白い彼岸花
―――ダメだ……!
〝本気で言われたい〟
〝本気で言ってる〟
―――やめろ……!
〝すきだよ〟
〝言ったことには責任を持ってくださいね?〟
―――そいつには……!
ピピピ……ピピピ……ピピッ
気だる気な朝は唐突に訪れ、また悪夢も唐突にやってくる。
携帯のアラームを頭痛でひどい頭を起こしながら止め、ディスプレイに目をやると通知アイコンには同じバイト先の女の子から連絡が来ていることに気付いた。
〝今日17時30分に駅前のお店で待ってます〟
なんのことかわからなかった。つい昨日まで普通にしゃべる程度の仲だったと思ったが。そう思ってから対話履歴を遡っていくと、とてもよく出来た夢なのではと思うほどの惨状がそこにはあった。
「なんだよ……これ……。」
よく見れば、いやよく見なくともこれは俺が彼女に告白しているじゃないか。どういうことだ。2日酔いで響く頭を抱えながら原因を思い出す。
「ん?まてよ……2日酔い?まさか!?」
もしかして、いやもしかしなくても酒の勢いを借りている。たしかに初めて見た時に彼女のことをかわいいと思ってはいたが、それだけだったはず。
「いや、嘘はつけねぇや」
誰に聞かせるわけでもない独り言は己への戒め。そう、たしかに好きだ。しかし彼女には、
「彼氏、いるんだよなぁ……」
その日は人と会う用事があったため朝早くから出かけていたのだが、どうも今朝のことが気になってしまいどこか上の空だった。友人との会話は弾まず、適当に相槌を打っているだけにすぎなかった。
そして約束の時間が近づいてきた。実はこれが冷やかしとか、最近話題の“釣り”とかいうやつで行ったら怖いお兄さんたちが襲ってくる、なんて言うのもあり得る。ここはひとつ連絡を取って真意のほどを確かめてみようと思い、連絡を入れることにした。
〝本当に来るの?〟
もう少し言い方があったであろう一言に後悔しつつも送信し、返答を待つことにした。
ほどなくして連絡が返ってくるがやはり変わらないようで会いに来ると言っている。さらには〝いやですか?〟とあざとい疑問符付きで返ってきた。ここはテンプレ通りにいやではないと送っておくことにした。
実際、彼女と会うことに対してはいやだとは思っていない。しかし、昨日のことがあった手前、会うのが恥ずかしくもありついてからというもの本当に行くべきかと決心するのに時間がかかった。
程なくしてから待ち合わせ場所へ行くと奥の方のカウンター席で彼女は寝ており、無防備な寝顔はとてもかわいらしく、写真に収めたくなるほどであった。携帯を取り出したところで彼女が目を覚ましたために、惜しかったと思いつつ対面するために携帯をしまいなおした。
「や、おはよう」
「え……」
寝ぼけ眼をこする彼女はあわてたように顔を隠すと、常に持ち歩いてるのであろう手鏡でさっと身だしなみを整えた。そんなに気にしなくてもいつもかわいいのに。と思ったがさすがに口に出しても恥ずかしいだけなので、心のうちに秘めておくことにした。
「それで、何のようだい?」
そっけないようなそれでいて興味を隠しきれていない言葉に彼女は口をつぐんだ。きっとなんて答えたらいいか考えているんだろう。だけど返ってきた答えはもっともなものだった。
「用と言われれば何もないです。」
そりゃそうかと納得し、はやる気持ちを抑える。心のどこかでもしかしたらという願望があったみたいだ。「でも、」と彼女は言葉をつづけた。
「強いて言えば会って、ここから始めようと思いました。」
唐突に告げられた言葉に今度は俺が押し黙る。始める?なにを?君には彼氏がいて幸せな環境があるのに?
「何が幸せで何が不幸かなんて私が決めることです。」
「……なんで考えていることが分かったんだ……」
おかしく笑う彼女はとてもかわいらしく、ついつい見惚れてしまう。しかしなぜだと考えていると「声に出てましたよ」とまたも笑う彼女につられて俺も笑ってしまった。
ここはどこにでもあるようなファーストフード店。老若男女が多数いる中でこの空間にだけ花が咲いており、俺にはそれは白い彼岸花のように見えた。そして彼女はまだ言葉をつづけた。
「もっと正直になってください。」
その言葉にさらに押し黙る。伝えてもいいのか。もしこれでダメだったら。そういう理由をつけて誤魔化そうとしている。もう少し、もう少しでいつもの俺に戻れる。そう思っていると、俺の葛藤を見かねたのか「私は」と彼女が口を開いた。
「あなたのことがすきですよ?」
あぁ。いわれてしまった、いや言わせてしまったか。情けない。格好悪い。そんな感情ばかりが浮かんできてとてもその言葉の真意を受け入れきれていない。そして追い打ちというものはさらに続くらしく、彼女は言葉をつづけた。
「あなたは?あなたの本当の気持ちを教えて。」
「俺は―――――」
――――数年後
「合乃―ただいまー」
「結城さんおかえり……ってまたそれー?笑」
仕事から帰ると妻が出迎えてくれる幸せな家庭。妻は今妊娠していることもあり、休業中であるが無理のない程度に家事をしてもらっている。
当時彼女は前のバイト先で付き合っていた彼氏から、かなりの束縛やいわれのない疑いばかりかけられており関係を断とうと職場を変え、うちに来たらしい。正直な話、現場に居合わせたわけではないし本当かどうかはわからないが今のところは幸せに暮らしている。
そして今日は結婚記念日ということで毎年俺は花を買って帰ることにしている。それは真っ白でいて死を印象づける弁花。でも俺たちは知っている。
去年同様に花に手紙を仕込ませて妻に渡す。妻はそれを持っていそいそとリビングに戻ってしまう。
「みないの?」
そう聞いてみるが妻は返答に困るわけでもなくあっさりと理由を述べる。
「だって毎年同じでしょー。花言葉はーって」
どうやら代わり映えがなくて覚えてしまっていたらしい。そう、彼岸花といえば“死”というイメージが強いため花言葉は【悲しい思い出】というのが世間一般的な知識だ。しかし彼岸花と鍾馗水仙を掛け合わせることによって変異種の個体が出来上がる。それが白い彼岸花の発生由来と聞く。そして真っ赤な彼岸花の中にただ一輪だけ白い彼岸花が咲いている光景を見てこの花言葉がついたのだという。
――――――【思うはあなた一人】