人が求めるもの(博士と助手。やや近未来)
「ふわーっはっはっはっはっ!! ついに完成したぞ、古都くん!!」
「扉は静かに開けて下さい」
研究室の扉を開け放ち、博士は高らかに言った。
ハイテンションな博士を横目に、助手は書類整理の手を止めない。
「聞いてくれ、ついに魔法のようなアプリが完成したのだよ、古都くん!!」
「はあ」
助手のテンションは低いが、博士はかまわず(というより気付かず)、まくしたてる。
「持ち主のバイタル、睡眠時間、食事時間、希望があれば排泄時間などを検知あるいは入力により、持ち主の健康状態を把握!! その上で睡眠、休息、食事などを促す『主どうかお休みください』クンが完成したのだよ!!」
「はあ……ネーミングセンスがありませんね」
「これはカッコ仮というやつだよ!! それに、主呼びか先輩呼びかは選べるよ!!」
「それはようございましたね」
「仕上げに三徹した甲斐があったよ!!」
「いや、寝て下さい」
助手が、やっと書類整理の手を止め、顔を上げた。
博士を見ると、確かに酷い顔をしている。
目の下に隈、髪はばさばさ、心なしか頬がこけている気すらした。
「いいかい、古都くん。人というのはね」
「はい、とりあえず仮眠室行きましょうか」
助手は立ち上がり、博士の背を押す。
研究室と反対隣にある仮眠室へ、ぐいぐい押して連れていく。
「本当は誰だって誰かに心配して欲しいんだ。わかるかい? 誰かに『いいから寝て下さい』とか『ご飯食べて下さい』とか、とにかく『休め』と言われたいんだ」
「そうですか。それは今、私がちょうど貴方に言っていることなんですが」
「しかし! 誰もがそんな相手を持っているとは限らない!! 例え、良い友人が居ようが恋人が居ようが、結婚して居ようが、だ!!」
「そうですか。ところで、仮眠室に着いたのですが、ベッドに入ってくれませんかね」
「だから、どんな人でも必ず、そうやって心配してくれる『誰か』を手に入れられるようにしたい、それこそがきっと、きっと人類を救うんだよ、古都くん」
「いいから寝ろっつってんだろ、このクソ博士!!」
「う゛っ」
博士の首に背後から腕を巻き付け、一瞬で落とす。
もちろん、命までは奪わない。
「……まったく」
がくりと力尽きた博士を、そのままベッドの上に放り投げる。
ここ数日は「絶対に研究室に入っちゃダメ、声をかけてもダメ」と言われたから覚悟していたが、やはり連日徹夜をしていたか。
まったく、世話の焼ける人だとため息を零す。
「その話、もう何度も聞きましたよ」
布団をかけながら、助手は言った。
「私が生まれたときも、その話をしましたよね、博士」
自立型アンドロイドの助手が生まれたのは、もう五年ほど前になる。
「私を実用化まで持って行くのは資金的にも大変だからと、貴方は色々と試行錯誤した。それが、やっと実ったのですね」
すやすやと眠る博士に、アンドロイドは深々と礼を捧げる。
「……おめでとうございます」
そして顔を上げると、微かに口角を上げ、優しく告げた。
「けれど、今はお休みください」
ぽん、ぽん、と柔らかなリズムで、博士の肩を叩く。
良い夢を見るためのリズム。
「この安らかな眠りが、これから人類すべてに訪れますように」
助手は、博士から託された願いを、改めてそっと口にした。
END.