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幕間-1:水槽の向こう側の彼女



 見上げた先、マンションの最上階は見ることが出来なかった。

 都心の一等地に立てられている高級マンション。

 この最上から見下ろす都心の夜景はさぞかし綺麗なことだろう。


「ここにあいつがいるのか?」


「うちが知っている情報だとこのマンションの最上フロアを占有しているみたいだよ」


 同じようにマンションを見上げている金髪小麦肌の少女が遙か彼方にある最上階を指さしている。

 夜も更け、道を照らす街灯により赤髪を煌めかせながら、少女はマンションの中に入っていく。

 もちろん、セキュリティーが施され普通では部外者の侵入することなど出来ないだろう。


「紅っち、ちょっと待っていてね。ちゃんちゃんと開錠しちゃうから」


 いうが早いか瑞希は施錠されたドアに向かって手を翳し、小さく呪文を唱えていく。

 小麦色の掌が淡く発光したかと思った瞬間、ドアが独りでに開いていく。

 魔法戦士見習いであるため、大型魔法はまだ使えない瑞希であるが、これぐらいの小型魔法ならお手のものであった。

 褒めてとばかりに胸を張る瑞希は無視しつつ、難なく内部に侵入しエレベーターで最上階を目指すが、最上階にたどり着く前にエレベーターが止まってしまった。

 赤髪の少女は確かに最上階のボタンを押したのだが、最上階より3階下のフロアで止まってしまった。

 誰か新たな乗客が来るわけでもなく、目的へ進もうと『閉』ボタンを押しても、ドアが閉ることはなかった。


「どういうこと、紅っち?」

「ここで降りろって事だろう」


 赤髪の少女と金髪小麦肌の少女はエレベーターを降りる。

 エレベータの先に拡がる廊下は照度を抑えられていた。薄暗い廊下は一本道で、繋がる扉は一つしか無い。

 赤髪の少女が、ノックもすることなくドアを開けると、そこには銃口があった。

 スキンヘッドの筋肉質な男性が迷うことなく銃口を赤髪の少女の額に突きつけてくる。

 いかにイルノリアといえどこの距離で発砲されれば無傷とはいかないだろう。

 スキンヘッドの男はゆっくりとトリガーにかかっている指に力を込めていく。


「何者だ、お前? ここに何しに来た?」


 質問に答えることなく、血色に似た瞳でにらみつけるが、スキンヘッドの男も何度か死線をくぐり抜けてきたのだろう。

 少女の脅しには一切屈することがない。


「どんな用件かしらんが、今すぐ引き返せ。後5秒、そこに立ち続けていると、お前の脳天貫かれ…………」


 全てを言い終える前にスキンヘッドの男は地面に膝をついて、意識を失った。

 筋肉でガードされていた彼の脇腹に、赤髪の少女の拳がめり込んでおり、口から白い泡を吐いている。


「いやいや、紅っち。問答無用過ぎっしょ。うわ~~、痛そうだよ~~」


 赤髪の少女は、邪魔だった障害物を床に転がすとそのまま部屋の中に入っていく。

 灯りの点されてないこの部屋は、一面がガラス張りになっており、拡がる夜景が視界に飛び込んでくる。

 人が営みの証として、イルミネーションに輝いている街がここから一望出来る。


「どうかしら、壊してしまうなんて勿体ない美しい景色でしょう?」


「いかにも、お前が好きそうな景色だな」


 赤髪の少女が声のした方を振り返ると、そこにあったのは最上階まで吹き抜けになっているスペースを埋めるように設置された巨大な水槽であった。

 まるで突然として水族館に迷い込んできてしまったかのような錯覚にさえ陥ってしまう。

 しかし、その水槽の中には多彩な魚達がいるわけではなかった。


 水槽の中にいるのは一人の女性であった。


 水の中にあっても際立つ青い髪をたゆたえさせながら、サファイヤのような青い瞳で話掛けてくる。

 酸素ボンベもなく、最低限の衣類のみを着用したのみで、水の中にあり、かつ水槽の外にいる二人に話掛けてくる。

 彼女がただの人間である訳がない。

 彼女も赤髪の少女と共に地球侵略にやってきた侵略民族:イルノリアの一人である。

 特にこの地球上の7割を占める水域を侵略する命を受けており、こうして水の中における長時間の活動が可能となるようイルノリアの科学力を持って肉体改造を行った戦士である。


「ええ、わたくし様はこの宝石のようなイルミネーションが大好きよ。ニューヨークとかも夜景が綺麗らしいから、うちの組の勢力伸ばして、海外移住もしてみたい所よね」


 赤髪の少女は、水槽の中で暮らす旧友の元に歩み寄っていく。

 こうして直接対面するのはおよそ一年ぶりであるが、かつて共に地球侵略を行った仲間は何も変わっていない。


「お前の噂は耳にしているぞ。この国の裏社会に突如として現れた女性。侵略者時代に手に入れた豊富な財力を武器にして、現在裏社会の勢力を塗り替える勢いで急成長中。嘘か真か、取引の際には必ず水槽の中に入って現れることから、ついた異名は、Queen of Water、水の女王とな」


「良い物よ、水槽は。これに入っていくと、人間どもは異界の者を見るような目で恐れ戦き交渉がスムーズに進むのよ。それよりも、わたくし様も耳にしていましてよ。アイドル業界に櫻木 紅と名乗る赤髪の新星が現れたことを。もっとも、裏社会で成功したわたくし様と違って、あなたの名前はまだ売れてはいないようですけどね」


 赤髪の少女と青髪の少女は互いの無事を祝するかのように水槽越しに違いの拳をぶつけ合った。


「それにしても、そちらにいるのは………」


「あ、うちの事っすか。うちの名前は、篠宮 瑞希。見習い魔法戦士で、今は紅っちの監視役やっているっす。初めまして、お水ちゃん」


 窓ガラスの先に拡がる夜景に心奪われていた金髪小麦肌の少女は自分のことが呼ばれたと気づき、元気よく手を上げた。


 初対面の人間にいきなり、変なあだ名をつけられた水の女王は、水槽の中で珍しく目を大きく見開きながら旧友に小言で苦言を伝える。


「あの娘、とてもむかつくわね」


「それには同意だ」


 赤髪の少女も、否定することなくは一切無くただただ頷く。

 唯一、金髪小麦肌の少女だけが何の話をしているか分からないとばかりに小首をかしげるだけであった。


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