2-1:全ての出会いとなるオーディション
今日の天気はどんよりとした曇り空であったが、幸いなことに雨は降り始めていなかった。
オーディション応募用紙に記載された会場にたどり着き、自慢の赤髪のセット状態を確認した少女は所定の手続きを済ましていく。
史上最高のお人好しが与えてくれた櫻木 紅という呼称にはまだ馴染めていない。受付嬢にこの名前を呼ばれた時、一瞬自分のことだと認識出来なかった。
だが、これからこの星で生きて行くにはこの名前が自分と共について回る。いつの日か侵略民族:イルノリアではなく、櫻木 紅という名前が自分の一部となる日もやってくるのだろう。
受付を済ませた赤髪の少女は、13番と書かれた番号札を受け取った後、案内された待合室に通され、既に10数人の麗しき少女達がそこにはいた。
中には名の売れたアイドルもいるかもしれないが、この星の芸能になんて全く興味の無いため、誰が有名で誰が無名かなのか全く分からない。
適当に空いている椅子を見つけ、腰を降ろして、オーディションの開始時間まで静かに待つことにする。
アイドルになんて全く興味が無いし、この自分が光り輝くステージで可愛らしい衣装に身を包みながら歌って踊っているなんて想像しただけでも虫ずが走る。
だが、あいつには戸籍をくれた礼がある。形だけでもあいつが戸籍と一緒に用意してくれたこのオーディションだけは受けておかねば、侵略民族:イルノリア 元三幹部としてのプライドが許さなかったのだ。
「それでは、11番から13番の方、お時間となりましたので、会場の方へお越しください」
やっと自分の番号呼ばれ、赤髪の少女はゆっくりと立ち上がったが、
「ひゃんっ。あわわ、お騒がせしてしまい、すみません、すみません」
同時に立ち上がった別のオーディション参加者が、勢いよく立ち上がりすぎたようだ。
勢いそのままに椅子を倒してしまい、緊張感に包まれた待合室に不相応な音を立ててしまう。
申し訳なさそうに、何度も待合室にいるアイドル達に頭を下げ続けている。
「おい、お前。それぐらいでいいだろう、早く行くぞ」
「ひゃんっ。すみません、そうですよね。お待たせしてすみません、素敵な赤髪のお姉さん」
いつまでも謝り続けていそうだった少女は、慌てて櫻木紅のそばにやってきた。
それは小柄な少女だった。
見た目は中学生ぐらいだろうか、ウェーブのかかった茶髪を揺らしながら、胸に手を当て、何度も小さく深呼吸を繰り返している。
オーディション会場に通され、指定された椅子に座る。
向かいあうのは四人の審査員だった。
ついつい昔の癖でその四人の中で誰が指揮官が探ってしまうが、とくに誰かがTOPという訳ではないようだ。
四人がぞれぞれの分野においてプロフェッショナルであり、対等な立場に立っている。
まるで三幹部だった頃の自分達のようだとついつい赤髪の少女は感慨にふけってしまった。
「それでは、オーディションを始めます。まずは、番号11番、山来梨恋さん」
「はい」
呼ばれて立ち上がったのは栗色の髪をボブカットでそろえた少女だった。
審査員から質問にもしっかりと答えている。
身長は150cm位で少しばかり小柄にも見えるが、的確なその受け答えは審査員からも高評価のようだ。
続いて歌唱審査に移ったが、透き通るような歌声に審査員達は静かに耳を傾けていた。
「続きまして、番号12番、依田亜衣さん」
「ひゃん!」
ちゃんと「はい」と言いたかったのだろうか。
しかし舌足らずなため依田亜衣の返事は噛んでしまったような発音になってしまう。
さらには勢いよく立ち上がってしまったため、またしても椅子を倒してしまい、静寂なオーディション会場に不釣り合いな音を奏でてしまった。
「あわわ、すみません、すみません」
審査員の質問よりも先に頭を下げ続ける依田亜衣。
最初の失敗がずっと尾を引いたのだろう。
舞い上がってしまった彼女は、その後審査員からの質問に対しても、的外れな回答を繰り返し、歌唱審査においても聞くに耐えないほど音程を外し続けていた。
一人目のアイドルが完璧とも言えるパフォーマンスを披露しただけに、依田亜衣の失敗はさらに審査員達に強調される形となってしまっている。
「はい。それでは依田亜衣さんの審査を終わります。ありがとうございます」
「はい……。ありがとうございました………」
失敗に重なる失敗に依田亜衣は、小柄な身体をさらに縮ませ、まるで貝になってしまったかのようである。
「最後となります、番号13番、櫻木紅さん」
隣の少女の悲壮な姿などみじんも気に掛けることなく、静かに立ち上がった。
審査員からの質問にも多少的外れかもしれないが、堂々とした態度で回答を繰り返す。怖いもの知らずなその態度に審査員達も感服したかのように相づちを打っている。
続いての歌唱審査も、可も無く不可も無くこなしていく。
依田亜衣のように音を外すことはなかったが、なぜか審査員達は首をかしげ、何かを囁き合っている。
何を言われても赤髪の少女は気にすることなど無い。
審査員達の態度に動揺することなく、毅然とした態度で課題曲を歌いきった。
「はい。それでは、櫻木紅さんの審査はこれで全てとなります。ただ、最後に追加で一つ質問を良いかな?」
採点結果を記した書類をまとめながら、審査員の一人が世間話でも始めるかのような気軽さで問いかけてきた。
「櫻木紅さんは、アイドルとしてやりたい夢とかありますか?」
「いや、考えたこともない。それに、オレには別の夢があったが、それが潰えた今、次の夢など何も考えられない」
「やっぱり、そうですか。正直、あなたには人を引きつけるカリスマを感じますが、逆に誰かの背中を押す力を歌から何も感じることが出来なかった。もしかしたら、あなたが夢を持たずに、前に進んでいないから歌にも力がないのかもしれませんね」
「確かに、お前の言うとおり、オレはあいつに負けたあの時から、立ち止まったままかもな」
事実上の不合格通知を直接言い渡されたというのに冷静なままだった。
彼女にとってオーディションの合格、不合格なんて興味の無い結果でしかない。
むしろ、この短時間で自分の弱点を見抜いたこの審査員を褒め称えたい位であった。
しかし彼女は気づいていなかった。
自分の失敗を恥じ、隣で貝のように縮まっていた少女が羨望の眼差しを向けていることを。