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第二章

果たして、ボクは夢を見れたのだろうか。

 息を吸うのがとても辛くて、発作的に目を覚ました。

とたんボクを押さえつけるような激痛を知る。

病魔がまた、ボクの肉を溶かそうとしているのだ。


イタイ、イタイ

苦しくてたまらない。


本当は暴れだしたいくらいなのに、

ボクの身体にはもう、暴れる力は残ってなかった。


額から零れ落ちる大粒の汗を、拭い取ってくれる母の姿が

視界に薄ぼんやりと広がった。


自分の呼吸の音がとても大きい。

母の向こうで、お医者様に向かって必死に訴えている父の姿が見えた。


ダイジョウブ、きっとよくなるからね。


母が泣きそうな顔でそう言ってるのが

なぜかとってもよく聞こえた。

自分の喉がヒュウヒュウなる音に邪魔されて、

本当ならほとんど聞き取れないかもしれない小さな声だったのに。


母の声は、まるでボクの熱くなった耳の中で直に鳴ってるかのようにはっきりと聞こえた。

ボクは激痛の中で、なぜか冷静にこの事実を受け止めていた。

不思議な感覚だった。

まるで、ボクの身体が、この苦しみに耐えてでも「聞け」と叫んでいるようだ。


だからボクは必死で耳を澄ました。

お医者様の扱う機材が掠れる金属の音。

母の泣きそうな「ダイジョウブ」の連呼。

人の足音。

窓の向こうで繰り広げられる平和な毎日の音。

ポプラの枝が風に鳴り、

人々はざわめき、車は走る。


 ・・なんでっ・・


詰まったような父の声が聞こえた。


「なんで・・ワタシじゃないんだ!

 なんでこのコなんだ!

 このコはまだ生きる楽しみをほとんど知らないんだぞ!

 神様、代わりにワタシにこのコの苦しみを与えてください!

 このコにもう一度、窓の外の日を浴びさせてください!

 ワタシはこのコを生かすためなら、なんでも捧げます!」


悲痛な声だった。父のこんな声を聞いたのは初めてで、ボクはとても切なくなった。


 ごめんね。みんな、ごめんなさい。


ポツリポツリとボクの顔に落ちる雫があった。

ボクの流した汗とは違う。暖かい雫だった。


母の嗚咽が聞こえた。

それでも、母はボクの汗をぬぐい続けてくれた。

父はボクの手のひらを握り、何度も何度も祈りの言葉を捧げていた。


ボクは悲しくてたまらなかった。

発作がある度にボクは、いつかくる大好きな人たちとの別れの日を感じずにはいられない。

ボクの胸は、中身をエグられるみたいに苦しい。

これはきっと、病気のせいだけじゃない。


ボクは涙を流していた。

とたん、ボクの意識は途切れ、急速に眠りの世界に帰っていった。


 ボクは今、瞼の裏の暗がりにいる。


「アリガトウ。」


声が聞こえて振り返った。

遠いところから管を通して喋ってるみたいな、奇妙な声だったけども、

声の持ち主はボクの真後ろに立っていた。


気が付けばボクはいつぞやの惑星に立っていた。

天にはドーム型に広がる満天の星。

ボクの視線の先には二人の宇宙人。

以前会った時とは随分異なる姿をした彼らに、ボクは首をかしげた。


「アリガトウ。キミがくれた顔はとっても調子がイイ。」


そう、彼らには顔があった。

間違いなく、ボクがプレゼントした顔だった。

しかし、その顔はボクの予期していなかったものだった。


「E」のつく宇宙人の両肩の上には、紫色に丸く膨らんだ頭部と、

その天辺にふさふさと生えた黄色い髪があった。

その頭部の中央にはクレヨンでグルグルと描かれた黒い目に

真っ赤ないびつな形の口。

その姿はどこかで見覚えがあった。

そうだ、ボクの寝室に飾られているボクが描いた絵だ。

 黄土色の身体の上に緑の顔に赤い瞳をした頭部をくっつけた、もう片方の宇宙人が言う。

こちらは、霧吹きのような鋭い噴射の音を思わせる声だった。


「フフ。本当に感謝する。ワレはこの姿がとても気に入ってしまった。

 このことを一言でまとめると『アリガトウ』だ」


ボクは戸惑ってしまった。

どうやらボクは、例の挿絵の本を彼らに持ってくるつもりが、

壁にかかってる二枚の絵を持ってきてしまったらしい。

これはとんだ間違いだ。

彼らに渡したかった顔はこれじゃないんだ。


ボクがそのことを彼らに伝えると、二人の宇宙人は顔を見合わせてしまった。

ボクはなんだかイライラしてきた。

早く彼らにその顔を外してほしかった。

ボクは思わず声を荒げてしまった。


チガウんだ。その顔はキミらの顔じゃない。

その顔は・・・ボクの大切な・・!


目の前が真っ暗になった。

不意に訪れたマックラヤミに、ボクはへたりこんでしまった。

涙が出た。

死ぬのだ。ボクが死ぬのだ。

大切に思っていた全てが、なにかに奪われて消えていくのだ。

だとしたらこんなにも悔しいことはない。

悔しいはずなのに、このマックラヤミにおいての急速な時間の進み方の中では

その悔しさも、まるで一瞬の勘違いであるかのように軽々しくボクに接した。


ボクの身体は幾度も老い、幾度も若返った。

それらはほんの些細な変化でしかないように感じられた。


不意に悟らされた。

死後の世界はここなのかもしれない。


聖書に描かれるような楽園なんて実のところ存在せず、

人は死ぬと、このマックラヤミに閉ざされてしまうだけなのかもしれない。


だからきっと、きっとボクはもう


その言葉の先を考えようとすると、マックラヤミの中で冷たくなっていたボクの身体の中に

まるで火がつきそうなほど熱いカタマリがせり上がってきた。


イ ヤ ダ


死にたくない。まだ諦めたくないんだ。

ボクはあがいた。マックラヤミを壊したかった。


時間はほとんどかからなかった。

ガラスが砕けるような高い音とともにボクは目の前に光が戻ったことに気づいた。


ただ、マックラヤミから無理やり抜け出したのがいけなかったのかもしれない。

目を覚ましたボクの世界から全ての音が消えていた。


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