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地球侵略の夢を失った悪の女幹部は、第二の人生としてアイドル活動をする事になりました。  作者: 三宅交流
第二章:依田亜衣 ~夢叶えられぬ少女~
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2-2:少女は逃げ出さない



 オーディションが終わり、これで魔法戦士への義理も果たした。

 やるべき事は全て終えた赤髪の少女は、帰路につくべく会場の出入り口まで向かったのだが、


「最悪だ」


 出入り口の窓ガラスから見える外の世界はどんよりと暗く、土砂降りの雨によって水滴に濡れていた。

 とっさに自慢の赤髪を触れ、セットが乱れていないか確認する。

 幸いな事にまだ、そこまで湿気を吸い込んではいないようだ。

 しかし、こんな雨の中外に出るなんて、絶対にごめんだ。

 自慢の赤髪の状況を気に掛けながら室内カフェテリアのベンチに腰を降ろして、雨が上がるのを待つ事にした。

 雨が地面に墜ちる音を窓ガラス越しに聞くことさえも苦痛である。

 嫌いな音から気を逸らせるためにカフェテリアで苦いコーヒーでも頂くことにするかと考えていたら、


「あわわ、ごめんなさい、ごめんなさいっ」


 金属がぶつかり甲高い音が鳴り響いた。

 どうやら、ウェーブのかかった茶髪の小柄な少女がゴミ箱を倒してしまったようだ。

 周りの人に平謝りをしながら、散らかしたゴミ箱の中身を必死に集めている。


「あいつは、確か……」


 一緒にオーディションを受けた少女だった。

 オーディション会場から感じていた事だが、かなりそそっかしい少女のようだ。

 ベンチに座りながら、暇つぶしにゴミを集める少女の挙動を眺め続けていたが、赤髪の少女の視線に向こうも気づいたようだ。

 視線が合った瞬間、満開の向日葵のような天真爛漫な笑顔を浮かべて、大きく手を振ってくる。

 なぜそんなことをしてくるか、全くもって検討がつかないが、あの小柄な少女が今すべきなのは、赤髪の少女に手を振ることではない。

 手を振り返す代わりに、小柄な少女の周りに散乱しているゴミを指さす。

 彼女も自分がまず第一にするべき事を思い出したようだ。

 ばつが悪そうに笑いながら、自らが散乱させたゴミを拾い集めていく。

 そんな少女の様子を暇をもてあましている赤髪の少女はぼんやりと眺めていた。

 やがて、ゴミ箱を片付け終えた彼女は、何がそんなに楽しいのか、今にも期待で身体が小刻み跳ね上がりそうな仕草で一寸の迷いもなく赤髪の少女の元にやってきた。


「お前はどうして、そこに立っている?」


 さも当然とばかりに対面に現れた少女に対して敵意をむき出しにした視線を向ける。

 血のような真っ赤な視線に射貫かれた少女は恐怖に肩をふるわせるが、立ち去ることはない。


「ひゃんっ。だって、亜衣は……櫻木さんとお話したかったから………。ねえ、亜衣のこと覚えているよね?」


「オーディションの時に語っていたプロフィールを信じるなら、17歳で、身長は146cm。出身地は千葉県、両親は既に他界し、趣味は、歌うことと中華料理作り。で、間違っていないだろう」


「………うん。間違えないよ。でも、そこまで覚えてもらっているなんて思ってなかったよ………」


「お前は目立っていたからな。昔の癖で、戦場でイレギュラーな行動をおこしそうな奴の情報は聞き逃さず記憶してしまうだけ」


「そ、そうなんだ………」


 本人はいたってまじめに回答しているのが、聞き手となった亜衣に取っては、冗談なのか本気なのか判断が難しい返事に苦笑いを浮かべる事しか出来ず、会話が止まってしまう。

 二人の間に沈黙が流れていく。

 亜衣はこのままじゃ駄目だと、首を大きく横に振って気合いを入れ直し、もう一度、テーブルに膝をつけながら、物憂げに窓の外を眺めている赤髪の少女に話しかける。


「櫻木さん、その髪すっごく素敵だよね。トマトみたいに真っ赤でさ、やっぱり手入れとか大変だったりするの?」


 再度、血のような深紅の瞳が亜衣を射貫く。


「ひゃんっ」


 何かを言われた訳ではなく、ただ深紅の瞳で見つめられただけだというのに、亜衣は不思議な口癖と共に肩をすくめてしまう。

 だが、亜衣の瞳は逃げることはなく、深紅の瞳と向き合っている。


「え~~と、櫻木さん?」


 何も言わずに、ただただ深紅の瞳が亜衣を見つめ続けていたが、逡巡の末に、


「雨の音色よりは、お前の声色の方が、幾分ましだな」


 この嫌な雨が止むまでの間、暇つぶしもかねて少女の話相手になることを選んだのだった。


「え? それってどういう意味?」


「オレの嫌いな雨が止むまでの間は、お前の話を聞いてやるやるって意味だ。それにその顔、この自慢の赤髪について話したい訳ではないのだろう?」


 地球侵略の先遣部隊を任されていた赤髪の少女である、洞察力に対しては人一倍優れている。

 もっとも人を観察する時についつい射貫くような瞳になって部下を怖がらせているから気をつけた方が良いと別の幹部から忠告を受けたこともあったが、この癖は未だに治ることがない。


「す、凄いですね、櫻木さん。そんなことまで分かっちゃうんだ。ねえ、櫻木さん、一週間後お時間ありますか?」


 おどおどとした仕草で亜衣が差し出してきたのはレッスンスタジオの無料券だった。


「これ、事務所の先輩にもらったんです。でも、亜衣、一緒にレッスンできるアイドルの友達いないし、もし、許されるなら櫻木さんと一緒にレッスンしたいなって思ったの。ねえ、1回だけで良いから亜衣と一緒にレッスンしてくれませんか?」


「オレは今日限りでアイドルを辞めるつもりだ。このオーディションを受けてあいつとの義理も果たしたしな、残念だがお前と一緒に練習するつもりないぞ」


「そんなの駄目だよ!!」


 降り続ける雨音を遮るかのような大声がカフェテリア内に響き渡った。

 亜衣の発した突然の大声に他の客達が迷惑そうな瞳で小柄な少女を見てくる。


「ひゃっ。すみません、すみません、急に大声出して脅かせてしまい、本当にすみません」


 周りからの怪訝な視線に我を取り戻した亜衣は慌てて四方八方に頭を下げて続けていく。

 全包囲に謝罪を終えると捨てられた子犬のような怯えきった表情を浮かべた。


「櫻木さんも、ごめんなさい。急に大きな声出して……」


「何を謝る? お前は自分の意見を言っただけだろう。謝るのなら、声を荒げた事ではなく、何が駄目なのか明確に伝えなかった説明不足に関してだろう」


 窓ガラス越しに聞こえてくる雨音は一段と強くなり、外から差し込む光もなく薄暗いカフェテリアにおいて、確かな存在感を示す赤髪と深紅の瞳。

 見る者を引きつけてやまない圧倒的存在感が、今、亜衣の目の前に確かにいる。


「そういう所だよ、櫻木さん。さっきのオーディションから思っていたけど、櫻木さんは凄い人だよ。人を引きつける……魅力を持っている。亜衣なんかにはきっと無理だけど、櫻木さんはきっと凄いアイドルになれる。だから、こんな所でアイドル辞めたら駄目だよ」


 泣き出しそうに瞳を振るわせながら、でも、この少女は視線を外すことはしない。

 この少女は何度も失敗しても、こうして真っ直ぐに赤髪の少女と向きあえている。


「!?」


「ひゃんっ!」


 当然と轟音が鳴り響き、館内照明が一斉に墜ちた。

 雷が近くに落ちて、停電してしまったようだ。

 突然として、灯が無くなり、真の暗闇が亜衣を包み込んだ。

 でも、不思議と怖くはなかった。だって、暗くたって、亜衣には見えていたのだから。


「やっぱり、櫻木さんって凄いな……」


「こんな暗闇の中で突然、何を言い出す?」


「だって、真っ暗だけど、櫻木さんの赤が見える気がするんだよ。すぐそこに燃え上がるような赤があるの、亜衣は確かに感じるよ」


「ふん。負け犬のオレにそんな物を感じているとすれば、それはお前の錯覚だな」


 自嘲めいた発言をしている。

 暗闇で表情が見えないが果たして彼女はどんな顔をしているのだろうか。


「っ!?」


 電源が復帰し、館内の照明が復活した。

 暗闇から急に光が復活して、亜衣はたまらず眼を覆い隠してしまった。

 とっさの反応でつい、差し出していた無料券を床に落としてしまう。


「ひゃんっ」


 慌て無料券を拾い上げようと屈み込んだ亜衣であったが、無料券は彼女よりも早く赤髪の少女によって拾われていた。


「櫻木さん………」


 深紅の瞳がまたしても亜衣を射貫くように見つめてくる。

 何も言わず、ただそそっかしい少女を値踏みするかのように見つめ続けて、最後に何かを諦めたかのような笑みを浮かべるのだった。


「おい、何時だ?」


「ひゃん?」


「この券は何時使えば良いと聞いている? いいか。一度だけだからな、オレがアイドルを辞めずにお前の練習に付き合うのは」


 そう言って、赤髪の少女は拾い上げたチケットをしっかりと握りしめているのだった。

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