96.結婚式を盛り上げよう!
高い所から見たキプロスの町は、赤い切妻屋根で統一された家が整然と並んでいて、なかなに壮観だ。
晴れ渡る空には土星のような輪っかがかかった惑星が、淡いオレンジの光を放ちながら、悠然と浮かび。
丸く囲まれている城壁の向こうには、頂上付近に雪が積もっているのか、白くお化粧された山脈が続いている。
綺麗なんだよ?
絶景なんだよ?
でも、はーやーくーおーりーたーいー!!
私は今教会の塔の円錐状に突起した屋根に、アベルさんの土魔法で縫いとめられた、籐のカゴのなかにいる。……しかも一人で!!
ヒビキ達は、タローさんとハナコさんの結婚式に参列している。
早くでて来ないかなー……。
そして私をこのカゴから出してえぇえええ。
一人ぼっちで高い所ってこんなに怖いと思わなかったよ。
なぜ私がこんな所に放置されているのかと言うと。
数日前の結婚式の打ち合わせ時に、ハナコさんが持ってきてくれたオレンジジュースを、シャーベットにして出して驚かれた事が原因。
「水魔法って、こんな事もできるの?!」
と、ビックリしすぎたハナコさんが、椅子から立ち上がって声を上げた所から始まる。
「氷にしたり……雷にする事も可能ですよ」
アベルさんの解説を聞いたハナコさんが、頬を染めて
「雪を降らせて欲しい」
と云ったのだ。
幼い頃に寝物語で雪の存在を知ったものの、比較的温暖なこの大陸では、めったに降る事がないらしく。
大陸の周りをグルリと囲む山脈を登れば、見れなくもないが、一介の宿屋の娘が、標高高い山脈に登る機会がある筈も無い訳で。
一度で良いから見てみたいと思っていたそうだ。
翌日、かしまし娘達のお洋服を購入した後、いつもの修行場へ行って、水魔法で雪を出す実験をしたのだが。
アベルさんでは、持っている魔力が強すぎて、どうしても氷になってしまう。
私はといえば、全力で水を冷やしても、せいぜいが霜。
せっかくの結婚式で、当たると痛い雹を降らす訳にもいかないよねぇと、かあちゃん頑張ったのだ。
霜になった水をもう少しだけ固めるイメージを付けたら、粉雪を降らせる事に成功した……という訳で。
みんなが教会から出てきたタイミングで、雪を降らせる手筈になっているので、一人こんなところで出待ちをしている、という訳なのだ。
◆
「オカン、お待たせ。みんなもうじき出てくるわよ」
伝達係のピーちゃんが、一足先に抜け出して知らせてくれたのを合図に、練習通り雪を降らせる。
教会を中心として、半径50メートル程度の範囲しか降らせる事は出来ないが、結婚式の出し物なのだから、かえってちょうど良いかもしれない。
……町中に降らせちゃうと、ちょっとしたパニックが起きそうだしね。
扉を開けて出てきた皆さんが、びっくりしつつも喜んでくれている歓声が聞こえてきた。
「オカーン!! ありがとー!!!」
ドレス姿のハナコさんが、ブーケを持った腕をぶんぶんと振りながら、声を張り上げてくれている。
ハナコさん……。新婦さんなんだから、今日ぐらいおしとやかにしようよ……と、少し思わなくもないけれど、喜んでくれているので、良しとしよう。
ブーケトスが終わると、雪の出番も終わり。
この後は教会脇にある小さな広場で、立食形式の食事会となる。
アベルさんが迎えに来て、屋根に縫い付けていたカゴを取り外して空間収納に入れて、私を抱えて降ろしてくれた。
はー……。怖かった。
やっぱ地面好きだわー……。
自力で飛べるようになったら、高い所も平気になるのかなぁ……。
「じゃあ、オカン。僕達はこの後花火を上げるので、少し離れますが大丈夫ですか?」
「にゃう!」
私を地面に降ろしてくれたアベルさんに、ドンと胸を叩いて大丈夫と意思表示する。
柔らかく微笑んだアベルさんは、私の頭をひと撫ですると、手筈通りヒビキと教会の屋根に飛び戻っていった。
横一列に並べたテーブルの上に、ハナコさん一家力作のお料理が置かれている。
参列者の方々からの、ご祝儀替わりのお祝いのお料理も並んでいるので、とても豪華だ。
ヒビキがお祝いにと渡した”妖精のキノコ”は、一粒でお腹が膨れてしまうので、”引き出物”として渡す事になった。
テーブルの向こう側に並んだ新郎新婦の挨拶が終わると……
ドーーーーン!!
ヒビキとアベルさんの花火の打ち上げが始まった。
「すごい! 花火ぃいいい!!」
わっと、歓声があがる。
王都ではわりとメジャーな魔法だが、田舎町では存在は知っていても、実際に見た者は少ないらしい。
夜空じゃないのが少し残念だけど、魔法で打ち出す花火は色味がはっきりしているので、これはこれでなかなかオツなものだ。
青空に花咲く色とりどりの花火を眺めていると、私を見つけたカイ君が駆け寄ってきてくれた。
「オカン、さっきの雪すごい面白かった! 口の中でしゅわ! ってなったよ!」
カイ君ってば、雪が降ると空に向かって口をあけるタイプのお子様だったのね……。
ヒビキとアベルさんの打ち上げる花火を見ながら、豪華な食事に舌鼓を打ちつつ、なごやかに談笑する穏やかな時間が流れていった。
余興は大成功、って事で大丈夫そうだ。




