表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第三章

それは静かな朝だった。

 ボクにこの世で最も静かな朝が訪れていた。


最初ボクは、自分の身に何が起きたかなんて解るわけもなく、

開いたばかりの目で、ただぼんやりと窓の外を見ていた。


不思議だ。まるで絵画か写真の中に自分が入り込んでしまったみたいに、

この世界には現実味がない。まだボクは夢を見ているのだろうか。

唐突に身体を揺さぶられてボクは驚いた。

慌てて窓から視線を移動する。

ボク以上に驚いた顔の、父の姿があった。

父の肩ごしに戸惑った表情の母の姿が見える。

父と母はボクの様子を見て何かお互いに言葉を交換したのち、

父の方はあわてて部屋の外に出てしまった。


 なんだか頭がぼんやりしている。

きっと昨晩、ボクはまたお医者様からお薬を頂いてしまったのだろう。

薬の効果から抜けきれないボクは、

まだマックラヤミの夢の中にでもいるような

むなしい感覚に覆われていた。


母が震える手でボクの頭を撫でてくれた。

何を言ってるのか、聞こえはしなかったが、

きっとまた

 ダイジョウブを連呼してくれているのだろう。

ボクは自分が今どうなってしまったのかリカイできなくて、

ただすがるように、母の目を見つめ続けた。


しばらくすると、お医者様を連れて、父が戻ってきた。

やはり慌てきった様子のお医者様が、ボクの身体を起こし、

耳に触れると、耳元で強く手を打ってみせた。

お医者様の両手が打ち合わせられた瞬間、父と母の肩が少し浮いたところをみると

かなり大きい音が出ていたのだろう。

その時ようやく、ボクは自分の耳が聞こえなくなってしまった事実を知った。


 ボクが事実に愕然とするより先に、母がボクの身体を抱きすくめてくれた。

父がボクの肩に腕を回し、必死に何事か語りかけてくれた。


ボクは自分の頬に一滴の涙をたらした。

ボクは隔離されてしまったのだ。

音のない世界に入ってしまったボクは、

もう二度と父や母のいる世界に戻れないような気がした。

抱きしめられた感触すらも、なんだかウソみたいで、

ボクは彼らと距離が離れてしまったと感じた。


こうして次々と、様々なことから切り離されて、ボクは死んでいくのだろう。


 父の大きな笑い声、母が本を読む穏やかな声が懐かしくて、

ボクは次から次へと涙をたらした。


 『 神様、代わりにワタシにこのコの苦しみを与えてください!』


なぜか父の声が、

最後に聞こえた父の言葉が、ボクの中に聞こえてきた。

今もまた、父はそんなことを言っているのかもしれなかった。


涙に咽びながらも、母がボクをベッドに横たえてくれた。

混乱して、ただ天井を見つめたまま涙を流し続けるボクの瞼を、

暖かな母の左手が覆った。

反射的に目を閉じる。

ボクはなんだかとてもとても疲れていて、

高揚しているはずの神経すらも、ボクが眠りに入るのを止めることはなかった。


 またいつもの夢だ。

またチキュウはボクから離れて、遠くで輝いているのだ。


ボクを一人にするな!


ボクは小さな青い星に向かって叫んだ。


ボクはまだ、生きてるんだぞ!


驚くぐらい、その時のボクは大胆だった。

極度の興奮状態におちいっているボクをの周りを、

二人の宇宙人は困ったようにオロオロと動き回っていた。

二人は前回と同様に、僕の描いた両親の顔を貼り付けている。

ボクはたまらなくイライラしていた。


「お前たち、ボクの友達なんだろう?」


ボクは二人の宇宙人につっかかった。

二人の宇宙人は揃って神妙な顔をして、ボクに近づいてきた。


「友達なら、ボクを助けてよ。このままだとボク、死んでしまうんだよ

 キミたちは友達を見捨てて平気なの?」


これはカンシャクだ。

恥ずかしいくらい、自分でも意識できていた。

なのに、二人の宇宙人は真面目にボクの話を聞いているのだ。


「ウムウム。それは最もな話だ。」

「E」のつく宇宙人が頷く。

「フフ。ワレらも友のためにできることを考えなければならぬ

 このことを一言でまとめると『キョウリョク』だ」

緑頭の宇宙人が答えた。

思っていた以上に協力的な彼らの姿に、ボクは驚いてしまった。


「エェ?何か方法はあるのかい?」


少しの期待をもってそう問いかけたボクに、

二人の宇宙人は揃ってうつむくと、大きなため息をした。


「ザンネンながら。ワタシには無理だ。

 ワタシは肉をこねることしかできないのだから」

「E」のつく宇宙人が言う。


「フフン。ワレも似たようなものだ。

 モノをひとまとめにすることしかできないのだから。

 このことを一言でまとめると、『ムリ』だ。」

緑頭の宇宙人も答える。


ボクはそれを聞いて、彼ら二人分よりもずっと大きなため息をついた。

ボクはここで認識すべきことがあった。

この二人の宇宙人は、

宇宙人という未知の力を期待すべき存在にも関わらず、

現時点、ボクにとってはただの役立たずでしかないのだ。


この役立たずの二人は、自分たちの力ではどうすることもできないと解りつつも、

真剣にボクを生かす方法を話し合い始めた。


「ソモソモ、チキュウの環境がテオデオドロ星人に適していないのではないか?」

「フフン。確かにチキュウとテオデオドロ星は環境が異なりすぎている。

 このことを一言でまとめると『ナットクイク』だ。」

「イチバンよいのは、テオデオドロ星に戻すことだ。」

「フフ。しかし、こんなに弱った身体では星にたどり着くよりも、

 宇宙運河に飲み込まれてしまうほうが先であろう。

 このことを一言でまとめると『フカノウ』だ。」


ボクそっちのけで繰り広げられる彼らの会議に、

ボクは違和感を感じずにはいられなかった。


テオデオドロなんて聞いたこともない単語だ。

これは一体なにを指しているんだ?


「ナニを言ってるんだ、友よ。

 キミの故郷の惑星の名前じゃないか。」


ボクの問いに、「E」のつく宇宙人は真っ赤な口をあんぐりと開けて答えた。

ボクはその様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。


「フフン。ナニか面白いのか?」

「だってさ・・」

緑頭の宇宙人の言葉に、ボクは息継ぎをしながら答えた。

「だって、ボクはチキュウ人だもん。そんな変な名前の惑星、全然知らないよ。」


ボクがそう言い切ると、

二人の宇宙人は一度互いに顔を見合わせ、

ぐるりとボクの方に向き直った。


「友よ。キミは自分の姿を知っているかい?チキュウにいる人々と見比べて、

 何もカンじなかったっていうのかい?」

「・・どういうこと?」

「フフン。キミは鏡を見たことがないのかい。

 このことを一言でまとめると『コレヲミレバワカル』」


次の瞬間、緑頭の宇宙人が大きく口を開いた。

口が開いたというよりも、頭部が二つに割れて、

その断面図をボクのほうに向けてきたという感じだ。

緑頭の断面には薄い銀の平面体が隙間なく張り付いていて、

紛れもないボクの姿を映しこんでいた。


胴の下についている二つのコブでなんとか立っている

真っ白で、ガイコツみたいな哀れな姿。


ボクは思わず目をそらした。

なんで、夢の中にいてでも、病魔は手加減してくれないのだろう。

せめて、もう少し元気だったころの、ふっくらした姿でいれたらいいのに。


「フフン。どうだい?」


気が付けば頭部を閉じた緑頭の宇宙人がボクを見つめていた。


「なんのこと?」

ボクはユウウツな声で答えた。


「友よ。キミはチキュウ人の姿をしていない。

 そしてワレワレはキミのような姿の宇宙人を何度か見たことがある。

 それがテオデオドロ星人なのダ。」


「E」の付く宇宙人の言葉、ボクは身を乗り出して反論した。


「そんなバカな!

 ボクは間違いなくチキュウ人の両親から生まれた、チキュウ人だ。

 テオデオドロ星人なんて、ぜんぜん全く、知りはしない!

 ボクは両親を愛していて、両親もボクを愛してくれている。

 ボクがチキュウ人でないというのなら、

 それはボクとボクを愛してくれる人たちへの侮蔑だ!」


顔がカっと熱くなるのを感じた。

困った顔の二人の宇宙人の顔が、涙でにじんできた。


ひどい、彼らは本当に酷いことを言う。

例え夢の中だからって、許せないこともある。

しかし、だ。


奇妙な感覚なのだが、憤り熱くなる反面、非常に冷静に、納得している自分がいた。

怒鳴りながらも、そんな冷静な自分の存在に気づき、

自然、ボクの語尾は弱くなっていった。


「そんなわけ・・ないじゃないか・・」


呟くようにそう言って、二人の宇宙人から目をそらす。


「キミはワタシたちの友だ。そうだろう?」


心なし優しいその声に、ボクは顔を上げる。


「キミはワタシたち側の人間なのだ。

 惑星間を旅して、時に酷い苦痛を受ける。

 時には異質な姿だと迫害される。」

「E」のつく宇宙人の言葉についで、緑頭の宇宙人が言う。


「フフン。幸いオマエは酷い迫害を受けるに至らなかったようだがな。

 このことを一言でまとめると『ラッキー』だ。」


「E」のつく宇宙人はボクに向かって強く頷いて、話しかけてくる。

「それでも、ツラかっただろう。クルしかっただろう。

 ワタシたちもまた、経験者なのだ。

 だからこそ、キミを心から友と呼ぶ。」


同じ・・?この宇宙人はボクと同じ経験をしたというのか。

だからボクと友達になりたいと言ってくれていたというのか。

戸惑うボクに、また緑頭の宇宙人が口を開いた。


「フフ、真にオマエをリカイするヤツはチキュウ上にはいまい。

 このことを一言でまとめると『オマエはよくガンバッタ』」


なぜか、熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

不思議だった。頭で理解するよりも先に、ボクは泣いていた。

嬉しいような懐かしいような、暖かいキモチに後押しされて

涙は何度も頬を伝った。


生まれて間もなく、謎の奇病だと言われたのだ。

通っていた学校の友人たちも、日々変化するボクの姿を気味悪がり、

自然とボクを避けるようになった。

ボクはそれを当然のこととリカイしてたけど。

友達を失った傷穴がふさがることは、結局なかった。

 

 とても優しいボクの両親。

優しすぎてボクはとても悲しくなることがあった。

元気な姿でいられないボクを責めているように感じることもあった。

 本当は怖かった。

彼らが見ているのが今のこの醜いボクじゃなかったらどうしよう。

何年も前の、人並みに元気な子供だったころのボク、

キレイな顔をしていたころのボクを求めていたらどうしよう。

ボクは決してあのころには戻れないのに。


申し訳なくて、そんな自分が悲惨で、

誰もいない夜に心が押しつぶされたこともあった。


 だからなのだろう。

目の前にいるこの二人の宇宙人の言葉が、嬉しいと感じた。

と、同時に、先ほどまで感じていた怒りは消え、

リカイはつるりとボクのおなかに収まった。


ボクは最初からチキュウ人ではなかった。

ボクは彼らと同じ宇宙人で、

テオデオドロ星という立派な故郷を持っていたのだ。

そうと解れば、今までの暗いキモチとはオサラバだ。

ボクはとても楽しくなってしまった。


二人の宇宙人はボクにテオデオドロ星はどんなところなのか、

テオデオドロ星人とはどういう生態をしているのか、教えてくれた。


テオデオドロ星とは銀河系から3万光年離れた淡く白い光を放つ星で、

惑星の大半は白いガスと霧に覆われているという。

テオデオドロ星人は基本、これらの白いガスを主食にしている。

彼らには形あるものを自分の望むよう操作する不思議な能力が備わっているらしく、

その力を生かして、他の惑星を侵略し、自分たちの種族を繁栄させようと尽力しているそうだ。


「友よ。きっとキミもチキュウを侵略するために遣わされたんだ。

 それがこんなに苦しむ目にあってしまうナンテ・・・」

「フフ。一言でいうなら、『カワイソウ』だ」


彼らはボクのことを心から心配してくれているようだった。

だからボクは落ち着いたキモチで自分の運命を受け止めることができた。

ボクは、チキュウに適応できなかった。だから死んでしまいそうなほど衰弱してしまったのだ。

そして、ボクがテオデオドロ星人である以上、ボクにも彼らの能力が備わっているはずだった。


「なんでも自由に操れる能力・・。

 それがボクにもあるっていうことなの?」


「モチロンさ。」

「E」のつく宇宙人が答えた。

「友よ。キミはその力を使ってチキュウに入り込んだんだ。

 キミは手近なチキュウ人を操作し、その家族になりすました。」


・・なりすました、だって?

彼の言った最後の単語に、ボクの思考は再び停止した。


「キミがチキュウに辿りついたとき、キミはとても幼かったのだろう。

 チキュウ人の家族と生活するうちに、キミは自分が宇宙人であることを

 すっかり忘れてしまっていたのだな。」


混乱するボクのキモチを察してか、「E」のつく宇宙人の声は労わるようだった。


「ボクはオトウサンとオカアサンの子供じゃなかったんだ・・」


ボクにとって、それは何よりも衝撃的な事実だった。

それでも、ボクはその現実を受け止めることに抵抗はなくなっていた。

二人の宇宙人は彼らの人間に良くにた手で、ボクの頭を撫でてくれた。

とても臆病な手つきだった。

それでも、ボクには彼らがボクに手向けてくれる愛情を感じて、嬉しくなった。

彼らこそが、真のボクの仲間。

こんな醜い姿のボクがチキュウ人であるわけなかったんだ。

ボクはついに自分の本当の居場所を知った。

これが夢でさえなければ、きっとこんなに幸せなことはない。

そして、例えこれが夢でないのだとしても、

ボクが死んでしまうことには変わりはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ