90.輪ゴム弾かれたのって、当たると地味に痛いよね
長さ1メートル程に輪切りにした木を、さらに縦に四等分していくヒビキとアベルさん。
カイ君が、山積みされていく木片を、二人の空間収納へ運び入れていく。
ヒビキと旅に出られるのが、相当嬉しいのだろう。
鼻歌混じりで、精力的に動いている。
「カイ、楽しそうだね」
「だって、あと数日もすれば『動物使い』様なヒビキと旅ができるンだぜ?!」
「俺との旅って、そんな良いものでもないからね?」
「ばっかヒビキ! 『動物使い』様じゃなくても、ヒビキとの旅だから楽しみなンだからな!」
「……ありがと」
木片にする手の動きが、若干早く力強くなるヒビキ。
にまにましながらお仕事頑張る男子も、可愛いもんだ。
一緒に旅をするなら、『動物使い』ではなくて『生き物使い』だというのも、タイミングを見て伝える必要があるかもしれないなぁ。
後々知った時に、「騙された!」と云うタイプではなさそうだけれど、仲間として扱うなら隠し事はタブーだろうしね。
二人を、保護者的な温かい目で見ていたアベルさんが、「カイ君は、コボルト族なんですよね?」と云った。
「そうだよ~」
「では……魔法は使えないのですよね?」
「うン。使えないねぇ~。でも、すばしこいし、腕力はあるから、役に立てるよ」
どうやら、一緒に旅をする事に駄目出しをされると思ったらしく。
俺による俺の為の良い所アピールが始まった。
「体力もあるし! あと、割と料理も得意だし、遠くの匂いと音もわかる!」
ルフェさんの体臭は平気そうだったので、嗅覚がするどいってのは怪しい気がするぞ、カイ君?
「文字読めるし字も書けるよ! 計算も……時々できる!」
計算って、時々できたり出来なかったりするものだったっけ……?
カイ君が、盛大な勘違いをしていると気付いたアベルさんが、軽く首を振り否定する。
「一緒に旅に出るのを止める気はないですよ」
「なぁンだぁ! 焦ったぜ!」
「ただ……。ヒビキと旅をするのなら、身を守る術か……戦う手段は持っているのかなと、思ったのですよ」
「戦うのは苦手だけど、逃げるのは得意だぜ! 何回かケンカ吹っかけられた事あるけど、一発も貰った事ないもン!」
「……そうですか。それなら良いです。手を止めてすみませんでした。さ、続きをしましょう」
「おう!」
二人のやり取りを、心配そうに見ていたヒビキも、作業に戻る。
再び同じ作業を繰り返し、思い出し笑顔になりがなら、カイ君が鼻歌を歌い始めた矢先。
ばちん!
ぺちん!
弾いた輪ゴムが当たったような音がして。
「痛ってええぇぇぇえ!!」
カイ君が、後頭部を押さえながらアベルさんに振り向いた。
「5個の内2つ当たりましたね」
「何投げたン? なンか地味に痛いンだけど!!」
にやりと笑ったアベルさんが、ビー玉程度の水球を、空中に10個ほど発生させる。
「さて、次はいくつ避けれるかな?」
云うや否や、カイ君に向けて飛ばした。
ばちん!
べちべち!
ばちん!!
「痛って! 痛っ!」
「ほう……。この距離で、10個中6個避けられるとは、なかなかの素早さですね」
「そんないっぺンに投げられたら、そりゃ当たるって!」
「ヒビキは死角から投げられても、反応できますよ」
「うえ! ヒビキ本当か? ヒビキ本当か?」
にやりと口の端を上げて、立てた親指をカイ君に向けるヒビキ。
ヒビキの場合、飛んでくる何かに気付きさえすれば、結界魔法で防ぐ事ができるので、すべて体捌きで避ける必要があるカイ君とは、そもそもの難易度が違う気はするけれど。
訓練の合間から休憩中に至るまで、視覚外から飛んでくる水の球には、ヒビキも相当回数「痛い!」と叫ぶハメになっていたっけ。
「それ、地味に痛いよね」
「これ、絶対赤くなってるやつだよな!」
「大丈夫ですよ。オカンが治してくれますから」
おぅ。まかせておくれ~。
「これ、なンか意味あンの?」
「旅をするなら、突然の攻撃に備える事は大切ですよ」
「なるほどぉ~」
「ルフェさんの所のお仕事が終わったら、旅に出るまでの間、カイ君も訓練に参加しますか?」
「する! するする! ヒビキが出来るンなら、俺も出来るようになる!」
「良い心がけです。では、作業に戻りましょう」
アベルさんが突然飛ばす水球は、数こそ2、3個ずつになったものの。
カイ君の緊張が薄くなった頃に、気付きにくそうな角度から、ひゅんと飛ばすものだから、あっと言う間にずぶ濡れにされていた。
頑張れ。カイ君。
『世界樹のしずく』持ちのヒビキと旅をすると、やっかい事がスキップで駆けつけてくるからね。
咄嗟の回避法は1つでも多く身に着けててくれると、安心だもの。
カイ君が特訓に参加してくれると、私への特訓が軽減されるかなーと思ったのは内緒だ。




