まあ、ヤケになって面白半分だったってのもある。仕事がトラブル続きでいい加減うんざりしてて辞めようかな、なんて思っていた矢先のことだ。おかげさまで片手間にやっていた動画配信の方でアクセスも増えてきて少しだけ軌道に乗り始めていることだし、ちょっと勝負かけてみるのもいいんじゃないか、なんてイヤらしい気持ちになったのも事実だ。


 動画配信なんて俺には到底ムリなことだと思っていたが、案外やり始めてみると楽しいもんだ。日頃ネットにゴロゴロ転がっているゴミみたいな芸能ニュースにちょっとだけコメント入れて流すだけの簡単なお仕事です。あとはちょっとした炎上系みたいなマネごとレベルの。ゴミからゴミを生み出しています。はい自覚しています。それでも鬱憤を晴らすのにちょうどいい。どこをどう間違ったのか微妙に閲覧してくれている視聴者も増えて、そこそこの登録数を増やしている。ひとえに捻くれた物の見方が為せる業なのだろう。基本的にほとんどのネット記事をクソだと思っているという感想をそのまま垂れ流しているのだが、閲覧数が多いところを見ると同じようにネットのゴミ記事をゴミ記事だと思っている人間が多いということなのだろう。世も末だね。


 そんな中で起きたこの騒動、いいじゃない、URLのリンク先にどんな世界が広がっているのか検証してみるのも。閲覧者から見りゃ配信者が痛い目見るのもおいしいオカズの一つでしょうし、というわけでさっそく試してみることにする。スマホは普段使いなので予防線として直接のクリックを避け、パソコンで捨て垢を作ってブラウザを立ち上げて、スマホに入ってきていたそのやたら長ったらしいURLをわざわざ入力してパソコンからアクセスしてみた。どんなやりとりが展開されるのか。結果的に大量にスパムが投下されるのだろうが、全てキャプチャで撮っておけば後々でなんかの役に立つかもしれない。


  おめでとうございます! 素敵な世界へようそこ! 確実な入金を期待するため

  に項目への入力してください。


 ポップアップが上がって予想通りのメッセージが画面いっぱいに表示され、そのあと項目を入力する画面へと移行する。メールアドレス、住所、生年月日、電話番号といった項目を自由入力させられる。メールアドレスは先ほど作っておいた捨て垢、住所と生年月日と電話番号は適当に入力する。名前の項目がないのが気になる。そもそもここで名前を入力しないのは詐欺メールにあるまじき挙動ではないか。それにメールアドレスがあるなら電話番号って必要なくないか? と適当に番号を入力して「登録」のボタンを押すと、電話番号の項目に赤い文字が現れる。


  電話番号が間違っています。正しい番号を入力してください。


 一瞬だけ戸惑う。正しい番号ってなんだろう。確かに下八桁は適当だが、上三桁はちゃんと携帯電話の番号0※0番を入力している。なんか気持ち悪いなと思い、また別の適当な番号を入力して「登録」のボタンを押す。


  電話番号が間違っています。正しい番号を入力してください。


 ん? なんでだ? まさか本当の電話番号を入れなくちゃいけないなんてことは無いだろう。そんなものまで認識している訳がない。少しだけ背中がヒヤリとする。また適当な番号を入力して「登録」のボタンを押す。


  電話番号が間違っています。正しい番号を入力してください。


 まさか、本当に自分の番号を入力しなくちゃダメなんてことあるだろうか。とここまで来て少し危機感を覚えた。考えてみればこの適当な登録はパソコンで行っているが、最初にメッセージが送られてきたのは俺のスマホの方だ。URLがやたら長ったらしかったのも、もしかして個人の番号を特定するためのものなのか?

 こういう時に危機察知能力を発揮するのは大事だ。やっぱりこういうのはやめておいた方がいい。スマホは自分の持ち物である以上、メールアドレスの捨て垢と同じようには扱えない。中には変な業者から高額請求をされるなんて話も聞くし、もちろんそういうのは詐欺だってわかってはいるけど、面倒な応対するのは気が進まない。

 前言撤回、さわらぬ神に祟りなし、なんて言葉もあるくらいだしここまでにしておこうと登録はやめにする。キャンセルボタンなんてもちろんあるわけはないので、そのままブラウザを終了する×ボタンで閉じた。

デスクトップにポップアップが現れる。


  Completerd(成功)!!あなたの登録は完了いたしました。確実な入金を振り込

まれるまでに確実に入金をお願いいたします。


 ひっ、と声が出た。

 なにが起きた? 登録されてしまった? 捨て垢にメールが送られるならまだしもパソコン画面にメッセージが現れた。なんかやばい感じもする。登録作業したことがLANを介して伝わったりしてないか?

 いや、でもこういうふうにポップアップでメッセージが出てくるプログラムがある、という話も聞いたことがある。URLにアクセスしたタイミングで出るというやつ。無視するのが一番かもしれない。とりあえずキャプチャで一連の流れは画面保存しておいたので何かの素材には使える。まあ多少はスパムメールが送られてくることになるだろうけど、捨て垢だし別に知ったことじゃねえし。

 ひとまず最低限の目的を果たしたということで、俺は(半分逃げるようにして)パソコンの電源を落とした。



 翌朝になって大変なことになったと気づいた。

 最初は出社の支度をしている時に鳴ったスマホだった。見たことのない電話番号。

 これはもしかしたら昨晩の登録が原因かも、と出ないでいたら着信が終わった。と思ったらまた着信がある。今度はまた別の電話番号。でもここで出たら負け、と自分に言い聞かせて無視する。また着信。非通知。無視する。また別の電話番号から着信。

 こういった感じでスマホがひっきりなしに鳴る。もう何がなんでも出ろってくらいに鳴ってくる。もう原因は確実。昨晩の登録だ。やっぱりアクセスしたことで電話番号が知られたのだ。でも出なけりゃ別にいい、そのうちに収まるだろと思っていたのが甘かった。なにしろ一分に一回の割合で電話がかかってくる。しかも不特定多数の番号から。こうなってくると普段の会社からかかってくるような緊急の電話すら履歴の中に埋もれてしまうし、何より電話に出ることができない。これは困ったことになった。

 出社するまでの通勤時間は正味四十分ほど。その間もずっと電話が鳴り続けている。普段バイブ機能にしているんだが、梅雨あけする気配もない満員電車で振動し続けるのは迷惑極まりない・・・苛立ちと恥ずかしさで殴りつけるようにスマホを完全にオフにした。


 よっぽど疲れた顔をしていたんだろう、出勤してきた俺の表情を見るなり、同期のリョウが声をかけてきた。

「おまえ大丈夫か? めっちゃ顔色悪くない?」

「んー。あんまりよろしくない」

「どした、言うてみい」

「なんか、詐欺サイトに引っかかったかもしれん」

「詐欺サイト? どういうこと?」リョウは興味津々で聞いてくる。こいつとは仲良くやってきた間柄だ。お互いに会社でのグチも共有してきた戦友といっても過言じゃない。こいつなら、と俺は一連の流れを説明した。


「ふうん、なんかやばい感じがするな。まだ着信来てんの?」

「たぶん。でも電源切ってたから無いかも」俺はスマホの電源を入れた。着信のお知らせメッセージが二千件ほど入っている。うわ、と思ったのも束の間、また着信が入ってきた。知らない番号だ。

「やばいやばい、電源つけてる間に電話かかってきてるじゃん」ブーン、ブーン。

「おまえこれじゃ仕事にならなくね?」ブーン、ブーン。

「取引先の電話番号とか未登録だし着信履歴わかんなくなる」ブーン、ブーン。

「とりあえず怪しいのは全部無視しなよ」ブーン、ブーン。

「ああ、とりあえずそうする」ブーン、ブーンと鳴るスマホの通話拒否ボタンを押して着信を止めた。


 そうしてその日は知らない電話番号からかかってくるものを全て着信拒否で対応することにした。電源も必要最低限に抑え、必要な時にはメールかチャットで対応することに。それでもいくつか抱える案件の取引先からどういう形で連絡がくるかわからない。困るのは個人携帯だけでなく、市外局番からの履歴まで残っていることだった。念のため取引先のホームページなどから電話番号と照合して、かけ離れた番号だった場合は無視するということにした。その間も着信が鳴り続けた。

 幸いにしてその日に着信があったものは全て無関係の電話番号からのものだった。電源を入れるたびに新たに着信のお知らせメッセージが追加されて嫌な気持ちになった。

 なんとか定時まで終えて帰り際、リョウから飲みの誘いがあった。席も離れて仕事中はほとんど顔を合わせることができなかったので、俺はちょっと今後の対策を相談する上でも付き合うことにした。


「はあぁぁーっ、いやになっちまうな」

「どうしたよ、おまえが落ち込むなんて珍しいな」と言ったのは俺。相談するつもりが先にリョウからのグチから始まってしまい先手をつかれた。

「お前も聞いてるだろ、夏の人事。まだ発令前だけど耳に入ってない? ラニが昇進するんだってさ」

 企画部の俺と資材調達部のリョウ、そして総務部システム課に配属されているラニが同期だった。ラニはアジア系の留学生で情報通信での成績の良さを買われて入社している一人だった。ただ俺自身はラニと距離をとっている。めちゃくちゃガタイが良くて武闘派なのに初対面から丁寧すぎてかえってイラつくところがあって好きになれなかったのも理由の一つだが、ついこの間まで社内恋愛で付き合っていた俺の女に対してちょっかいを出してきたことがある。女はラニに気が無かったものの、結局それが原因で関係がギクシャクして女はたった入社二ヶ月で退社して俺と別れることになった。そんなこともあって俺はラニを避けている。ただ個人の問題なのでリョウの前では感情を露わにしないようにしている。

「へえ、そんな話があるのか。同期の稼ぎ頭だな」

「何言ってんだよアイツにそんな実力あるわけねえだろ。外交だよ外交。やっぱり俺の上長は派閥から外れちまってるからな。お前の部署が羨ましいよ」

「いやそんなことはないけど」俺はビールを流し込みながら、ラニの人を見透かしたような目を思い出していた。これ以上あいつの話をするのは不快だった。そもそも着信の話をしたい。

「そんなことより、まだ電話が鳴り続けてるんだよ」電源をつける。やはり大量の着信メッセージが残されている。

「え? まだ鳴り止まないの? やばくない?」こうしている間もまた着信が来ている。全て無視。

「まいったな。新しい電話番号にしたほうがいいかも」

「でもいちいち電話番号が変わったことアナウンスするの面倒いね」リョウは枝豆をつまむ。

「そもそも社用携帯を配ってない会社ってのもどうかと思うけどな」

「とりあえずそれどうするの? このまま放っておくの? やっぱり総務あたりに相談したほうがいいんじゃない? 確か重役とかには社用携帯を配ってるし、事情が事情なら一般社員にも貸してくれるんじゃないかな」

「やっぱりそうなるかな」

 答えは出ていたはずなのに、俺はラニに弱みを握られるような気がして動きたくなかったのだ。けれど背に腹は変えられない。翌日に総務へ相談することにした。


 翌日の午前中、総務部へ向かうとそこではラニが行方不明だというニュースで持ちきりだった。



 どうやらラニは昨日から出社していないらしい。それで最初は病欠だと思って部内の人間が連絡をとってみたものの電話に出ることなく、ずっと不通のまま。喫緊の用があるわけではなかったため様子を見ようという上長の判断で昨日一日は見送られたらしいが、終業後に連絡を取ってみてもやはり不通。そして翌日の朝になっても一向に出社する気配がなかったため、不審に思った同僚がラニの机を見てみると、書類の間に「さがさないでください」といった旨のメッセージが添えられている付箋を発見、一挙に大騒ぎになったというわけ。電話どころの騒ぎじゃなくなった。でもぶっちゃけ、ラニのことなんかどうでもいいから電話なんとかしてくれないか、って話なんだが。

 大騒ぎになっている総務のとりあえず手前にいる受付にその旨を伝えると、意外にも社用携帯の貸与をしてくれるという話になった。

「ただこちら社内連絡で適用されますので社内イントラでも掲示されます。ご了承ください」

「わかりました」

 とにかくこれで会社用の携帯電話はゲットした。取引先や社内で関連する人の連絡先を登録し、メールでも電話番号が変わった旨をアナウンス。ひとまずは当座をしのげたということで、あとはこの今でもずっと鳴り続けている自分のスマホをなんとかしなくちゃいけない。徹底的に無視するのが一番だが、なにしろここまで電話が多いとは予想外だ。俺は一度だけ出てみることにした。


「もしもし」通話ボタンをタップして半ば怒り気味に答える。

 すると予想通り二十代か三十代くらいの男の荒げた声がする。

「××さんですよね。三十六万八千円の振込はいつされますかー?」

「は? 知らねえし。電話してくんなよ」

「このままだと刑法二百十二条に則った告訴を行いますのでそのつもりで期限厳守でお願いしますね」

「何言ってんだよ、こんな電話してくんじゃねえよ」

「振込先はメールにも記載されている通りです。一日ごとに一割の利息が発生いたします」

「振り込むわけねえだろ、電話してくんなボケ」

「なお、振込が確認できるまでは督促の電話を継続いたしますのでそのつもりでー」

「うるせえ黙れバーカ!」

 俺は怖くなって電話を切った。と同時にまた電話がかかってくる。消しても間を置かずにまた電話。もう出られない。たまらなくなってスマホの電源を落とした。


 名前がバレている。どうして。適当な捨て垢で登録した(厳密には登録する前に閉じた)はずなのに。

 そもそも俺のスマホにDMを送りつけられてきたのがきっかけだ。なんで俺のスマホなのか。ただのランダムなのだろうか。それとも何か意図があるのか?

 家に帰り、パソコンで最初の登録の際に残していたキャプチャを最初から見返してみる。


  おめでとうございます! 素敵な世界へようそこ! 確実な入金を期待するため

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 ふと気づいた。そういえば日本語がおかしい。明らかに文法が不自然な箇所もある。これは日本人が作っている文章ではないかもしれない。

 ラニだ。アイツはシステム課に配属されている。アドミニストレータ権限もあってその気になれば社内でのやり取りメールは把握できる立場にもあるから、メール末尾に添えた俺の電話番号を知っている可能性がある。そもそも入社してしばらくの間は頻繁に同期会も行っていたから連絡先は知られている。俺に逆恨みをして嫌がらせをおこなっている可能性が非常に高い。

 俺は再びスマホの電源を入れ、相変わらず残された大量の着信履歴を無視して、電話帳からラニの連絡先を見つけ出して電話した。


「はい」

 意外だった。同僚の電話には出なかったラニが俺の電話はワンコールで反応したからだ。

「ラニか。おまえ、俺に嫌がらせするとはどういうつもりなんだよ。出るとこ出るぞ」

 俺はラニが欠勤していることなどそっちのけで、嫌がらせをしていると決めつけて非難した。誤解だ、そんなことない、とラニが答える・・・と思ったらなんとラニはあっさりと認めた。

「ソーリー、すまない。結果的にこうなってしまった」

「どういうことなんだ」

「合わせる顔がない。グッバイ」

 ラニはそう言い残して電話を一方的に切った。それからは何度かけてもラニが出ることはなかった。あきらめて俺はまたスマホの電源を落とすとそのまま寝た。もうこのスマホは使い物にならない。今までこのスマホでやっていた動画配信もしばらくはご無沙汰になりそうだ。それが何よりのダメージだった。

 

 翌日になり出社するとまた急展開になっていた。ラニが帰国したというニュースが飛び交っていたのだ。もちろん公にではなく関係者だけに密かに伝えられている情報だから定かではない。俺は同期のネットワークを介してリョウからその話を聞いた。背中がヒヤリとした。

「どうして帰国なんか」

「いやわかんね。置き手紙らしいものはあったらしいけど。迷惑をかけた、みたいな内容の」

「やっぱりラニだったのか」

「なにがよ」

 俺は昨日の電話の件をリョウに話した。おそらく最初にスマホへDMを送りつけてきたのもラニの仕業だということも。

「ふうん。自業自得ってやつか。じゃあこれで着信もなくなるってこと?」

「ああたぶん」

「電源つけてみたら? 昨夜からまたオフにしてるんだろ電源」

「そうしてみる」

 俺はずっと昨夜から電源をオフにしていたスマホを立ち上げた。

 あいかわらず着信は増え続けていた。



 浅はかだったのは全てがラニの仕業だと思っていたことだった。

 俺の個人情報を知っている人間なんていくらでもいるのだ。

 そのことに気づいたのは着信履歴の多さに怯えている俺を見てニヤニヤ笑っているリョウの表情を見た時だった。

 この社内で関係している人間である以上、連絡先は誰でも知っている。そう、同期であればなおさら。

「リョウ、おまえ」

「いやいや、勘弁してくれよ」

 リョウはニヤついた笑顔で疑惑を否定した。

「いまお前は俺のことを犯人だと考えてるんでしょ? そりゃ確かに俺もラニもお前の電話番号を知ってるし、その気になればDM業者に売り渡すことだってできる。お前の住所は知らないけど、元彼女(カノ)は何度も泊まったってことだから住所だって特定できちゃう」

「は?」

 戸惑う俺にリョウは得意げに話を続ける。

「たとえばよ? たとえばの話。俺と彼女とラニが実は繋がってて、彼女の恨みを晴らすためにお前を陥れようとしたとする」

「ちょっと待て何を言ってんだ」

「お前からは『ラニが彼女にちょっかいを出してた』みたいな話を聞いてたけど、真相はそうじゃなくて、ラニは『彼女をお前から守ろうとしていた』とする。仮にね」

「・・・・・・」

「新入社員で右も左もわからなかった彼女を教育係という立場を利用して付き合って、なんだっけ、『嫌がる女の体にタバコを押し付けてみた』だっけ、そんなふうな内容の動画を投稿してラニが偶然それを見つけてしまった、と。そうなったらまともな感覚の人間なら憤るわな。彼女をなんとかお前と離れさせようとするよね」

「知らねえし適当こくなよ」

「たとえば、彼女がお前に日常からDVに近い圧迫を受けていたと。そこで俺とラニとで協力して、なんとかお前と彼女を引き離すために三角関係みたいなのを作り上げる。お前は武闘派のラニには文句も言えない。彼女に暴力を振るおうにもそれがラニに知られたらやばいと思って暴力が止まる。そのうちに彼女も逃げる算段ができてサヨナラすると。たとえばね」

「なんだそれたとえになってねえぞ」

 俺はリョウの胸ぐらを掴んだ。

「おっと、やめてくれよ。俺はたとえ話をしてるだけです」

「具体的じゃねえか、ほんとのこと喋ってるようにしか聞こえねえんだよ」

 こんな奴を同志だと信じていた俺がバカだったのか。

「勘弁してよ、俺は別に真相を喋ってるわけじゃない。それともほんとのことなの?」

 リョウが煽る。ここで熱くなったら負けだ。苛立ちを抑えながら胸ぐらを離す。

「ふう。こわいこわい。暴力反対」リョウが勝ち誇ったように話を続ける。

「それで終わればまだよかったのが、彼女の身に降りかかった不幸はそれだけではありませんでした。なんと彼女はお前に孕まされていたのです」


 まさかそこまで。

 別れた後に電話にそんなことを言われても俺には責任を取る必要がない。だいたいほんとのことかどうかするらわからない。

「彼女はお前の子なんて産めない。泣く泣く堕胎という道を選ばざるを得なかったわけだけれど、何も責任を取らずのうのうと生きる人間には罰を与えなくてはならない。というわけで彼女と現在の彼氏である俺は真相を知らないラニへ依頼して、リンクを踏むだけで情報を引っ張れるサイトを作ってもらったのです。

あとは読み込んだ情報を複数の業者に提供しつづけるプログラムを組んで終わりです。とりあえず全国の詐欺業者へと電話番号と氏名と住所とネットワークIDと勤め先と顔写真が現在進行形で垂れ流されていますお気の毒。まあまさかラニもそこまで大掛かりな詐欺に加担するとはつゆ知らず、責任を感じてか故郷へ引っ込むことになったけど、ラニほどの力があれば本国でもうまくやって行けるでしょう」

「この野郎よくも」俺はリョウに殴りかかろうとした。リョウはそれを制して、

「っていうたとえ話。妄想にしてはよくできてるでしょ? ちなみに一連の行動を全て隠し撮りさせていただいています。名付けて『炎上系が炎上させられる様子を撮ってみた』みたいな感じで!」

「!」

 周りを見渡した。何もない。はず。

 リョウは慌てる俺を見て爆笑した。

「あはは! たとえばの話よ?」


「んじゃ、今日もお仕事がんばって。堕胎費用とそれに伴う慰謝料? メールに記載されてる口座へ振り込めばとりあえず無かったことにはなるかもしれないよね」

 リョウは笑いながら去り際に手を振った。


「たとえばねー」


 スマホは鳴り続けている。



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