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第四章

薄く目を開いた。

寝覚めはとても心地よかった。

窓を見ると、日は昇りきっており、日差しは暖かい。

まどろんだボクの視界のなかで、白い太陽は光を滲ませていた。

まるで擦りガラス越しに見ているみたいで、なんだか奇妙。

今度ははっきりと、瞼を上げる。

しかし、目の前の擦りガラスは消えなかった。

ボクは一瞬戸惑ったが、ふと思い出した。

以前もこんなことがあった。

ナニがきっかけか解らないが、朝目を覚ました時、視界がぼやけてしまい、

それがその日一日続いたのだ。

お医者様は、身体がとっても疲れているからだと教えてくれた。

 ボクはそのことを思い出して、一人納得した。

もしかしたら今日も丸一日擦りガラスの世界にいなければいけないのかもしれない。

聞こえなくなった耳に朧な世界。

これでは起きていても眠っているのと変わらないな、と自虐的なキモチになった。


ふと、目の前に人肌色の影が現れた。

続いて大きな手の感触。父なのだろう。

父は今どんな表情をしてるのか知りたくて、僕は必死に目を凝らした。

ほんの少しだけピントが合って、輪郭線のずれた父の表情が読み取れた。

父は笑っていた。

ふと、自分はどんな顔をしているのか考えてみる。

そういえば、ボクも笑っていたのだ。

とても良い夢が見れたから。久しぶりに幸せなキモチで目が覚めたから。

ボクは起きた時から笑っていたのだ。


父はそれが嬉しかったようだった。

父が母を呼び、その日のボクの朝食が用意された。

母もニコニコしていた。

それでもやはり二人とも、随分憔悴しきっているように見えた。

顔に影が落ちたみたいに、顔色がわるいのだ。

ここ数日悪化し続けるボクの様子に、

二人も覚悟をせずにはいられなかったのだろう。


 悲しむ必要なんてないのにな。


ボクは思った。

何も知らないカワイソウな父と母。

ボクは最初からあなたの子供ではなかったのに。

ボクはあなたたちを騙していただけなのに。

少しの罪悪感混じりで、そんなことを言ってやりたくなる。

モチロン解っている。これは夢の中だけでの話しなのだ。

しかしそれでも、

この擦りガラス越しにしか見えない無音世界よりかは、

夢の中で感じたあの惑星の感触のほうが幾分も現実的に見えたのだ。

 もし、ボクがチキュウを侵略しに来たテオデオドロ星人なんだって

二人に教えてあげたなら、二人はもう悲しまないでくれるんだろうか。


 その日のボクはなんだかとっても高揚したキモチだった。

音のないボクの寝室のなかで、ボクはたくさん笑った。

母がボクのために摘んできてくれた庭の花々。

うっすらと見えた黄色と白色の丸い像が重なる花束。

母にその花束で頬を撫でられると、ボクはくすぐったくって、思わず声を上げて笑ってしまった。

 とても幸せな一日だった。

父も母も、ボクが病気なのを忘れて、一緒にはしゃいでいた。

まだ遊び足りないボクを無理やりベッドに横にさせて、

夜、父と母は一回ずつ、ボクの頬にキスを落としてくれた。


その時の輪郭線のぶれたボクの父と母。

ボクの大好きな、本当に大好きな父と母。

もし本当にボクがあなたたちの子供じゃなかったとしても。

どうかどうか、ボクを愛して。

あなたたちが、ボクの一番大好きなチキュウ人なんです。


自分の声が宇宙の夜に反響しているのが聞こえた。

ボクの思いはあの青い、遠い星に届くのだろうか。

 二人の宇宙人と肩を並べて、ボクは輝く青い星を見上げていた。


それからの数日間で、ボクの住む世界は急激に削り落とされていった。

一度ぼやけた視界は、もう決して元に戻ることがなかった。

起きていても、何も見えない聞こえない。

もう何にもわからないのだ。

自然、ボクは眠ってばかりになる。

それでも母は毎日、ボクのために花束を持ってきてくれた。

どんな時でも、父はボクの手を握り、そばにいてくれた。

ボクの心は不思議と穏やかだった。


「もう覚悟はできているんだ。」

ある日、夢の中の宇宙人たちにそう話した。

最近のボクは、

かき消され、朧に加工されていく現実世界よりも、

夢の中の世界のほうを居心地よく感じていた。


「友よ。もうキミが消えてしまうのは止められないのだね。

 友情とはコンナニモ無力なのか。ワタシはとてもナサケナイ」

「E」のつく宇宙人がため息混じりにそう呟く。


「フフ。ワレはいいことを思いついたぞ。

 一言でまとめると『ナントカナルカモシレナイ』」

緑頭の宇宙人のその言葉に

ボクと「E」のつく宇宙人は同時に振り向いた。


「どういうこと?ボクが死なない方法なんてあるの?」

「フフン。これは可能性でしかないのだが。

 ワレワレ三人のもつ能力。

 これらをあわせればなんとかなるかもしれないのだ。」


緑頭の宇宙人は、ボクたちにそのアイデアを聞かせてくれた。


「これは、イケるかもしれない。」

話を聞き終わったあと、「E」のつく宇宙人が感嘆のため息とともに言った。

「本当に上手くいくのかな。材料もないのに。」

ボクは不安だった。

緑頭の宇宙人が提案したのは、

他のチキュウの生き物の肉を使って、僕の新しい体を作ってしまおうというものだった。


「ナニ、チキュウの生き物の肉だったらなんでもいいんだ。

 キミがチキュウの肉を手に入れてくれたのなら、

 ワタシはそれを立派にこねあげてみせよう。」

「フフン。そしてワレがその肉とオマエの身体を一体化させる。

 最後にオマエがそれらの肉を統率し操れば、

 形上、オマエはチキュウに適応した肉体を得ることができることになる」

「うーん・・」


ボクはやっぱり不安だった。

しかし、彼らの希望に輝いた目を見ると、挑戦せずにはいられないと思った。


「わかった。

 上手くいくかわからないけど。

 オトウサンに頼んで肉を手に入れてくる。」


ボクがそう約束すると、二人の宇宙人は生き生きと笑い、

作業のために準備があるからと、それぞれの方向に散っていった。


ボクは一人で青い星を見上げていた。

気が付けば、その日一番最初の、日の光がボクの目に差し込んでいた。

ボクはとても豊かな花の香りを嗅いだ。

 手のひらを包みこむ、大きい手を感じると、

ボクは本当に久しぶりに喉を震わせた。

その声は、多分うめき声にしかならなかったのだろう。

ボクが何かを訴えていることに気づいたのか、

父のものだと思われるうすぼんやりした人肌色の影が、覗き込んできた。

ボクは、なんだかとても必死になってしまって、

どうしても父に伝えたくて、大きく息を吸い込んだ。

・・ホシイ。

ホシイんだ。

ボクは必死で父に手を差し出す。

父はそのボクの手を哀れむように撫でた。

もう伝わらないのだ。伝えることができなくなっているのだ。

僕は愕然として、意識を手放した。

一瞬、頬に伝う涙を感じた。

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