表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ラーメンを買いに行く話

作者: taya

 ないな。

 ない。

 ガタゴトと戸棚を開けたり閉めたりする音が静かな部屋に鳴る。

 右の戸棚を開けても、首を突っ込んで左を覗いてもないものはない。

 塩か、醤油か。

 否。

 今日は味噌だ。

 わずか数分で食事ができるインスタントラーメン(カップラーメンも含)は、もはや文化として日本に根付いたと言えるだろう。

 そこそこ保存が効き、市民への普及が容易で、お湯が使えればたとえ小学生でもごく短い時間でうまい食事にありつける。(健康にいいのかは別だ)

 その上、安い。これが現在の自分にとって特に大切なことである。

 そんなふうに考えてみると、インスタント食は人々が食に求める様々な期待によく応えていることに気づく。

 自分もその恩恵を預かる身として、今日の食文化の発展には強く感謝したい。

 ガタゴトと戸棚をいじる音は既に止み、今はじっと冷蔵庫の横に置いてあるダンボールに向けて熱い視線を送っている。

 非常食が入っている場所はそこで最後だ。

 敬虔なる無神教徒ではあるが、今このときは都合よく祈りを捧げてしまう。

 我々人間にとって、食への感謝とはどういう意味を持つものだろうか。

 思うに、食に対しての感謝は国家や人種に関わらず、人類皆等しくあるべきだ。

 なぜなら誰にでも飢えは貧富の差なく等しく訪れるからだ。

 それは統一されるべき文化であり思想といっても過言ではないだろう。

 誰にとっても、食べることは死ぬまで続く。

 食べられるということは、少なくとも今現在健康で生きていることの証明である。

 さらに。

 誰かに約束されなくても、今日の日本を生きる大半の者は明日の食事を疑わない。

 たとえば明日、突然食料が不足して食べられないかもしれない、あるいは奪われるかもしれないなどと誰もが心配するだろうか。

 つまり毎日の食事とは、平和で健康で安心して過ごせる日常の裏付けでもある。

 これは他の生き物の命を奪い、あるいは奪われる生存競争の果てに進化してきた生物種にとって、幸せのひとつの形と言えるのではないだろうか。

 私達はその変わらぬ日常を送れることに、常々感謝の祈りを捧げるべきなのである。

 己が命の尊さを。日々口にした食物で噛みしめるのだ。

 ・・・今、一つ徳を積んだ。どこかの誰かのためにいいこと言ったよな。

 さっそく見返りを求めてダンボールの中を覗き込んだ自分は、広がる暗黒の中にその結果を認めた。

 力尽きたように膝を折り、四つん這いのポーズで頭を垂れる。

 普段の食に対して感謝の祈りを捧げるべきなのは他ならぬ自分である。

 そして、一応はしっかり祈ったのだからラーメンの予備が1つくらいは残っていてほしかった。



 どうして昨日買っておかなかったのか、つい後悔に囚われる。

 答えはわかっているのに、ついつい考えの深追いをしてしまう。

 そんなのは実りのない思考であり、エネルギーの浪費である。

 もちろん自分でもわかってはいるが、もう癖というか、職業病みたいなもので止めることはできない。

 もしかしたら死ぬまで治らないかもしれない。バカなのかも。

 時刻は昼食時。

 世間ではお昼休みとして、各々お弁当なり、外食なりをしている頃合いだ。

 立ち上がり、腹に手をやると適度な空腹感がある。

 無理もない。昨日の夕飯を食べて以来、しっかりした食事はしていない。

 一時間ほど前にコーヒーを飲んだため、少しなら保つと思う。

 その際お茶請けとして湿気ったせんべいも数枚食べた。

 組み合わせはお世辞にも合うとは言えなかった。

 生まれた国が違うのだから合わないのはしょうがない。

 口にしたところで、食べごろを逃したせんべいは味だけを吸っている気分になり、なんだか食べた気にはならなかった。

 所詮一時しのぎ。

 今このときも胃袋が次の供物を求めていることは明白だ。

 しがない主として、食料という名のイケニエを差し出すのはやぶさかではないが、生憎今は食べるものがない。

 結局、家の中の心当たりを見回ったが、腹に貯まるものはどこにもなかった。そして、今食べたいものが味噌ラーメン、というわけだ。

 窓の外を見ると、雨が降っている。

 憂鬱だが仕方ないだろう。

 はぁと息をつく。

 そもそも家に食料が尽きていそうな感じは薄々していた。

 本当は昨日のうちに買い置きしておけばよかったのだ。

 ただ昨日は珍しく仕事がある日で疲れていた。

 そして昨日はまだ食べ物があった。

 だから、問題を後回しにして買い物に行くというエネルギーの消費を節約したとして、誰に責められようか。

 これは、別に言い訳じゃない。

 安易な行動は身を滅ぼす。慎重になるべきだ、と主張したいのだ。

 今回は()()、慎重になった結果食料が枯渇し、買い物に行くという二の足を踏む羽目になったかもしれない。

 慎重さがかえって身を滅ぼしているのかもしれない、が。

 過去に引きづられないことは重要なことだ。未来に踏み出すために。



 そうさ、未来に目を向けよう。

 財布とエコバッグの入った、長年愛用のショルダーバックを肩にひっかける。

 さて、どの店にするか。

 北。北へいけば、数ブロック先にドラッグストアーがある。

 置いてある商品のメインは化粧品、洗剤、他生活用品。

 少数ながら食料も置いてあり、商品価格がコンビニよりは安い。ただし、ナマモノはほぼない。

 ああ、そういえばクーポンが多いのも特徴だな。

 ・・・日常的に買わないようなものが多いのも特徴だ。

 西。西にいけば駐車場の広いスーパーだ。2階建てとなっており、生鮮食品から出来合いの弁当までほとんどなんでも揃う。

 小さいながらもパン屋に靴屋、百円均一まで入っており、生活のお供に欠かせない一店だ。

 そういえば本を整理するために、無料でダンボールをいくつかもらったな。案外世話になっている。

 ふむ。

 今欲しいものはラーメンだ。できれば何食も食べたい。ストックもほしい。

 欲を言えば野菜や肉など栄養のあるものが食べたい。しかし、残金がそれを許さないだろう。

 条件を下方修正し、その上で最大限欲求を叶えられるのがインスタントラーメンというわけである。

 無い知恵と財布の中身をひねり出しても、これ以上の修正は難しいだろうな。

 さて、インスタントラーメン購入という目的はどちらの店舗でも叶う。

 値段に大きな違いがあるわけでもない。狙いはどちらの店舗でも置いている最安値の5個入だけだ。

 雨の中あまり遠出したくない。短時間で帰ってきたい。

 どっちも距離は同じくらいだな。

 そんなふうに考えていると、

 きゅるる。

 ・・・待ちかねたようにイブクロ様が唸りを上げた。

 思っていたよりもお達しが早い。あまり悩む時間はなさそうだ。

 よし、ここは選択肢がありそうなスーパーに向かおう。

 試食コーナーがあれば何かしらありつけるかもしれないし。



 玄関に向かい足を進めていると、ふと財布の中身が気になる。

 そういえば先日買い物をして以来、残金を確認していなかった。

 元々少ないだろうとは思っていたが、何かの間違いで、財布の中にお札が隠れているかもしれない。

 まさかとは思うが一応中身を確認する。

 ひー・・・ふー?み・・・

 あれ?

 ひー。ふ。

 ん?

 ひー。・・・ひー。

 げ。百円しかない。

 何度数えても財布の中身は百円。硬化一枚のみ。

 嘘だろ。買い物どころの話じゃないぞ。

 予想外の少なさに愕然とする。

 更なる下方修正が必要になり、脳内では必死に情報を集めだす。

 最近のカップラーメンは1つ百円を超えるものがほとんどだ。

 インスタントは5個入でどんなに安くても150円はする。個装だと・・・ううん、買えても一食分くらいか。

 いっそ小麦粉をグラム単位で売ってもらえばどうだ。水で溶いて焼いたりすれば。

 ん、小麦粉・・・?

 突然、脳内に閃きが走った。

 あるじゃないか!

 こういうときに無料で腹を満たすことのできる素敵アイテムが。

 先ほどとは打って変わって、舞い降りた天啓にウキウキしながら傘を手に、外に出た。



 スーパー内。その中にいくつか入っているお菓子屋、靴屋などのテナントのひとつ、ここはパン屋だ。

 店内を見回すと壁の色あせ方、清潔にしているだろうトングやトレイなどの道具にもところどころ色あせや劣化が見られ、歴史を感じる。

 もしやスーパー開店当初から営業しているのではないか。

 そういう店だからこそ、望みのものを置いている可能性が高い。

「パンの耳ありませんか」

「ありますよ。そこにあるだけです」

 レジの店員さんの指さす方を見やる。

 あるにはある。

 一角に、パンの耳、無料と書かれた値札代わりの表示が見える。

 トレイに載っている小袋に小分けされたパンの耳、残りあと1袋が。

 今どき無料の食料配布とは、そのご厚意が本当にありがたい。

 このご時世、パンの耳さえ値段を付けて売ってもおかしくないのに。

 しかも自分のために残しておいてくれたと言わんばかりに鎮座する、あと1袋。

 ここに来て食への感謝の祈りと積んだ徳が通じたのかもしれない。

「どうも」

 このパン屋の今後ますますの発展を祈り、親切さへの感謝を最大限に込めたそっけない返事を店員さんへぼそりと放つ。

 同時に、標的に向かって気持ち早足で歩き出す。

 幸い店内には人も少なく、最短ルートに大きな障害はない。

 10秒もかからず入手できるだろう。

 焦るな。これを手に入れられれば少なくとも明日までの活力が手に入るんだ。

 確実に手に入れろ。

 きゅるるる

 獲物を目の前にして、イブクロさまからも強烈な命令が脳に届く。

 なに、調味料は家に揃っている。

 砂糖で炒めてもいい。試したことはないが、カレー粉でいただくのもアリだな。

 フフ、美味しそうじゃないか。いろいろ夢が膨らむ。

 む。



 少々夢見心地になっていると、対面の通路側からパン屋に向かって迷いなく歩いて来る女性の姿が視界に入った。カートを押しながら歩いてくる。

 引っかかったのは視線がパンの耳に向いていたことだ。

 勘違いでなければ、目的は自分と同じようだ。嘘だろ。

 女性は身なりに落ち着きが見られる。外見年齢は20代後半~30代前半くらい。

 おそらく主婦。派手な化粧っ気はない。

 パンの耳を目指すその表情には特に何も浮かんでいない。だがなんとなく健康そうだなと思った。

 彼女が主婦であれば旦那がいて、経済的な安定もあるのだろう。

 当然、生活の不自由さなどないだろうな。

 ・・・ましてやひもじさとは無縁だろう。

 年齢が近しいだろう自分との対比を実感してしまうと、惨めさが滲む。

 裕福なやつがパンの耳なんて欲しがるんじゃない!

 買えるならパンごと買えばいいだろ!

 ・・・などと考えている場合ではない。

 このままだとパンの耳をあの主婦に奪われる。

 心の平穏だけでなく、食料まで奪われたくはない。

 パンの耳は通路側の列の端のトレイにある。

 主婦の方が近い。

 どうして自分は入ってくるときに見逃してしまったんだ。マヌケめ。

 逸る気持ちが溢れ出るが、再度自らに焦るなと言い聞かせる。

 店内は狭い。

 万一陳列されているトレイに体をひっかけてパンを落としてしまった場合、その損害は取り返しもつかない。

 自然、列を横切る際は足取りも慎重になってしまう。

 現在のお財布事情からすると、ここは諦めたくない。

 向こうが一歩進めば、こちらはニ歩進むペースで迎えた最終ストレート。

 だが、やはり主婦の方が早い。駄目か。

 気持ちが逸り、届かないとわかりながらも思わず手を伸ばすが、やはり数秒の差で手に入れることは叶わなかった。

 パンの耳が入った袋に彼女の手が触れた。瞬間。

「おかーさーん!みーくんがいなくなったー!」



 店内BGMにも消されずパン屋の中にも届いたその声は、しっかりと「お母さん」へ届いたようだ。

 パンの耳から手を離し、主婦はその大きな声の方へ振り返る。

 釣られて自分も、周囲にいた客や近場の店員もその声の元を辿ったようだ。

 パン屋から少し離れ、通路の向こうのスーパーのレジのそのまた少し奥。直線距離にして6・7mくらいは離れている。そのお菓子コーナーのところに一瞬みんなの視線を釘付けにした声の主はいた。

 まだ小さな子供だ。歳は3・4歳くらいか。

 服装は半ズボンにキャラ物Tシャツ。遠目に見てデザインも有名なネズミをモチーフにしたキャラクターもの。どっちでもありえる服装なため、性別は断言が難しい。

「しょうがないわね」

 主婦は嘆息し、子供に呼ばれる方へカートを押しながら歩いていった。

 その様子を棒立ちのまま黙って見送る。

 今起きた出来事に一瞬頭がついていかなかった。

 どうせ無料なんだからあのままパンの耳持っていけば良かったのに。

 主婦はそれ以上にみーくんとやらの挙動に不安を覚えたのか。

 子供は糸の切れた風船みたいなものだからな・・・

 凧だったか。

 何はともあれ。

 でかした少年!(少女?)ありがとう。

 これからパンの耳を口にする際は、君のためにぜひとも感謝の祈りを捧げたい。

 たぶん覚えてられるのは今日限りだろうけど。

 主婦が遠ざかっていく。

 数秒見送った後、ライオンがいなくなった直後のハイエナのようにすぐさまパンの耳コーナーにたどり着いた。



 ・・・しかし、トレイにはパンの耳がない。

 いや。あった。

 目の前の悪魔、いや子供がそれを手にしている。

 歳は2・3歳だろうか。

 背丈はトレイを載せてある台と同じかそれ以下。

 服装はさきほどの子供のものに似ている、強いて言えばさらに幼い子供向けの色合いをしている気がする。

 一見すると自立こそしているが、ともすれば転びそうな危うさも見られる。

 最大の特徴であるまだ情緒が整っていない表情は悪魔そのもの・・・いや、幼さが見て取れる。

 そんな子供が自分がおいしく頬張るはずのパンの耳を手にしていた。

 誰だ君は。

「あー、みーくんみーっけ!」

 ショックのあまり固まっていると、通路の方からの声が回答を教えてくれる。

 なるほど、この悪魔が噂のみーくんか。

 回答者は先ほど、食事の際に祈りを捧げる予定だった子供だ。

 君、ついさっきまでお菓子コーナーの辺りにいたんじゃなかったか?

 君たちには驚かされてばかりだ。

 次いで彼(彼女?)は、みーくんを見つけた旨を遠く離れた母親に報告した。

「おかーさん!みーくんいたよー!」

 ・・・主婦もあっちこっちと大変だな。

 そんな周囲の様子などどこ吹く風。

 へらへらと笑いながら悪魔はパンの耳の入った袋を「獲ったど!」とばかりに高々と掲げている。

 こんなもの勝ち負けではない。

 しかし、実際1つしかなかったパンの耳を手にされた様を目にしてしまうと、自分は手に入れられなかった敗北者なのだと実感する。

「みーくん、てつなごうね!いなくなっちゃだめ!」

 自分から数少ない希望であったパンの耳を奪い、気分をどん底に叩き落としたこの悪魔は、どうやらあの家族にとってもトラブルの種らしい。

 なるほど、実に小悪魔めいた笑顔を浮かべている。

 一応、念の為だが、「悪魔」というのは本気の悪意からの命名ではない。

 ・・・自分は大人だから、パンの耳を取られたくらいで子供の前で泣いたり、拗ねたり、心の中で悪趣味なニックネームを付けての意趣返しなどしない。

 悪魔は空いている方の手に持った袋を、我が物顔で左へ右へ振り回す。

 きゅるるるる

 イブクロ様もその様に嘆いておられる。

「おなかすいてるの?」

 未練がましくパンの耳から目が離せないでいると、悪魔の兄(姉?)が声をかけてきた。

 優しい子だ。君は便宜上、悪魔に対しての聖人と呼ばせてもらおう。

「ちょっとお腹の調子が悪くてね。トイレに行くところなんだ」

 我ながらその言い訳にはちょっと無理があるかもしれない。

 が、そこはさすが聖人、そこは裏表なく汲み取ってくれる。

「そうなんだ!みーくんもね、おなかこわすの!トイレとなかよし!」

 聖人はただ世間話をしたいだけなのかもしれない。

 その歳で、人の別け隔てなく社交的なのは大変結構なことだ。

 しかし、今の御時世、見知らぬ大人に気軽に声をかけるのは関心しないな。おじさんは心配だぞ。

「そうなんだ。大変だねー。」

「うんー!たいへーん!」

 あははー!と明るい笑顔を見せてくる聖人。

 一方悪魔の子は振り回すのに飽きたのかビニール袋をガジガジと口に運んでいる。

 なんと悪魔めいた所業。パンの耳が哀れだ。

 自分の方が美味しく召し上がることができるのに。

 くっ。

 駄目だ。いくら未練があるからといっても、これ以上見ていられない。

 世間的にも心情的にもまずい。

「じゃあね。トイレにいってくるよ」

「うん。バイバーイ!」

 軽く手を降って、聖人・悪魔と別れる。

「みーくん。食べるのはあとでね。まーちゃんはあんまりウロウロしないでね」

 自分が背を向けて歩き出した頃子供たちの母親と思しき声が聞こえた。主婦が戻ってきたようだ。

 大変だとは思うが、子どもから目を離すのはあまり関心しないな。



 はあ。

 まだ悪魔に奪われたパンの耳の未練に後ろ髪を引かれているが、ないものはない。

 仕方ない。バッサリ断ち切って、他をあたろう。

 なに、パンの耳でなくても食べるものはある。

 まずは惣菜コーナーを目指す。そこから一周だ。

 何かしら値引きされているものがないか物色しよう。

 たしかに昼時で弁当やなにかは値引きしてないだろうが、野菜やサラダなんかのおつとめ品ならあっても良さそうなものじゃないか。

 たまに当たりが入っている廃棄寸前のワゴンなんかにも安売りのカップラーメンとかありそうだ。

 試食品、やってないかなぁ。

 その後、一つ一つ見逃しが無いように見て回ったが、結論からいうと、望みの物はなにもなかった。

 大体、条件が100円以内でというのがキツイ。

 当然インスタントラーメンも予算オーバーだった。

 そんな金額じゃコンビニでおにぎりさえ買えない。

 コンビニの廃棄弁当というのが都市伝説でなければ、一食くらい恵んでくれないものだろうか。

 即物的かもしれないし、ボランティア精神もくそもないが、世の空腹を無くすことは絶対的に人のためになる行いだと思うのだが。

 一応、ということで再度店内の見直しをかける。

 なにか見逃しはないか。

 たとえば食パン。

 これも値段の割には腹にたまり、食事数を稼げるアイテムだ。

 100円以内ならなんとか買えるかもしれない。

 くうう。

 2円オーバー。

 2円くらいならどっかに転がってないかなあ。

 昔はよく自販機の下に転がってたもんだけど。

 今は電子マネー、携帯決済さえ使える自販機が出てきてる時代だしなあ。

 ・・・案外100円で買えるものってないもんだな。

 ああ、都合よく今パン半額になったりしないかなあ。



 結局10分ほどブラブラと物色するも何もなく、いい案も浮かばず。

 本当に限界となれば駄菓子でも買って腹を満たす算段をして、一旦帰るために店を出ようと自動ドアをくぐる。

 風除室内。カートやカゴなどが陳列している、その奥。

 休憩用の椅子に座る親子3人がいる。

 彼らには見覚えがある。聖人と悪魔と主婦だ。

 悪魔は手に例のパンの耳の入った袋を握ったまま、寝ている。聖人は暇そうに足元を見ながら足をブラブラさせている。

 主婦は迎えでも待っているのか、あるいは悪魔が起きるのを待っているのかスマホをいじっている。

 彼らの姿を眺めて、なんとなく聖人に声をかけられると面倒な事になる予感がした。

 店内の物色で思ったよりもエネルギーを消耗してしまった。

 イブクロ様から次の供物を催促するお告げを受けそうだ。

 静かに、深く息を吐く。幸いあの一家は誰もこちらを見ていない。

 ここは気づかれないうちに通り過ぎるとしよう。こういうときこそ慎重さが大事だ。

 気取られぬよう、通り抜ける間はできるだけ呼吸をしない。限りなく無音。自然と同化し、これよりただ一迅の風となる。

 普通に、それでいてできるだけ素早く足を動かす。かといって、早すぎても遅すぎても駄目だ。違和感が顔を出す。

 通り過ぎたらステルスモードを解除して、傘置き場から傘を回収して帰れば良いのだ。大丈夫だ、自分ならやれる。

 ところで。

 退屈している子どもの、面白いものを見つけようとするアンテナの感度は異常である。

 こちらがいかにして気配を消す努力をしようと、その第六感ともいえるものでこちらを感知するのだ。

 音、臭い、視界に入るもの。

 それらの情報を、大人よりも鋭い感度で見つけるのだ。

 普段から存在感が薄いと言われ、自分自身もそう思っていたにも関わらずあっけなく見つかってしまうと、アイデンティティーが揺らぐ気がする。

「かえるの?」



 返事をするのは簡単だ。だが安易な行動は身を滅ぼす。

 しかし、この聖人には一瞬でも満腹になる希望を見せてもらったという恩がある。

 話に少し付き合うくらい、いいだろう。

 この後のやりとりを想像すると少々うんざりするが、もう会うことはないだろうし、ここで恩はキッチリ返して清算しておくことにする。

 そういう理由ならイブクロ様にもご納得いただけるだろう。

「うん。買い物はおわったよ」

「みーくんねちゃったの。つまんなーい」

 残念そうに、そのみーくんを差す聖人。

 なんだ、気持ちよさそうに寝ているいい寝顔じゃないか。

 あの奔放な悪魔も今は天使といったところか。

 否。

 視界にパンの耳が入った。獲物を手に入れご満悦な表情で寝ているように見えてしまう。あ、今ニヤリと笑った。・・・やっぱり悪魔に見える。

「そうなんだ。残念だね。」

 主婦の方はこちらをちらりと見やるが、それ以上のことはせずスマホの方に意識を戻した。

 いいのかそれで。こっちが変質者とか不審者の類だったらどうするんだ。

「ねー、おうちかえるのー?」

 聖人は足をブラブラさせながら返事を催促する。

 なんだか犬が尻尾を振っている様子を想起してしまう。

 今度はこちらが、ちらと主婦を見やる。変わりない。

 ・・・まさかとは思うが、こっちが帰ると言ったら泣き出さないだろうな。

 一度泣き出すと大変だから、あえて主婦はなにも言わないのかもしれない。

 子供はよくわからんことに執心したりするからな。

「うん。これから帰ってお昼食べなきゃ」

 泣き出すかどうかは賭けだったが、正直に返事を伝えた。

 一応、大丈夫ではあった。

 ただ、劇的な反応があった。

 目を輝かせる、という表現がこれほど似合う状況はないと思った。

「おひるなにたべるの?まーちゃんはねー、オムライス!」

 この子は一体、自分の何が気に入ったのだろう。 

 こちらが何か受け答えしたところで、この流れは変わらないだろうな。

 真正面からこのギラギラした目と語り合うのはさすがに気が進まない。

 ほら、そこの主婦。そろそろ頼むぞ。

「こら、ご迷惑でしょ」とか「もう帰るわよ」とかなにかあるだろ?

 うまいことこの辺で流れを断ち切ってくれ。

 懇願に満ちた目で見つめたが、主婦に変化はない。スマホをいじる手が間断なく動くだけだ。

 呼吸に偽装したため息をひとつついて、厳かに、再重要機密を告げる。

「味噌ラーメンだよ」

 その言葉に刺激を受けたのか、イブクロ様も今日最大の自己主張でもってラーメンを所望した。

なるべく読みやすくなるよう、そして完結する話として意識しました。

自作の文章を人前に出すのは初めてなので、もし評価してくれる方がいましたらありがたく思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 文体と主人公さんが好きです! [気になる点] 主人公さんは学生さん…? でしょうか。何故かそこが気になりました。 自分は三点リーダがどうこう、というのは気にしないのですが、パソコン画面で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ