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携帯

作者: まったり

笑い声、叫び声、かすかに聞こえる鳴き声。

夜の銀座は光と多種多様の感情で溢れかえっている。

若い男は上司らしき男に振り回され、化粧をまとった女は金髪の男どもに絡まれ、少し禿げた太った男性は若い男達に路地裏に連れていかれている。その中でも特に目立つのは条例では禁止されている客引きが今日も一人でも多くの客を店に引き込もうとしつこく道行くサラリーマン達に絡んでいた。

私は、そんな厄介な客引き達に腕を取られないよう祈りながら身を少しかがめ、わざわざ道の隅を歩く。途中何度か男のスーツを掴まれるが、私ははよほど急いでいたので、スーツが破れるのも御構い無しといったように多少乱暴に振りほどく。そしてまた人波をかき分け、奥へ奥へと進んでいった。

祈った甲斐もあってか、私は客引き達の間をうまくくぐり抜け、目的地である居酒屋がある裏路地へとたどり着く。

表通りでないこともあってか先ほどとは打って変わり人影は見当たらない。

しばらく成り行きに道を行き、角を曲がると光が男を包見込んだ。


「本当にここであっているのか?」


光はガラス戸の隙間からのれんを潜り抜け男を照らす。恐る恐る錆び付いたドアを引くとカウンター席のみの店内、(意外にも客は満席だった)が私の瞳の中に映し出された。


「何名でしょうか?」


厨房から、アルバイトだろうか、若い女性の声が響いた。


「2人です。あ、いや、1人は先に入ってるんで」

「わかりましたー。でもお席はひとつしかあいてなくて...」


女性が指差す方を見ると、なるほど確かに一つしか席は空いていなかった。しかしそれは私にとっては幸運だった。


「よっ」


私は空いていた席に腰掛けると勢いよくネギと鶏肉を齧っていた男に声をかけた。

この男こそ私の親友であり東京サマで暮らしている田中だ。


「悪かったな、東京への出張だってんのに付き合わせちまって。こんなむさ苦しい男よりもっと楽しかったとこにいきたかったろ」


ヘヘッ、と田中は笑うと横に置いていたジョッキを口に運んだ。



「いやいやまさか。お前と会わないはずがないだろう。せっかくだし今日は昔のことでも語りながらゆっくり飲もうじゃないか」

「そおいうなら、いくらでも語るぜぇ、ぁでも流石に時間の限度はあるからな」


私と田中はお互いの顔を見つめあって少ししてから笑い合った



「なあおい、今何時だ」


私がそう聞くと田中はポッケを酔った手つきで下がり回す。しかし目的のものがないのか次第に焦った手つきでコートを脱ぎ、カバンをあさり、尻に手を当てていた。


「まずい...携帯を落としたかも知れん。

少し電話かけてみてくれんか?」


言われたとおりに自分の携帯から田中の番号へ電話をかける。


「おかけになった電話番号は現在使われてないか電源...」

「おいダメだ、電池切れてるぞ」

「まずいなあ...。今日どこいってたっけ...」


田中の額に汗が流れおちる。


「すまん、ちょい探してくるわ、食べとってくれ」

「それでは意味もない、俺も行こう」

「だけど今来たばかりだろ?それは悪い」

「なぁに。こういう時はお互い様だ。取り敢えず落とし物がないか警察に行こう。ホテルに電話をかけさせてくり」


そう言い電話を無事かけ終わったあとレジで金を支払うと路地を裏に抜け、近くの交番にやってきた。


結果的にいうと届いてはいなかった。というより田中が携帯を置いた場所を思い出したのだ。どうやら自分の家の玄関に置いたらしい。


田中の家はここから徒歩5分の距離にあるそうで酔い覚ましにも歩くことにした。


「悪かったなぁこんなことになって」

「いやいやこうやって話せるならいいよ」

「いつぶりだ?文芸部が終わってもう10年か。時の流れは早いもんだな」

「今だにお互い独身だがどうする」

「まあ、それはそれ、これはこれ、だ」


相変わらず田中はヘヘッと笑う。つられて俺も笑う。学生時代からこうだ。


そんなこんなをしていると田中の家に着いた。

鍵を開け玄関へと入る。

「あっれ、おかしいなぁ。朝ここに置いてったはずなんだよなぁ」


そう言い田中は玄関のまっとをひっぺがえす。


みかねて俺が電話をかけ直すと...


「プルプルプルプル...」


部屋の奥で電子音が鳴り響いた。

田中が慌ててその音のなる物体をとりに行く。

「いやいやすまねぇ。どーやら充電器にうまく挟まってなかったらしい。おかげで残り33%だ」


そう言い携帯を私の方へ預けてくる。充電してたせいか少しあったかい。


「よしじゃぁ戻るか!まだ飲むぞ!」

まだ飲むのか...と思いながらも声には出さず家の鍵を田中が閉めたことを確認すると、最初の店へと歩き始めるのだった。

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