2-5:かつて侵略民族に襲われた地球という星
それは平凡な家庭だった。
サラリーマンだった父親に、近くのディスカウントストアでレジ打ちのパートをしていた母親。
なんの変哲もない家庭に依田亜衣は生を受けた。
子供を二人も育てれる程裕福な家庭ではなかったので、一人娘ではあったが、それでも平穏な家庭だった。
夫婦仲の良い両親は大好きだったし、この日常がいつまでも続いていくと信じて疑わなかった。
そう、宇宙からの侵略民族:イルノリアがやってくる、あの日がやってくるまで。
「ひゃんっ。ねえ、パパ、ママ。何処なの?」
振り落ちてくる火の粉を避けながら、少女は泣きながら父と母を探してきた。
地球侵略当初こそ、イルノリアの侵攻を免れていた日本であるが、世界中の大都市がイルノリアの手に落ち、地球規模で見れば小さな島国であった日本にまでついに侵略の魔の手が迫ってきた。
イルノリアの先遣部隊は圧倒的な科学力をもって地球を征服している。
正直、地球の科学力では太刀打ちなど出来ない。
自衛隊が反撃を試みているが、せいぜい十数分の時間稼ぎが関の山だろう。
力を持たない市民は我先へと逃げ惑う。
イルノリアに狙われたこの地球上に安全な場所などもう何処にも存在しないのだが、ただ目の前に迫る危機から生き延びるために逃げ続ける。
「パパ~~、ママ~~、ねえ、亜衣はここだよ!! 何処にいるの!!」
逃げ惑う人々に逆らいながら小柄な少女が悲痛な声を上げていた。
はぐれてしまった両親を捜し求めて、悲鳴と銃声と崩壊音が鳴り響く戦場で必死の声を上げる。
一緒に逃げていたはずなのに、逃げ狂う人波に翻弄されいつの間にか、亜衣は一人はぐれてしまっていた。
銃声がさらに大きくなってくる。
自衛隊の防衛線が徐々に交代しているの証だ。
「パパっ! ママっ!」
「亜衣っ ここだ!」
願いが天に届いたのか、生死荒れ狂う戦場において、親子は奇跡の再会を果たした。
荒れ狂う人波を避けながら、大好きなパパとママに近づいていく、少女。
しかし、ここは戦場。生と死が隣り合わせの場所。
「えっ!?」
風が吹いた。
いや、強風といえば良いだろうか。
立ち続けることさえままならない豪風にさらされ亜衣は倒れ込んでしまった。
舞い上がったコンクリート片に咳き込みながら、必死に身体を起こして、再びパパとママがいた場所へ向かおうとする少女。
でも、もうそこには二人の姿が見えなかった。
「パパ……ママ……?」
二人がいた場所に見えるのは、イルノリアの攻撃によって倒壊したビル。
所々がかつて人々の中に流れていたモノによって赤く彩られているコンクリートの山でしかない。
ついさっきまで、亜衣の大切な人がすぐそこで生きていた。
生きていたんだ。
でも、彼らはもういない。
死んでしまったのだ。侵略民族:イルノリアの侵攻によって。
「いやああああああああああああああああああああああああ!!!!」
目を開ければ蛍光灯と真っ白な天井見えた。
ここは生と死が隣り合う戦場ではない。
あの戦争を生き残った先で、亜衣が一人で越してきたアパートの一室だ。
「夢……か……」
夢とはいえ、あれは過去起きた現実だ。
亜衣の大好きだった両親との最後の記憶。
続くと思っていた平和が宇宙侵略者のせいで、突然と終わりを告げた日の記憶だ。
悪夢といっても差し支えのない夢をみたせいで、寝汗も酷い。
シャワーを浴びようと起き上がったときに気づいた。
地面を叩く水滴の音が聞こえていることに。
「雨だ………」
カーテンを開ければ、水滴が窓を濡らし、地面には水たまりを作っていた。
この天気なら今日は櫻木紅は練習を見に来てはくれないだろう。
悪夢を見た上に、友達と会うことも出来ない。
憂鬱なことが続き、亜衣は小さくため息をついた。
「ううん。ダメダメ。こんなことで落ち込んでいたら、昨日みたいにまた紅さんに怒られちゃう。しっかりしなさい、亜衣」
沈みそうになる気持ちを首を振ることで奮い立たせる。
気分を切り替えるためにもシャワーを浴びて、気持ちを新たにする。
着替えを済ませると、仏壇の前に座り両親に朝の挨拶をする。
あんな夢を見た後だから、つい色々な事を思い出して涙がこぼれそうになるが、ぐっとこらえる。
簡単な朝食を食べ終えると、溜まっていた書類整理を行っていたが、ものの1時間程で終了してしまった。
すぐに手持ち無沙汰になってしまい、スマホを手に取った。
アルバムを開くと、昨日彼女を誘ったライブ会場で何度もお願いして取った写真があった。
入場前の入り口で二人、会場をバックに二人でとったセルフィーだ。
櫻木紅はいつものようにぶっきらぼうだし、友達との自撮りなんてなれていない亜衣もぎこちない笑顔を浮かべている。
SNSに上げるには恥ずかしい表情だけど、友達との大切な1枚だ。
「あ、そうだ」
時間もあることだしと、亜衣はパソコンを起動して写真の取り込みを始めた。
そうこうして、お昼過ぎになった頃だろうか。
無知なる幸せな時間を崩壊させる運命のベルが鳴ったのは。
「はいはい、今出ます~~」
スマホ内の写真整理をしていた亜衣は、チャイム音に呼び出され玄関までやってきた。
ドアを開けるとそこには、きっちりとしたスーツに身を包んだ見知らぬ男性が立っていた。
「え~と、どちら様ですか?」
「急な押しかけ申し訳ありません。私、国防省、対外的宇宙侵略者対策チームの主任であります」
男は身分証を提示したが、国防省の身分証明書など見せられても、それが本物であるかどうか亜衣に判断することなど出来るはずもない。
「ひゃんっ。国防省の方が、亜衣なんかに何のようですか?」
真実を知らない少女は首をかしげているが、彼女はこの数日間、国防の最重要人物として常に監視されていたのだ。
「貴公は、最近、侵略民族:イルノリアである櫻木紅との接触回数が異常に多い。申し訳ないが、少しばかりお話を聞かせてもらえないかな」
「え? イルノリアって……どういうこと?」
この男が何を言っているのか、亜衣は最初理解出来なかった。
自分の大切な友人が、パパとママを殺した侵略民族:イルノリアなんて、そんな事あるわけないよ!!