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戦場のラーメン屋台

作者: 染未

 夜10時前。

 今日は夕飯を作りたい気分じゃない。

 テレビやパソコンを点けても何処にも繋がらない。

 地球へ攻めてきた宇宙人に、それらの通信システム全てを遮断されてしまったからだ。

 宇宙人の襲来は突然で誰も予期できなかった。一般人以外は。

 地球の代表が外交でやって来た宇宙人をエイリアンと罵り、今に至る。

 今この地球にいるのは、他所の星に逃げ遅れた人間だけ。

 俺は百円玉十三枚を握りしめ、もう日が暮れた駅へ向って歩いて行った。

 シャッターの閉まった屋根の下の商店街。照明だけは煌々と点いている。

 もう、人だかりの無い道の端で、スーツの男性がお札を宙に浮かせていた。

 街灯のスポットライトを浴びて、けん玉でもするような調子だ。

 俺は男性をちらりと横目で見てから、商店街の奥まで進んだ。

 暇つぶしにゲーセンを覗いてみる。

 やった事も無いゲームばかり並んでいた。

 一人の男の子が太鼓の達人を、瞬息で奏でていた。

 眼はゲーマーと言うより、演奏者。

 一度で出来るようになった腕では無い。

 もしかしなくても熟練者。

 祭の賑わいを思わす、軽やかな打撃音。

 隣には演奏者の友人がもう一つの太鼓に凭れ掛りスマホを眺めていた。

 俺はそっと太鼓の台の上に300円を置いて去った。

(さて、何を食べようか。)

 まだ何を食べたいか決まっていない。

 何かを食べたいのは確かなのに、何にすれば良いか分からなかった。

 ふらふら歩いてたら、20分はとうに過ぎていた。

 ここまで来たらつまらないモノは食べたくない。

 これが最後の晩餐になるかも知れないから。

 だからってバカ高い高級な何かを食べたいわけでもなかった。

 歩いて35分過ぎた。

(もう、何だかどうにも面倒臭い。)

 俺はちょっとした散歩だったと思う事にして、商店街の真ん中、歩いて来た道を戻った。

 すると、商店街の端っこで、小さな人だかりが出来ていた。

 十人に満たない人数に、来た時に見た大道芸人が囲まれている。

 空いた所に入り立った。

 大道芸人は、真ん丸の黒ぶち眼鏡をかけていて、時たまボケも挟みながら、素人ではまったく見抜けない芸を披露している。

 いや、仕掛けが分かったところで、カード入りの未開封のペットボトルのお茶が出てきたら誰でも驚くだろう。

 ショーは終わり、大道芸人の男性は小さな布袋を差し出した。

 俺はすかさず、一番におひねりを入れた。100円。

 俺が身を引いて立ち去ろうとした瞬間、子どもと見ていた大柄なお父さんが1000円札を入れるのが見えた。

 また次々にも入って行くのが、立ち去る背中に感じられた。

 こういう時は童顔で背の低い俺が率先してお金を入れる事で、他からも引き出す事が出来るのだ。

 俺がまたここの商店街に来れるかは分からないけど、またあの大道芸人の男性が来てくれたら良いなと思った。

(良いもんを見て、腹の足しになった。)

 俺は何処かで食事する事を諦め、道路沿いを歩いて家路に向った。

 もう、時間は10時半になろうとしている。

 空いてる店が無くて当たり前。

 とぼとぼ歩いていると、駅の外れの大通り脇に人力の屋台が留まってるのが見えた。

 吊るされた赤提灯に『ラーメン』と書いてある。

 屋台の横に、ところどころ寂れた発券機が屋台に寄り添うように置かれていた。

「すいません」と言って、ちょっと暖簾を上げて中を覗くと「いらっしゃいませ!」と、白い三角巾を頭に付けた若いお嬢さんが元気な声を上げた。

「背脂って入れるとどうなるんですか?」

 まだこの店にするか決めかねてたので、ちょっと質問をしてみた。

 女の子は横目で他所を見てから俺に向き直って「ちょっと甘くなります。」と答えた。

 俺はお礼を言って発券機で券を買い中に入った。

 狭い中でカウンターを挟んで丸い椅子が並んでいる。

 女の子が水を出してくれた。

 カウンターの上には大き目の煮干しの入ったお酢や、醤油が並んでいる。

 カウンター席は一つ一つプラスチックの板で区切られていた。

 プラスチックの板にはここの『おすすめの食べ方』がイラスト付きで描いてあった。

 わりと直ぐにラーメンは出てきた。

 背脂付きで、良い匂いがする。

 ラーメン皿から湧いて出た湯気が屋台の天井に上り、屋台の木造まで味わい深くする。

 この背脂を食べたら、自分の背脂も増えちゃうかなとか、無駄な冗談を言いたくなったが、若い子を困らせては中年の恥だと思い、そっと胸にしまった。

 スープを口に入れると、味がしっかりしてるのに、澄んだ味がして驚いた。

 多分よくこしてあるんだろう。

 ラーメンなんてカップ麺が一番美味しいと思ってるタイプの自分なので詳しくわ分からないけど。

 もちもちした太麺に味が沁み込んで食べていて飽きない。

 ここにして当たりだった。

 俺が思った時、後ろから二人の男性が入って来て、俺の左横に並んで座った。

 女の子に注文をし、宇宙人との交信方法について相談しあっている。

「まだやってますか?」

 また店に一人男性のお客さんがやってきた。

「はい。」

「このご時世に良いんですか?」

 ちょっと圧の強い言い草だった。

 俺の隣に座った男性二人も、一瞬口ごもる。

 女の子は小さく、「はぁ」と生返事をして俯いた。

 その男性は券を買って中に入り、俺の右横に並んで腰かけた。

 あっ、という間にラーメン屋の席は密になる。

 入るんかーい。と、心の中ダケで突っ込み、決してそちらに頭が向かない様にする俺。

 すると、屋台の後ろのベンチで、お互いのパソコンを突き合わせ話し込んでいた二人の内の一人の男性が、屋台のカウンター内に入って来た。

 顔まで筋肉質の、さっぱりしたスポーツ刈りのその男性はエプロンをさっと腰に巻き、女の子の横に並んで立った。

 男性っ客の真ん前で真面目な顔でザルをふるっている。

 こうして俺の良い気分は壊されずに済んだ。

 もう一度屋台の中を観察する。

 やはり、『おすすめの食べ方』に、眼がいく。

 そこにはスープをご飯にかけると美味しいと書いてあった。

 人間は『決めるのはあなたです!』という形でイエスorノーの二択を出されると、どうせならやってみようという自発的な気持が生まれやすいという。

 俺は一秒悩んでから、ちょっと恥を忍んで一度席を立ち、100円のごはんの食券を買った。

 照れ隠しににっこり微笑んで券を差し出すと、お店の女の子も苦笑いしてくれた。

 ほかほかのご飯はお茶碗にこんもり盛られて出てきた。

「あ、半分で良いよ。」

 女の子は少しきょとんとした顔をした。

 思えばこういう時は残せば良いんだろうが、俺はそれが出来ない。

 余計な事言ったかな。と思った時、エプロンの男性が女の子の横に並んであれこれやり取りを始めた。

 また笑顔でご飯を差し出してくれた。

 100円だしよくありがちな大きな炊飯器で炊かれたべちょべちょのご飯と思ったがしっかり硬く噛み応えがあり、俺好みの白飯だった。

「あ、どうぞ」

 そう言ってエプロンの男性が50円玉を俺に差し出してくれた。

「あ、良いですよ。良いですよ。」

 と言ったけど笑顔で差し出してくれたので、良いんですか?と言って受け取って置いた。

 美味しいご飯にスープが絡んで美味しい。

 この国に残って本当に良かったと感じる。

 この地球から旅立った先で、こんなに美味しいモノは絶対食べられないだろう。

「あ、ごちそうさま。すごく美味しかったです。」 

 俺の後から一人で入って来た男性は、反省の色を見せたいのか何なのか、エプロンの男性に二回会釈して去って行った。

(まぁ許してやろう。)

 と、勝手に心の中で思う俺だった。 

「素敵な出会いだった。」

 遠くの空で宇宙船が撃ち合う爆撃音を聞きながら、誰もいない家路を一人歩いた。

 

 今、この国は宇宙人に攻められ、国は不要な外出を禁止している。

 その為、国は多方面の企業に、多額の支援金を出している。

 しかしそいうった支援金は開業して一年も満たない場合は対象とならない。

 推測だが、先程の店は宇宙人が攻めてきた後に始めたのだろう。

「あんなんほとんどボランティアだ。」

 もしかしたら、お金があって余裕のある人がやってる、趣味のお見せかも知れない。

 このご時世にと思う人がいても仕方ないのかも知れない。

 それでも俺のお腹を満たしてくれた事にはかわりなかった。

「思うだけにしとけよ」

 そう愚痴を零しながら、不満が有ってこの地球に留まった俺も、人様の事を言えない奴なのでした。

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