92.ルフェさんの出生の秘密
ルフェさんの工房は、入口を入ってすぐに、食事をとるテーブルや椅子が置かれたダイニングがある。
その奥には、台所兼貯蔵庫と地下へ行く階段があった。
階段を下りたら、突き当りは壁で、左右に扉がある。
右側の扉の隙間からは、むわりとした熱気が漂ってきていた。
「こっち側が工房な。炉につながってるから暑いぞ。お前らみたいなのが入ったら、1時間と持たずにドライアップするからな。入るなよ」
ちろりとカイ君に視線を向けながら、説明してくれるルフェさん。
「も、もう入らないってば!!」
即座に反応したカイ君。
……どうやら、入るなと云われれば入りたくなる習性らしきカイ君は、好奇心に負けて入っちゃった事があるようだ。
「カイでもドライアップしたの?」
「おう。やばいぞ、こっちの部屋。面白いもンばっかあるから、夢中で見てたら頭真っ白なるンだ」
脱水症状による……意識混濁……かな。
そうとう暑い部屋らしい……。
そんな部屋の中でも、鍛冶仕事が出来るって、やっぱりドワーフだよなぁ。
……ずんぐりむっくりなもじゃもじゃじゃないけど……。
「なぜルフェさんは平気なのですか?」
「そりゃ、俺がドワーフ……の血が半分……いや三分の一? 入ってるからだよ」
「「「「「えええええええ!!!」」」」」
「ま、詳しい話はこん中でするから、入れ」
左側の部屋の鍵を開けたルフェさんが、中へ誘ってくれる。
ルフェさんが、入口扉の壁に掛かっていたランプに手をかざすと光が灯った。
すると、奥へと等間隔で続くランプに、次々に光が灯っていく。
銀青に光るランプの光を受けて、幻想的な雰囲気に包まれた。
石の床に石の壁、というシンプルさも手伝って、どこか別の空間にはいったような気持ちにすらなる。
天井は鍾乳石が垂れ下がっているので、天然の洞窟に手を入れてあるのかな……?
ゆるやかに下降する石の床をたどり、奥へと進む。
だんだんと天然の洞窟ぽさが増してゆく通路を進みながら、ルフェさんが話の続きをしてくれた。
「ドワーフとエルフの仲が悪いのは知ってるか?」
「知ってる~」
返答しにくい内容に皆が言い淀むなか、物怖じしないカイ君が口火を切ってくれた。
「あれな。俺の祖父と祖母が原因なんだ」
◆
まだ世界樹が失われてなかった頃。
この大陸は、人間が治める4つの王国が支配していたらしい。
好戦的な王たちは、それぞれが他国に攻め入り、自国の領土を広げようと、まさに戦国時代だったそうな。
ドワーフやエルフ、妖精などは、一部の人間と交友関係は結んではいたものの、戦争に参加する事はなく、森や岩山、地下などでひっそりと生活していたらしい。
当時から、人間嫌い……というよりも他種族の介入を嫌っていたエルフはともかく、鍛冶を生業とし、作り上げたモノを使われる事を至福とするドワーフ族は、人里に居を構える者も、わりと多くいた。
ただ、戦争が始まると、どうしても武器・防具の生産に追われる。
さらに、他国の間者からは、工房を破壊すればそれらの生産もできまいと、狙われる事もあり……。
ルフェさんのお祖父さんも、他国の間者から襲撃を受けて大怪我を負い、命からがら逃げた先が、エルフの森だった、と。
当時はまだ他種族の侵入防止の結界ではなく、道に迷わせる幻覚がかけられていた森で、行き倒れたお祖父さんを。
他種族と会ってみたい願望をもつ、”すこし変わった娘”と云われていたお祖母さんが見つけて。
介抱する内、恋に落ち。
種族が違うからと、猛烈に反対するエルフの長の言葉を振り切って、エルフの里を出た二人は。
西の岩山側の、エルフの森のはずれで居を構え、慎ましく過ごしていたらしい。
ほどなくして、世界樹が竜のブレスで焼かれて消滅し、魔素が広がった事により、魔素病で人口が激減。
魔素が寄り付きにくい岩山に城を構えていた――現在残っている大陸東にある王国――のみが国としての機能を残していた為、奇しくも大陸を統一する事に成功。
そして、最初の勇者が世界を救った頃……。
お祖母さんの妊娠が判明したらしい。
種族の違う赤子が、無事に生まれる確率は低い。
さらに、育ち方の予測がつかない。
ルフェさんのお祖母さんは、実に数百年もの間、妊娠期間が続いた……と。
二番目の勇者が世界を救った頃、やっと男児を産み落とすも、長く続いた妊娠期間のせいか……それとも、種族の違う血のせいか。
その命と引き換えの出産となってしまったそうだ。
同胞の妊娠には、エルフの長の怒りも若干弱まっており、なにくれとなく様子見をしてくれた上、生活面で数多の救いの手を伸ばされていたが……。
お祖母さんの死へのやり場の無い悲しみは、すべてお祖父さんへの怒りとなって向けられる事となる。
ドワーフの癖に、エルフを誑かしたからだ。お前さえ居なければと罵られ続けて、居た堪れなくなったお祖父さんは、森を出て流離い、キプロスの町へ流れ着いたらしい。
「ドワーフの里へは行かなかったんですか?」
「祖父さんだけなら受け入れる気があったらしいけどな。エルフが混ざった子供は、向こうへ置いてこいって言われたんだとよ」
洞窟の最奥。銀の飾り枠が付いた豪奢な扉の前で、ルフェさんが立ち止まる。
「どういう経緯かは知らねぇんだけどな。町へ流れ着くまでの道中で、美の女神様に導かれたらしいんだよ」
虹色に光る不思議な鍵を差し込んで、開かれた扉の先には……。
碧色の地底湖が広がっていた。




