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魔界へ行く日

ルナライトが魔界へ行くには、母の目を買いkぐることが必要です。ルナライトに必要なこととは?

 僕の家は二階建てだ。家は広く、言わば屋敷である。使用人も多く、人の出入りも多い。それも閃光の勇者の家となれば納得することができた。

 大きな家には当然様々な目がある。家事をするもの、警備をするもの、そして一番は母の目線だった。息子の一挙手一投足、赤子を見守るように目を光らせていた。

 視線をかいくぐるためにまずは習慣を作った。剣の練習だ。毎日夕食後、雨の日も風の日も、家の前で剣をふるった。

毎日剣の素振りをすることに母は肯定的だった。むしろ推奨した。母は息子よりもはるかに強い。剣の相手をすることもしばしばあった。同世代では相手がいないほど強いルナライトの剣が、閃光の勇者の身をかすめることすらできなかった。

剣の練習の時、僕は魔法を使った。火の魔法、雷の魔法、幻術の魔法だ。火の魔法は手から魔法の火の玉を出す。火の初級魔法だ。雷の魔法も雷を打ち出す。これも初級の魔法だ。そして、幻術魔法。これは自分の幻術を作り出す。幻術魔法の中で上級の魔法で、これは親の前で使ったことのない魔法だった。僕のとっておきの隠し玉だ。

最初の一か月は毎日、毎日、剣の練習をした。同じ場所で同じように剣を縦や横に振り続けたのである。そんな様子を伺っている母に僕は気が付いていた。

次の月は魔法の練習をした。実態を持った幻術を使い続け、親にもばれないようになっていた。幻術魔法は周りを欺くのに適していたのである。その間、僕は剣と、当分の食料を準備した。魔界でも生きていくことができるように、かろうじて生きることができるようにした。

次の月は二つの魔法を同時に行う方法だった。幻術と基礎魔法。これらを組み合わせて、さも本人が行っているように見せた。これは比較的難しいが必要だった。最初は、火の魔法と雷の魔法の同時打ち。そして、それができるようになると幻術と火の魔法を同時展開する練習をした。ばれないように、かつ大胆に練習した。

時々、母が見学に来た。その時に幻術を見破ることができるか試した。実態を持つ幻術。剣を振り、母と話し、そして抱擁する。それはいつもの挨拶だった。

それを僕は遠くから見ていた。こちらに気が付く素振りも見せず、母は帰っていった。

幻術魔法はうまくいっているようだった。魔法の気配はあたりにあるがそれが幻術魔法と分かっているのは自分だけのようだった。とても順調だった。

最後の一か月、幻術は分身になるまでになった。実態を持ち、生活をし、自分の代わりに剣術の練習をした。それを一か月、眠るとき以外ずっと展開した。

それが難しいことは百も承知だった。がそれができるのも勇者の血というものだろうか。一般に魔法は瞬間的なものだ。一瞬、効果が表れる。火の玉が手から飛び出て着弾するまで、雷が相手に当たりダメージを与えるまで、幻術は自分が設定した目的の間だけ、といったようにその目的に一瞬で効果が表れるものである。

一か月、魔法を使い続けた結果、魔法を使い続けると、心が死ぬといわれているが、僕にその影響が出ることはなかった。ただ時折、ぼーっとすることがあったが、それを魔界へ行きたいという強い意志で乗り切った。

分身を出すことが苦ではなくなったころ、一つの実験をした。分身に傷をつける実験。分身が解除されるのか、それとも自分に還元されるのか。

「いいか?」

 そういうと僕の分身は頷いた。僕の分身の腕を軽く傷をつける。血が出て、それが地面に滴る。僕には痛みはないが分身の顔は痛そうに、少し顔をゆがめた。

「大丈夫そうだ」

 僕の分身は、笑顔で答えた。

「死ぬのは怖い?」と尋ねると「わかっているくせに」とやれやれといった表情を見せた。

 そうだ。僕は愚問であることは分かっていた。



僕は閃光の勇者の息子として有名だった。街中で僕が現れれば、たちまち人だかりができる。それを引き連れて向かった先は崖だった。その日はいつもの通り、腰に短刀、裕福すぎず、貧相過ぎない恰好で町を歩いた。

皆は「どうしてここへ」と首を傾げ、怪しげに僕を見ていた。皆は僕のことを本当好きでいてくれているのだろう。中には僕を暗殺しようとしているものがいるのかもしれない。僕を拉致して、身代金を要求する人物がいるかもしれない。それでも、僕は何だかうれしくなって、彼ら一人一人に話しかけていた。

「マリ、君はいつも僕に話しかけてくれた。僕が困っているときは必ず助けてくれた。魔法は少し苦手だけど君は将来有名な魔法使いになれるよ

「ユウ、君は武闘家を目指していたね。君のパンチは魔物から助けてもらったことがあったね。君は仲間が危険なときにすぐ助けることができる武闘家になれるよ」

「スタイン。君のヒールはいつも体の傷だけじゃなく、隊長まで整えてくれる素晴らしいものだ。これからも町のみんなや、前線に立っている人たちを見守っていてほしい」

 一人一人に思い出を語った。この人とはこんな思い出があったなんてそれを二人で確認し、笑顔で笑い合う。顔を見たことのない人物にまで、僕は挨拶をした。

最初の五人くらいは和やかな雰囲気があった。次第に不穏な気配が全員に感じたときには僕の決意は固まっていた。「急にどうした」や「今日は優しいね」なんて優しい言葉をかけてはくれるが僕にとってはお別れだ。寂しい気持ちや弱い気持ちが漏れたのだろうか。皆、僕を励ましたり、優しい言葉をかけてくれた。励ましの言葉をかけてくれたものもいた。

僕はそんな言葉を聞き、裏切って申し訳ないなと思った。表情は抑えることができなかった。

「みんなありがとう。もう大丈夫だから。僕がいなくてもみんなはこれからやりたいことのために生きてね」

「今日は本当にどうしたんだ」と言わんばかりの顔を皆は向ける。僕はここにいてはいけない気がした。皆が手を握り、それを振りほどくことが辛くなったからだ。

「ありがとう。そしてさようなら。僕なら大丈夫。またいつか会えるよ」

 そうして僕は崖のほうに目を向け、全速力で走り出した。この助走が必要かどうかは分からないが僕が決心をつけるのには十分だった。周りは驚きとともに追いかけてくるものもいたがそれを振り切ることは容易だった。

「とまれ!!!」

 誰かが言ったのかは分からない。しかしそんな言葉に耳を貸さなかった。誰も僕を止めることはできなかった。掴みかけた手はすり抜け、足は次に踏むための地面を失い、走った慣性のまま、勢いそのままに僕は崖の下へ走っていった。

 崖の底は川が流れていた。空中では10秒ほどがあった。

最初の二秒は、順調だった。たった二秒の間に干渉してくる人物のほうが少ないからだ。たった普段なら一瞬に感じる時間が、落ちている間は何時間にも感じた。世界がゆっくり流れる感覚が自分を襲った。最後に僕を見ていた人の顔や、下で流れている川に流れる木ノ葉までしっかりと見えていた。しかし走馬灯はまだ見えなかった。僕には走馬灯を見ている暇はないからである。その理由は落ち始めてから、三秒ほどで、はっきりと視認した。

母である。光の速度で、わが子を守るために飛び込んできた。自分よりも遅く飛び降りたはずなのは間違いないのだが。もう自分を抱え込む形で、下の衝撃を抑えようと魔法を展開している。

「ルー君、この前はごめんなさい。ママ。言い過ぎたわ。でもママは魔界へ行くことは絶対に許さないからね」

「あぁ、来ると思っていたよ、母さん。今日は話したいことがあるんだ、僕は魔界へ行く。だから止めないでくれ。これは最初で最後のわがままだ」

「何言っているの、ルー君は今からお家に帰って、晩御飯食べて、ママとお風呂に入るんでしょ。いつものように一緒に寝て、お休みのキスをするの。そんな幸せなことあるかしら。それともこの高さから落ちていることを心配しているのかしら。大丈夫よ。勇者の血筋はそう簡単に死なないわ。これは神々が与えた祝福よ。あなたは私だけじゃなく、世界に愛されているの。大好きよ。ルー君」

「母さん、実は一緒にお風呂に入ることも、寝る前のキスをすることもそんなに好きではなかったんだ。さすがに20にもなって親とお風呂に入っている同級生はいないんだ。だから僕は世界を冒険する。僕が知らない世界を見に行くんだ!!」

 僕は腰に入っていた短刀を抜き、胸に短刀を押し当てた。刀が胸部の骨を貫き、心臓を貫いたことは、猛烈な熱と痛みで体中に伝わった。閃光の勇者の顔に自分の血がかかるところは見えていた。さすがに閃光の勇者も空中でいきなり、息子が心臓に短刀を突き立てれば、動揺を隠せないのだろう。閃光の勇者の顔を最後に僕は意識を保てなくなった。そして二人は川の中へ落ちていった。


 ルインは胸に心臓が刺さった息子を抱きかえ、崖を上った。崖にはたくさんの民衆が集まっている。それも当然だった。閃光の勇者の息子が突然崖から飛び降りたのだ。その後を追うように閃光の勇者が飛び降りたのだ。見物に来ない人のほうが珍しかった。

「ルナライトさん」と声をかけたのは近所にいた小さな子供だ。それだけではない。あたりにいた同級生、先輩、後輩、老人や、若奥様など様々な人がルーライトの変わり果てた姿を見て、驚き、悲しみ、涙を流した。

 悲しみの空気があたりに漂っているとき、一人の老人が声を発する。

「おかしくねぇか。ルナライトは飛び込んだだけなのに、どうして胸に短刀が刺さっているんだ」

「確かにそうだ」

「どうしてなんだ」」

「閃光の勇者様、これはどういうことですか?」

 それを皮切りに、そこにいた人たちの野次に火が付く。そこには町でルナライトを見かけると追いかけてくるような熱狂的なファンしかいない。閃光の勇者よりもそのご子息であるルナライトのファンのほうが多いのである。ルナライトに短刀が刺さった姿を見て、冷静でいられる人物はいない。

 だんだんと野次が大きくなる。それが国の英雄であってもお構いなしに、罵倒と疑惑を閃光の勇者に向けていたのである。

 その間、閃光の勇者は何も言わなかった。まるで何も聞こえていないかのようにルナライトを見ていた。それにないを思っていたのかは誰にも分からない。だが周りの人間が見たその顔は、うれしさと怒りが混じったような、鬼にも天女にも見えたそうだ。


「ルインよ、これはどういうことだ。これお前の息子じゃないだろ」

 騒ぎをかぎつけたガランがルインの元へ訪れた。彼は勇者のパーティーの一人、武闘家とタンクを兼ね備えた超人だった。閃光の勇者のようなスピードはないがバズーカのような右ストーレート、左から出るジャブはマシンガン、パンチ一つ一つが重火器の威力をたたき出す。その姿から砲撃の武闘家と呼ばれた。そんな彼は今、平和な国の国家警備隊のトップである。ルインが息子を殺したという情報が入り急遽、非番の日に呼び出されたのである。

「えぇ、もちろんよ。こんなことであの子が死ぬようなことはないもの」

「ならこれはどういうことだ」

「ガラン、私はうれしいの、あの子反抗期よ。親としてこんなに素晴らしいことはないわ」

「質問の意図を汲み取ってくれていないな。どうして死体の偽装工作なんてしているんだ」

「魔界へ行きたいそうよ」

「何、魔界だと?!どうしてあんなくそみたいな世界に?」

「それは後で説明するわ。私はあの子のママですもの」

「そうか、なら俺はこれからこの現場の検証と現場の鎮静化があるからな、ルインは一応重要参考人だから今日は帰れんぞ、いいな」

「ええ、もちろんよ。これが終わったら、鬼ごっこよ。何年ぶりかしら息子と鬼ごっこなんて。あぁ楽しみだわ」

「閃光の勇者と鬼ごっこだなんて、お前の息子、根性あるな」

「えぇ、私の息子ですもの。当然だわ」

 

 崖の事件は瞬く間に国中に広がった。大きな事件だがそれと同時に、閃光の勇者の息子は死んでいないという情報も流れていた。これほどの速度で情報が流れているのはきっと国家警備隊の力であることは間違いがなかった。

 僕はその事件があった場所の反対にいた。路地の裏。人と出会っても姿が分からないようにローブをかぶり、顔を隠す。死んだのは分身であることは、国一の勇者のパーティーならすぐに気が付くだろう。それも想定済みだった。

 今回の作戦は、問題なく進んでいる。ここで僕は事件があった場所から反対に逃げ、町を脱出する。閃光の勇者との鬼ごっこだ。まともに挑めば確実に、即刻捕まるだろう。

 だから世間の目を使った。一般の町人では高度な魔法は見抜けない。目の前に自分の息子の死体を持った母親が現れれば、状況証拠的に疑惑がかかるのは明白だった。その弁明、および潔白を証明するために時間を取られるのは間違いない。そうして、国の有名人である母を捕まえたのである。いくら国の英雄でも世間にそのような目で見られれば信用を失ってしまうのは分かり切っていることだった。だから確実に警備隊の聴取に母は乗るだろう。

 門を抜け、偽造の身分証を使い、国を出た。偽造の身分証は友達の物だが自分の身分証に幻術を使えば簡単に突破できる。ざるに思えるこの通行証も、実は身分証を持っているかどうかが重要であるため、安全には何ら問題がないのである。

 国を抜け、草原を抜け、森に入る。国から一番近い森は、手入れはされているが、夜に入れば何が出てくるかは分からない。広く、鬱蒼としたその森は身を隠すのに十分だった。

 目標はこの先、森を抜け、山を抜け、そして魔界へ入る。時間にして、1日と12時間だ。それまでに母に見つからなければこのゲームは僕の勝ちになる。

 しかしそれまで母やそれ以外の人物につかまってしまえばお終いであるため、森の中とはいえ、警戒は解いていなかった。

 森は走るには、少し難儀な場所だが困るほどではない。足は動くし、体も調子はいい。荷物は少し重いが、邪魔にならない程度に持っていた。唯一、母にもらった短刀を置いてきてしまったのは残念だったが、それも仕方がない。あれはいわば決別だ。親と別れ、これから自分の道を歩んでいくという意思の表れだ。どれだけの気持ちか、大切にしていた母からのプレゼントで、その気持ちを汲み取って少しでも僕を追いかける力を抜いてくれればと、淡い期待を持っていた。

 今ある武器は、剣一本だ。僕がいつも使っているこの剣はどこか不思議な力を感じていた。折れないからである。そして僕がピンチの時には助けてくれる。自分で選び、自分で手入れをしているこの剣への愛着では表せない大切な感情が、この旅のお供としてふさわしいと思っていた。

 そのほかに当分の食料、水を入れる水筒、簡易的な剣の手入れの道具など、長旅に必要なものは選定してきた。これで困ることはそうない。だが問題がないわけではないから、新たに食料は得る必要は今後必要だ。

 そうやって森の中を進んでいた。

 夜の森の道では様々な物に気が付く、月はきれいだし、星は美しい。自然の中では人が一番不自然で、良くも悪くも目立ってしまう。まして誰もいない森に一人の女の子がいれば、いやがおうでも目に入ってしまう。

 月明かりに照らされて、夜の雰囲気を醸し出したその女の子はこちらに気が付くと、逃げるかのように走り出した。自分と同じくローブをかぶったその少女は焦った様子で駆けていくのである。

 僕はその一瞬で当初目的だった、魔界へ行くというよりも、その興味が上回ったからだ。その魅力は追われていること、母から逃げていることを指し引いても、なぜその方向に意識が向いているのかを確かめたかった。

そうして、森の道を全速力で少女が成人の男性とかけっこをして、は結果はすぐに帰結する。落ち着いて追いつくと、ゆっくりと肩を掴む。肩は華奢で、しばらく何も食べていないのか、肌の感触が乾燥しているのが分かった。

「どうしてここへいるんだい?」

 質問をすると、その女の子はこちらを向く。顔色はよくない。青ざめていて、むしろ白に近かった。

 肩を触ると、震えていることが分かった。怖がらせてしまっているのかもしれないと手を放す。

「大丈夫。何もしないから」

 すると女の子は隙を見て、また走り始めた。

「ちょっと待って」

「そうやって言ってきた人はみんな敵だったのよ」

 叫びながら走る女の子は、体が弱っているのかすぐに息切れし、僕はすぐに追いついた。

 言葉が通じるならば話が通じるかもしれない。何もしないという意思表示として両手を広げ、ゆっくりと近づいてみた。

 僕にとってはそれが一番の方法ではないかと思ったが、よくよく考えれば夜中に、一人の男が両手を広げ、ゆっくりと近づいてくる。その状況が恐ろしい以外の何物でもないことはその女の子の表情が物語っていた。

「ごめんなさい、そういうつもりじゃなかったんだ」

 僕はできる限りの気持ちの表れとして、僕にとって適切な距離を保ちつつ、左膝をついた。左手を胸に当て、右手を右ひざの上へ置き、頭を軽く下げる。これは相手が自分よりも身分が上の人物に最上位の経緯としてあいさつするときの姿勢だ。そして僕は釈明した。

「こんな夜遅くに森に一人でいては危険です。どうしてここにいるのか。教えてはいただけませんか」

 彼女はまだ怯えているのか、まだ返事はない。この姿勢をしているときは、相手の足元しか見えない。ただそこにいるということしか分からなかった。

「僕はいま訳あって追われているのだけど、できれば君を安全なところまでついていくことはできませんか?」

 少し無理がある言い分だが、それは事実だ。丸腰の女の子を森へ置いていくわけにはいかなかった。

「どうして追われているの?」

 それにドキッとする。理由は魔界へ行くために、少し国に厄介を残してきたのだが、それを説明して大丈夫かと心配になった。

「実は魔界へ行きたいのです」

 正直に話をした。ここで嘘を言ってもしょうがない気がした。たとえもし、この女の子のすべてがブラフで、僕を捕まえるための罠だとしても、対処的に乗り切ることができる気がした。

「顔を上げて」

 この女の子は、上級国民の礼儀の作法を知っている。そしてこの後は。

「立って、私に敬意を示して」

 ここで武器を置く。流れはまず、片膝をつき挨拶をする。このとき、相手がその挨拶を知っていれば、顔を上げ、武器を置く。そうすることで敵意が、お互いにないことを示す。この過程を得て、ようやく対等の立場として話すという、誓いの儀式のようなものである。しかし、これは少なくともスラムの人たちには必要のない作法だ。この作法を知っているということは少なくとも、一般家庭以上の家の出身であることは間違いがなかった。

「どうして魔界へ行きたいの?」

 その女の子の目はこっちを真っすぐ見つめている。その曇りのない疑問の僕は、それが、夢であること、目標であること、探検し、世界を見たいことを熱心に伝えた。身振り手振りで伝えるとその女の子は笑っているようにも見えた。

「私はソリス、私も訳あって理由は言えないけれど、魔界へ向かっているの。けど一人では心細かったから。一緒について行ってもいいかな」

「もちろんだ。ソリス、初めまして、僕はルナライトです」

 そんな自己紹介を遮ったのは、おなかが鳴る音だった

「パン食べる?」

首をブンブンと振る、そんな彼女がかわいく見えた。

お互いに敵意がないことを確認した僕たちは、どこか安心したのか、それを聞いて笑い合った。

 僕は持っていた乾燥したパンを水でほぐして渡した。それを受け取ると彼女は嬉しそうに食べ始めた。よほどおなかが空いていたのか、一気に食べきると、さっきまでよりも穏やかな空気の中、緊張感がなくなった。

 二人で笑いあった。逃亡中のひと時の安らぎだった。

「ありがとう、しばらく食べていなかったの」

「大丈夫ですよ」

「私、魔界へ行かなくちゃいけないの。誰にも見つからないように。けど、私も追われている。だから私とルナライトは一緒だね」

「そうなんだ」と相槌を打つと、二人の共通点があることで、より深い会話をした。

「僕は、魔界を見て回りたい。死の谷、毒の沼、針の山、魔物の巣、いろいろあるけれど僕はそのすべてを見て回りたいんだ」

「死の谷は、楽しいところよ。いつもどんよりとした雰囲気が漂うのだけど、時々嵐が来るの。雨が降って、朽ちた骨たちが砕け、舞い、きらきらと輝く瞬間があるの、その景色は一度見てもらいたいわ。毒の沼は実は毒ではないの。毒といえばどろどろとしたイメージがあるかもしれないけれど、そうではなくって水のようにさらさらとしているの。すべてを溶かす水がある場所だから毒の沼なんて言われているけれど、見た目はすごくきれいな湖なの。それで針の山はね、本当は生物の背中という説があるわ。時々針たちが動くの。それも一定間隔で。だから、それは生物の呼吸でどの針の山は自体が生物だという説があるの」

 と、楽しそうに話す彼女に「どうして知っているのか」と聞くと、前にいた屋敷で聞いたといった。

 苦笑いした彼女はローブのフードを深くかぶって顔を隠した。

 僕はその気まずくなった雰囲気を変えるために、違う質問をした。

「疲れていないかい?よかったら焚火を起こすから少し休まない?」

 頷くと、小さな木を集めた。そして火をつけ、手を近づけた。ここは木が周りにあり、外からは、森の道から離れたところにいる。突然不審な人物が現れることもないだろうと、安心していた。

 二人は和気あいあいと話をした。僕は今までどうしていたかとか、親に少し迷惑をしているだとか、今持っているものだとか、これからどうするのかを話した。

 彼女は楽しそうにそれを聞いていた。今まで話したことのない、話せなかった夢の話を共有できたことは素直に嬉しかった。ニコニコと聞いていた彼女に、「退屈ではないですか」と尋ねても、「魔界のことを好意的に思っている人は珍しい」と、はにかんで見せた。

 彼女は親の話をしているときは、少し寂しそうだった。親の話をするときに暗い表情を見せるのはきっと、何か特別な事情があるのかもしれないと、僕は深く聞けなかった。ただ彼女は、僕の母には興味津々で、今までのことを詳しく話した。

 例えば、夜眠るとき横には必ず母親が歌ってくれること。僕が眠ると、母は僕を抱きしめながら眠る。それに困惑したことも嫌悪感を抱いたことも、一度もなかったこと。それが世間では当たり前ではなく、10の年にはもう、親とは別の場所で眠るということ。それに恥ずかしいとも思わないと友人に話すと、笑われて、笑われたことが恥ずかしかったということ。

 例えば、食事の時、大きな肉や魚は、母が切り分けてくれること。それがいつもの食事の風景で、外食をするときもそんな感じだということ。周りの目が気になるなと思い始めたのは最近で、ようやく周りの同年代がそんなことをしないということを知ったということ。

 例えば、学校で友達を作ることはあっても、女の子と友達になることは少なかったということ。女の子と話すと母が必ず相手の親に挨拶に行くから、怖がって誰も話しかけてくれなくなってしまったということを話した。

 それらを話すと、「子供だね」と揶揄したが、それが当たり前の家に育てば、こうもなってしまうと反論した。

 「そんなことはない」と笑いながら否定する彼女に、例えば、貧乏な家系に生まれた子が高級な飲食店に行ったとき、フォークとナイフの使い方が分からず、フォークだけを使ったり、皿を持ってしまったりするような無知から生じる周りとのずれは生まれ育った環境で変わってしまうというと、「確かに」と納得してくれた。

焚火はもう少しで消えそうだった。さらに追加の木を添える。火は静かに燃え移った。焔が起こり、風に揺れる。消えそうになりながらも火は確実にあたりを照らしている。

すこし強い風が吹き、炎が大きく揺れた、ソリスの青白い顔がオレンジに見える。強い風にローブのフードが飛ばないようにしっかりと抑えた。

「どうしてフードをかぶっているの?」

 と何気なく尋ねても答えてはくれなかった。口をつぐんだ彼女に深く聞くことはできなかった。

 夜が深くなり、分身が消されたことが分かる。魔法を解除する魔法を受けたのが感覚的に分かった。おそらく国のほうでは本格的に母の無実が証明されているに違いない。そろそろ母が動き始めるころだろう。自分を探しに来るはずだ。もう夜は遅い。昼から歩き続けて、少し疲れていた。明日の朝早くから動き出せば問題はないだろう。焚火が温かくうとうとする。

「少し眠るよ」

「なら歌を歌ってあげようかしら、あなたのお母さんみたいに」

「悪い冗談はよしてくれよ」

 目を閉じると、あまり寝付けなかった。ただ近くに人の体温を感じていたから、夜の森は怖くはなかった。夜の森はよく聞けばいろいろな音がする。虫の泣く音、水が流れる音、風が草を揺らす音。意識が遠のくまで最後は焚火の音がぱちぱちとなっていて、少し歌が聞こえた気がした。


 爆音が森を揺らす。森一つを揺らし、爆風がここまで届く。僕はその音で飛び起きた。早朝に出発するつもりだったが思ったよりも寝付けなかったようで、今は予定していたよりも太陽が高い位置にある。

 焚火は消え、炭になっている。ソリスはまだ横で眠っていた。あの後も火の始末をしてくれていたらしい。

「ソリス、起きて、追手が来た」

「追手?」

 まだ起きたばかりのソリスはその状況が理解できないでいた。

「追手だよ、ソリス。僕を追ってきたということ。逃げなきゃ。急いで準備して」

 そこで二回目の爆発が起こる。おそらく砲撃の勇者ガランがジャブを放ったのだろう。景観をぶち壊してもお構いなしのローラー作戦だが、それは森にいることはばれているが、今の位置は、ばれていないということだ。

 僕たちは魔界があるとされている方向へ走り出そうとした。ソリスはまだ緑の石のネックレスをつけていた。「早くいこう」というと立ち上がり、大急ぎで二人は走り始めた。

 二人は森をかけていった。遠くで音が鳴っているから差は開いているようにも感じた。

 遠くで「ルー君」と呼ぶ声が聞こえた。母も来ているらしい。自分の名前を大きな声で呼ばれることは恥ずかしいことだった。

 顔が赤くなるのを隠しながら、僕とソリスは森の道を抜けている。森を抜けるのにも少し問題があった。この森を抜けると草原がある。そこは隠れるものがまったくと言っていいほどない。だから早朝に出て、そこを抜けてしまう予定だった。とんだ失態だ。

 僕は走りながら予定を修正しようと、頭を回転させる。どう考えても僕一人では逃げ切ることはできない。閃光の勇者に見つかれば逃げ切ることはできない。砲撃の勇者に巻き込まれていても命を落とす。僕は二人のことを説明し、どうやってこのピンチを切り抜けるか尋ねてみた。

 ソリスは走っていた足を止め、何かを考えていた。

「何しているの?急がないと」

 そういってソリスの手を引いて走ろうとしたが、ソリスは動かなかった。僕は「どうしたの」というように顔を見ると、何かを決めた様子だった。

「実は、大事なことなんだけど……」


「ガランはどうしてここへきているのかしら?」

 ルインは明かに不機嫌な様子で、ガランに絡んでいる。

ここは森の入り口、バカンス気分で来ていたルインとは違い、ガランは、大勢の部下を引き連れて、魔王遠征の時のように、お気に入りのサングラスをつけ、皮のジャンパーを着ている。大柄なガランは歩くだけで地面が揺れているような気迫がある。これが彼の仕事モードだ。

「貴族の一人が奴隷に逃げられたらしくてな、その捜索と身柄の確保が依頼だ」

 そういうと、一発、ジャブを森のほうへ打ち込む。軽く放ったように見えるがその一撃で、大砲の玉が森に被弾したように、破壊する。

「ちょっと、ルー君が巻き込まれたらどうするの?!」

 息子の危険になる要因を生み出したガランに、強めの口調でルインは注意した。

「大丈夫だ。お前の息子はそんなにやわじゃねえ」

「それもそうね」

 そういってガランが二発目を打とうとすると、ルインは明かに警備隊の人間ではない、豪華な装飾が施された服を着た人物に気が付いた。その男は、今回の仕事を依頼した人物、貴族の男、サンデッド家のセヴァン伯爵だ。目の周りに黒いクマがある。年はそこまで言ってはいないようだが、そのクマのせいで、少し老けて見えた。

 貴族が最前線に出てくるのはとても珍しい。ここはその貴族が治めている土地ではないからだ。

「ちょっと、貴族が来るなんて聞いてないわよ」

 ルインはさらに不機嫌になる。それもそのはずだ。いくらルインと言えども、貴族の前で普段着に近いような恰好をしていては面目が丸つぶれである。たまたま偶然が重なり、貴族と鉢合わせしそうになっているのである。

「だから俺は、正装しているだろ。お前も一度、家に帰って身なりを整えてきたらどうだ」

 ルインはガランに聞こえる程度の小さな声で話した。ルインは「それもそうね」と言わんばかりの目で、ガランの目を見て頷く。

 そしてルインは消えた。

 ルインは閃光の勇者、森から自分の家までは、普通なら1時間とかかるところを1分とかからない。その理由は彼女の勇者としての力、距離制限のある瞬間移動を使った移動をなんどれも使うことができる点が、彼女の長い金髪と合わせて、閃光の勇者と呼ばれる所以である。

 ルインが消えてから、セヴァン伯爵はガランのほうへ近づいてきた。それに気が付いたガランは敬意の挨拶をする。勇者のパーティーよりも階級が上のその男に対しては、ガランも敬意を払わなくてはならない。膝をつき、敬意を表す姿勢をとる。ガランは顔を下げて、伯爵が話すのを待っていた。

「ガラン、私に敬意を示せ」

 そういうと、ガランは手を背中へ回す。彼にとっての拳は武器である。その拳を振り上げれば、貴族たちに砲撃が飛ぶことは間違いがない。だからガランにとってはこれが、目上の者に対しての姿勢だった。

「国家警備隊隊長、ガランです。お久しぶりです。セヴァン伯爵」

「そうだね、ガラン君。だいぶ久しぶりだ。前会ったのは、確か、帰還式の時だったかな」

「はい。魔界遠征の帰還式で挨拶をした時以来でございます」

「そうだね。帰還式の時は、君たちはほんとに若かったね。それで今日の要件なんだけどね、うちの従者が一人、逃げちゃってね。心配だから僕も来たというわけ」

「作用でございますか、ですがこのような場所に来られては危険が伴うのではないですか?」

「そうだね、危険はあるね。いきなり襲われるかもしれない。けど、あそこにいる三人が僕を守ってくれるんだ。心配はいらないよ」

 指を向けた先には三人、全身をローブに身を包んだ人物が経っていた。彼らはガランから見ると、顔すら見えなかった。

「それで、あの三人なら君を倒せるかな?」

 ガランは背中に流れる汗を感じた。セヴァン伯爵はガランよりも年上であるはずなのに子供のように質問をした。それはまるで子供が虎と竜のどちらが強いかと聞いているかのようだった。

「お戯れを」

 ガランは静かに答えた。

「そうだね、少し質問がきつすぎたのかもしれないね。なら……」

「お久しぶりでございます。セヴァン伯爵」

 そこには正装に着替えたルインの姿があった。あまりにも突然に現れたルインに、セヴァン伯爵は、話を変えた。

「そうだね、久しぶりだね。ルイン。どうしてここへ?」

「はい、私の息子が偶然にも、この森へ入ってしまったのでございます。母としては心配で、心配で」

「そうだね、それは心配だ。それにしても、君たちはこう見ると、ほとんど年を取っていないように見える。それに比べて私は老いてしまった」

「いいえ。サヴァン伯爵もまだまだお若いですわ。我々は国の英雄として最善の状態でいることが務めでございます」とルインが答えると「左様でございます」とガランもそれに続いて答えた。

「伯爵」

 話に割り込むように、従者の一人がサヴァン伯爵に声をかけた。サヴァン伯爵は、うんうんと頷くとルインのほうへ向き直した。どうやら緊急の用事が入ったらしい。

「そうだね。僕は用事ができたからここで帰るとするよ。ところで僕が探している子なんだけど、どうやら、ネックレスを屋敷から盗んだようでね」

「ネックレスですか?」

「そうだね。ネックレスだ。貴重な石が使われたネックレスなんだけどね、そのネックレスには不思議な力が込められているはずなんだ。それをどうにかして取り返してほしい」

「かしこまりました」

「それでは僕はこれで失礼するよ」

 そういって、三人の従者を連れて、サヴァン伯爵は帰っていった。

「私、あの人苦手なのよね」

 悪態をつくルインにガランは、大きく息を吐きながらその意見に肯定した。

「話、聞いていたか?」

 あまりにもタイミングよく、登場したルインにガランは不信に思うが、優しく笑ったルインを見て、出てくる隙をぎりぎりまで引き延ばしていたことに気が付いた。

「まぁいいや。しかし、あれはないよな」

「そうね、貴族側の最高戦力を瞬殺できます、なんて言ったら印象が悪くなるのは目に見えているものね」

「五秒、いや、三秒も必要ないな」

「正しくは一撃ね、どうあがいても倒すなんて無理だわ」

「狙いは俺たちだろうなぁ、俺たちよりも強い人材を持つことで、優位に立とうとしている。ただあれでは当分先だな」

「一生かもよ」

 そういうと二人は笑いあった。国王の直属の俺たちは国の英雄、邪険に扱う人も少なくはない。しかしどのような手段で勇者のパーティーを排除するかは分かってはいなかった。それほどのほかと勇者のパーティーの間には、絶望的な戦力差があった。

「そろそろ探すか。早く帰って酒を飲みたいからな」

「そうね、私も早くルー君に会いたいもの」

 そういってガランは二発目を打ち込んだ。


 ソリスは、首からネックレスを出して僕に見せた。そのネックレスは宝石が一つあるだけの簡素な作りの物だった。しかし、僕には貴重なものであるのはすぐに分かった。そしてその石に込められている力も。

 彼女の服装には明らかに不相応なネックレスだったが大事にそうに持っているところを見て、その訳が知りたくなった。

「どうしてそのネックレスを持っているのか、教えてくれませんか?」

 ソリスは手の上にネックレスを置いた。

「触れてみて」

 差し出された手に乗っていたネックレスに手を乗せる。彼女の温かみが感じられた。はたから見れば手を繋いでいるだけかもしれない。

 そのぬくもりを手に感じているとそのぬくもりが彼女の、ソリスだけの温もりではないことに気が付いた。

 ネックレスが温かいのである。それはまるで生命の温度であるかのように発熱していた。

それは決して、ソリスの体温が移ったものではない。生きようとする力がこのネックレスから感じられることに、僕は驚きを隠せなかった。

 ソリスはそんな僕を見て、「なるほど」というように一回頷いた。

「実はこのネックレスの石なんだけど、意思があるの」

 空気が固まった。というよりも不意に出たシャレに僕が対応できなかった。

「違う、今のはそうじゃなくて、その、この石は宝石じゃなくて、何かの体の一部なの、それで、時々、優しい感情を持ったように……。タイミングよく私を助けてくれるの」

 ソリスは照れを隠すように言ったことの説明をした。

 僕はそれを聞いて、妙に納得することができた。特別な力というのが意思の力と言われれば、それが一番僕が感じた感覚に近かったのである。ただ、少し違ったのはそれが負の意思であるということ。ソリスは「優しい」と表現したが、僕には恨みや嫉み、嫉妬や復讐心を叫んでいるように感じた。何かをされたからその仕返しがしたいと喚いている気がした。

「私には分かるの。これは誰かの体の一部で、今もこれを返してほしいと思っているの。その持ち主が魔界にいるということも。だから私はこれを魔界へもっていかなくちゃいけないの。だから私を魔界へ連れて行って」

「手を繋いじゃって、魔界へ行きたいと言い出したのも、あなたみたいな泥棒猫のせいね」

 母の声だった。それでも見つかるのが早すぎた。スピード勝負で母に勝つことなど不可能に近い。だから策を練った。しかし、今、無策で母の前にいては、勝ち目はゼロだった。

「いこう」

 走ってもすぐに追いつかれることは分かっていた。でも魔界へ行きたいという気持ちが考えるよりも先に体を動かした。

「どうしてママから逃げるの」

 走っても母追いかけてくる。姿は見えなくても、そのあたりにいることは分かっていた。それほどに母は速いのだ。

「その女の子はだれ?」

 ソリスだ。僕と初めて意見があった女の子。友達にも先生にも母親にも認められなかった意見だが、初めてこの女の子は認めてくれた。だからこの手は放したくない。

「ママにごめんさいは?」

 怒っている口調であることは長年の付き添いで学んだ。こういう時は絶対に意見を曲げないのが母だ。

どんなに不利でも、どんなに劣勢でも、何があっても自分の意見を通して来た母だ。意見は絶対で、彼女が心から望むならすべてを叶えてしまう。それが閃光の勇者だ。

逃げることは悪手で、それも仕方がないことも母は分かっているのだろう。

僕は気が付けば、安全な道を走っていた。森を抜け、スピードを維持するために走りやすい道を選んでいる僕はどうやら罠にかかったらしい。

「母の声が聞こえなくなったと思ったら、ガランさん、久しぶりですね」

「おー、ルナライト、久しぶりだな」

 大柄な男と警備兵たちがずらりと並び、僕たちを取り囲んだ。

「ガランさんも僕を追ってきたんですか?」

「いや、今回は別の要件だ。なぁ、そこのお嬢さん」

 ガランは、ソリスはみた。彼女は下を向いている。ローブを被っているから表情は分からなかった。

「おいおい、なんか言ってくれよ」

 大柄な男に大きな声で尋ねられて、震えているように見えた。僕でも分かる力の差を、彼女も感じているのかもしれない。

 ガランは立っているだけで、周りの空気を圧倒する。一人だけ世界観が違うほどの、存在感がある。

 近づいてくるガランを母が止めた。

「そんなでかい男が不躾に近づいたら、どんな女の子でも断られてしまうわ。女の子を誘うときはスマートに誘わなくては」

 母が近づくと宣言すると、僕の手からソリスは僕の手から離れ、母がソリスを羽交い絞めにしている。その腕に殺気が籠っているのはきっと僕にしか分からない。

「こうやってダンスに誘うように誘うのよ。スピーディに。まぁ私にスピードで勝てる人はいないのだけど。さてと、盗まれたものは」

 そうやってルインは首からネックレスを取り外す。嫌がっているソリスを無視して、問題なくネックレスを引きちぎった。

「どうして、これが大事なのかしらねー。でもこの石、どこかで見覚えが……」

「おい、それならさっさと帰ろうぜー」

 ガランは仕事が片付いたためにもうすでに帰りたそうだった。ルインはソリスを警備隊の人間に任せて、奪い取ったネックレスをよく見ている。

「ガラン、やっぱりこの石どこかで見たことあるわ。ちょっと見て」

 ルインは石を投げて渡した。ガランはそれを受け取ると、空に掲げて石をのぞき込んだ。石は陽光を通すと、深い緑の彩度を上げる。ガランはまじまじと見ていると一つ閃いた。

「あれだ、戦利品だ。ドラゴン討伐の時の。魔王城のやけに強いドラゴン。あいつの目だ。懐かしいな。もう悪さしない代わりに目を取ったんだっけな?どうしてネックレスになっているんだ?」

「あれって確か、王様の宝物殿に保管されていたはずよね。どうしてサヴァンが持っていたのかしら」

「その話はここでするものではないな。だがまずいのは確かだ。ところで、その子はいつまでフードを被っているんだ?」

「その件なんだけど、私に少し話をさせてくれないかしら」

 僕は隙を伺っていた。たった一つ、母の油断を逃すまいと気を張っていた。心が読まれているのかもしれない。母ならきっとなんでもお見通しだ。何を考えているかさえ、分かっているのだろう。だが、夢をここで止めるわけにはいかない。

 僕は隙を伺っていた。たった一つ、母の油断を逃すまいと気を張っていた。心が読まれているのかもしれない。母ならきっとなんでもお見通しだ。何を考えているかさえ、分かっているのだろう。だが、夢をここで止めるわけにはいかない。

 母はだれも話を聞くことをできない場所で、僕と話をした。ソリスのことだった。彼女がどういう人物で、何をして、どうして逃げているのか、と聞いた。

 僕ははぐらかすところははぐらかした。彼女がネックレスを盗んだこと。それは正直に知っていることを話した。彼女がネックレスを持ち主に返したいこと。それははぐらかした。そして彼女の種族を話した時、僕は「人間」と簡潔に答えた。

 母は、「何もわかっていないな」という意味の混じったため息を吐いた。

「聞いて、ルー君。あの娘は、人間ではないわ」

「え」と声に出ていた。動揺せざるを得なかった。彼女のどこが人間ではないのだろうか。ただ、地肌が白く、青みがかっている。二足歩行であるき、会話もできる。髪も生えているし、耳も、目もある。人体的特徴として兼ね備えているものはすべて持っている彼女のどこが人間ではないのだろうか。

「あの娘のフードを取っているところは見たことあるかしら?」

「ないよ」

「あの娘のフードの中にはね、魔族特有の角があるの」

「魔族?角?」

「えぇ、魔族は高い魔力を持ち、魔力を増やす力のある角が生えた人型の種族よ。人間は才能によって魔法が使えるかどうかが決まるものだけど、魔族は全員魔法が使えるの。それも努力次第で無制限に。素晴らしい種族なのだけど、人類の敵である魔王の種族をなのよねぇ。それとあの娘の本来は……」

「大変だー、女が逃げたー」

「捕まえろー」

 警備隊のほうが騒がしいことで、母は話を中断した。どうやらソリスが逃げ出したらしい。

こういう時にたくましいことは好ましい。どうやら彼女は自力で脱出したようだ。

「ここで待っていなさい、ルー君。ママがすぐにあの子を捕まえて、家に連れ帰ってキスをしましょう」

 母は消えた。

 その速度では、すぐに捕まってしまう。だがこれはチャンスだ。母の目が離れているうちに僕は分身魔法を使う。

 僕は分身を残して、森の中へ入った。彼女はまだ見つかっていないようで、あちこちに警備兵がいる。捜索が難航しているのは、きっと彼女が何かしたからだ。その疑問はすぐに解決した。

「ルナライト」

 僕は肩をたたかれた。彼女は透明化の魔法を使っている。それに気が付いたから、大きな声も、驚くこともしなかった。

「大丈夫?ソリス」

「私は大丈夫。でも問題はネックレスよ。今はあの大男が持っている」

「ガランだね、どうやって奪い取ろうか?」

「あら、あなたでもそんなことを言うのね」

「方法がほかにないからね、渡してくれるとも思えないし」

「聞いて、私に考えがあるの。あなたは分身を残してくれたわよね。私も分身を使ってガランと戦う。勝てる見込みは少ないけれど、ネックレスを取って、逃げるだけ。一度逃げることができたのだもの。二回目だって行けるはずよ」

「そうだね、きっと僕たちなら勝てるよ」



 ガランとルインは話をしていた。あまりにも警備隊がソリスたちを見つけないから、いら立っているようだった。母は僕の分身を連れて、うきうきとしている。

 その様子を僕は木の陰から覗いていた。分身魔法の質はソリスと出会ってから少し上がっている。そう簡単には見抜くことはできない。これで時間を稼ぐことができるはずだ。

 そうしていると母は、僕の分身を連れてどこかへ行ってしまった。

母がいなくなるのを待ち望んでいた。ここがチャンスだ。

 僕たちのことは透明魔法で見えてはいない。魔法を二つ同時に使うことができるのは僕の十八番だ。だが二つの魔法を同時に使うことは繊細で、集中力が必要だ。僕は今、分身と透明魔法を使い、息をひそめている。

 ソリスは一気に飛び出した。透明魔法で見えないように近づいた。ゆっくりと。ばれないように息を止めて。

 一歩、一歩進んだ。ガランは油断しているようで、ソリスが手を伸ばすところまで、進んだ時だった。

「常在戦場、油断しているように見えたなら、それはお前らの実力不足だ」

 ネックレスを持っている手とは反対の手でソリスの腕を捕らえた。

「捕まえた」

 ガランのその一言に動揺で、透明化を解除する。この時の飛び出したスピードは、人生の中で最速だったのかもしれない。短剣を抜き、ガランに切りかかる。ガランなら死なないだろうと思いながら、回避行動をとることを祈って、ソリスを掴んでいる腕が離れればと思い、腕に刀を当てる。だがそれは甘かった。

「本気の殺意がないのに俺に勝てると思ったのか」

 ガランは回避すら見せなかった。短刀は腕を切り落とすことはできなかった。腕には傷一つつかない。

「十分の一の力、味わえや、坊ちゃん」

 頭突きを一回、ガランはその素振りを見せた。

「間に合わな……」

 よけることも叶わずにほとんど直撃で、ガランの頭突きが頭に当たる。意識が飛ぶ。青い空が見える。なにも考えることができない。だんだんと遠くなる意識をつなぎとめたのは、視界が動いた一瞬にソリスの姿を見たからだ。

 歯を食いしばって、一撃を耐える。まだ心を燃やして、僕は我慢した。痛かったが、夢を諦めるにはダメージが足りない。

「やるじゃねーか。それならもういっちょ」

 頭突きをしようとしたガランは動きを止めた。僕の後方からすごい勢いで走ってくる人がいたからだ。ガランにとっても、僕にとっても絶望が来た。

「誰の息子に攻撃しとるんじゃー、ボケがー」

「ちょっと待て、それ、本気のやつじゃねえか」

 母だった。どうやら意識が飛んだことで分身を維持することができなくなったらしい。そこからすぐに飛んできたのは、母だからできることだろう。

ガランが防御姿勢を取ったのは、全力で殴ったからだ。衝撃はすさまじいものだったはずだが、ガランがその相殺と威力を流すことを同時に行った。僕にはほとんどダメージがないものの、ガランは両手で母の攻撃を受け止めざるを得なかった。

「ガラン、私の息子に二発目の頭突きをしようとしたな。これはその分だ!!」

「おい、これは、教育のために……」

「うるさい」

 本気の母だった。ガランが何もしなければ森がなくなっているだろう。吠えるように叫ぶ母の姿は、普段のやさしさのかけらもない。そこには閃光の勇者と砲撃の武闘家の戦いがあった。そんな強さがあるにも関わらず、こっちに構わないのはどうしようもない戦力差あり、それだけ余裕があるからだ。

ソリスは無事だった。両手を使わざるを得ないので。ソリスを掴んでいた手もいつの間にか離れていた。勇者のパーティーの戦いに巻き込まれていないのはガランが上手く威力を流しているからだ。きょろきょろ辺りを見回しているのは、きっとネックレスがどこに行ったかを探しているからだ。

僕は、ガランの近く、かつソリスの近くにあるネックレスを指さす。ソリスはそれを掴んで叫ぶ。

「ネックレスよ、私を助けろ」

 閃光の勇者と砲撃の勇者は手を止めた。それはソリスが脅威に感じたからではない。ネックレスから感じる力、聞こえる声に昔を思い出したからである。魔界の脅威、毎日が血にまみれ、明日を生きる希望すら持つことができない世界を鮮明に思い出したのだ。

「いるのだな。そこに。我の目を奪い、力を奪ったものがそこにいるのだな。待ちわびたぞ、我の力が戻るのを。待ちわびたぞ、貴様らに復讐するのを。待ちわびたぞ、世界を壊したいと願うものよ。我も同感だ。そうだ、この世界はくそだ。ぶち壊して何が悪い。して其方、名前は何という?」

「ソリス!!私はソリス!!」

「そしてそこの青年、名は何という?」

「ぼ、僕はルナライト」

「其方らを、魔界へ、我らの城へ、案内を……。転」

「させるか」

 先に飛び出したのは砲撃の勇者。追い越したのは閃光の勇者だった。閃光の勇者はソリスからネックレスを奪いとり、地面にたたきつけ、短剣をネックレスに差し込む。

 ガキンッ。

 魔法壁がネックレスを守る。二回、三回と短剣を差し込むが石までは決して届かない。

「もう遅い、転送!!」

 二人が消える。ネックレスも消えた。

ルインとガランには転送魔法を止める手段がなかった。もう一人のパーティ、サナハがいなければ。どうすることもできないまま閃光の勇者と砲撃の勇者は立ち尽くした。

「完全にやられたな。あれは一朝一夕に練られた魔力ではないな。俺たちの攻撃をものともしないネックレスなんて、10年、いや15年くらいの月日が必要だ。やられたな。あのドラゴンに。ルイン?」


 その時のことをガランに聞くと、揺れる大地、荒れ狂う空、豪熱の山、あらゆる超自然的な脅威を思い浮かべたという。

そして、魔界の闇の深さ、世の人の醜さ、心の汚さ、愛の深さ、そのすべてをまとめても表すことができないほどの恐怖が、雰囲気を作り、長年最前線で戦ってきた男がおしっこちびりそうになるほどの震えていたのだそうだ。

怒り、怒り、怒り。怒りの矛先は魔界すべてだということは間違いがなかった。それを悟ったのは彼女の「魔界、滅ぼすか」だったとガランは言った。

「それで?ガラン。ルインは今、何しているの?」

「国王に魔界殲滅遠征の申請中だ。ちょっとばかり兵を貸してほしいのだとさ」

「へー、お母さんも大変だね。ならアタシも久々に魔界で暴れようかなー」

「おう、頼むぜ、パーティーの治癒師様。確か二つ名は……」

「やめてよ、あたし、その名前気にいっていないんだから」

「そうだっけか。じゃあ俺は遠征までの休暇を楽しむとするか」

「ところでガラン」

「なんだよ、サナハ」

「もらした?」

 ガランは笑って誤魔化した。





皆さんいかがでしたか?

評価と感想、よろしくお願いします。

私は最近、どうすれば作家として生きていくことができるのかばかリ考えています。

私はまだまだですが、絶対にあきらめない気持ちをもって生きていきたいと思っています。

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