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15 ちょっと喜んでしまいました

「これはあくまで私の推測だけど、ターナー嬢は私との婚約を解消させようとしてロドニーを誘惑したものの、途中からは本当にあなたに惹かれていたんじゃないかしら」


「じゃあ、ジョシュアにしがみついてたのは何だったんだよ?」


「彼女の中でまだまだジョシュアの存在は大きいのでしょうけれど、ジョシュアのことを諦めて結婚しようと思えるくらいにはロドニーの存在も大きくなっていたはずよ」


「俺と結婚するつもりはなかったって言ったんだぞ」


「過去形じゃない。今はそのつもりだったのにジョシュアとのことを知られてしまって、ロドニーに捨てられると自暴自棄になって言ってしまった、というところだと思うわ」


「そう、かな」


「きっとそうよ。だから、ロドニーは自分の気持ちは変わっていないとターナー嬢にきちんと伝えて、安心させてあげなさい」


「……わかった、そうしてみる」


 ロドニーはソファから立ち上がった。


「邪魔したな、ウィレミナ、ジョシュア」


 私はどうにかロドニーを言いくるめられたことに安堵しかけていたが、その言葉でもう一つ言わねばならないことがあったのを思い出した。


「ちょっと、ロドニー、さっきからやけにジョシュアに馴れ馴れしいけど、やめなさいよ」


「だって、ウィレミナの恋人なら、俺にとっては弟みたいなものだろ」


「私がいつあなたの妹になったのよ」


「照れるなって」


「照れてない」


「そういえば、婚約者だって嘘吐いたことはコーデリアには黙っておいてやるから。じゃあな」


 ロドニーが居間を出て行くと、私はソファに並んで座っていたジョシュアのほうを向いた。


「ロドニーには後でまた言っておきますので」


「もういいです。ウィレミナがお守り役だったっていうのも、今のを見ていたら何となくわかりました。いっそのこと、これからは私もロドニーと呼びます」


「ええ、是非そうしてください」


 私は頷きつつ、彼の横顔を見つめた。 


 なぜかジョシュアは不機嫌なようだ。

 いつもなら私がジョシュアのほうを見ればたいてい目が合うのに、ターナー嬢の騒ぎからこちらは何度彼を見ても目が合わない。ジョシュアがまったく私のほうを見ないからだ。


 こうして二人きりになるのは帰りの馬車の中以来で、先ほどまではずっと傍に誰かしらがいたけれど、ジョシュアの態度は普段と変わらなかったと思う。私を見ないこと以外は。

 だから、不機嫌の理由は私なのだろう。


「ジョシュア、何か怒っていますか?」


 ジョシュアがようやく私のほうを見た。

 恋人になってから初めて、眉間に皺が寄っている。


「ウィレミナはロドニーの婚約者がターナー伯爵令嬢だということも、彼女と私の間にあったことも知っていたのですよね? どうして私に何も言ってくれなかったのですか?」


 ジョシュアの剣幕は私が今までに見たことのない激しいもので、だけど目が潤んでいた。


「ジョシュアが知ったらきっと嫌な思いをするだろうと思って」


「私が知ったらよりも、私が何も知らないうちに彼女にウィレミナを傷つけられていたらどういう気持ちになったかを考えてほしかったです」


 確かに私はそこまで考えが及んでいなかった。

 こんなことでは、もうロドニーに説教なんてできない。


「ごめんなさい。ジョシュアには話しておくべきでした」


「謝らないでください。彼女のことをウィレミナに話しておかなければいけなかったのは私のほうです。申し訳ありませんでした」


 ジョシュアは私に向かって頭を下げ、そのまま動かなくなってしまった。

 やっとわかった。ジョシュアが私を見なかったのは私に怒っていたからではなく、私に合わせる顔がないと思っていたからなのだ。


「ジョシュア、顔を上げてください」


 ジョシュアはフルフルと首を振った。


「私は、ウィレミナを危険な目に合わせる可能性があるとわかっていたはずなのに、あなたが恋人になってくれたことで舞い上がって、ターナー伯爵令嬢のことや昔の嫌なことをすっかり忘れてしまっていたんです」


「私が一緒にいることであなたが嫌なことを忘れられたなら、私としては本望です」


 ターナー嬢が現れる直前の私も同じでしたし。


「そのくせ、ウィレミナは本当はまだロドニーが好きで、お屋敷まで送らせてくれないのは彼との関係が続いているからではないかと勘違いして」


「だからあんなにロドニーのことを意識していたんですね」


 私の勘違いに比べれば可愛いものですが。


「あまつさえ、今日はウィレミナが怪我をしていてもおかしくない状況だったのに、何だか結果的には私が得をする感じになって、ちょっと喜んでしまいました」


 思わずプッと吹き出してしまった。


「だったら、素直に喜んだらいいじゃないですか」


 ジョシュアが少しだけ顔を上げて私を見た。


「だけど、それでもしウィレミナに軽蔑されて、婚約も恋人もなかったことになどと言われたら、私は立ち直れません」


「こんなことくらいで私はジョシュアを軽蔑しませんし、あなたとの婚約をなかったことにするつもりもありませんよ」


 というか、すでに私から婚約をなかったことになんて言い出せる段階ではない。




 ターナー嬢がブラウン家に運ばれていった後、私たちはハウエル家の屋敷に入った。

 しばらくして、ターナー嬢とお腹の子の無事が伝えられたが、そこから当初の予定どおりにジョシュアを歓迎ということにはもちろんならなかった。


 我が家には騒動の知らせを受けてマクニール侯爵夫妻とヴィンセント様が駆けつけていらっしゃったし、ブラウン家にはターナー伯爵夫妻が呼ばれていた。 

 そして、当然の流れとしてターナー伯爵夫妻は我が家にやって来て、マクニール侯爵ご一家と、それから私たち家族にも謝罪した。

 私の印象では、ターナー伯爵夫妻はごくまともそうな方々だった。


 ターナー伯爵夫妻がブラウン家に戻ったところで、我が家ではようやく夕食となった。

 本来ならジョシュアだけを招いたものだったのが、マクニール侯爵夫妻とヴィンセント様もご一緒という形で。

 つまりは、これからマクニール家とハウエル家の予定を調整して日程を決めるはずだった両家の顔合わせが、急遽始まったのだ。


 その場でジョシュアは私のお父様から私との婚約の許しをもらい、私もジョシュアのご家族に改めてご挨拶をし、後は和やかな雰囲気の中で食事が進んでいった。


 問題はここから。

 ヴィンセント様がふと仰った。どうせ婚約するならできるだけ早く結んだほうがいいのでは、と。

 近いうちにマクニール侯爵はターナー伯爵と交わした文書を更新することになる。

 ジョシュアがターナー嬢に言ったように、約束事の条項に私の名を追加するためだ。

 しかし、もちろん他家と交わす文書に私が婚約者だと嘘を記すわけにはいかない。が、ターナー伯爵に私をジョシュアと同等に扱ってもらうにはただの恋人では弱い。


 ご子息の言葉にマクニール侯爵はすぐ納得し、もちろんお父様が否やを唱えるはずもなく、さっそくお二人は婚約に向けたあれこれを話し合いはじめた。

 さらに食事が済むと、応接間に移動して必要な書類の作成にまで取りかかってしまった。

 そこでロドニーの訪問を知らされて、私が相手をするために席を立つと、ジョシュアもついてきたのだった。




 そんなわけで、「ウィレミナは私の婚約者です」は近々嘘ではなくなる予定だ。

 私にもそれを拒む理由はない。ただ、あまりに展開が早くて気持ちが追いつかない部分はあるけれど。

 妊娠をきっかけに急いで婚約をまとめたであろうロドニーとターナー嬢だって、一か月かかったのに。


「ウィレミナは優しすぎます。ターナー伯爵令嬢のことだって、彼女がロドニーに捨てられたいなら放っておけばいいのです」


「先に彼女を見逃したのはジョシュアではありませんか」


「あれは、彼女ではなくお腹の子のためです」


「やはりジョシュアのほうが優しいですね。私がロドニーにああ言ったのは、ターナー嬢がロドニーと落ち着いてくれたほうがジョシュアのためにいいと思ったからですよ。つまりは、自分自身のためです」


 正直なところ、これでロドニーとターナー嬢がすんなり落ち着くとはとても思えなかった。 

 あの二人が夫婦になるのだから前途多難だ。

 ただそこに、私たちが巻き込まれないことを願うばかり。


「私のためがウィレミナのためですか?」


 ジョシュアの顔がようやく元の高さに戻った。


「だって、私たちはこれからずっと一緒にいるのでしょう?」


 私がジョシュアの手を握ると、彼は泣きそうな顔で頷いて握り返してきた。


 ジョシュアはもっと私を信頼してくれてもいいのに。

 もしも今さらこの手を振り払われたら私はかなり落ち込むと思う。それでも官吏は辞めないだろうけど。

 まあ、ジョシュアが私に色々とさらけ出している感じなのに比べて、私はまだ彼に告白していないことがあるのも事実だ。


 先ほど屋敷の前でターナー嬢が言ったことを思い出した。

 ジョシュアはあの言葉も彼女の思い込みだと受け流したようだけれど、きちんと打ち明けておくべきだろう。

 その結果、ジョシュアから婚約を撤回されることになったら、私はスッと身を引けるだろうか。


「ジョシュアに話さなければならないことがあります」


 私が表情を改めたので、彼も姿勢を正した。手はしっかりと握ったまま。


「ターナー嬢が言っていたとおり、私は学園で毎日、ジョシュアを遠くから見ていました。黙っていて申し訳ありませんでした」


 官吏になったのがジョシュアを追いかけるためでないことは、彼には言う必要ないはず。

 私が下げた頭をまた上げると、ジョシュアに腹を立てた様子はなく、むしろどこかすまなそうに私を見つめていた。


「ターナー伯爵令嬢が言っていたのは、せいぜい教室の前と後ろくらいの距離でしょう。図書室の窓から裏庭では遠すぎて、表情もわからなかったのではありませんか?」


 私はマジマジと彼の顔を見つめてしまった。

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