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第一章

 ボクがベッドに横になると、母は一冊の本を読み聞かせてくれた。

ボクは天井を仰いだまま、その楽しい物語の空想をした。

それは一人の男が星空の下で二人の宇宙人と出会ったことから繰り広げられる

愉快な冒険の話だった。

その冒険の途中で、ボクは気が付けば眠ってしまったのか、夢をみていた。


夢の中で、ボクは当然のように二本の足で立っていた。

ただし、足といっても、人間らしいスラリと伸びたあの足ではなく、

現実のボクが両足を失ってしまった後にできた

コブが少し実用的になったような足だ。


ボクの視界は一般的な人間のそれと比べるととても低かった。

でも、なによりも自分の力で歩けることが嬉しくて、

ボクは感覚を確かめるようにそこら中をグルグル回った。


ボクの立っているこの場所は、砂と石ばかりで、

あたりは夜のように暗く、遠くに星々が砂金のようにきらめくのを見た。


砂と岩ばかりの地平線の向こうに一等星のようにきらめく青い星を確認して、

ボクは今自分のいる場所が、チキュウから離れたどこか遠くの惑星なのだと知った。


気が付けば目の前に、ボクよりも頭一つほど高い二つの影があった。

彼らは人間に良く似た手を上げて、ボクに話しかけてきた。


そこで彼らはボクに自己紹介をしてくれたのだが、

あいにく、夢の中だったので、ボクは彼らの名前をきちんと覚えることができなかった。

一人の名前が「E」の発音から始まる長ったらしいものだったことだけを

漠然と覚えているだけだ。


彼らはボクと友達になりたいと言ってくれた。

そして彼らはボクに彼らの住む惑星の話を聞かせてくれた。


それはとても奇妙な話だった。

少なくとも宇宙という広い見解を持てない

チキュウの常識に束縛されたチキュウジンであるボクにとっては

甚だ奇妙に思えたのだ。


「E」のつく宇宙人ともう一人はそれぞれ違う惑星の住人らしい。


「E」のつく宇宙人の故郷では皆、肉を砕き、それを団子状にして鉄板で焼く。

なんと、「E」のつく宇宙人の故郷の人々は、ただそれだけのために生きているというのだ。


焼いた肉は「E」のつく宇宙人の故郷の人々の食料になるというから、

この作業はチキュウでいうところの料理に当てはまるのだろう。

しかし、その作業のためだけに生きている彼らにとっての「料理」は

我々チキュウジンが考える「料理」と随分認識が異なるに違いない。


彼らの惑星のこの料理作業は、全てが流れ作業で、

「E」の故郷の人々は生まれながらにその作業の一部を担う能力を持って生まれるのだという。


肉を砕く作業、肉と「つなぎ」に使う食材を混ぜる作業、

肉をこねる作業、肉を団子状にする作業、

肉を鉄板で焼く作業、

これらの作業それぞれに適した人材が、生まれながらの特性でより分けられるということだ。


例えば、肉を砕く作業に適していると判断された新生児は、

その一生を肉を砕くためだけに過ごすことを義務づけられる。

その他の作業を担うことはありえない。


 そして今ボクの目の前にいる「E」のつく宇宙人、

彼にはこの中でも「肉をこねる」役目があるらしく、

肉をこねることに関しては他の追随を許さないが、

それ以外はなにをやってもからっきしなのだという。

彼はこのことで、いつも単純かつ複雑に思い悩んでいるというのだ。


 次に話をしてくれたもう一人の宇宙人、

彼の住んでいた惑星は、一言で言うならばナンニモない惑星だったらしい。

砂も石も、チリもホコリも、その惑星にいる生き物までもが

惑星の表面上にめったに姿を見せない。


黄土色でつるんとした惑星は、

チキュウ上にあるどの素材も当てはまらない奇妙なさわり心地の表皮に覆われている。


実は、この惑星自体が、砂であり、石であり、チリやホコリであり、あらゆる生物であるというのだ。


彼の惑星の人々には「全てをまとめる」能力があった。

異なる存在というものは彼らの性質上許せないものらしく、

惑星状に現れる異質な物質はことごとく惑星と一体化させていった。

結果生まれたのがゴミも生き物も気配を見せないこのノッペリとした惑星だ。

彼らは自らの身体も惑星と一体化させてしまったが、

それでも脳はきちんと生きていて、

たまに惑星の一部をもぎ取って作った粘土人形のような姿で

惑星を飛び出すこともあるという。


なるほど、確かに目の前にいる彼は黄土色の粘土をいじって作ったような

不安定な形をしている。


 そんな彼らが何故故郷を離れてこんな場所にいるのか、ボクは尋ねてみた。


どうしてもホシイものがあるのサ。


彼らは口を揃えてそう言った。

 それは彼らの惑星では必要のなかったもの。

しかし、彼らはその存在を知ってしまった。

知ると同時に彼らは無知ではいられなくなった。

ソレがホシくてホシくて、幾晩も胸を焦がした彼らは、

ついにはその故郷を飛び出して探索の旅に繰り出したのだ。


 彼らのどうしてもホシイもの、それは「顔」だった。


彼らには両手両足はあれど、顔がなかった。

彼らの人体において、顔というパーツは所在がわからないらしく、

彼らの頭部だと思われる位置は実にあいまいだった。

しゃべる時も、口の位置が確定していないものだから、

急に肘のあたりが真っ二つに裂けたかと思うと、そこから声を発したりするという

珍妙な姿になったりもした。


彼らはそんな自分の姿を恥ずかしく思い、

自分の顔になりそうなものを探して宇宙を旅しているのだという。


 ボクは心から彼らに同情した。

顔がないというのは不便だろう。笑ったり、泣いたりすることもできない。

顔のない人生というのは、喜びのない人生と一緒だ。

ボクはできる範囲で彼らに協力することを約束した。


 目を覚ましたボクは久しぶりに饒舌になってしまった。

夢の中で新しくできた友達の話を母に聞かせると、

母はニコニコしながら、先ほどまで読み聞かせてくれた本を開いて、

その中の挿絵を見せてくれた。


 一人の男と二人の宇宙人の姿がそこにはあった。

しかし、こちらの二人の宇宙人には顔がついているようだ。

タコのような吸盤のついた触角を二本躍らせた愛嬌のある黒目の宇宙人が二人、

この本には描かれていた。

ボクは彼らにこの絵に描かれているような、人懐っこい顔をプレゼントしたくなった。

 どうすれば彼らにプレゼントできるかを母と話し合っているうちに

その日の日暮れはボクたちの寝室を包んでいた。


 ボクと母が導き出した最善の方法は、

挿絵の付いたこの本を胸の上において眠り、もう一度彼らに会うことだった。

きっと上手くいく。ボクはそんな予感にワクワクしていた。

例の本を大事に抱いて横になると、ボクは窓の外の星空をじっと見つめた。

その後は、ただ目を瞑り、ゆっくりと眠りに落ちていく感触を、指先で撫でるように

何度も何度も追いかけていった。


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