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8 そんな健気な想いが

 翌日、法務官室にジョシュア様が来ても私は作成中の書類から顔を上げられずに、彼が他の方と挨拶する声を聞いていた。

 だけど、書類のやり取りを終えた彼はそのまま部屋を出て行ってはくれなかった。


「おはようございます、ハウエル様」


 すぐ傍から声をかけられて、意を決した私は体ごと振り向いた。


「おはようございます、マクニール様」


 恐る恐る見上げたジョシュア様はその美しい顔でジッと私を……。ああ、もうこれ以上は無理。

 私は堪らず視線を逸らした。


「では、失礼します」


 そう言ったジョシュア様の声が先ほどより沈んで聞こえて、私は咄嗟にその背中を呼びとめてしまった。

 彼が仕事中は以前と変わらず私を家名で呼ぶので私もそうしていたのに、「ジョシュア様」と。

 ジョシュア様は足を止めてくるりと振り返った。


「何でしょう、ウィレミナ様?」


 顔がキラキラしている。でも、ここでまた目を逸らしたら駄目だ。


「あ、の、また昼休みに」


「はい、また」


 にこりと笑って、ジョシュア様は法務官室を出て行った。

 ホッとして書類に戻ろうとしたが、室内のあちこちからニヤニヤが向けられていることに気づいた。


「何か可笑しなことでも?」


「ジョシュアのあんな姿見たら笑うしかないだろ」


「半年も拗らせてた片想いが実って浮かれてるな」


「ウィレミナももう少し構ってやれよ。俺たちのことは気にせずに」


「だけど、もうジョシュアのことを揶揄って遊べないのはつまらないな」


「マクニール侯爵のご子息で遊ばないでください」


「そこは『私の恋人で』って言ってやって」


「最初はウィレミナにあんなこと言っといて何なんだこいつ、って感じだったけどさ、本人がまったく気づかないものだから段々と不憫になって俺たちが相手してやってたんだぞ」


「まあ、初対面の挨拶を除けば、あの幼馴染の衛兵よりジョシュアのほうがずっとウィレミナに相応しいし、それにジョシュアはあれを取り消したんだろ」


「ジョシュア様が私に相応しいなんて、おこがましいです」


「でも、あいつが言ったんだ。男としては無理でも、せめて官吏としてウィレミナに認められたいって」


「そんな健気な想いが報われて、俺たちも嬉しいよ」


「結婚相手としてもジョシュアは間違いないぞ。あいつの血筋は浮気なんか考えもしないから」


「確かに、ご両親もお兄様夫妻も仲睦まじいご様子でした」


「いや、マクニール侯爵もそうだけど、それよりコーウェン公爵だ。あの顔でかなりの愛妻家らしい」


「そうなのですか」


 本当は先輩方にそれとなくジョシュア様の想い人について尋ねてみようと思っていた。アレックスの考えとは違う答えが返ってくるのではないかと。

 でも、尋ねなくても答えはわかってしまった。居た堪れない。


 それにしても、半年前といったらジョシュア様が宮廷に入って間もなくではないか。

 私に「好きにならないでください」と言ってからわずかの間に、ジョシュア様にいったいどんな心境の変化があったのだろう。

 私のほうは、ただ他の新人官吏たちに対するのと同じように接していたはずだ。表面上は。




 昼休み、逃げるわけにはいかず、重い足取りで中庭に向かった。

 ジョシュア様はすでにいつものベンチに座ってパンを片手に本を開いていて、私に気づくと嬉しそうに顔を綻ばせた。


 私は急いで彼の隣に腰を下ろし、サンドウィッチと本を取り出した。

 これでしばらくはジョシュア様の顔を見なくて済む。やはり逃げているのかもしれないけれど。


 でも、さすがの私も今日ばかりは本の内容が頭に入ってこなかった。

 同じ行を何度も繰り返し読んでしまって、なかなか先に進めない。


 サンドウィッチを食べ終えてから、そっとジョシュア様を窺った。

 至極真剣な表情で本の頁に視線を落としている彼の横顔はやはり美しい。


 私が息を殺してしばし見入っていたせいか、ふいにジョシュア様がこちらを向き、そして目を丸くした。

 私は慌てて視線を本に戻したけれど、それで誤魔化せたはずもない。

「ウィレミナ様」と呼びかけられて思わず悲鳴をあげそうになり、「ひゃい」と応えてしまった。


「あなたが本に集中していないなんて珍しいですね。何かありましたか?」


「いえ、何も」


「本当に?」


 声だけで、彼が私を心配してくれているのがわかった。


「実は、ジョシュア様にお話ししたいことがあるのですが、ここではちょっと……」


 小声で話せば隣のベンチにも声は届かないだろうけれど、いつ誰が近づいてくるかもしれない。


「それなら、場所を変えましょうか」


 ジョシュア様がそう言って立ち上がった。

 私も釣られて腰を上げる。


「あの、場所を変えるってどこに?」


 途中で邪魔が入る心配をせずに話をできるような場所が、私には思い浮かばなかった。

 まだ昼休みは半分以上残っているから、少し離れたところまで行くのだろうか。


「秘密の部屋です」


「はい?」


 訳のわからないまま、歩き出したジョシュア様について行った。

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