5-3:復興祭
復興祭の始りを告げる花火が高らかと打ち上がった。
侵略民族イルノリアの侵攻を防ぎ、この星は再び自由を得ている。
しかし、一度はこの星の殆どがイルノリアの手に墜ちる寸前であったのも事実である。
侵略から解放、そして隣人と共に安らかに会話をすることが出来る平和を祝する地球全体のお祭りだ。
赤髪の少女がいるのはアイドルステージだが、日本だけでみても復興祭の会場は全国で13カ所のステージが設置されており、そのそれぞれでスポーツやお笑いや演劇など様々な催し物が行われている。
ステージの映像は、全て全世界中にリアルタイムで配信されており、国家の垣根を囲えて視聴することが可能となっている。人々は思い思いのステージを見て、侵略から解放され、娯楽を楽しめるという幸せをかみしめていく。
昨日のゲネプロでは聞こえてこなかった観客席からの歓声に耳を傾けながら、侵略民族イルノリアである少女はそっと自分の出番を待っていた。
彼女よりの先に出番がある別のアイドルが腫れ物を見るような視線を向けてくるが、赤髪の少女と視線が合うと肩をすくめながら早足で逃げ出していく。
「もうさ、みんなちょっと、あからさま過ぎなんじゃないかな~~」
「噂は本当だからな。むしろ、イルノリアであるオレの横で脳天気に笑っているお前の方が異常に見てるのだろう」
「だってさ、うちは運が良くて、イルノリアの侵略で誰も身寄りや知り合いが死ななかったからね。イルノリアの地球侵略があって、地球全体にもっのすっごい被害が出て、多くの人が亡くなったことも知っているっす。でも、うちの住んでいた田舎は被害も少なかったし、イルノリアの侵略ってうちにとっては、テレビの向こうで行ったこともない土地が自然災害で大ダメージを被っていますと言われるのと同じ感覚だったんだよね。だから、紅っちが大量殺戮者っていうのが事実だとしても、正直実感わかないっす」
国防省 外的宇宙侵略者対策チームに魔法戦士としての才能を見いだされた今でこそ、都心で独り暮らしを行っているが、それはつい数ヶ月前の出来事である。
だから、イルノリアの侵攻で都心が被ったダメージも、その先に行ってきた復興の姿も、篠宮瑞希は殆どテレビの中でしか知らない。
イルノリアの侵攻が行われている時は、外的宇宙侵略者対策チームもイルノリア対応に追われ、七星球菜以外に魔法戦士の才能を持つ人物を探すことにリソースを殆ど割くことが出来なかった。
イルノリアとの戦いが一段落し、探索範囲を人工密集地から拡げ始めた時、都心からおよそ900km程離れた片田舎で篠宮瑞希を探し出したのだ。
「だから、田舎から単身出てきて、なれない都会生活をしているうちにとっては、紅っちも見知らぬ都会の人の一人ってことなんだよね。まあ、知り合った中では、一番口が悪くて、無愛想な人だけどね」
「ふん。お前と言い、あいつと言い、地球人の中にもこんなオレなんかに興味を持つ物好きがいる事は驚きだよ」
「あいつって……球菜先輩この事?」
「いいや、俺の目の前でシャドーイーターに喰われた、とあるアイドル志望の女さ」
観客席から一段と盛り上がる歓声が響き渡る。
ステージ上での演出が最高潮を迎えたようだ。
ステージと観客の一体感が高まり、歓声と歌声が加速していく。
このステージが終われば、次はいよいよと山来梨恋のステージである。
赤髪の少女はゆっくりと立ち上がり、ステージ衣装を隠すように羽織っていたカーデガンを金髪小麦肌の少女に渡した。
「その少女って、依田亜衣さん? 紅っちが球菜先輩にシャドーイーターのデータを提供した時に、被害にあったっていう………」
「オレはシャドーイーターの観察をするためだけに近づいたというのに、あいつは何を勘違いしたのか、オレに友情を感じていたらしくてな、色々と勝手に自分の願いを言い残して逝きやがった」
「紅っちに友情を感じるか。その気持ち、うちも分かるな。だって、うちも紅っちとの間に、しっかりと友情感じているんすからね」
「そんなのは幻想だ」
「幻想でも、ここにうちと紅っちの繋がりは確かにあるんだから、良いじゃないっすか」
自信満々に胸を張る瑞希。
「そんな事はどうでも、良い。オレはただ、シャドーイーターの世界を侵略してくるだけだ。その片手間に、あいつが最後に残していた願いを聞いてくるだけだ」
だから、これは櫻木紅にとって、何も特別なことではない。
復興祭の舞台に立ち、最高のステージを、全世界中の人々に見せつける。
いや、世界中の人々だけではない、今は見ることは出来ないシャドーイーターに対しても一生忘れることのない姿を見せつける。
シャドーイーターとか山来梨恋とか、かつての仲間の地球征服とか何も関係ない。
今から行われるのは、櫻木紅の戦い、ただそれだけだ。
光り輝いていたステージが暗転した。舞台サイドに立つ舞台監督補が、無人のステージを指さして「GO」のサインを出している。
「それじゃ、いってらっしゃい、紅っち」
金髪小麦肌の少女が、勇者に聖剣を託すように、かつての地球侵略者にマイクを手渡す。
赤髪の少女はもう何も言わなかった。
ただ、マイクを受け取り、独り、世界中の視線が一堂に集まるステージへと躍り出ていく。
まだスポットライトに照らされていないステージを赤髪の少女はマイクを握りしめゆっくりと歩いて行く。
元々薄暗い舞台袖で待機していたから既に暗闇に目は慣れており、灯りがなくても真っ直ぐ進むぐらいなら何の問題もない。
それに、観客席で各々の観客が手にしている光る棒の光源も僅かばかりではあるが、道しるべを照らす手助けとなっている。
上手側からステージにあがった赤髪の少女であるが、対面である下手側からは栗色の髪をボブカットにしているアイドルが同じタイミングでステージに姿を現していた。
暗闇の中で、それぞれの立ち位置に向かうアイドル達の視線が交差し、二人は指示された立ち位置へとやってきた。
宇宙に星々が輝くように、ステージの上から見る観客席は多彩の光が瞬いていた。
さあ、ステージの始りだ。
舞台監督の合図で、ステージに立つ二人のアイドルにスポットライトが浴びせられ、会場全体が一様に息をのんだ。
本来であれば、そのまま曲が始まるのだが、ステージを見ていたスタッフ達も一様に赤髪の少女の衣装に戦き、プロとしての動きを止めてしまった。
「やっぱり、イルノリアだ………」
観客席で誰かが呟いた言葉が、無音となった会場に酷く響き渡った。
観客やスタッフ、他の出演アイドル、配信の先でこのステージを見ている全世界の人間がその衣装を目のあたりにして、忘却したい過去の記憶が否応なく蘇ってくる。
赤髪の少女がステージ上で来ている衣装は、侵略民族イルノリアが全世界中に対して宣戦布告を宣言したときに、イルノリアの指揮官である三幹部が着ていた服である。
黒を基調としたレザー調に似た質感をもつ衣装で全身を覆っている。
しかし、黒の衣装の中では、赤と青の螺旋状の模様がまるで生きているのように止まることなく動き回っている。
この服に袖を通すのは、実に一年ぶりである。
イルノリアとしての衣装や武装の殆どは魔法戦士に負け侵略に失敗した時に外的宇宙侵略者対策チームに没収され、オーパーツとして厳重に保管されている。
だが、大型兵器は無理だとしても、衣装の一枚や二枚を人類の目から隠すことなど造作もないことだ。
一年前は、いずれやってくるイルノリア復活の狼煙を上げるときに袖を通して、イルノリアの象徴をして偶像となり先陣を切る覚悟であったが、まさかこのようなステージで披露することになるとは赤髪の少女にしても予想外であった。
だが、世界中が注目している中で、自分がイルノリアであることを証明するための手段として、これ以上最適なものは存在していない。
ちらりと舞台袖に目を配ると、スマホを手にした金髪小麦肌の少女が右手で○を作っていた。
事前に流した櫻木紅はイルノリアであるというリークに対して、その回答とも言えるこの衣装効果もあり、配信を含む世界中の視聴率はうなぎ登りのようだ。
さあ、これで舞台という名の戦場は整った。
「おい、オレはイルノリアだが、既にこの地球を侵略するだけの力は失っている。ここでお前達をどうこうする力はもっていねえよ。ただな、少し前に、オレにステージに立って欲しいと願う物好きがいてな、ここにいるだけだ。だから、早く始めようや」
マイクを通じて会場中に響き渡るイルノリアの声に指示されるようにやっと伴奏が流れ始めた。
会場中から視線で人を殺せるかのような憎しみの籠もった視線が赤髪の少女に突き刺さる。
数万人の人間から一同に憎悪という感情をぶつけられても、眉一つ動かさないのは、流石元イルノリアの三幹部だけの事はある。
前奏が終わったが、少女は歌い出さなかった。
踊ることもなく、ただマイクを握りしめ現地に居る幾万の観衆の視線と対峙している。
このステージは彼女にとって一つの戦場なのだ。
ただ一人で悪意の視線と向かい合う瞳に込められるは、想いなどではなく、研ぎすまされた鋭利な戦意。
アイドルのような笑顔こそないが、まるで戦士であるかのような凛とした力強い眼差しが見る者を引き寄せていく。
そこに向けられるのは、憎悪の視線が圧倒的であるが、わずかではあるがその中で憎悪から羨望へと変わっていくものもあった。
赤髪の少女が怯えることなく佇むその姿は世界中の視線を集めている。
会場にいる観客だけではない。
配信の先にいる、国内だけではない諸外国。電子機器が充分に供給されていない発展途上国でもこの復興祭を楽しんでもらおうと中継TVを乗せたトラックが至るところにかり出されるとのことだ。
全てが櫻木紅を見ている。
櫻木紅だけを見ている。
このステージにもう一人のアイドルがいることなど、誰しもが忘れてしまっている。




