3-4:旧友との再会から動き出す地球侵略
撮影所の壁に掛けられた時計の針がチクタクと無慈悲に時を刻んでいく。
カメラマンが腕組みをしながら、我慢できないとばかりに二の腕に当てた指を動かし続けている。
「駄目です、何度コールしても出ません。というか、発信音すら鳴らないので、電源が入っていないのかもしれません」
「ああ、もう~~。次の撮影予定が入っているというのに。ねえ、紅さんは何も聞いていないの」
「オレは何も聞いていない」
既にメイクを終え、撮影衣装に着替え終えている赤髪の少女は淡々と答えた。
今日の衣装はスコットランド民族衣装風のドレスであった。
純白の上着にカラフルな柄のふわりと裾が拡がったスカートが可愛らしい。
だが、今日の撮影のために用意された衣装は二着のうち、残る一着はまだ、ハンガーに掛けられたままである。
「瑞希ちゃんが、無断遅刻なんて絶対にないはずなんだけどな。あの子、根は超まじめだからな。どうしたんだろう、どこかで事故にでもあっていないと良いけど……」
そう、もう一人のモデルである篠宮瑞希が集合時間になっても撮影所に現れないのだ。
スタッフ達は現れない彼女を危惧して各方面に電話をしているが、彼女の情報は何も得られない。
前回撮影時は、家に強襲してきた瑞希であったが、撮影スタジオの場所を覚えた赤髪の少女が先手を打って、撮影場所集合だと提案していた。
そのため、今日はまだ誰もあの騒がしい少女を見ていない。
「はい。少々お待ちください。櫻木紅さん。お電話がかかってきています」
コードレス受話器を持ってきた撮影所の男性スタッフが赤髪の少女の名を呼んだ。
「オレにだと? 誰からだ?」
「え~と……七星球菜さんからです」
男性スタッフがためらいがちに上げた名前によって、撮影所のスタッフの視線が一同に紅へと集まった。
七星球菜、現在はアイドル活動休業中であるが、かつては活躍めざましく、イルノリアによる侵略からの復興を遂げているこの日本に笑顔を生み出してきたアイドルである。
この撮影スタジオにも何度か来ており、スタッフ達の顔なじみでもある。
しかし、スタッフ達に緊張が走ったのは、七星球菜が篠宮瑞希と同じ事務所に所属していたことにある。
瑞希が撮影所に現れないこのタイミングで、球菜から電話がかかってきた事実に、スタッフ達が固唾をのんで、赤髪の少女を見守っている。
「オレだ。何があった?」
「お騒がせしてしまい、申し訳ありません。わたくし達も状況把握中ですが、まず確かな情報をお伝えします。瑞希ちゃんが、何者かの戦闘により負傷。わたくし達が駆けつけたときには既に意識はなく、現在緊急オペ中です」
「影にやられたのか?」
周りのスタッフ達が赤髪の少女の動向に注目しているため、シャドーイーターという単語は使わずに隠語で問いかけてみる。
「分かりません。シャドーイーターの反応は、こちらで検知できておりません。ただ、瑞希ちゃんの傷口何度も鋭利な刃物で傷つけられた跡もあり、シャドーイーターとは違うようにわたくしは思えます」
「……分かった。まずはここはオレがどうにかして収める。貴様はそっちに専念しろ」
「申し訳ありません。瑞希ちゃんの分まで負担を掛けてしまいますが、よろしくお願いいたします」
「全く、お前から頼られる日が来るとはな」
かつてこの地球を掛けて雌雄を決した宿敵から頼みを自虐的な笑みを浮かべながらも引き受けた。
電話を切り、受話器をスタッフに返すと、早速カメラマンが不安な眼差しを浮かべながら赤髪の少女の元へやってきた。
「紅さん、あの……瑞希ちゃんは?」
「原因が分からないが、何かしらのトラブルにあったようだ。現在は、緊急オペ中だ」
金髪小麦肌の少女が魔法戦士であることを伏せながらも、事実をスタッフ達に告げていく。
「オペって!? 何があったの? 瑞希ちゃん、大丈夫そうなの?」
「知らん。あいつから聞かされた情報は、それだけだ」
最悪の予想が当たってしまい、撮影スタッフ達の間に動揺が拡がっていく。
各々が憶測で原因を語り始め、収集がつかなくなっていく。
確実な情報が無く、パニックに陥る寸前となっている。
「おい、お前らは何をしている?」
ただ、そんな撮影スタジオにおいて、赤髪の彼女だけは平静であった。白い背景の撮影シートの前に立ち、撮影が始まるのを待ちわびている。
「紅さん、でも……瑞希ちゃんが……心配じゃないの?」
「オレがあいつの心配をした所で、あいつの傷が治る訳じゃない。それよりもお前達がここにいる理由は何だ? オレとあいつを写真に収めるためだろう」
カメラマンからの問いかけに、赤髪の少女は迷い無く断言した。高圧的な物言いにスタッフの数名があからさまに怪訝な顔を浮かべてきたが、侵略民族:イルノリアの三幹部であった彼女は気にしない。
上に立ち、指揮する者として弱い姿を見せる事はない。
道を示すことこそが、使命だ。
「何をしている、早く準備をしろ。あいつの分までオレがモデルを務める。立ち止まってないで、動き出せ、今、自分のやるべき事をしろ」
血のような真っ赤な瞳がスタッフ達を見渡していく。
その輝きに迷いはなく、疑心暗鬼に陥っていたスタッフ達も強い視線に落ち着きを取り戻していく。
「面白いね、キミは。そのリーダーシップ、アイドルよりも他に向いている職業があるんじゃないの?」
「そうだろうな。アイドルに向いていると言っていた奴もいるが、オレも自分がアイドルが天職だなんて思っていない。今はただ、あの騒がしい奴に負けたくないだけだ」
「OK。じゃあ、僕がしっかりとキミを取ってみせるから、そっちも瑞希ちゃんに負けないように最高のモデル、僕達に見せてよね」
「当たり前だ」
瞳を燃え上がらせる少女にカメラマンはレンズを向けた。
至上の被写体を前にして、全身を通う血が湧き上がっていくのを感じる。
「よし、みんな、予定変更だけど、撮影取りかけるよ。オペ中の瑞希ちゃんのためにも、最高の写真撮って、彼女の元に届けるんだ」
カメラマンのハッパに「はい」とスタッフ達もうなずき、おのおのの持ち場へと戻っていくのだった。
お人好しな魔法戦士が教えてくれた場所には立ち入り禁止のテープが貼られているが、近くに人影は見えなかった。
篠宮瑞希が何者かに襲われた事件は、国防省 外的宇宙侵略者対策チームの手で情報規制が引かれており、ニュースにもなっていない。
現場検証も進められていたようだが、赤髪の少女が撮影を継続している間に完了していたようで、既に夜が更けたこの時間は、ただ規制線が張られているだけだ。
撮影の仕事が終わり、再び連絡を取って確認した情報では手術は無事に終わったようだ。だが、以前金髪小麦肌の少女の意識は戻らず昏睡状態との事である。
確かに、この現場にはシャドーイーターの気配は全くない。
しかし、一方で今は懐かしささえ感じる感覚が赤髪の少女の体中を這いずり回ってくる。
「こんな所で、何をしている?」
「それを聞きたいのは我の方だよ。キミこそ、ここに来て何を調べるつもりだったんだ?」
赤髪の少女がゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは萌黄色の髪を持つ青年であった。
細身の身体をカーキー色のスーツに身を包んでいる。
そして、何より目の引くのはその左目に当てられた黒い眼帯である。
「久しいな」
「そっちも元気そうじゃないか、魔法戦士の犬に成り下がった割にはな!」
挨拶代わりに青年が手を振り上げると、風が吹いた。
風はかまいたちとなり、赤髪の少女の頬を切り裂いていく。裂かれた頬から緑色の血がにじみ出ていく。
「やっぱり、お前だったのか。あいつを襲ったのは」
「あいつ……ああ、今朝の魔法戦士もどきのことか。ああ、そうだよ、危険な芽は我らが手をつけれなくなる前に早めに摘んでおくに限る。これから我らがイルノリアが再び地球侵略をするためにな」
萌黄色の髪をもつこの青年もまた、侵略民族:イルノリアの一員であった。しかも、地球戦略先行部隊の三幹部が一人であり、赤髪の少女とも旧知の仲である。
魔法戦士アーススター・エースに侵略民族:イルノリアが敗れたのち、侵略行為を指揮していた三幹部はそれぞれが別の道をたどっていた。
赤髪の少女は、魔法戦士に無条件降伏。イルノリアとしての兵器を全て没収され無力化された後、地球人に紛れて暮らしている。
他にも地球人の生活に紛れている者がいたが、三幹部同士が接触するのを避けるためか、外的宇宙侵略者対策チームもあのお人好しな魔法戦士ももう一人の居場所を赤髪の少女へ伝えようとはしない。
しかし、三幹部の中で唯一降伏せずに、魔法戦士から逃亡を図った者がいた。
それが、萌黄色の髪を持ち、左目に眼帯をあてている彼である。
三幹部の中でもっとも過激派だった彼は、魔法戦士との戦いにおいて左目を失っている。
魔法戦士への復讐心にに燃える彼だけは、イルノリア敗戦ののち投降することに納得せず、一人逃亡していったのだ。
あれ以降、消息不明であった彼が再びこうして姿を現したことが意味すること。
それは、魔法戦士とイルノリアの戦いが再び始まると言うことだ。
「地球侵略だと? オレ達は既に魔法戦士に負けた。既にイルノリアの軍隊も持ち合わせないオレ達にそんな大それた事出来るわけがない」
「おいおい。キミは本当に魔法戦士に牙を抜かれた訳じゃないよな。地球侵略がキミの夢だったのだろう。我らに語った、あの夢は、そう簡単に諦めきれるものだったのかよ?」
「違う。オレの夢は、この星を侵略して、イルノリアの更なる繁栄を築くことだった」
「じゃあ、また我と一緒に、この星を侵略しようぜ。軍隊の方は気にしなくていいぜ。次の目星はついている。キミは、シャドーイーターの存在は察知しているよな?」
赤髪の少女は、眼帯をつけた青年の挙動に警戒しながらも、首を縦に振る。
「あの魔法戦士野郎ですら、有効打を持たずに苦戦する強敵だ。もし、その万の軍勢を我らがイルノリアが僅かなりとも利用できるとしたら………その先に何が待っているか分かるよな」
「今度こそ、この地球をオレ達イルノリアが侵略することが出来る………」
「そういうことだ。胸が高鳴るだろう。かつて、一度潰えてしまったキミの夢が、今度こそ叶ううんだよ」
「だが、どうやってあのシャドーイーターを利用するのだ? あいつらを一定期間観察していたが、あいつらに知識があるのは見えたが操作された痕跡は見られなかったぞ」
「見ているだけだから、駄目なのさ。まあ、ここから先は、キミが誠意を見せて、魔法戦士の犬なんかじゃなくて、イルノリアに戻ってきてくれたら教えてあげよう」
暗闇の中、眼帯で隠されていない深緑色の瞳が嬉々と光っている。
赤髪の少女も他人の事を言えた義理ではないが、この萌黄色の髪をもつ青年はすこぶる性格が悪い。
「誠意か……貴様の事だから、さぞかし悪趣味なんだろうな」
「おいおい、キミは僕をどんなイルノリアだと思っているんだい。誠意を証明させるのは凄く簡単だよ。我は今朝、未熟な魔法戦士を襲ったが、命までは取らなかった。トドメはキミがさせ。魔法戦士をキミが殺したら、イルノリアとしての誠意を我は信じよう」
「全くもって、悪趣味な事だな」
「キミの誠意を確かめられて、未来の危険な芽を摘むことが出来る。まさに一石二鳥じゃないか」
風が吹いた。
とっさの出来事に赤髪の少女は目を腕で覆った。
風がやみ、視界が晴れた時には、既に萌黄色の髪を持つ青年の姿は消えていた。
彼が立っていたその場所に、一本のナイフだけを残して。




