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99.温泉入り納め

 ぶらぶらと朝市を巡りながら、もはや定番となったホットドッグや、フルーツのジュースを買っては空間収納に仕舞っていく。


 カイ君のだまし取られたお宝や、ルフェさんから言付かった女神様の手乗り石像の件もあるので、明日朝にはこの町を出る事になっている。

 アベルさん達は、『勇者の鎧』の自動修復が終わるまで、あと数日滞在するらしい。


「道中の食事係は任せろ」と言ってくれたカイ君の心意気を受けて、野菜やお肉といった食材も、他の人の迷惑にならなさそうな範囲で買い込んだ。


「このぐらいあればいいかな。いざとなればキノコ食べれば良いしね」

「「ずっとキノコだけでも良い!!」」


 猫耳娘達から、思わず漏れた本音に、アベルさんが拳に息を吹きかける。


「お前たちっ。アレは高級食だと言っているでしょう! 非常時にしか出しませんよ」


「「だって、あンなに沢山貰ったのにぃ!」」


 ごつーんと拳骨が落とされて、嘘泣きを始める二人に苦笑しながら。


「アベルさんは、魔素の影響を受けるから、王様の角の粉も渡したいのですが、空間収納の中の粉を移せる瓶って朝市では売ってないですよねぇ……」

「ヒビキさん、そこまでして頂くわけには……!」


 アベルさんが恐縮しているけれど。


「アベルには世界を救って貰うって使命があるんだしさ。今までの勇者と違って、魔素の濃いダンジョンに潜り続けるって余計な時間作らされてるんだから。ちょっとでも元気な状態で潜れるようにしてた方が良いわよ」


 ピーちゃんが、歯に衣着せぬ勢いで正論を吐く。


 ユニコーンである王様の角には、薬効があるけれど。

 細かく砕けば砕くだけ薬効が上がるらしく、ドワーフのトー爺さんが丹精込めて砕いてくれた角は、粉砂糖のように滑らかだ。


 これ以上ない程に高められた薬効を持つ粉は、ただ一点だけ欠点を持つ。


 粒子が細かすぎて、集まって来る魔素の吸収しやすさも、最大限に上がっているのだという。

 その為、密閉した袋に入れた状態で、ヒビキの空間収納に入れて。

 さらに、ふりかけ式の瓶も、蓋を開ける事なく、空間収納に入れてるだけで、減った分が移される……という特別仕様なのだ。


 一介の町の朝市では、到底見つかるとは思えない。


「瓶にも、魔法を通さない素材を使ったって云ってたから、多分トー爺さんしか作れないと思うわよ」

「そうだよね……」


(アベルの体調に異変があれば、妾が伝えてやろう)


 姿の見えない女神様の声が、小さく響く。


 どこで具現しているのかと、みんなでキョロキョロとしていると。

 いち早く見つけたソラちゃんが、「ぎゃっ」と声を上げた。


 ソラちゃんの視線は、ミアちゃんの左耳。 女神様の宿るピアスの石……


「みぎゃ!」


 石に、女神様の口だけが浮かび上がっている。


(ふむ。ちゃんと聞こえるようじゃの。これならさほど疲れずに話せそうじゃ)


 嬉しそうな女神様の声が続くけど……。


 桜な花びらの中心に、唇が浮かぶ赤い宝石って……完全にホラーだ……。




 ルフェさんの工房に入ると、入口のリビングに頼んでいた品物が置かれている。


「おう。来たか」


 気さくに出迎えてくれるルフェさん。


「嬢ちゃんたち、試着してくれ」


「「はーい!!」」


 娘っ子達にと作られた装備は、銀色の胸当てと、同じく銀色の篭手。

 篭手は、それぞれ片腕に着けるようだ。


「繋がない方の腕に装備するんだぞ」


「綺麗~!」

「軽い~!!」


「魔力を弾くミスリルで作ったからな。 丈夫で軽い。 ちょっとした攻撃魔法程度なら、篭手で弾くことも出来る筈だ」


「「げっ」」


 魔法を……弾く……訓練が……始まりそうだね……。

 頑張れ娘っ子達。


「良かったですね。ミア、ソラ?」


 案の定、アベルさんが素敵な笑顔で娘達に話しかけている。


「「……うん……」」


「色を付けてやろうかとも思ったんだがな。銀なら、大抵の服に合うからそのままにしといたぞ」


 おぉ。ルフェさんってば、なかなかに乙女心を判ってるじゃない。

 タローさんの結婚式用にあつらえたフリルがたっぷりと付いた……前の世界で云うところのゴスロリ服を、いたくお気に召した二人は、今日も着ている。

 

 ずっとこれだけを着るー! と、『妖精の専門店』で大はしゃぎしていた姿を見て、お店のお爺ちゃんが、2着目半額を申し出てくれたのだ。


 洗い替え用にと、二人に2着ずつ買って渡したヒビキも、なかなかの空気読みっぷりだったなぁ。


「ヒビキのは、これだ」


 銀色の少し太い指輪。

 飾り彫りなどは無く、表面も裏側もつるんとしている。

 女神様の宝石の大半を埋め込むようにして作られているため、太くなっているのだろう。


「この宝石は悪目立ちしすぎるからな。 埋め込んで、小さく見えるようにしといたぞ」

「すごい……。ルフェさんありがとうございます」


「あと、そっちはカイのやつな」

「え? 俺にもあンの?」


「あぁ、お使い頼んだからな。前金変わりだ」


 カイ君に渡された装備は、身軽さを損なわないように、両腕に付ける篭手と、両足に付けるすね当てだ。

 

「軽い! これなら、よけきれなかったヤツを弾ける!」


 アベルさんから受けた、水球の礫の特訓の話を聞いて、対処法を考えてくれたらしい。

 

「みんな、今から特訓に行きましょうか……」


 揺らりと笑うアベルさんに、ヒビキ以外首を横に振ってアピールしてみた。


「んじゃ、俺は疲れてるからちょっと寝るなー。ヒビキ達は明日出立なんだよな? カイの事宜しく頼むな」

「はい」

「なンだよー! おっちゃン、俺役に立っただろー? 大丈夫だよぅ」


 はっはっはーと豪快に笑いながら、カイ君の頭をくしゃくしゃと撫でまわして、「んじゃ、妹からの手紙楽しみにしてるよ」と云って、部屋の奥へと入って行った。


 思い切り頭を揺さぶられるようにして、撫でられていたカイ君の尻尾が、しょんぼりしたように垂れ下がる。

 人懐こいカイ君の事だから、ルフェさんとのお別れが寂しいのだろう。


 しょんぼりしながらも、「頑張ろうね」と云ったヒビキに、にかっと犬歯を見せて笑い返していた。



 アベルさんの”今から少しだけ特訓を……”に乗り気なヒビキをなんとか抱き込んで回避に成功。


 出立前日ぐらい、のんびりしようと説き伏せて、温泉でまったりしつつ時間を潰す。

 この温泉で、色んな事があったよなぁ……。


 捕食されかけて、世界樹のしずくを飲ませて貰って……。あれ? 私しずく飲んだよね。


「ヒビキさんは、良く特訓に付いてきましたね」


 同じく脳内回想をしていたらしいアベルさんが、ポツリと云う声が聞こえる。


「そうですね。もう、仲間をあんな目に遭わせたくないですから」

「守りたい気持ちが明白な程、上達は早まりますからね」


「はい。……って、あれ?」

「どうしました?」


「オカンが捕食された時、『世界樹のしずく』飲ませたでしょ?」

「ええ」


「『世界樹のしずく』って、欠損含めた傷すら治せるんですよね?」

「そう云われてますね」


「じゃあ、なんでまだオカンって足引きずって歩いてるんでしょう……?」

「生まれつき持っている障害はしずくでも治せない……と聞いた事がありますよ」


「万能ではないんですね……」

「そうですね」


 さすが親子というべきか。

 同じタイミングで同じ事を考えていたのに、少し嬉しく思いつつも……。


 私の足が、先天的に持つもの……と認定されているというなら。

 あちらの世界での私の肉体をベースに、この猫の体が作られている……って事になるのかな……?


 だめだ、こんがらがってきた。

 余計な事を考えると失敗する性質なのは自覚している。


 私はこのままヒビキの成長を見守る事に尽力しよう……。


 おそらく、こちらの世界に来て初めての、ただただダラダラするだけの時間を堪能する。


 食べて、飲んで、お風呂浸かって、おしゃべりして。

 うん。たまにはこういう日も必要だよね。


 町へ戻る時間を計算して、そろそろ移動する事になった。

 

 この温泉もかなり気に入ってたので、今日でしばらく入り治めかと思うと名残惜しいけれど。


 『灼熱のフライパン』はあるし、私の土魔法と水魔法は、首輪の魔力を増幅する石のお蔭で、かなり楽に使えるようになっている。

 道中の食事はカイ君に任せて、私はお風呂担当になろうかな。


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