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5-1:そして、全世界が真実を知る時



 復興祭のゲネプロは大きな問題や事故もなく終了した。

 もっとも出演者やスタッフ全員がシャドーイーターに感染するという最悪の事態を招いてしまっての終了であったが。


「お前はこんな所で何をしているんだ?」


「あ、紅っち。もう帰るん?」


「いいや、外を見たら雨が降り出していたからな。止むまで待つつもりだ」


 湿気を吸い込んでしまった自慢の赤髪を気にしながら赤髪の少女は、ステージに乱入していこう何処か様子がおかしい金髪小麦肌の少女の元に近寄っていった。

 彼女がいたのは、無人の観客席である。

 スタンド席の最前列に腰掛け、スポットライトも輝いていない暗闇のステージを深窓の令嬢のようにただ静かに眺めている。


「そう。だったら、紅っちも座らない? うちはもう少し感じてみたいことがあるからさ」


「それは、さきのステージでお前がシャドーイーターを見たと言った事と関係しているのか?」


「そうかもね。ねえ、座ってよ、紅っち」


 再度の願いに赤髪の少女はため息を一つ付きながらも、スタンド最前の手すりに頬を乗せている少女の隣に腰掛けた。

 瑞希が見ている景色を紅い瞳で一瞥するが、既にスタッフも撤収している今の会場では灯りはなく、暗闇しか見えない。


「暗闇しか見えないが、何を見ようとしている?」


「う~~ん。シャドーイーターかな………。うちさ、さっきも言ったようにりっちゃんと歌っている時にさ、シャドーイーターが見えたんすけど、それだけじゃないんっすよ。なんか小さいシャドーイーターと目が合った気がして、手を振り替えしたら、そのシャドーイーター、ひゃんって感じで驚いて飛び上がっていたの」


「ひゃんって感じか………」


「そう。なんか可愛らしく飛んでいたんだよ。それになんか嬉しそうだった。それってまるで、ただのアイドルとファンみたいだったんで、なんかうち、ちょっと分からなくなってきた…………」


 手すりから頬を離した少女は自分が座っている座席をぽつりと指さした。


「ちょうど、そのシャドーイーターが座っていたのはこの座席だったよ。座って、ここからステージを見れば、何か分かるかも思ったんすけど、何も見えないすね」


 自分の影すら見えなくなりそうな暗闇の中、自嘲気味に笑う。

 本来は見る事のないシャドーイーターを見ることが出来た。

 その理由を探ることが出来れば、対シャドーイーターとの戦闘は格段に有利に進める事が出来るようになるだろう。

 でも、その一方で瑞希に手を振られて、喜ぶように跳ねていた小柄なシャドーイーターが脳裏から離れていかない。

 このままシャドーイーターの謎を追うことが果たして正しいのか、少女は自分の想いに自信を持てないでいた。


「いや、そうでもないかもしれないぞ」


「え?」


 顔を上げれば、暗闇の中でもその輝きを失うことの無い紅い瞳が篠宮瑞希を見ていた。

 いや、正確には違う。

 赤髪の少女は金髪小麦肌の彼女を見ているのではない。

 その前に立つ何かを見ている。


「まさか……紅っち、見えているの?」


「いいや、見えてはいない。だが、そこにいる気配は感じることが出来る。どうやらお前の言ったことは嘘ではなさそうだな」


 視線を外すことはない。

 相手はシャドーイーターである。

 少しでも下手な動きをすれば暗闇に喰われてしまう事だって充分に考えられる。しかし、すぐに襲ってこない所を見ると向こうにも敵対意識があるわけではなさろうだ。


「なあ、お前はオレがステージに立つ姿を見てみたいか?」


 その問いかけは果たして誰に対しての問いかけだったのだろうか?

 答えはどこからも返ってこない。

 ただただ、宇宙の中にでもいるかのような静寂だけが会場内に充満している。

 息が詰まりそうな無音の中にあって、不意に、見えない気配が消えた。


「ふん。なるほどな」


 シャドーイーターが消えた事に納得したのか、闇の中でも少しも霞むことのない赤髪を持つ少女は、ここにはもう用済みとばかりに立ち上がった。


「おい、明日のあいつとの復興祭のステージは、オレが立つって事で進んでいるんだよな」


「りっちゃんとのステージだよね。うん、そうなる流れで段取りも全部終わらせているよ」


「そうか、なら後は仕掛けるだけか。おい、あのお人好しと今すぐ連絡を取ってくれ」


「球菜先輩と? 紅っちもしかして、何か企んでいる?」


「あああ。折角、このオレがあんな光を浴びた輝くステージに君臨するんだ。それなら、全世界中の人類どもに魅せてやろうじゃないかよ」


 少女は笑っていた。

 まるで、かつてこの星を侵略する夢を追いかけていた、あの頃のように、アイドルには似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべていた。




 通り雨が止むのを待ってから会場を出たため、櫻木紅が自宅に帰り着いた時には既に日が変わっていた。

 明日のステージに向けての仕込みはお人好しの魔法使いとその弟子に任せてある。復興祭の開演時間までおよそ後12時間。

 果たしてその間に全世界中に正しい情報が伝達されるかが問題点だ。

 正しい情報さえ伝達されれば、その先に人類が取る行動は分かりきっている。


「よお、お邪魔させてもらっているよ」


 イルノリアの技術で特殊加工された鍵を開けて部屋に戻ってみれば、既に先客がいた。

 しかし、驚きはしない。地球人には解除不可能な技術であるが、イルノリアにとっては簡単な施錠技術である。

 萌黄色の髪を持ち、左目を眼帯で隠している元同僚にとって、こんな鍵はあってないようなモノだろう。


「地球人的言えば、客にはお茶を出すらしいが、オレは出さないぞ」


「ふん。我もあんな不味い飲み物はいらない。つくづく、この星の住民の味覚とやらだけは理解が出来ないぜ」


「それについてのみは、同感だな」


 軽口をたたき合いながら、赤髪の少女は左目を眼帯で覆い隠す彼と対面する形で、床に腰を降ろした。

 生活用品が殆ど存在しない部屋に置いて、赤髪と、萌黄色の髪だけが月明かりに照らされて異彩を放っていた。


「それで、魔法戦士と繋がっているオレに何のようだ。その気になれば、国防の奴らに連絡する事も出来るぞ」


「おうおう。かつてはイルノリアの三幹部とも言われたキミが、今は人類の後ろ盾がないと何も出来ないなんて、実に嘆かわしいね」


 仰々しく左目を覆い隠している眼帯をさらに左手で覆いながら、彼が笑う。


「そうだな。国防の奴らはあれで無能だからな。もう少し有能なら逆に活用する手立ても考えるが、魔法戦士の存在を外せば、ただの用無し集団だから使い道もないな。ただ、面倒なので探してもいないが、あいつらが勝手にこの部屋に盗聴器を仕掛けている可能性はあるぞ」


「なるほどな、だからあんなお粗末なイルノリアの鍵をついているわけだ。確かに、何回もゴミどもに部屋を荒らされるのは気持ち良い物じゃないよな」


 青年は軽く部屋を一瞥すると、小さく指を鳴らした。

 イルノリアの技術により発せられた電磁波が即座に部屋中に伝播していく。部屋に幾重にも設置されている盗聴器を破壊するのであれば、この程度で充分なはずだ。


「あいつらに聴かれたくない話となると、雑談をしに来た訳じゃなさそうだな………動くのか?」


「ああ、その通りだ。キミも知っての通り、明日は山来梨恋が復興祭のステージで歌う日だ。世界中が彼女の歌を聞くことにより、シャドーイーターの感染が世界中に拡がることになる。もはや魔法戦士一人の力では、どうとも対応出来ない範囲へな」


「そして、その感染拡大したシャドーイーターをお前が操ることで再び地球侵略を行うことが出来るという事だな」


「おう。流石、かつて一緒に地球侵略を企てていた仲間だけあって話が早くて、助かるぜ。シャドーイーターを使えば、あの魔法戦士が自分よりも大事にして守ろうとしている人類ってやつを皆殺しにだってできる。なあ、これが最後通告だ、キミも我と一緒に、もう一度地球侵略しないか?」


 それはなんとも魅力的な誘いだろうか。

 地球侵略。

 かつてこの身を焦がして、全てを投げ捨ててでも叶えたかった赤髪の少女の夢。

 魔法戦士との戦いに敗れ、イルノリアの軍勢を失った後も、すぐには捨てることの出来なかった夢。


 その夢をもう一度叶えるチャンスが今目の前にある。

 なのに、不思議だった。

 今、赤髪の少女は全くといってよいほど、心が躍らなかった。


 かつての夢が叶う瞬間がすぐそこに現実として見えているというのにだ。

 いや、違う。

 彼が見ているのは地球侵略ではなく、かつて苦汁をなめさせられた魔法戦士への復讐だ。

 そのために人類を皆殺しにしようとしている。

 そんな結末は少女が夢見た先ではない。


 その代わりに、櫻木紅の心に宿るのは、少女との他愛もない約束だった。


「その計画の決行は、明日なんだよな。だったら、すまない、オレはお前に手を貸せない」


「やはり、お前はかつての牙を抜かれ、国防の従順な犬に成り下がったというのか? イルノリアとしての誇りも、教示も、期待も全て忘れて」


「牙が抜かれたか分からないが、明日は駄目だ。ちょっとした約束があって、オレも復興祭に出るんでな」


 この世界は変わり続ける。

 昨日までの日常が、明日には壊れてしまう事なんて、往々にしてあり得ることだ。

 例えば、宇宙人の存在など、かつての地球人は全く信じていなかった事だろう。

 しかし、イルノリアによる攻撃を受け、地球侵略の一歩手前まで追い込まれた経験をした今、この星の人間で、地球外生命体の存在を疑わない者はいない。


 世界が変わるように、赤髪の少女もまた、少しづつだが、変わり始めている。

 萌黄色の髪を持つ彼は、何も言わず、ただただ動き続ける時計の秒針の音だけが薄暗い部屋に響き渡っている。

 他の者がいれば、その重苦しい空気に耐えられず、何かを言葉を発してしまったかもしれない。

 しかし、数千光年先の星から、無の宇宙空間を抜けてこの星へやってきた二人のイルノリアにとって、無音は苦痛ではない。


「っ!」


 かすかな音が耳朶を打ち、それが動いた。

 だが、それは赤髪の少女でもなければ、萌黄色の髪を持ち左目を眼帯で覆い隠した彼でもない。

 動いたのは、櫻木紅の影に潜んでいたシャドーイーターだ。

 少女の自慢の赤髪が虚空へと消えている。


「まあ、キミはそう言うと思っていたからここに来たんだがな。どうだい。宇宙空間でも手入れを欠かすことなかった大切な赤髪を手も足も出せずに喰われた感想は? 次はその頭ごとシャドーイーターに喰わして、イルノリアの信念を失った軟弱者をこの星から消し去ってやる」


「お前、そうやってシャドーイーターを操っていたのか」


 かつて、魔法戦士との戦いで髪を切り落とされた時は、烈火のごとく怒り狂ったというのに、虚空に消えていった髪をなでるその声は、酷く落ち着いていた。

 もちろん、内心は腸が煮え渡っている。

 しかし、それよりも今は、明日の復興祭に先駆けてシャドーイーターを認識する事が出来た方が大きかった。

 喉元にナイフを突きつけられているような状態だというのに、赤髪の少女は今にも笑い出してしまいそうだった。


「お前はシャダーイーターを使いオレを殺そうとしているようだが、残念ながら既に手遅れだ。お前の作戦を完遂させたいのなら、オレを殺すのは愚の骨頂だぜ」


「それはどういう意味だ? 魔法戦士達の犬に成り下がったキミに今更何の価値があるというのだ?」


「お前から昔から自分が有利な状況になると過信して周りが見えなくなる癖がある。そんなのだから、どんなどん底の逆境でも、心折れずに立ち上がり続けた魔法戦士に負けたんだよ。もっと世界を見てみろ」


 赤髪の少女はテーブルの上に無造作に置かれていたテレビチャンネルを手に取った。

 この星の娯楽なんて彼女は全くもって興味がないが、この家に頻繁に出入りするようになった金髪小麦肌の少女がいつの間にか持ち込んでいた代物である。

 しかし、この瞬間だけは、世界の情勢を映し出してくれるこの機材があった事に感謝しなければならない。


 魔法戦士とその弟子がばらまいた種がそろそろ芽を出し、日常が変わり始めている現状を、かつての同僚に見せつけることが出来るのだからな。


「そんなお前に朗報だ。明日の復興祭はオレの効果で凄いことになるぞ、きっと世界中の視聴率は100%だ」


 光が灯った画面の中で、キャスターらしき女性が口早に今、世界中で噂となっている情報を伝えている。


 明日の復興祭出演アイドルの中に、かつてこの星を侵略しにやってきた、地球外生命体であるイルノリアの一員が、存在していると。



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