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4 恋人でお願いします

 翌週になっても、宮廷の廊下で会ったマクニール様は眉間に深い皺を刻んでいた。

 いつもなら互いに抱えている書類の一部を交換するのに、私から視線を逸らしてさっさと通り過ぎていってしまう。


 マクニール様を見送りながら溜息を漏らした。

 これからずっとこの調子なのだろうか。


「悪いね、ウィレミナ」


 ふいに声が聞こえて振り向けば、マクニール様がいた。といってもジョシュア様ではなく、そのお兄様で内務官のヴィンセント様だ。

 ヴィンセント様は学園で私の一年先輩だったのだが同じ授業を受けたことがあり、交流歴はジョシュア様より長い。


 言葉とは裏腹に、ヴィンセント様の顔は面白がっているように見えた。


「まったく、困ったやつだ。仕事に私情を持ち込むなんてあいつが一番嫌っているはずなのに、ウィレミナにあんな恨みがましい態度をとるとは」


 ああ、やはり私はマクニール様に恨まれているのだ。


「その、申し訳ありません」


「謝る必要はないよ。ジョシュアが失恋して落ち込んでいるから責任をとってやってくれなんてウィレミナに頼むのもおかしな話だろう」


 ジョシュア様が私に求婚したことまで含めて、ヴィンセント様はすべてを知っているようだった。

 ヴィンセント様の言うとおりのはずなのに、私の良心がズキズキと痛んだ。




 さらに次の日も法務官室にやって来たマクニール様の様子に変化はなかった。

 私は書類を置いてすぐに出ていった彼を追いかけた。


「マクニール様、お話があります」


 足を止めて振り返った彼は、怯んだような顔をしていた。




 宮廷の廊下で話すようなことではないので、私たちは仕事を終えた夕方に再び落ち合い、先日と同じマクニール家の馬車の中で向かい合った。


「話とは何でしょうか?」


 マクニール様に改めて尋ねられると、求婚のことは蒸し返さないほうがいいような気がしてきた。

 彼だって、あんなのはなかったことにしたいはず……。


「もしかして、考え直していただけましたか?」


「ええと、何をでしょう?」


「私があなたに結婚を申し込んだ件です」


 マクニール様はなかったことにするつもりはないようだ。


「私の考えは変わっていません。だけど、代わりにできることがあるのではないかと思いまして。それでお訊きしたいのですが、マクニール様が私に求めていることは具体的には何なのでしょうか?」


 マクニール様は困惑した様子でしばし黙り込んだ。なぜか顔が少し赤くなっている。


「そのようなこと、本当に言わなければなりませんか?」


 確かに、恋慕う人をロドニーに奪われた鬱憤をぶつけたい、なんて口にはしにくいかもしれない。


「いえ、やはり必要ありません」


「私も訊いていいですか?」


「どうぞ」


「私との結婚が無理な理由は何ですか?」


 他の令嬢に振られた腹いせみたいな求婚をしておいてそんな質問をするのかと思いかけたけれど、よく考えたら私が「無理です」と応えたのはマクニール様の失恋を知る前だった。

 その言葉にもちろん私なりの理由はあるけれど、できれば口にしたくない。


「やはり初対面の時のことが許せないのでしょうか?」


「あれは本当に気にしていませんので」


「では、私が爵位を継がないからですか? でしたら、父に相談してみます」


 きっとマクニール侯爵なら他にも爵位をお持ちなのだろうけれど。


「いえ、そういうことではなくて……」


「文官より騎士のほうがいいですか? それなら今からでも……」


 まだ学園を卒業したばかりのマクニール様なら、これから騎士団に入っても間に合うかもしれないけれど。


「違います」


 必死に言い募るマクニール様の声からロドニーに想い人を拐われた傷の深さが窺え、私は思わず声をあげて彼の言葉を遮ってしまった。


「マクニール様には何の瑕疵もありません。私の側の問題です」


「どんな問題ですか?」


 理由をはっきり説明しないと、納得してもらえないようだ。


「政略結婚ならともかく、同じ宮廷で働く官吏同士としての交流しかなかった方に突然あんなことを言われても、承諾できません」


 そう言ってから、これもある意味政略結婚なのかもしれないと思った。


「つまり、もっと親しい関係になって交流した後なら、結婚できるということですか? とりあえず婚約だけならしていただけますか?」


 私が考えていたのとは明らかに違う方向に進んでいる。どうにか引き戻さないと。


「そのとりあえずはおかしいです。こういう場合、まずお友達からではありませんか?」


 私は何を言っているのだろう。マクニール様と私がお友達って……。

 でも、傷ついているマクニール様をこのまま放っておくことは、やはり私にはできない。


「ただの友人では弱いです」


「弱い?」


「その、あなたの幼馴染に対して、とか」


 ロドニーに対して。ひいては、もうすぐその妻になる令嬢を意識してということだろう。

 マクニール様には自分もさっさと結婚して彼女を見返したい気持ちもあるのかもしれない。

 だったら、もっと相応しい別の相手を探せばいいのに。王族の姫君でも公爵令嬢でも、彼なら見つかるはず。

 ああ、でも、喜んで手をあげるような令嬢ではマクニール様が無理なのか。

 彼が一言「もうやめます」と口にすれば、いつでもスッと身を引くような相手でないと。


「わかりました。恋人でどうですか?」


 譲歩してそう提案した。下手に出るべき立場のはずなのにちょっと偉そうになった。


「恋人?」


「はい、恋人です」


 マクニール様はしばらく何かを思案した後、口元を緩めた。


「では、恋人でお願いします」


 ……え、笑った?


「着きましたね」


 マクニール様の言葉に窓の外を見れば、馬車はいつの間にか我が家の前に停まっていた。

 御者が扉を開けるとマクニール様が先に外に出て、私に手を差し出した。

 戸惑いつつもその手を借りて私も馬車を降りた。


「ありがとうございます」


 私はスッと手を引こうとしたがマクニール様は放さず、それどころかそのまま屋敷の玄関へと歩き出した。


「マクニール様、何をするおつもりですか?」


「ご両親にご挨拶をさせていただきます」


「いや、ちょっと待ってください。挨拶なんて必要ないですから」


 私が慌ててマクニール様の行く手を阻むと、彼はあっさり足を止めてくれた。

 だけど、その顔は哀しげだ。


「私を恋人としてご両親に紹介したくないということですか?」


「そうではなくて、いきなりマクニール様がいらしたらきっと皆驚いてしまうので。それに、父はまだ帰宅していないと思います」


「確かに、前触れなく押しかけるのは失礼ですね。出直しますので、ご両親のご都合を聞いておいてもらえますか?」


「はい」


「でしたら、今日はこれで帰ります」


 そう言いながらもマクニール様は私の手を放してくれない。


「マクニール様?」


「すみません。もう少しこうしていても構いませんか?」


 もしかして、あの令嬢がうちの前を通ってマクニール様がいるのに気づくことを期待しているのだろうか。ちょうど、私が彼女を見かけた時のように。


「いいですけど」


 別に手を繋いでおく必要はないだろうに、マクニール様はぎゅっと両手で握り直した。


 その時、馬車が近づいてくる音が聞こえた。

 彼女かと思って門のほうに視線を向けると、見慣れた馬車がこちらへと向かってくるのが見えた。

 ギョッとしてマクニール様を見ると、彼は何かを祈るように目を閉じていた。


「マクニール様、手を放してください」


「あと少しだけ……」


「父です」


「え?」


 マクニール様がパッと目を開けて振り向いたのと、マクニール家の馬車の隣に停まった我が家の馬車からお父様が降りてくるのと、ほぼ同時だった。


「ウィレミナ、何をしているんだ? そちらの方は、確かマクニール家の……」


 お父様の視線は私からマクニール様へ、さらに繋いだままだった私たちの手へと移動した。

 まずい、適当に誤魔化さないと。


「おと……」


「ジョシュア・マクニールです。どうかご令嬢と結婚を前提にお付き合いすることをお許しください」


 マクニール様がそう言って深々と頭を下げたので、お父様は目を丸くした。

 だけど、私も内心でお父様と同じくらい驚いていた。

 結婚前提なの?

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