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番外編 長期休暇になったら

前話までで終わりのつもりだったのですが、何となく浮かんできたので書きました。

 ウィレミナと正式に婚約し、彼女との大切な初めてのデートも無事に終え、一緒に夜会に出る約束までした私の前に、新たな問題が浮かび上がった。

 あと一月足らずで長期休暇になってしまうのだ。


 学園に通っていた昨年までは長期休暇が待ち遠しかったけれど、今年は違う。

 このまま休暇を迎えてしまったら、三か月もウィレミナと会えないことになる。

 私は大急ぎで方策を練った。




 数日後の昼休み、いつものように中庭のベンチで隣に座ったウィレミナに切り出した。


「ウィレミナ、長期休暇になったら一緒にマクニール領に行きませんか?」


 きっといつものように笑って頷いてくれるだろうと思っていたのに、ウィレミナは「え?」と言ったまま黙り込んでしまった。その顔に困惑の色が見える。

 婚約者を領地に誘うのはそれほどおかしいことではないはずなのに。


「別に休暇中ずっとでなくても構いませんし、何なら私がハウエル領にお邪魔するのでもいいのですが……」


「ごめんなさい。実は、休暇当番を引き受けてしまったんです」


「休暇当番……?」


「はい。知りませんか、休暇当番?」


「いえ、聞いたことはありますが……」


 長期休暇中も国の中枢たる宮廷を空っぽにするわけにはいかないので、ある程度の数の官吏は詰めていることになる。

 その役目が休暇当番。


「いつの間に募集していたんですか?」


「募集というか、各部屋で受けそうな人に室長が直接声をかけるという形がほとんどのようなので、ジョシュアには話が行かなかったのだと思います」


 休暇当番は責任者を王族や大臣が務めるほかは、下位貴族の子弟や平民出身の下級官吏がほとんどを担う。

 休暇当番の勤務日は二日に一回程度ながら特別手当が支給されるので、彼らは積極的に希望するそうだ。

 逆に言えば、私のような侯爵家の人間は最初から当てにされていないのだろう。

 もっとも、宮廷の長期休暇は官吏として働く貴族が領地経営に専念するためにあるのだから、領地に帰るのが普通なのだが。


「もしかして、ウィレミナは毎年やっているのですか? 領地には帰らないんですか?」


 ウィレミナは不味いものでも食べたような顔になった。


「帰るのがうちの領地ならいいのですが、宮廷に入って最初の休暇にブラウン領に連れて行かれそうだったんです。しかも、ロドニーがいないから伯爵と二人でですよ。だから、当番の話を聞いて渡りに舟だと思いました」


 騎士にもまとまった休暇はあるけれど、もちろん官吏のように皆で一斉には取らない。


「でも、実際に当番をやってみると意外と楽しかったんです。仕事がたくさんあるわけではないし、人も少ないから宮廷全体がのんびりした感じで。普段はできない資料室の整理や、メイドでは手を出しづらいような場所の大掃除なんかもするんです」


 ウィレミナがフフッと笑う。


「それに、勤務日以外は図書館に好きなだけ入り浸れますし、美術館の入館料が安くなったり動物園や植物園が無料になったりするので、あちこち行きました。一応、平民っぽい格好をして」


 長期休暇になると貴族は領地に帰るが、都で暮らす平民は変わらず働く。

 だから、休暇中も図書館は開くし、様々な施設が平民の利用しやすい料金になる。


「誰と行ったんですか?」


 本当に楽しそうで、だからこそモヤモヤして、つい要らぬことを訊いてしまった。


「ええと、一人で行ったり、女性官吏の方と行ったりです」


 ウィレミナの応えを素直に信じられない。

 本当はロドニーや、男性官吏が一緒のこともあったのではないだろうか。


 ウィレミナはきっと今度の長期休暇も、私に会えなくても満喫するに違いない。

 いや、こんな嫉妬深い人間、傍にいないほうが清々するのかも。


「今から希望しても間に合うでしょうか?」


「間に合うと思いますが、まさか、ジョシュアも当番をやるつもりですか?」


「いけませんか?」


「ジョシュアは将来的にはヴィンセント様の補佐をするのでしょう? 領地に帰らなくて大丈夫なんですか?」


 ウィレミナの言うとおり、私は兄上とともに領地経営について父上から学んでいるところだ。


「父上に相談してみます」


「それに、長期休暇中はマクニール家のお屋敷も使用人が減るのではありませんか?」


 これもそのとおりで、一緒に領地に行く者以外は休みを取らせるので、屋敷には最低限の人数しか残らない。

 そこに当主の息子がいたら、余計な仕事が増えて手間をかけることになる。


「ウィレミナの家はどうなのですか?」


「うちも同じですが、私は寮に入れると思うので」


 王宮にはそこで働く者のための寮がある。

 普段は平民専用だが、長期休暇中にかぎり当番を担う貴族にも開放される。

 ただし、受け入れ人数はその時の寮の空き状況による。

 女性官吏はそもそもの絶対数が少ないので希望すればまず入れるが、男性は毎年希望者のほうが上回り、家格が下の人が優先されるのだという。

 つまり、私の入寮は絶望的。


「そこに漏れた方は、自分で下宿先を探したりするようですよ」


「下宿ですか」


「共同住宅とか、平民の家を間借りするとか……。どちらにせよ食事は王宮の食堂で賄えますが、ジョシュアは洗濯や掃除はできますか?」


 正直、やったことがないのでわからないとしか言えない。

 それ以前に、まったくの他人の家で暮らすことが私にできるのだろうか。


 おそらく、そんな不安が顔に出てしまったのだろう。


「ジョシュアは無理せず、領地に帰ったほうがいいと思いますけど」


 嫉妬深いうえ面倒だと思われる前に、「そうします」と言ったほうがいいのかもしれない。だけど……。


「いいえ、やります。私はウィレミナに三か月も会えないなんて耐えられないんです」


「……そうですか」


 それだけ言うと、ウィレミナは本を開いてその頁に視線を落としてしまった。

 私に呆れているのだろうか。


 だけど、私もここは譲れない。

 週末に一日会えないだけで辛いのに三か月もウィレミナに会わずにいたら、長期休暇が明ける頃にはきっと私は干からびているに違いない。




 その日の夕方、いつものようにウィレミナをハウエル家まで送るため、一緒に馬車に乗った。

 結局、昼休みは微妙な空気のまま分かれてしまったため、少し気まずくてウィレミナの顔を見られなかった。


 そんな中で、先に口を開いたのはウィレミナだった。


「あの、休暇当番のことなのですが……」


「はい。仕事の合間に父上に相談に行ったのですが、父上も結婚前にやったことがあるらしくて、良い経験になるからやるといいと言ってくれました。ただ、休暇中ずっとは駄目で、一か月くらいなら、と。それから下宿先なのですが、よく考えたらメイが長期休暇中も都に残るので、屋敷に置いてもらえるようこれから頼みに行ってきます」


 私は早口に言いきった。これならウィレミナも反対できないだろうという気持ちで。


 母上の末の弟メイは子爵だけどドレス職人をしている。

 ドレス工房では今くらいの時期からドレスの注文がドッと増え、次のシーズンが始まるまでにすべてを仕上げなければならないから、ちょうど長期休暇が一年のうちの最繁忙期になるらしい。

 だから、メイが家族とともに領地に帰るのはいつも長期休暇が終わってからだ。


 ちなみに、初デートの時にメイが夫婦で働くドレス工房にも行ったので、ウィレミナもすでに面識がある。


「では、ジョシュアが当番をやる期間が決まったら、早めに教えてもらえますか。私もそれに合わせて変更してもらいますので」


「……え?」


 私がウィレミナのほうを見ると、彼女もこちらを見ていた。

 その視線が、恥じらうように少し下がった。


「それから、まだ間に合うなら私も一緒にマクニール領に連れて行ってほしいのですが」


「え? あ、はい、もちろん間に合います」


 私が半ば混乱しつつ応えると、ウィレミナは「よかった」とぎこちなく微笑んだ。


「本当に来てくれるんですか?」


 私が問いかけると、ウィレミナの視線がさらに下がった。


「お昼休みにジョシュアが、私に三か月も会えないのは耐えられないと言っていたでしょう。それで気づいたのですが、私は長期休暇になったらジョシュアに会えないということについてきちんと考えていなかったんです。だから、あの後考えてみたんですけど、私も耐えられそうにない、というか、できれば一日だって離れたくないな、という結論になりまして」


 私は目を瞠った。

 ウィレミナは一瞬だけ私を見て、今度は視線を彷徨わせはじめた。


「それで、他にも色々と考えてしまったんですけど、例えば貴族の結婚は長期休暇の前後が多いですよね。あれは学園を卒業してすぐ結婚という方が多いからだと思うのですがおそらく生活を変えやすいからというのもあって、だったら私たちの場合はどうかと言うと普段は仕事が忙しいのだからやはり結婚するなら長期休暇の前後が適していますよね」


 先ほどの私など足元にも及ばないような怒涛の勢いでウィレミナは言葉を紡いでいった。

 私の胸の鼓動も早まっていく。


「となると今度の休暇を逃せば次の機会は一年後になるわけですが、ジョシュアが私との結婚を望んでくれていて私の中でもジョシュアと結婚することは決定事項になっているのに一年も先延ばしにする理由はあるのでしょうか? もちろん貴族同士の結婚は一年くらいかけて準備をするものですが、あなたは爵位を継ぐわけではないので簡素でも式さえ挙げられれば大勢の参列者も披露パーティーもウエディングドレスも必要なくて、だから今からでも何とかなると思うんです。つまり、何が言いたいかというと……」


 期待がはち切れんばかりに膨んだ私を、ウィレミナが真っ直ぐに見つめた。


「ジョシュア、私と結婚してくれますか?」


「はい」と応えたつもりだったけど、声になっていたかはわからない。

 気づいたら私はウィレミナを抱きしめていて、ウィレミナも私を抱きしめてくれていた。


「ウィレミナ、好きです。大好きです」


「知っています。私もジョシュアが大好きです」


 頭も体もふわふわして、天まで浮かんでいってしまいそうで、ウィレミナにぎゅっとしがみついた。

 ウィレミナが私を宥めるように背中を優しく撫でてくれたので、少しだけ冷静になった。


「あの、ウィレミナ」


 ウィレミナを抱きしめたまま呼びかけた。


「はい」


「今までウィレミナに黙っていたことがあるのですが」


「どんなことでしょう?」


「実は、もうメイがウィレミナのウェディングドレスを作りはじめているんです」


「はい?」


「といっても、注文したのはお祖父様で、図書館でウィレミナを紹介した後、すぐにメイのところに行ったらしくて。それでメイに、とりあえずウィレミナに会わせろ、ついでに採寸させろと言われて」


「だから初めてのデートでドレス工房に行ったんですか?」


「はい。でも、ウィレミナにドレスを贈って、一緒に夜会に出たいと思っていたのも嘘ではないです」


 社交の場はあまり好きではないけれど、ウィレミナが一緒なら行きたい。


 王宮の夜会で見たウィレミナはとても美しくて、でも私には遠い人だった。

 だけど、今度は私がウィレミナをエスコートできる。


 それに、一から仕立てるのでは今シーズン最後の夜会にも間に合わないと言われて既成のドレスをウィレミナに合わせて直してもらうことにしたけれど、メイのおかげで彼女にとてもよく似合うドレスを選べたと思う。


「ええと、それで、そのウエディングドレスが長期休暇までには仕上がるそうなので、ウィレミナがマクニール領に来てくれたら改めて求婚して、休暇明けに結婚式をできたらいいなと思っていました」


 ウィレミナが少しだけ体を離して私を見つめた。


「というか、最初は今すぐ求婚して長期休暇になったらマクニール領の教会で結婚式を挙げるという計画を立てたんですが、それだと参列できないとメイに言われて」


 ウエディングドレスを作ってくれているメイの言葉を無視するわけにはいかず、先延ばしにするしかなかった。


「ごめんなさい、私、余計なことを……」


 ばつが悪そうな顔をしたウィレミナに、私は急いで首を振った。


「ウィレミナが私と同じ気持ちだとわかって、本当に嬉しいです」


 そう言って私が笑うと、ウィレミナも笑い返してくれた。

お読みいただきありがとうございます。

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