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第6回 覆面お題小説  作者: 読メオフ会 小説班
11/26

フェイク (『六月の花嫁』改題)

GW(ゴールデンウィーク)明けに転校生がやってきた。

 高二の五月なんて言う時期外れにやって来る転校生はそれだけでも注目されるのに、すごい美少女だった。先生に紹介されて教壇に立つその少女ーー高宮かぐらと紹介されたーーは、まるで西洋人形のように整った顔立ちにふわふわとウェーブした長い黒髪、華奢な手足に透き通るような白い肌をしていて、少し色素の薄い瞳の色は、もしかしたら外国の血が入っているのかもしれないと思った。

 もちろん、すぐに学園中に知れ渡って、休み時間になる度に彼女を観に教室を覗き込む生徒が上級生だろうが下級生だろうがひきも切らなかった。相変わらず物見高い生徒の多い学園だ。それに対して彼女は多くの人に見られて恥ずかしいのか、あるいは鬱陶しいのか、いつも俯きがちで、誰に対しても塩対応だった。それはクラスの人間に対しても同じだった。転校初日に取り巻いた多くの男子どもはともかく、女子に対してもあまり打ち解けることもなく、流石に転校初日だから緊張してるのかと思っていたが、一週間経っても周りに対するそっけない態度は変わらなかった。それでクラスでは少し遠巻きにされるポジションに収まった。でも僕は、彼女がなんだか捨てられたネコが人間に不信感を抱いている、あるいは怯えて避けているように見えて妙に気になった。


「それで少年はそのに一目惚れしたわけだ」

「なっ! なに言ってんですか! 先輩!」

「青春だねえ」

「ちょっ! 勝手に決めつけるな!」

「わはははは」

 目の前に艶やかに笑う女子生徒の姿があった。と言うか、映像研うちの部長である。こちらは美少女というよりも美人と称すべき顔立ちで、どうかするとその笑顔には凄みさえある。彼女も転校生とは別の意味で学園の有名人だ。

 白鳳うちの学園は生徒数二万人を擁する中高一貫の私立高なのだが、その理事長が彼女、雅王がおうみさきの祖父で、一方、父親の方は子供のおもちゃから最新鋭の戦闘機まで扱う誰でも知っている巨大企業グループのトップであり、彼女はその一人娘、つまり跡取り娘なのだ。なんでそんな人が自主映画を創ろうとするような変人だらけの映像研にいるのかよく分からないし、しかも部長までしてるのかは謎なのだが、今はそれはいい。転校生に関する誤解を解かねば。

「別に惚れてません。ちょっと気になってるだけです」

「ふう〜ん。どうしてだい?」

「なんか、昔の自分を見ているようで…」

「君も成長したんだね」

「ニヤニヤして言うの、やめてくれませんか?」

「ところでその娘、なんて言う名前だい?」

「高宮…かぐら、だったと思います」

「うん?」

 先輩がちょっと思案げに視線を宙に投げた。それから

「そんなに気になるなら、一度ここに連れてきたらいい」

「ここに?」

「うちの部はいつでも新人大歓迎ということだ」

 はあ? 高二の五月だぞ。それにあの子が映画作りに興味があるようにも思えないんだけど。反論しようと先輩を見ると

「好きな子と一緒に部活なんて最高だろう?」

「だから、人の話を聞けよ!」

 僕はがっくりと肩を落とした。


 白鳳学園は自主独立がモットーである。でも自由奔放の間違いじゃないのか? とよく思う。よく言えば活動的、だけど自分勝手な生徒も多い。まあ二万人もいれば中にはそういう生徒だっているだろう。何を言っているかというと、転校生に早速、告白突撃する連中が後を立たないらしい。顔に自信のある奴が我こそはと名乗り出ているそうだ。まったくお祭り気分かよ。噂では今のところ全滅らしいけど。それで誰が最初にOKをもらうか学園中の噂になっている。こういう所、心底嫌気が差す。彼女に同情するけれど、かと言って僕にできることは何もないしな。教室で見る彼女は、ますます人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。

 うちの学園は六月に学園祭がある。もちろん映像研もそれに向けて新作映画を鋭意製作中だ。その準備で忙しくなってきたので、放課後、部室に行くために三階の非常階段を通って近道しようとした。

 ドアを開けて階段に出た時、階下で女性の声が聞こえた。

「やめてください! 放して!」

 悲鳴にも似た強い声だった。ギョッとして覗き込むと階下の踊り場に例の転校生が二人の男子生徒に囲まれていた。よく見ると一人の男が彼女の腕を掴んでいる。彼女はその腕を振り解こうと盛んに腕を振っていた。これはヤバい。ついにこういうヤカラが現れたか。このまま放っとけないのは明らかだけど困ったな、こういう荒事にはまったく自信がないぞ。心臓の鼓動がアクセルをかけたように上がっていく。他に誰かいないかと廊下の方を振り返って見ても人影はなし。ええい、ままよ。僕は一番古典的方法を選んだ。

「先生、こっちこっち! 女の子が男子に絡まれてます!」

 大声で叫ぶと三人が見上げてきた。僕はあたかも先生を呼んでいるように大きなゼスチャーで手招きを繰り返した。頼む。いなくなってくれ。男子生徒は舌打ちして彼女から手を離すと足早に階段を降りていった。心臓がバクバクしていた。よかった。うまくいった。

 彼女が蹲っているのに気がついて僕は階下に降りた。近寄って恐る恐る声をかける。

「大丈夫だった?」

 返事はなかったけれど振り向いた彼女の表情には恐怖が張り付いていた。震えているようにも見えた。

「送って行こうか?」

 咄嗟にそんな言葉が出ていた。自分で言っておきながら、おまえ、なに言ってるんだよと思う。

「……い、いえ。迎えにきてもらいますから」

「ああ、そうか。それがいいね」

 でも、それまで彼女を一人にしておくのはどうだろう? まだあいつらが近くにいるかもしれない。そこで、先輩の言葉を思い出した。

「もしよかったら、お迎えが来るまでうちの部室に来ない?」

「え?」

「映像研ていうんだけど……女子の先輩もいるし…お菓子もあるから…よかったら?」

 彼女はしばらく僕を見つめた後、目を瞬かせて

「あの、行ってみたいです。御室おむろさん」


「自作映画作りが部の目標だけど、時間潰しに観たかったら商業映画のストックもたくさんあるよ。もちろん映画作りの参考にするためだけど」

 部室に付いてきた高宮さんは映像モニターが林立する部屋の様子に目を輝かせた。意外だった。こういうの興味があるのかな? もう一つ意外だったのは、彼女が僕の名前を知っていたことだ。同じクラスとはいえ、そんな目立つ方でないことは自覚している。来る途中でそう言うと

「クラスの皆さんの名前とお顔は覚えました」

「へえー」

 そうだったんだ。てっきりクラスメイトに興味ないのかと思っていた。あと、覚えられているのが自分だけじゃないと知ってちょっと落胆した。なんだ僕? それはそれとして

「映画とか興味あるほう?」

「はい。好きです」

「へえ、どんなのが好み?」

 そう聞くと少しはにかみながら

「あの、ディズニーとか…」

 ははあ、なるほど。

「うん。ディズニーいいよね。映画づくりのお手本だよ」

 そんな会話を交わしていると周りが妙にざわついている。モニターから眼を上げた部員たちが高宮さんを見て硬直したり、ポカンと口を開けていたり、チラチラと覗き見ている。あと、総じて僕を見る視線が怖い。その時。

「お待たせ〜」

 ガラリとドアが開いて部長が入ってきた。彼女を一目見ると

「ああ、君が噂の転校生だね」

 スタスタと歩み寄ってきて芝居がかった仕草で腕を広げ

「ようこそ我が映像研へ。歓迎するよ」

 彼女は驚きに眼を丸くする。

「それで? 少年に愛の告白は受けたのかね?」

 今度は僕が眼を丸くする番だった。


 あれはあの人の冗談だからね。本気にしないように。あの人は息をするように冗談を吐くんだ。と何度も説明して彼女の誤解を解いた。ほんと、勘弁してほしい。とは言え、女性の先輩が来たことで彼女も安心したのか、僕らの作業を覗き込んで笑顔を浮かべるようになった。

 最近の映画作りは全てデジタルだ。スマホやデジタルカメラで撮った映像をPCで処理すれば現代の街並みを中世の街にすることもできるし、街行く人をエルフやドワーフにすることだってできる。

「彼はそういう映像処理の玄人でね」

 お茶とお菓子を食べながら雑談している時、先輩が言った。

おだててもなにも出ませんよ」

「君の良いところを教えてあげようと思って」

「いりません」

 先輩は少し肩を竦めて、それから徐に言った。

「時に君は、高宮のお嬢さんだろう?」

 その途端、彼女がビクッと肩を震わせた。

「うちの会社は高宮グループと取引がある。だからもちろん噂は聞いているよ」

 先輩の言葉に彼女がますます体を硬くするのがわかった。いったいなんのことを言ってるんだ?

「君は、大丈夫なのか?」

 先輩がそう告げた瞬間、彼女はガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、言葉も告げず部室から走り去った。あまりの事に僕は一歩も動けなかった。なにが起こったんだ?

「先輩! なにを言ったんですか?!」

 僕が先輩に詰め寄ると

「それより、彼女を追わないでいいのかい?」

 ハッとして立ち上がった。彼女を一人でいかせたら危ない。僕は急いで部室を飛び出すと彼女を追った。長い廊下の端で彼女に追いついた。

「待って! 高宮さん。一人じゃ危ないよ!」

 けれど彼女は止まらない。僕は手を伸ばして彼女の腕を掴んだ。

「高宮さん!」

「は、離して!」

「でも」

「いいから! 私に構わないで!」

 振り返った彼女は泣き出しそうな瞳をしていた。

「わたし……六月に消えるから」

「え?」

 なにを言われたかわからず一瞬気を抜いた瞬間、彼女は腕を振り解いて走り去った。僕は呆然と見送ることしかできなかった。

 部室に戻って先輩を問い詰めると

「彼女は高宮財閥のお嬢さんだよ。彼女についてはそうだね、一度自分で調べてみるといい。それを信じるも信じないも、少年、君次第さ」

 そう告げるだけだった。


 他人のことを勝手にあれこれ詮索するのは好きじゃない。けれど、泣き出しそうだった彼女の瞳を思い出すと胸がザワザワと波打って到底寝付くことなんかできなかった。僕は震える指でPCの検索窓に彼女の名前を入力する。出てきたのはいくつかの週刊誌の記事だった。


ーーー高宮家の悲劇ーーー

 元華族の子孫で今でも皇室と深いかかわりがある高宮家は、日本の基幹産業を担う巨大企業を資金面から支えている超大物事業家一族である。ところが、この十年、数々の悲劇に見舞われてきた。始まりは当時若くしてグループの総帥の座についた高宮明氏(当時37歳)が交通事故で亡くなったことだ。ちょうど一人娘の幼稚園の卒園式に出かけたおり、氏の運転する車がエンジンから火を噴く事故を起こしたのだ。翌年には明氏の妻がホームから転落し列車に巻き込まれて亡くなっている。一説には夫を亡くしたあと憔悴が酷かったということで自殺ではないかと言う噂もある。極め付けはその一月後、屋敷が火事になり、祖父で元会長の勇氏を含め、多くの家人が亡くなった事だ。そんな中、奇跡的に助け出され、ただ1人残された娘のかぐらさんはまだ幼く、高宮グループの先行きが不安視されているーーー


 なんだこれ? どうしてこんなことが起こってるんだ? こんなの悲惨過ぎるだろう!

 僕はそれ以上、読み進めることができなかった。胸が苦しくなった。記事を読んだだけでこんなに苦しいのに、彼女はいったいどれほど苦しんだのだろう?

 僕に何かできることはないだろうか? 真剣に思い悩んだけれど、ただのクラスメイトの僕にできることなんてなにも考え付かなかった。でももし、何かあるとしたらそれはーーー普通の友達になることだけだろう。


 翌日、教室で顔を合わせると高宮さんは気まずそうに顔を背け、立ち去ろうとした。

「待って」

 僕は思い切って声を掛ける。

「昨日はごめんね。先輩が変なこと言って。あの、それで、君に頼みたいことがあるんだ」

 彼女はおずおずと振りかえった。

「……わたしに?」

「うん。えっと、映画作りを手伝って欲しいんだ。学園祭がもうすぐなのに上映する映画がまだ出来てなくって……」

 彼女は少し興味を持ったようだった。

「わたしに何かできるかしら?」

「大丈夫。教えるから」

「……そう」

 なんとか彼女を部活に引き入れる事に成功した。もちろん部長には余計なことを言わないように釘を刺した。

 早速彼女に編集ソフトの基本的な使い方をざっと説明する。彼女は最初こそ戸惑っていたけれど徐々に使いこなし、次第に笑顔を見せるようになった。少しは友達になれたかな? 彼女の編集作業を隣で見ながらそんなことを思った。


「遅くなったね。送って行くよ」

 六月になって映画作りが佳境を迎え、帰りがすっかり暗くなってしまった。

「あ、大丈夫です。迎えにきてもらうので」

「ああ、そうだったね」

 さすがはお嬢さんらしく、基本、彼女の登下校には送り迎えがついているようだ。ただその日はもう少し彼女と話したい気がしていた。と言うのも六月に入って次第に彼女から笑顔が少なくなっていたからだ。それに六月というと、以前に聞いた彼女の言葉も気になっていた。理由を聞いてみたかったけど、部室でそんな話はできない。

「もしよかったら少し付き合ってくれないかな」

 僕の強引な誘いに彼女は少し逡巡しながらも頷いてくれた。


「どお? 美味しい?」

「はい。美味しいです」

 僕らは二人掛けのテーブルで向かい合ってラーメンを啜っていた。

「わたし、こんなふうに学校帰りに誰かと寄り道するの、初めてです」

「へえ」

「憧れてました」

「そうなの?」

「はい。一つ夢が叶いました」

「それはよかったね」

「もうすぐ出来なくなるから、その前にできて良かったです」

 うん? 彼女の言葉に引っ掛かりを覚える。

「ありがとうございます」

 このタイミングだと思った。

「喜んでもらえてよかったけど、あのさ、最近なんかあった?」

 僕の言葉に彼女の表情がたちまち曇った。

「なんだか元気なさそうだったから」

「それは…」

 一度口を開きかけて彼女の言葉が止まる。その表情には苦しさと哀しさが入り混じっていた。僕はそれに耐えられなかった。

「あ、いや、話したくなければいいんだ…なんか気になって」

「すみません」

 それから会話は途絶えてしまった。僕は臍を噛んだ。まったくなにをやってるんだ。これじゃあ、逆効果だ。

 暗い雰囲気のまま食べ終わって路上に出た。その瞬間、眩しい光が眼を刺した。自動車のヘッドライトだった。目の前に迫っている。咄嗟に隣にいた彼女を突き飛ばした。その時には何か硬いものが体に当たった衝撃で僕は地面を転がっていた。目に映ったのは走り去っていく車と叫びながら駆け寄ってくる彼女の姿。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 彼女がポロポロと涙を零しながら謝っている。なにを謝ってるんだ?

「君は…大丈夫?」

「……わたしの所為だ」

「え?」

「わたしが一緒にいたから」

「なにを言ってるのかわからないよ?」

 彼女は泣きながら告白するように声を絞り出す。

「わたしは呪われているんです。わたしに関わる人はみんな事故や災難に遭う」

「そんなの…」

「だからダメなのに。分かっていたんです。学校になんかきちゃいけなかったんです。それでも…もう、最後だから、わたしは…うう」

 途切れ途切れに嗚咽混じりに話す彼女の言葉の意味がよく分からなかった。なんだか意識が朦朧としてくる。

「ごめんなさい。もう終わりにします…ごめんなさい…ごめん…」

 それが最後に聞いた彼女の声だった。


 目を覚ますと病院のベッドにいた。救急車で運ばれてきたそうだ。彼女が呼んでくれたんだろう。思いの外、怪我の程度は軽く、打撲だけで骨折もしてなかったのでその日のうちに退院になった。ところが、翌日学校に行くと彼女は欠席していた。胸がモヤモヤしていた。涙まみれの彼女の顔。朦朧とした意識の中で聞いた彼女の言葉。それらが脳裏に焼き付いて、早く彼女と話したかった。それなのに。

 放課後、部室に行くと先輩が厳しい表情で待っていた。

「事故に遭ったんだって」

「耳が早いですね」

雅王家うちの情報網を舐めてもらっては困る」それなら

「高宮さんと一緒だったことも知ってますね?」

「もちろん」

「どう思いましたか?」

 あの後、彼女の言葉が気になってもう一度調べてみたのだ。そして高宮家の不幸をひとり生き残った彼女に対して心無い中傷があることを知った。呪われた子。あるいは影の首謀者とも。あの時『君は大丈夫なのか?』と先輩が聞いたのはそう言う意味だったのかと思った。

「こんなことが起こるかもしれないと思ってはいた」

「それは彼女が呪われているからですか?!」

「まさか」

 僕の悲痛な声に、けれど先輩はあっさりと否定する。

「君はそんなことを信じるほどロマンチストだったかい?」

「信じてませんよ。でも、じゃあ、なんで…」

 先輩は人差し指を立てると芝居がかった仕草でちっちっちと指を振った。

「もちろん単なる不幸な事故の可能性はある。けれど高宮家に起こった悲劇は偶然では納得し難いだろう。彼女の周りで起こる事故や事件、それが偶然でないとしたら…不幸の裏で誰が得をしているんだろうね?」

「それって誰かの仕業っていうことですか?」

 先輩は口の端を上げると一つの封筒を僕に差し出した。

「なんですか、これ?」

 訳も分からず封筒を受け取ると先輩は僕に告げる。

「高宮かぐら嬢の結婚式の招待状だ」

「え?!」

「彼女は一週間後に結婚する」

「ええっ!」

「相手は高宮財閥の現ナンバーワンの男だ。その男はかぐら嬢の父上の学生時代からの友人でその紹介でグループ会社に入ったらしい」

「それってつまり、その男が…」

「もちろんわたしの推測が間違っていて二人は愛し合っているのかもしれないが」

 彼女の表情を思い出す。そんなことあるもんかと心が叫んだ。

「さて、少年、君はどうするね?」

 先輩が僕を見つめる。その瞳はいつになく真剣だった。

 だけど自分になにができるというんだ? ひと月前にクラスメイトになっただけの高校生に何が……。それでも、このまま彼女と二度と顔を合わさずに終わりにするなんていやだった。せめてもう一度……

「先輩、僕をその結婚式に連れて行ってもらえませんか」

 そう言うと先輩は満足そうな笑みを浮かべて

「ははあ、君はダスティン・ホフマンにでもなるつもりかい?」

「違いますよ。ただ、彼女が幸せかどうか知りたいだけです」

「もし、幸せでなかったら?」

 間髪入れないその問いに僕は答えの代わりにこう告げる。

「その時は、先輩……僕に力を貸してください」

 先輩はニヤリと口の端を上げた。

「いいだろう。貸しにしておいてあげよう」

 先輩のあくどい笑顔に気が挫けそうになったけれど

「わかりました」

 なんとか勇気を振り絞って、そう答えた。

 それからの一週間、高宮さんはずっと欠席のままで、このまま学校をやめるのではともっぱらの噂になっていた。僕は放課後、映像研に籠りっきりで作業を続けていた。学園祭の映画の準備……ではない。僕の切り札だ。


 結婚式は都内の大きなホテルに併設されたチャペルで行われた。

 慣れないスーツとネクタイに息が詰まる。その上、僕は大ぶりなデジタルビデオカメラを肩から提げ腕に腕章を巻いていた。そう、僕は当日の撮影スタッフの一人として紛れ込んだのだ。もちろん先輩の助けを借りて。この方が自由に会場を動ける。彼女に近づくことも出来るだろう。

 会場には多くの出席者がいてあちこちで噂話に興じるざわざわとした話し声が響いていた。その中にドレス姿の先輩を見つけて僕は軽く合図を交わした。

 その時、チャペルの扉が開いて皆の注目が一斉に集まる。タキシード姿の男性が現れて、式場の中央を進んできた。その男はまだ四十代のはずなのに頭髪が半ば以上白く年老いて見えた。一方、顔立ちは意外に整っており、ただ少し色素の薄い瞳が異様に殺気立って見えた。もちろん彼が新郎の橘氏だ。こんな男が、と僕は思った。拳を握りしめる。

 新郎が祭壇前に到着して少ししてからチャペルの扉が再び開いた。そこにウェディング姿の高宮さんが立っていた。晴れの結婚式には似つかわしくない沈んだ表情を浮かべている。エスコートしているのはもちろん彼女の父親であるはずがなく、強面の若い男で、まるで彼女が逃げ出さないように手を掴まえているように見えた。

 式場に足を踏み入れる時、俯いていた彼女が顔を上げてチラチラと会場を見た。その瞳が僕を捉える。彼女が驚いたように大きく瞳を見開いた。なんで、と唇が声にならない言葉を発する。僕はビデオカメラを担ぐとそろそろと会場内を移動しはじめる。椅子の隙間をぬって彼女が歩くバージンロードの傍らにまで進出する。その間、彼女はチラチラと僕の方を覗き見ていた。彼女が僕の傍らを通り過ぎる。その瞬間、僕はワザと何かに躓いたように体勢を崩した。

「きゃっ!」

 彼女にぶつかって二人して跪く。

「御室くん、あの…」

 顔を上げた彼女がなにか言うより早く僕は彼女に囁いた。

「一つだけ教えて。高宮さんはいま幸せ?」

 目を見開いた彼女はそれからぎゅっと目を瞑るとフルフルと首を振った。僕は深く息を吸い込んでそれから尋ねる。

「どうして欲しい?」

 彼女の瞳が水に濡れる。

「…助けて」


「おい、お前!」

 その時、乱暴に襟首を引っ張られて僕は彼女から引きはがされる。花嫁のエスコート役の男が僕を睨んでいた。周りも突然の珍事にざわついている。

「失礼」

 僕は一つ断ると先輩に合図した。先輩がふっと笑う。それからスマホを操作した。ダンと大きな音がしてチャペルの扉が開くと、ドタドタと揃いのスタッフジャンパーを着た男達が会場に入ってきて巨大な液晶スクリーンを設置し始めた。招待客はなにが起こったのか分からず呆気にとられている。僕は持っていたビデオカメラに端子を繋ぐ。必要な動画を選んで再生ボタンをクリックした。


 そこに粗い画質の映像が映った。どこかのガレージだろうか。高級車が何台も並んでいる。上から撮られた映像は防犯カメラの画像のようだ。画面の中には一人の男の背中が写っていた。その男は一台の車の給油扉を開けると持っていた容器からなにかを流し込んだ。そしてそそくさと立ち去ろうとする。その際、振り返った男の顔が写る。頭髪は黒々としているが新郎によく似ていた。

 次の画面では車に乗り込む男の姿。この式場に来ている人々には分かっただろう。それは高宮さんの父上だ。その次に映されたのは事故で大破したその車の映像。ニュース映像だった。会場がざわつく。

 その次に映されたのは駅のホームだった。朝のラッシュ時だろうか乗客でごった返している。突然、女の人がホームから押し出されるように転落した。周りで人々が慌てている。列車が近付いて来たからだ。喧噪の中で人混みから抜け出して離れていく男の姿が写っていた。新郎にとてもよく似ている。会場のざわめきが大きくなる。

 次の映像は暗い夜だった。屋敷の裏手だろうか。木々の葉の隙間からその映像は映されていた。男がポリタンクから液体を屋敷の壁にぶちまけている。暗くてその男の正体ははっきりしない。けれど次の瞬間、ポッと明かりが灯った。男がライターを点けたのだ。そして浮かび上がる男の顔。新郎だった。男の口の端が上がる。誰もが息をのむほど狂気に満ちた表情だ。そして投げ捨てられるライター。燃え上がる火の手。次の映像は、燃え落ち、煙を上げる屋敷跡を上空から撮影したニュース映像だった。


「すべて、あなたの仕業ですね!」

 僕は新郎に指を突きつける。映像を呆然と見ていた男はハッと我に返ると

「これはなんだ? こんなものがあるはずがない」

 僕の背中を汗が伝う。ここで畳みかけなきゃいけない。冷静になられたら困るのだ。

「あなたは高宮氏を自動車事故に見せかけて殺し、奥さんをホームから突き落とし、高宮会長も放火して殺害したんだ」

「……」

「そしてかぐらさんと結婚することで高宮財閥を乗っ取ろうとしている」

「違う! 俺は彼女を愛している!」

「愛している? じゃあ、どうして、彼女を不幸にしたんだ?!」

「違う! 違う! 違う! 俺がかぐらを守ったのだ!」

 男の声に狂気が交ざる。

「あいつらがかぐらを不幸にしようとした。だから俺はあいつらからかぐらを守るために……」

「殺したのか?」

「ああ、そうだとも!」

 言った! 言わせた! 

 そのひと言で緊張の糸が切れた。ふっと意識が遠くなりかける。

「いまの証言、録音させていただきましたわ」

 スッと立ち上がった先輩が右手にスマホを掲げる。

「もちろん、ここにいる列席者の皆さまも証人ですわ」

 その言葉を聞いても男は狂気に染まる表情で

「俺はかぐらを守ったんだ。俺の行いは正当な行為だ。間違ってなどいない!」

 その瞬間、男は猛烈な勢いで駆け出すと僕に向かって突っ込んできた。とっさのことで避けることもできない。でも男の標的は僕じゃなかった。

 男は高宮さんを掠うようにひっつかむとチャペルの大きな窓から庭へと逃げ出した。予想外のことに一瞬呆気にとられた僕は慌てて男を追いかける。ホテルのチャペルは地上三十メートルの最上階にあって屋上庭園の冊越しに地上の街並みがおもちゃのように小さく見えた。

「やめて! 放して!」

 高宮さんが男の腕を振りほどこうと必死で抵抗する。男は放すまいと彼女を抱えている。柵越しでもみ合っている二人の身体が不意に傾いた。ようやく追いついた僕は、二人の足が地面を離れるのを見た。

 ヤバイ! 

 必死に腕を伸ばして彼女の身体を掴もうとした。目の前で二人の身体が柵を越えていく。ガシャンと音がして僕の身体が柵にぶち当たる。眼下を男が落ちていく。その時、僕の腕はなんとか彼女のウェディングドレスのスカートを掴んでいた。そのまま必死に彼女を引き上げる。二人して庭に倒れ込んだ。はあはあと荒い息が漏れる。冷や汗が背中を伝って流れ落ちる。

「だ、大丈夫だった?」

 顔を上げた彼女は蒼白な表情で、無言で頷いた。肩が小刻みに震えている。僕はその肩に手を添えることも出来ぬままに彼女を見つめ

「……きみの所為じゃないから」

 そんなことしか言えなかった。

「ぜんぶ、ぜんぶ、きみの所為じゃない。君は呪われてなんかいない」

「御室くん……」

 彼女は僕の膝に手を付いて嗚咽を漏らす。僕はようやく彼女の肩をそっと抱いた。



 それから一週間後の学園祭の日。

 なんとか出来上がった映画を視聴覚教室で上映していた。お客さんの入りはまあまあだ。三日前に学校に復帰した高宮さんも、会場での案内役を担当してくれている。学校に復帰した彼女はそれまでとは違いクラスメートに馴染もうと努力していた。まだぎこちないけれど次第に笑顔も見せるようになっていた。

ーーー良かった。本当によかった。

 正直、失敗してたら僕は社会的に抹殺されていたかもしれない。いま思い出しても背筋が冷たくなる。だってあの時会場で映した映像は九割フェイクなのだ。ニュース画像は当時のアーカイブから引っ張ってこれたけれど、犯行場面は先輩の推理を元にこちらで用意した偽映像なのだ。それらしい元映像をPCで加工して作成した。だから、もし冷静に突っぱねられていたら終わりだった。それでも、相手がなにかぼろを出したら、あとは先輩がなんとかしてくれる手はずだった。予想以上に上手くいったけれど、最後に相手があんな事になるとは思わなかった。それだけが悔やまれる。

「やあ、少年。ちょっといいかい?」

 スマホで先輩に呼ばれて僕は高宮さんが接客をしている姿を微笑ましく見ながら部室に戻った。待っていた先輩は僕が部屋に入るとおもむろに部屋の鍵を掛けた。

 え? なに? 僕、閉じ込められた?

「先輩、あの、なんで鍵?」

「今回の件、君はお手柄だったね」

「はあ」

「なので、君に伝えておくべき話がある」

「えっと、なんです?」

「余人には聴かれたくない類の話だ」

 悪い予感が脳裏を過ぎる。いったいなんの話だ?

「私は先日の結婚式での新郎氏の言葉が気になってね。調べてみたのだよ。彼と高宮嬢の両親との関係について。三人は同じ大学で出逢った訳だけど、実は大学時代、新郎氏と高宮嬢のお母上は関係があったらしい」

「え?」

「つまりは恋人同士だったようなのだ。ただその事をお父上は知らなかったようだ。そして彼女に一目惚れした高宮氏は強引に彼女を自分のものにした。それでも、どうやらその後も新郎氏とお母上の関係は続いていたらしい」

「それって不倫じゃあ……」

 その時僕の脳裏にある考えが浮かぶ。心臓がドクンと大きく拍った。

「え? じゃあ、あの、高宮さんは……」

 先輩が小さく頷く。胸に苦いものが湧き上がってきた。

「おそらくその事に高宮氏は気づいて娘に対して何らかの行動に出ようとしたのだろう。新郎氏はそれを阻止するために犯行に及んだ。もしかしたらお母上もそれに絡んでいたのかもしれない。そして彼女はその罪の重さに耐えられなくなって義父に告白したのかもしれない。その結果、連続して事件は起こった」

 僕は息をのんだ。もしそれが正しいとしたら、やり方は間違っていても新郎氏は確かに高宮さんを守ったのだ。そう思うと、なんだかやり切れなかった。

 けれど先輩は肩を竦めると

「これはただの推測だ。真実は分からない。たしかにDNA鑑定をすれば真実の一端は明らかになるかもしれないが、関係者はただ一人を除き、すべていなくなった。真実を知る意味がどこにある?」

 僕は高宮さんの顔を思い浮かべる。彼女に真実を知る意味はあるだろうか?

「さあ、少年、君はどうする?」

 僕は一度目を瞑ってそれから答えた。

「僕に真実を語る資格なんて無いですよ」

 先輩は笑って

「そうだな。それじゃあ私達の映画フェイクを楽しむとしよう」

 そう言って鍵を開けて廊下を歩き出した。僕も慌てて追いかける。

 学園祭はまだ始まったばかりだった。


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