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魔界の国の冒険

不思議なネックレスのおかげで、ワープしたルナライトとソリス。魔界を少しずつ学んでいく。

 僕とソリスは、一瞬で転送された。

転送は最上位魔法、長い月日をかけなければ発動することができないほどの難易度の高い魔法。それだけでなく、その魔法を使った主が、ただものではないことを意味していた。

 ガランはドラゴンと言っていた。ドラゴンはおとぎ話として伝わっている化け物だ。火を吐き、空を飛び、剣を通さない厚い鱗、鋭い爪、すべては人類を殺すために生まれ、人類を殺すために存在するという。

 その姿を見たものはいないという。見たものはすべて、命を落とすからだそうだ。その話がどうして伝わったのか。それは勇者のパーティがいたからだ。

 勇者たちの魔界遠征。その時に出会ったドラゴンとの戦いは三日三晩続いた。炎を受け、爪をかわし、分厚い鱗を短剣で貫いたという。単独の戦闘では絶対に負けていたかもしれないと母が言っていた。

 そのドラゴンに会うことができると思ったが。

「すまん。魔力が足りない」

 ネックレスからする音声がだんだんと薄れていく。

「最後の勇者の剣撃に、思ったよりも魔力を消費したようだ」

 かすれた声は、耳を近づけなければ聞こえない。

「そこから東へ迎え、そして、我が目を返してほしい。我が待つ魔王城まで、そこで……」

 そこで音声は途切れた。

 僕とソリスは魔界と呼ばれる場所にいた。台地は枯れ、緑は少なく、空気はまずい。いまだに生物が存在しない世界はあまりにも寂しかった。僕らだけしかいない世界に音はなく、太陽ですら気分が沈んでいるように見えた。

 ここが死の台地であることは、僕だけが知っている。ソリスが知っているかどうかは分からなかった。

 僕はあたりを歩いているだけで楽しかった。

 ソリスの表情は分からなかった。笑っているのか、泣いているのか分からなかった。その感情を推し量ることもできなかった。

 気まずい雰囲気の二人の間で、僕は何気ない会話をすることにした。

「ねぇ、ソリス、君は魔族なんでしょ」

 これは話題を間違えたようだ。さっきよりも気まずい空気に珍しく心臓が痛かった。

 ソリスは足を止めた。その時に初めて表情を見た。顔を見た。肌は青かった。もう人というには無理がある青肌だった。

 そしてフードを取る。そこには角があった。頭のてっぺんに二つ、小さな角だった。

 ソリスははにかんでいた。その意味を察するには十分だった。騙していたこと。彼女の気持ちを考えてみればその罪悪感があることは間違いがないのだろう。

「私は、魔族。あなたとは違う」

 その声は震えていた。申し訳ないと思っているのだろうか。

 だが、僕の意見は違っていた。そんなことはどうでもいいのだ。僕にとっては魔界へ行くこと、この世界を冒険すること、それだけだ。

「私とはここでお別れだね」

 彼女のそうひとこと言うと、後ろを振り返り、歩いていこうとする。寂しさがあるその笑顔が作り笑いであることは、だれでも分かるだろう。

 僕はどうすることが正解か、考えた。ここでガランが言っていた昔言っていたことを思い出した。「男なら言葉よりも行動で示せ」

 ふと思いつた。今はどんな言葉よりも行動が必要だった。歩いていく彼女の後ろから僕は彼女を抱き寄せた。そこに抱いたのは劣情ではなかったと思う。

 ただ溢れた気持ちを表すことができるのはこうやって抱きしめることだけだったと思う。行動力とかはないのかもしれないかもしれないけれど、僕は彼女と冒険したかった。

「一緒に行こう、どこまでも」

 僕はたった一言、彼女に言った。彼女がどんな気持ちだったのかは、抱きしめた腕が濡れていたから、それだけで十分推し量ることができた。

 

魔界ということはここにいる生き物は魔物といわれるモンスターだ。その中には食べることができるものもいるらしい。

ソリスは、フードを取り、笑って見せてくれる。彼女のそれは魔界では眩しかった。人の笑顔がここまで眩しく見えたのは彼女自身の魅力か、それとも死の谷があまりにも生気がないかだ。

「ねえ、ルナライト、これからどうするの?」

「そうだね、東へ向かうよ」

「このネックレスを返しに行くのね」

「うん、それからこの世界を見に行くのが楽しみで仕方がないよ」

「私もルナライトと冒険できてうれしいわ」

 ソリスは上機嫌だ。泣いた後にすっきりしたのか、彼女はどこか晴れやかだ。それも彼女の魅力であることは間違いないのだろう。

 ソリスの肌は青く、目は赤い。彼女の目は宝石のようだ。綺麗に輝いている。魔界にも昼があり、その光を彼女目が反射していた。

 そんななか、動物を見つけた。ネズミ捕りに引っかかった小さなネズミだ。この世界では動物を見ることさえ、珍しかった。だから僕たちはそのネズミを捕ろうと、罠に近づいた。

 ソリスはおなかが空いているのか、一目散にその罠に近づいた。

欲望のままに動けば、時によくないことが起こる。

罠に近づいたとき、ソリスの下にあった地面はなくなり、穴ができた。その穴にソリスは落ちていった。「あ」という暇もなく落ちたので、彼女は小さな悲鳴を上げることしかできなかった。僕はその穴に近づいて、ソリスの様子を伺った。

「ソリス、大丈夫?」

「えぇ、すぐに上がるわ、ちょっと待ってて」

 上がってくるソリスに手を貸そうと僕は前のめりになった。

「ルナライト、後ろ」

 その声に後ろを振り向こうとするものの、それよりも先に僕のお尻を蹴られた。そして僕は穴の中へ落ちてしまった。

「ゲシゲシゲシ、ざまぁないでちゅね、これだから人間は、親そちらのお嬢さんは魔族でちゅね、二人も捕まえることができるなんて今夜はごちそうでちゅね」

 ソリスと抱き合う形で、僕は穴の底へ落ちた。ソリスはまたも小さな悲鳴を上げたが体は大丈夫そうだった。それよりも顔から落ちた僕は動揺が抑えられなかった。

「兄さん、やりましたでちゅね、一匹一人、ごちそうでちゅ」

 僕は狼狽えながら穴の上を見ると、二人のネズミ型の魔物がいた。ネズミであることは間違いないが、その大きさは大型犬くらいの大きさはあった。兄さんと呼ばれたネズミは赤色の帽子を、そう呼んだネズミは青色帽子をかぶっていた。

 僕は短剣を抜いて、戦闘態勢に入る。彼らがこの穴に降りてくれば、短剣で、そうでないのならば魔法で、戦うつもりだった。短剣を振り回しても問題ないほどの広さはここにはあった。

「ソリスは僕の後ろに隠れてて」

 後方へ下がる様に言うと、ソリスは言うとおりにした。

「君たち、僕に危害を加えるなら、容赦しないぞ」

 そういって、これから何をされても大丈夫なように、あらゆる可能性を示唆する。戦闘において予測することで、ピンチを切り抜けることは数多くあった。

「それで兄さん、これからどうするでちゅか?」

「弟よ、それはお前が考える担当ではないでちゅか?」

「何を言っているでちゅか、兄さん。僕の担当は穴を掘ることでちゅ。実際に捕まえるのは兄さんの担当でちゅ」

「いや、俺の担当は料理をすることでちゅ、おいしく食べるために、調味料を買ってきたのでちゅ」

「それは兄さんが勝手にやったことでちゅ、僕には関係ないでちゅ」

 何やら言い合いをしていた。どうやら、穴に落としたのはいいものの、その先を考えていなかったらしい。言い合いは徐々にヒートアップし、ネズミ二人は取っ組み合いのけんかを始めてしまった。

「どうして兄さんはいつもそうなんでちゅか?面倒なことをすべて僕に押し付ける」

「弟よ、俺の言うことを聞いておけばすべてうまくいくどうしてそれが分からないのでちゅか」

 二人は喧嘩に夢中になってこっちのことをいつの間にか見なくなっていた。ああだこうだ言っている彼らを他所に、僕とソリスは穴から脱出した。ネズミが掘った穴なんてすぐに脱出できてしまう。広さはあるものの、そんなことで二人の人間をとどめておくには無理があった。ただネズミのサイズからすればなかなか大きな穴だと僕は思った。

 ソリスは二人が取っ組み合っていて僕らに気が付く様子がないから、こっそりかつ大胆に近づき、穴へ落とした。

 足場を失った二人は真っ逆さまに落ちていった。

「じゃあ行こうかソリス」

「そうだね、ルナライト」

 二人は罠にかかっていたネズミを捕るとそれを食料にするにはどうするかという話で盛り上がった。

 欲望のままに動けば、時によくないことがある。

 大事な言葉だ。大事にしよう。僕はそれを心に決めて魔界を進んでいこうと思った。

「助けてでちゅー」

「おいらたちが悪かったでちゅー」

 穴の中から聞こえる大声に僕たちは足を止めた。僕はどうしようかと悩み、ソリスの顔を見ると「ルナライトに任せる」とだけ言ってネズミをポケットに入れた。

僕は「じゃあ、助けようか」というとソリスは笑顔で頷いた。

 穴に手を出し、二人を助け出そうとすると、穴の中へ引っ張られそうになった。

魔物は狡猾だ。ただ彼らもこのくそみたいな世界を生き生きとして生活している。僕にはそれがうれしかった。

 だから僕は一人一発の拳骨で許すことにした。それでさっきの件はなかったことにしようと、二人のネズミの魔物に約束をした。

「ありがとでちゅ」

「ありがとでちゅ」

 そろって挨拶をする二人のネズミは殴られたところ痛そうにさすっている。

 僕は二人が僕に勝てないことを分からせたことで何とか、話を聞いてもらうことができそうだった。

「名前、名前は何ていうんですか?」

「兄のチュラでちゅ」

「弟のチュロでちゅ」

「僕はルナライト。こっちが」

「ソリスよ」

 ソリスと聞くと耳をぴくぴくとさせ、首を傾げた。

「ソリスということは、魔王様の娘様ですか?」

「え?」

「何を言っているの。そんなことあるわけないじゃない」

「そうでございまちゅか。それは失礼しました」

「いいのよ、私はソリス、普通の魔族の家系に生まれた、普通の女の子よ」

 僕には普通という言葉が強調しているように見えた。彼女の過去はまだ聞くことができない。いつか聞くことができればいいが、少し凹んだ表情は絶対に悟られたくはなかった。

「ルナライトさん、この後はどうされるのでちゅか。もし予定がなければ我が家へ来るのはどうでちゅか?」

「家、君たちの家があるのですか?」

「あるでちゅ、このあたりで唯一の水場でちゅ、いろんな生き物や魔物もそこに集まってくるのでちゅ」

「それはいいね、じゃあ今日はそこでお世話になるよ」

「かしこまりましたでちゅ」

 魔物の家に行くことができるなんて、やはり人助け、いや魔物助けも何かいいことがあるなとネズミを見ながら考えた。


「ルナライトさん、死の台地ってなぜ呼ばれているか知っていまちゅか?」

 チュラは、僕たちを先導しながら話し始めた。そういえば死の台地とは言われているが、命の危険を感じたことは今のところなかった。死の台地とは自分たちが命を落とすのではなく、台地が死んでいるからなのだろうか。灰色のさらりとした砂では植物が育つことは確かに難しそうだった。

母が言っていたのは、魔界は地獄といっても過言ではない。そこを進んでいくとき注意しなければならないことは二つ。一つ目は魔物はすべて殺さなければならない。共存が不可能と言われているからだ。彼らは強く、狡猾だという。共にいれば破滅を告げるという。そんな生物とどうやって生活するのか。常人では無理であるという。母は実際に、パーティーの装備をすべて奪われることもあったという。その時は国から遠い場所で戻るわけにもいかず、泣く泣く、装備を取り返しに行ったそうだ。そしてそのダンジョンは、状態異常攻撃を大量に用意されており、回復薬もつき、基本的には防具の特殊付与で状態異常攻撃を防いでいた母にとってあの日ほど回避に専念した日はないそうだ。二つ目は「魔界のすべてを敵だと思え」だ。勇者のパーティーの基本的な理念として常にその意識を持っていたそうだ。だまし討ちが常套手段の彼らにとって休んでいるときが一番のチャンスだという。見張りを任せても、その見張り役が裏切ることもあったり、仲良くなった魔物の食事には毒が入れられていたりするそうだ。美しい花には必ず毒があり、おいしい料理には必ず毒があり、きれいな水には必ず毒があるという。そんな世界のどこで休めばいいかなんていつでも分からなかったという。そんな世界を生き抜いていたから、毒を向こうにするスキルや防具を手離す機会は全くなかったという。

そんな世界だが、セーフゾーンと呼ばれる場所もあると母は言っていた。セーフゾーンでは生物やモンスターが絶対に襲ってこないのだという。なぜならそこで何か悪いこと、戦闘、盗み、犯罪などをすれば特別な力でその場所から消え去ってしまうのだそうだ。それは本能的に感じたことだそうで、頭の中に直接、呼吸を止めることができない、本能のような何かで、そこで悪いことをしてはいけないと分からされるのだそうだ。

そして僕たちが今向かっている場所もセーフゾーンだという。そこでは魔物の争いが起きない世界で、安全な世界を自由に満喫できるという。

僕としては、セーフゾーン自体にはあまり興味を持つことはできなかった。魔界のこと、この朽ちた大地や、危ない場所には興味がある。安全よりもスリルを、安息よりも災厄を僕は望んでいた。

そんな中、不安な顔をしているソリスを見て、何を不安に思っているのだろう。

「ソリス、大丈夫?」

「ルナライトは大丈夫なの?」

「どういう意味ですか?」

「ここの空気なかなか悪いわよ」

「どんなふうに?」

「なんていうか、その、敵意というか、誰かに見られている気がする」

「そんなことある?僕たちを見ているということは隠れているか、空か、地中か、こんな殺風景で、二キロくらいなら見渡せる木一本ない場所、空は高くまで曇っているし、地面は風で飛んでしまうほどのさらりとした砂。気のせいだよ。きっと」

「そうかな」

「お二人さん見えてきたでちゅ」

 今言ったのは青い帽子のチュロだ。ネズミの魔物と言えども個体差はあるとチュロは言っていた。チュロが言うにはチュロのほうが少し毛の色が薄く、兄のチュラの毛は黒みがかっているのだそうだ。このどんよりとした世界では、暗さの関係か区別をつけることは本当に難しく、彼らがやる「チュラ・チュロクイズ」の難易度は今まで解いたどのテストよりも難しかった。彼らが帽子を取り、岩陰に隠れて、どちらかが出てくる「チュラ・チュロクイズ」は見比べればぎりぎり分かるものの、個別に出てくれば全く正解することができなかった。

 チュロが指さした場所は空間の揺らぎがあった。空間の揺らぎはセーフゾーンである特徴の一つだ。揺らぎの中をのぞくと自分が酔っぱらってしまったように、向こうに見えている景色が左右に歪んでしまうのである。チュラとチュロは何も戸惑うことなく、その中へ入っていった。ソリスも周りをきょろきょろした後にそれに続く。僕もそれに続いて勢いよく中へ入っていった。

 空間が歪んでいるところん飛び込むとどうなるのか、その一つの知的好奇心が満たされるから僕は興奮していた。

 ここが境界線だという場所で、僕の視界はぐりんと周り、気が付けば一周したかと思うと、平衡に戻っていた。いきなり振り回されたようだった。

 そして目の前には町があった。外からは決して見ることのできない大きな町や植物、きれいな水、そのすべてが国にあるものと変わらず、まだそんなに時間が経っていないのにも関わらず、懐かしいという感情が思い出された。

 僕はそこで魔物が初めて笑っているのを見た。口角が上がっているのである。狼の魔物も、スライムも、骸骨ですらどこか笑っているように見えた。魔界の天国はこんな場所なのだろうとさえ思った。それほどのどかで平和でゆったりとした時間が流れてた。

「ここ、すごいね。みんな笑っている」

 ソリスも魔物が笑っていることには驚いているようだ。人型ではない魔物たちが、人間が判断できる形で笑顔を作るのは国では決して教えてはくれないことだ。

「チュラ、チュロ。おかえりなさい。こちらはお客さんだね、いらっしゃい。僕はエージャ。歓迎するよ」

 出迎えたのはエージャという蛇の魔物。人語を操るのは魔物だからだ。彼らは人間を惑わすために人語を操るのだという。チュラやチュロが平然と僕たちと会話できるのは、そういった経緯があるからだ。

「初めましてエージャさん。僕はソリス、こっちがソリス」

 ソリスはエージャと目を合わせて挨拶すると、僕にも挨拶をした。ソリスは緊張しながらも挨拶をした。蛇の魔物は尻尾をうまく使い、僕たちとハイタッチした。綺麗な赤色の体は光を反射して、宝石のようだった。この魔物も体の周りに黒い布を纏っている。蛇も服を着るんだと、僕はまじまじと見ていた。

「そんなにみられると恥ずかしいのだけど。こう見えても僕はメスなんだ。恥ずかしいよ」

 こういった感情で心を揺さぶってくるものだと聞くが、僕にはそれが本心に思えた。メスということはオスの蛇の魔物もいるのだろうか。是非とも見てみたい。

「あぁ、ごめんなさい、その服が、珍しいなと思って」

「これかい?これは魔物からとったものなんだ。知っているかい。僕たち魔物の中にも違いがあるということを」

「違い?」

「そうさ、僕たちみたいに話すことができる魔物と理性や知性がない魔物のことさ」

「そうでちゅ。僕たちをあんな獣どもと一緒にしないでほしいでちゅ」

今言ったのは青い帽子のチュロだ。チュロは腕を振り上げてアピールをする。エージャも下をちろちろと出してアピールをする。彼らなりのどや顔というやつだろうか。

「立ち話何だし、近くの食堂にでも行くかい?そこは町唯一の食堂で、なんせおいしいんだ」

「でも、お金がないんだけど」

「なあに、大丈夫さ。客人をもてなさないのは、ここのルール違反だからさ」

 そうやってエージャの後ろについて、僕たちはエージャの後ろを食堂までついていった。


食堂の中は、広かった。国にいたときと何ら変わらない綺麗にされた床、並べられた座席。魔物はまばらだが、接客している魔物は羊の魔物のようで、体が綿に包まれている。四匹ほどいるウェイターは、笑顔で愛想を振り前いている。

 それを知ってか知らずか、客の狼の魔物や、虎の魔物は獲物を見つめる目でにやにやとしている。

「人は何を食べるのかな?サラダ?肉?魚は少ないけれど、淡水の魚なら少しはあるよ」

 エージャは蛇の体を器用に椅子に乗せると、僕にメニュー表を渡した。僕も受け取ると同時に座った。人の文字で書かれたそのメニュー表には、びっしりと書かれている。どれもおいしそうなメニューだが、僕は蛇の丸焼きが気になった。一番上にある蛇の丸焼きと書かれた料理は国ではまず見かけなかった。そもそも蛇を食べる食習慣が国にはないのである。

「ルナライトはどれを見ているのかなー」

 エージャは長い体を起こして僕のメニュー表をのぞき込んだ。見ていた視線を感じたのに、なんだか申し訳ない気持ちになって僕はメニュー表を隠した。

「君、なんで隠すんだ?まさか、蛇を食べたいとかいうんじゃないよね?」

 その声は怒っているのか、喜んでいるのか分からなかった。こういう時にあまりにも察しがいいのは少し困る。僕はメニュー表を隠すのをやめて、机の上に置いた。

「蛇の丸焼きにしようと思ったのだけど、果物にするよ」

「いいじゃないか。蛇の丸焼き、頼みなよ。おいしいから」

「いや、なんだか悪いよ。エージャに申し訳なくなる」

「そうなのかい。僕のことを気にかけているなら、それはお門違いだ。僕たちは蛇も食べるよ。チュラもチュロもネズミの丸焼き、食べるよね?」

「そうでちゅね、あれはうまいでちゅね。魔界ではなかなか美味な部類でちゅ」

「そうなんだ」

「決まりましたか?」

 ちょうどタイミングよく、ウェイターの羊の魔物が僕たちに注文を聞きに来た。

「僕が鳥の丸焼き、こちらが蛇の丸焼き。チュラとチュロは?」

「俺たちは決まっている。いつもの野菜の燻製だ。ソリスはどうする?」

「私、果物の盛り合わせ」

「かしこまりました、しばらくお待ち下さい」

 羊の尻尾を振りながら、ウェイターの羊の魔物は去っていった。

 二人は機嫌を損ねたわけではなかった。どうやら彼らは自分の姿と同じものを食べるらしい。俄然僕は興味がわいた。

「エージャとチュラ、チュロは普段何を食べるの?」

「何って色々だよねぇ」

 そうやって答えたエージャとチュラ、チュロは同意を求めるようにお互いを見た。

「魔物はね、好きなものを食べるよ、僕は蛇も食べるし、チュラとチュロもネズミ食べるよね」

「でちゅね」

 魔物の価値観は思ったよりも、違うようだ。人間で言うところの共食いも彼らにとっては当たり前でそれを悪びれる様子もない。確かに枯渇した資源しかない魔界において、一つの食料も彼らにとっては大切なのだろう。

 しばらくして、いい匂いとともに、肉の焼けるにおいが自分たちのところにまで漂ってきた。

「お待たせしました。鳥の丸焼き、蛇の丸焼き、野菜の燻製、果物の盛り合わせです」

 プレートに盛られた料理たちは、国いた冒険者たちの食堂と何ら変わらない。彼らもほとんど人と変わらないのだ。

 蛇の丸焼きは、見た目のままのとぐろを巻いた状態で盛られた野菜とともに、僕の目の前に置かれた。出来立てのその料理はまだ湯気が立っている。

「料理は熱々がおいしいよね」

 そういってエージャは鳥の丸焼きにかぶりついた。ハフハフと食べるその姿は魔物でありながら本当に人間と変わらない。

 僕も蛇の丸焼きにかぶりついた。味は鶏肉、ササミに近い。味付けも香辛料の香りが鼻から抜ける。肉質はたんぱくなので、何回も噛む必要があった。正直、味は普通だった。まぁこの通りだろうという味だった。それでも魔界で食べるご飯がこんなにおいしいとは思ってもみなかった。また新たな発見だ。蛇は鳥に近い。味はたんぱくだが、これを毎日食べろと言われてもそんなに気にはならないと思った。

 魔物との食事はたのしかった。意思疎通に問題がなく、ユーモアもある。そんな彼らにどうして親の世代は敵意を向けたのか。なぜ侵攻したのか、ふと疑問に思った。

「君たちに見たいな魔物だらけなら、きっと争いは怒らないのに」

 僕は心からそう思った。あとから考えればこの質問はぎりぎりの質問だったのかもしれない。いわば戦勝国側が敗戦国に行って、争いは敗戦国への理解の不足だと言っているようなものだ。こんなに失礼なことはないが、いい意味だと思って言えば、言葉のブレーキを使うことは僕にはその時できなかった。

「確かにそうさ。昔の魔物は頭が固いのさ。僕たちは自由を謳歌したいのさ」

「そうでちゅ。俺たちは国に尽くさないのを決めたのでちゅ」

「僕もそうでちゅ。戦場で働くよりも、長生きしたいでちゅ」

 彼らが僕を襲わない理由が分かった気がする。彼らには襲う理由がないのだ。

「昔は魔王の力で今強制的に戦わされていたみたいだけどね、勇者たちに負けてから、その呪縛も解けたみたいだよ」

「魔王?!」

 その話に食いついたのは、リンゴを食べていたソリスだ。今まで何も話さなかったのに、魔王の話食いついたことに僕は驚いた。

「どうしたの?そんな顔して」

 僕にはその表情が怯えているようにも、何かに苦しんでいる用にも見えた。

「なんでもない」と答えてはいたが、そのセリフを吐くには少し無理があった。額には汗が、膝は震え、それを抑えるために手で強く握りしめている。

「どうしたの?」と声をかけようとしたが、その声は店内の騒ぎにかき消された。虎の魔物が羊のウェイトレスに押し倒した。よだれが滴り、牙をむき出しにしたその口は食べるための予備動作にしか見えなかった。悪意あるその姿を見て、羊の腰は抜け、立って逃げることができないように見えた。

「足りない、こんな料理では足りない。肉が、新鮮な肉が欲しい。血が欲しい」

 血走った虎の目に移るのは。涙を流した羊の顔だった。僕は羊を助けなくてはいけない、と思い、動こうとしたがあまりにも周りが見て見ぬふりをしているので、慌てふためいていると、エージャは一言「やっちまったねぇ」とあきれていた。

 魔法の気配があたりを包む。嫌な気配だった。魔法にもその魔法を込めた感情が伝わるときがある。この魔法には悪意がある。絶望がある。この魔法をかけた人物は何人そこまで絶ぼしたのだろうか。

 下から飛び出るたくさんの手に、虎は身動きが取れなくなった。虎の魔物を包み、闇のように暗い感情は暴れる虎をひれ伏したのである。気が付けば、虎は地面に引きずり込まれていく。虎は何かを弁明を叫んでいたが、しまいには、口を押えられ、うめき声しか聞こえなくなり虎は地面のそこへ消えていった。

 気が付けばあたりには先ほどの賑わいが戻り、何事もなかったように食事を楽しんでいた。

「あれがセーフゾーンの審判さ、あぁやって悪さをすれば、連れ込まれるのさ。連れ込まれれば生きては帰ってくることはできないらしいから、絶対にここでは悪さするんじゃないよ。友人が連れ去られたら悲しいからね」

 エージャは本当に優しい魔物だった。友人と言ってくれる彼女に、嫌なところは一つもなかった。

「ゆ、友人?」

 ソリスが困惑した顔で、聞いた。

「食事を共にした仲間は友人さ、旅をしているならなおさらさ、僕たちはもうすでに友達で、出会った良縁に感謝しなくちゃ」

 ソリスは嬉しそうだった。抑えられない笑顔が照れていることを裏付けている。

「そっか、私たち友人なんだね、ルナライト」

「そうだね」

 彼女の顔が青みがかったピンクになったのはきっと場の雰囲気に当てられてだろう。きっとそうだ。僕だけがきっと何かに違和感を得たのだろう。それが何か僕は分からなかった。


 食事を終え、リラックスした気持ちで、水を一気に飲み干した。飲み終えたとき、食事を終えたことを感じて、あくびが出た。

「そろそろ出るかい。お勘定は僕がするから、君たちは先に出ていなよ。それから今日は僕の家に泊まっていきな」

 エージャにお礼を言うと、僕たちは店を出た。夜になったセーフティゾーンは、明かりが灯っている。魔界とは思えないほど、にぎやかな町はまるで一つ国のようだ。

出てきたエージャを見て、ふと疑問に思ったことがあった。

お金はどうしたか。貨幣があるのかどうかだ。共通通貨があるのならば、それを手に入れることは今後の課題になると思ったからだ。

「お金なんてないよ」

 そういうと尻尾を左右に振った。

「僕たちは物々交換。それぞれの持ち物を交換しながら生活しているんだ。例えば僕は抜け殻交換したりするよ。いい薬になるんだそうだ」

「それがどのくらいの価値になるの?」

「食事一か月分くらいかな。大体僕は一か月くらいで脱皮するから、食事には困らないのさ」

「そうなんだ」

 今度はソリスがあくびをした。慣れない旅と魔界の雰囲気に浸かれたのだろう。この魔界の平和な雰囲気に油断してしまうのも仕方がない。

「そろそろ僕の家に行こうか。ここからすぐだ。すぐに行こう」

 体をくねらせて、僕たちの前へ行く。

「僕たちは家へ帰るでちゅ。今日はありがとうでちゅ。エージャ」

 青い帽子のチュロが声を言った。

「俺たちの家はセーフティーゾーンの外に家があるでちゅ。ここでお別れでちゅ。失礼するでちゅ」

 二人はそこで別れた。

 僕とソリスはエージャについていった。

ほんのすぐにあったエージャの家は、木造の平屋だった。この死の台地と言われているのに、木があることは疑問だったが、もうそれを考える気力はなかった。

「奥に客室がある。好きに使えばいい。僕は自分の部屋にいるから失礼するよ」

 エージャは器用にドアを開けると、部屋に入っていった。

用意された客室は、普段使われていないようだが、きれいにされていたので、エージャの几帳面さがうかがえる。尻尾を器用に使って掃除をしているのだろうか。その姿を想像するとなんだか彼女がかわいらしく思えた。

「もうだめ、私、寝るわ」

 そういって、ソリスは寝る場所であろう藁のベッドに寝転んだ。人間には大きなそのサイズはきっとエージャのサイズだろう。

 僕も荷物を下ろして、楽な格好をした。

 ソリスはもう眠ってしまったようで、寝息が聞こえる。その幸せな顔を見ると、なんだかうれしかった

「ありがとう」

 小さく僕はつぶやいた。彼女が疲れて眠っているのを起こさないようにささやくように言った。

「私、知っているの、死の台地は死んでいない。死の台地が生きていくことができるように、ここに残った心優しい魔物が生きていくことができるように、生命力を一か所に集めたの。それがここ。知っているのは私が……」

「ソリス?」

 寝息が続く。じっと見てもこっちを気にする様子はなかった。

 長い寝言だ。

 彼女の新たな一面を知った。そんな一日だった。魔界の一面も知った。魔物の一面も。僕はうれしかった。ただうれしかった。明日も冒険しよう。この世界を。そうして目を閉じた。すぐに眠ることはできた。意識はもうすぐ消えそうな時も、幸福だった。

「おやすみなさい」

 僕は、ただそれだけをつぶやいた。


「どうして軍隊を貸してくれないのよ、王様」

「いや、無理に決まっとるじゃろ。勇者ルインよ。そんなすぐに決断は出せんわい」

「そこを何とかするのがあなたでしょ。私の息子ために何とかしなさい」

「いくら其方との仲でも、さすがに無理じゃよ、もう少し時間をくれ」

 玉座の間に来たルインとは違い、王様は冷静だった。ルインと王様しかいない玉座の間には声がよく響く。王様はまだ若く、勇者のほうが国民からも支持される。権力よりも実績を、国民は指示しているのである

しかし、いくら英雄とはいえ、その息子を魔界から連れ戻すために軍隊を貸すのはあまりにも無謀な要望だ。 

「そんなに軍隊を渋るなら、暴れるわよ」

 王様は焦りの表情を隠せない。

「勇者ルインよ。一か月、一か月くれないか。その間に私がなんとかしよう」

「ふーん」

 その剣幕に王様もたじたじだった。一言だけでそれが否定であると、納得していないことを伝えるには十分だった。王様は「それはその」と何とかこの場を切り抜けようとするが、それを許さないほどルインは迫っていた。

 そこで、ドアが開く。

「そうだね。勇者ルイン、王様の前でその行動はあまりにも無礼ではありませんか?」

 ドアを開けて入って来たのはサヴァンだった。サヴァンは王様の前に膝をつけ、敬意を示す。ルインもサヴァンがいるのでは、無礼な態度をとることはできない。サヴァンの横に膝をつける。王様の前ではこれが本来あるべき姿勢だ。

「王様、私の大切な使用人が魔界へ連れ去られました。軍隊を出向してはくれませんか?」

「おぬしもか。先ほどルインが軍隊を要請しての。サヴァンよ。其方の協力があれば一か月で軍隊の申請も通るのであろう。それでよいか、ルインよ」

 何とかなったことで王様も一安心というように息を吐いた。

「駄目よ、一週間、一週間で準備してください」

「さっきとは言っていることが違うではないか」

「そうだね、ならば私が何とかしましょう」

「そうか、サヴァンよ。軍隊の件は其方に任せよう」

「かしこまりました」

 王様の気持ちの持ちようは、上り下りしていた。こういう時、ルインがだれの意見も聞かないことは、彼女を知っているならば有名だった。それを察したサヴァンのファインプレーであると王様は思った。

「それでは今日は失礼します」

 ルインはドアから去って行った。閃光の勇者として去っていったので、その表情を見ることはできなかった。ルインは残した二人が何を話したのかを知らない。聞く必要もないと断定した。

 ルインが王城を出ようとしたとき、ガランに声をかけられた。閃光のスピードで王城を出ようとしたのに、一緒にいたサナハにも気づかれていたのは、彼女が英雄であるための最低条件である。

「おう、ルイン。話はついたか」

「えぇ、一週間後出発よ」

「一週間か、長いな」

「あたしたちも出るの?」

「もちろんよ、ルー君を取り戻さなくちゃ」

「あいつは呼ぶの?」

「いやよ、私、あいつ嫌いだもの」

「あたしも苦手、なら今回は三人ね」

「この三人なら魔王以外なら何とかなるわね」

「そうだなぁ、久々にあいつと戦いたいな、あいつ以外、戦いごたえがねぇ」

「そうねぇ、ほかに面白かったのは、ガランとあたしがセーフティゾーンに引きずり込まれた時よね」

「あれなぁ、あの中飢えた魔物の巣なんだよな、おびただしい数の魔物が連携を取って襲ってくるやつだな。でも後一週間は戦い続けることはできたな」

「しかも、無限沸きなんだよね。三日ぐらいしたら、巣から吐き出されて無事だったけど、あれぐらいのスリルがないと面白くはないわよねぇ」

「今日は帰るわ、武器の新調と鎧の整備もあるし」

「ねぇ、ルイン、明日一緒に買い物行かない?私も装備整えたいし」

「えぇ、もちろんよ。ガランはどうするの?」

「遠征の日まで仕事さ」

「それは残念ね、早くあなたも結婚したら?ガラン。仕事ばっかりしてる戦闘狂とか誰がもらってくれるのかしらね」

「それはお前もだろう、サナハ、お前も同じ戦闘狂だろうが。そうだな。今回の遠征が上手く行ったら、結婚も考えてみてもいいかもな」

「ガラン、それ、一部の兵士の間で死ぬ前に言う言葉って言われている奴よ」

「はっはっは。それで死ねるなら殺してほしいもんだな」

「全くね。それで死ぬなら勇者のパーティーなんて組んでいないわよね」

 楽しそうな二人を他所に、母は一人不安だった。今まで一人にしなかったこと。少しの間でもそばに息子がいないこと、そして、

「ルー君は私が守らないと」

 母は、一人、その使命に燃えていた。



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