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番外編 先触れを頼まれました

ジョシュアの母方の血筋について説明するための番外編です。

 その日、朝一番に予定外で私の執務室を訪れたのは、外交官であるノア・コーウェン公爵だった。


「何かあったか?」


 ノアの顔が不機嫌そうなのはいつものことなので、ここに来た理由とは無関係。

 むしろ、呼んでもいないのに朝からわざわざ来たのだから、おそらく悪い話ではないだろう。


「ジョシュアが陛下に婚約のお許しをいただきたいそうで、先触れを頼まれました」


 やはり良い話だ。


 新人秘書官のジョシュア・マクニールはノアの甥にあたる。

 ノアは何だかんだ言って兄弟想いだから、こういう手助けは厭わない。


「へえ。もちろん相手は彼女だね?」


 ジョシュアが法務官のウィレミナ・ハウエルに半年ほど片想いしていたことは秘書官たちの口から私の耳にも入っている。


「はい。ともに伺うそうです」


「それは楽しみだ。しかし、恋人になったと聞いたのもつい最近だったのに、もう婚約とはずいぶん早いな」


「私も先ほど婚約すると報告されたばかりでまだ詳細は知りませんが、そもそも、ようやく告白しておいて恋人どまりというのが間怠っこしかったのであって、遅すぎるくらいだと思います」


「ノア的にはそうだろうね」


 ノアは夜会で見初めた相手にその日のうちに婚約を了承させた強者だ。

 それでいて今も夫婦仲は良好なのだから、何も言えない。


 いや、さすがにノアの例は極端だが、コーウェン家の男は皆そんな感じだ。

 彼の父も弟も、結婚まではせっかちで、その後もひたすら一途。


「ちなみに、官吏としてのウィレミナ・ハウエルに対するノアの評価は?」


「下手な男どもよりよほど使えます」


「それは他の者たちからも聞いているよ。まだ女性官吏は狭き門だから、その分、優秀なのは当たり前。下手な男こそ、それを認めたがらないが」


 今だに女性官吏に反対する者も少なくないが、ノアは当初からの賛成派だ。


 そもそもノアは女公爵と陰口を叩かれるほど強力に夫を支えていた母に育てられたから、相手が女性というだけで軽んじることはない。

 そして、私が女性も官吏に登用すると決めたのは、学園を首席で卒業するくらい優秀だったノアの妹シャーロットを隣国タズルナにみすみす奪われたことがきっかけであることも知っている。


 といっても、タズルナが我がエルウェズに先駆けて女性官吏を認めていたわけではない。

 タズルナの第三王子がシャーロットに惚れ、シャーロットが彼に絆された結果だ。


 王子は結婚後に臣籍降下して、昨年からはタズルナ大使として家族とともにエルウェズに滞在中。

 シャーロットは三人目の子を身籠っているというから、こちらも夫婦仲は相変わらずのようだ。


「彼女が使えるのは能力が高いからだけではありません。むしろ私が買っているのは、誰に対しても表面上は態度を変えず、常に官吏の顔を保つ度胸の良さです。子爵の娘となれば、私では遭うべくもなかった理不尽も経験しているでしょうに」


「なるほど、ノアが目をかけそうなタイプだ。だが、この婚約に関して君は手を回していないのだろう?」 


「そんなことをしたと知られたらジョシュアのほうが頑なになると義兄に断られましたので、私は何もしていません」


「ジョシュアは真面目だからね。いかにも堅実で知られるマクニール家の象徴みたいなルパートと、コーウェン家では貴重な常識人のアメリアとの間に出来た子って感じで、あの顔を上手く使って楽に生きることなんて考えもしない」


「私が非常識人のように聞こえますが」


「うん、そう言ってる。つまり、ヴィンセントに何かさせたってことだろ? ヴィンセントは一見、ルパートに似て人当たりがいいから、実はジョシュアよりコーウェンの血を濃く引いてるなんて誰も気づいてないだろうね」


「いくつか助言を求められて応えただけですし、ヴィンスも大したことはしていないと思います。ジョシュアに先触れは私に頼めとは言ったようですが」


「最後に尊敬する叔父に花を持たせてくれたわけか。そういう気遣いができるところはやはりマクニールの嫡男らしい」


「コーウェン家の人間も気遣いくらいできます」


「そう言うなら、私に会う時くらい愛想笑いしたら? 君は今、エルウェズ国王の前にいるんだよ?」


「我が家で愛想笑いなんて器用な真似ができる男はメイだけです」


「だよね」


 ノアの弟メイナード・バリーは子爵でありながらドレス職人をしている変わり者だ。


「ところで、ジョシュアが婚約となると、次はいよいよソフィアの番だね」


 ノアの眉間の皺が深くなった。本当に不機嫌な時の顔。


「いいえ、まだまだまだまだ先です。ソフィアはようやく十三歳ですから」


「いやいや、娘の成長などあっという間だよ。変な虫がつく前に、しっかりした男を婚約者に決めておいたほうがいい」


 ノアの目が剣呑としたものになった。


「しっかりした男がライナス殿下ですか?」


「そうだよ。うちの第三王子はどこかの元第三王子よりずっと優良な男だと思うんだけどな」


 当然のことながら、国内屈指の名家コーウェン公爵家はこれまでに何度も我がエルウェズ王家と姻戚関係を結んできた。

 一番最近はノアの祖母が王家から嫁いだ時だから、そろそろ次があってもいい頃だ。

 もっとも、私が第三王子とノアの長女の縁談をまとめたいのは、ライナスがソフィアに片想いしているからなのだが。


「ライナス殿下に、ソフィアに会うために自ら馬を駆って国境を超えるだけの気概がありますか?」


 普段は義弟に対して辛辣なくせに、そんな質問をするんだから。


「いや、王子ならその前に周囲が全力で止めるのが普通だと思うよ。というか、ライナスとソフィアは同じ国にいるのだから、そんなことをする必要もないだろう」


 わかっている。

 ノアにとって相手がどこの誰かなんて関係ない。ただ娘を手放したくないだけ。

 まったく、こういうところもコーウェン家の男はよく似ている。


 ノアの父が娘の結婚にあたり泣いて駄々をこねずにあっさり認めた唯一の男は、マクニール侯爵家の嫡男でもタズルナの第三王子でもなく、ノアの侍従だったらしい。

 理由は、彼が婿なら結婚後も娘のアリスを手元に置いておけるから。


 アメリア以上にその美貌を謳われていたアリスは社交界には一切姿を見せなくなったが、今は執事となったもう一人の義弟をノアは変わらず信頼しているようだから、この夫婦も特に問題はないのだろう。


「とにかく、今日はジョシュアが婚約を結ぶめでたい日なのです。こんな無益な話はやめておきましょう」


「常識ある父親なら、娘に王子との縁談が来ればありがたがってくれるものなのだけどね」


 その時、扉の向こうからジョシュアとウィレミナの訪れを知らせる声がかかった。

 せっかくのめでたい日なのにノアをこんな顔にしてしまった詫びとして、せめて私はにこやかに二人を迎えよう。

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