88.ヒビキ、木を切る。
「これは……大丈夫なのか?」
「「だいじょーぶ、だいじょーぶ」」
猫耳娘達の、あきらかに大丈夫そうでは無い返事に。
両手をそれぞれ娘達とつないだルフェさんが、首だけ振り向いてヒビキに声をかける。
「なぁ、やっぱりヒビキが送ってってくれよ」
「ンもう! ルフェさんワタシ達を信じてくれないの?」
「大丈夫だってば!」
可愛らしい四つの瞳に睨まれている。
娘っ子達への装備品の製作に、ヒビキの指輪の打ち直しが追加された事も加わったので、確保している薪だけでは全然足りないとの事なので。
本来生木では薪として役に立たないのだが、ここには風と火を使える魔法使いが二人も居る。
伐採してすぐであっても、魔法を使って乾燥させると、ちょうどよい薪が作れるのだそうな。
冬場に各家庭で使うソレと違って、武具を作る為に使う薪の乾き具合は、微妙な差異があるらしく。
ルフェさんか、買い出し係のカイ君でないと判らない。
ルフェさんは一足先に戻って炉を暖めたい。
削除法で、ルフェさんを送っていくのは、娘っ子達が担当する事になったのだ。
「スマン。信じてない訳では無いんだ」
「「ンじゃ、しゅっぱーつ!!」」
「うわぁあああぁあああ!!」
おー、浮いた浮いた。
「やっぱり大丈夫じゃなかったあぁぁああ!!」
ルフェさんの声が遠ざかってゆく。
うん、頑張れルフェさん。
結界魔法も風魔法も使えない猫っ子達は、ダンジョン産のアイテム『飛翔の靴』のお蔭で、飛べはする。
だが、本当の意味で『飛ぶ』だけなので。
ヒビキやアベルさんのように、(風魔法や結界を使って)一緒に飛ぶ人の浮き具合を、安定させては貰えないのだ。
命綱もなく空中でぶら下がるのって、すんごい怖いだろうなぁ……。
嗚呼、にやにやが止まらない。
ルフェさんの情けない声を聞けたので、溺れさせられかけた溜飲も下がろうと言うものよ。
◆
犬と同じぐらい敏感な嗅覚をもつカイ君は、ルフェさんの火酒の臭いと、私の電撃のダブルパンチを喰らって伸びていたのだが。
妖精の王様の粉を溶かした水を飲ませたら、すぐに回復してくれた。
「っは~。あのお酒、これからしばらく嗅ぐ事になるのかぁ……。俺毎日こンなンなるの?」
回復して早々ぼやき始めたけれど。
ごめん、カイ君。たぶん8割電撃のせいだ。
「き……きっと、その内慣れるよ」
「そうですね」
「え~。ホントにぃ~? そンならいいか~」
お茶を濁すヒビキとアベルさんに、速攻で丸め込まれているカイ君。
純粋なんだろうけど、『賭博の街』で身ぐるみ剥がされる前も、よく無事で生きてきたなと心配になる。
一時保護してた犬のカイと似てるからか、なんか他人って感じしないんだよなぁ。
タローさんのお店で、ヒビキが食器を2人分ずつ買ってたのは、カイ君の分なんじゃないかなぁと、密かに思ってるんだよね。
「さて。そろそろ始めましょうか」
「はい」
「はーい」
アベルさんの掛け声で、木の伐採が始まる。
「取り急ぎ一本切って乾燥させましょうか」
「じゃあ、そこそこ太い木の方がいいかな?」
「うん。この木だとたぶン一本で足りると思うぜー」
カイ君が選んでくれたのは、大人三人で抱えたぐらいの太さの木だ。
「ヒビキさん、ちょうど良いから風魔法の練習しましょうか」
「はい」
「木の根元の、同じ部分に風の刃を当てて下さい」
「はい」
ヒビキが、風魔法の付与された剣を振るう毎に、スパスパと小気味の良い音を立てて、木の幹に斬撃が刻まれていく。
寸分違わず……とまではいかないが、ほぼ同じ部位に入る斬撃に、ヒビキの訓練の成果がはっきりと見て取れる。
この場所で、私が襲われた日から始まったヒビキの訓練は。
アベルさんから、「僕の知る魔法使いの訓練法の中でも、五指にはいります」の言葉を引き出す程に、厳しいものだった。
一つできる事が増えると、すぐに難易度を増した新たな課題が追加される。
それを、粛々と受け入れ続けていたヒビキ。
私は、ずっと泣きそうだった。
厳しすぎるんじゃないかと思う訓練内容にも、泣き言一つこぼす事も無く。
極度に疲弊してぶっ倒れても、起きたらすぐ再開する姿に。
そこまでしなくてもと、何度も止めそうになっていた。
あの日、
『ヒビキが剣を構えてなければ、オカンが噛まれる事は無かった』
と云い切ったアベルさんの言葉が、心に深い楔となっているらしく……。
夜中に「オカンごめん」と、毎晩何度もうなされるようになっていた。
ドオオォォォオン
何度目かの斬撃を与えた後、木が向こう側へ轟音を響かせて倒れる。
アベルさんに何か云われたヒビキが、「ほんとですか?! やったぁ!」と歓喜の声を上げている。
喜ぶ顔が……。
うなされて目が覚めたヒビキと目があった時に、
「絶対守れるようになるからね」
と、うっすらと涙がにじむ瞳で微笑んでくれた顔と重なる。
すごいね。
たった十日程度で、あんな太い木を一人で切れるようになったんだね。
「おかーん! アベルさんから『これならもう大丈夫!』って云って貰ったよ!」
駆け寄ってきたヒビキが、私を抱き上げながら心底嬉しそうに報告してくれる。
ヒビキの頬を両手でつかみ、おでこ同士をくっ付ける。
「にゃう~~~」
母ちゃん、猫の中から見てたよ。
ほんとに良く頑張ったね。




