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88.ヒビキ、木を切る。

「これは……大丈夫なのか?」

「「だいじょーぶ、だいじょーぶ」」


 猫耳娘達の、あきらかに大丈夫そうでは無い返事に。

 両手をそれぞれ娘達とつないだルフェさんが、首だけ振り向いてヒビキに声をかける。


「なぁ、やっぱりヒビキが送ってってくれよ」


「ンもう! ルフェさんワタシ達を信じてくれないの?」

「大丈夫だってば!」


 可愛らしい四つの瞳に睨まれている。



 娘っ子達への装備品の製作に、ヒビキの指輪の打ち直しが追加された事も加わったので、確保している薪だけでは全然足りないとの事なので。


 本来生木では薪として役に立たないのだが、ここには風と火を使える魔法使いが二人も居る。

 伐採してすぐであっても、魔法を使って乾燥させると、ちょうどよい薪が作れるのだそうな。


 冬場に各家庭で使うソレと違って、武具を作る為に使う薪の乾き具合は、微妙な差異があるらしく。


 ルフェさんか、買い出し係のカイ君でないと判らない。

 ルフェさんは一足先に戻って炉を暖めたい。


 削除法で、ルフェさんを送っていくのは、娘っ子達が担当する事になったのだ。


「スマン。信じてない訳では無いんだ」

「「ンじゃ、しゅっぱーつ!!」」

「うわぁあああぁあああ!!」


 おー、浮いた浮いた。


「やっぱり大丈夫じゃなかったあぁぁああ!!」


 ルフェさんの声が遠ざかってゆく。

 うん、頑張れルフェさん。


 結界魔法も風魔法も使えない猫っ子達は、ダンジョン産のアイテム『飛翔の靴』のお蔭で、飛べはする。

 だが、本当の意味で『飛ぶ』だけなので。


 ヒビキやアベルさんのように、(風魔法や結界を使って)一緒に飛ぶ人の浮き具合を、安定させては貰えないのだ。


 命綱もなく空中でぶら下がるのって、すんごい怖いだろうなぁ……。


 嗚呼、にやにやが止まらない。

 ルフェさんの情けない声を聞けたので、溺れさせられかけた溜飲も下がろうと言うものよ。



 犬と同じぐらい敏感な嗅覚をもつカイ君は、ルフェさんの火酒の臭いと、私の電撃のダブルパンチを喰らって伸びていたのだが。

 妖精の王様の粉を溶かした水を飲ませたら、すぐに回復してくれた。


「っは~。あのお酒、これからしばらく嗅ぐ事になるのかぁ……。俺毎日こンなンなるの?」


 回復して早々ぼやき始めたけれど。

 ごめん、カイ君。たぶん8割電撃のせいだ。


「き……きっと、その内慣れるよ」

「そうですね」


「え~。ホントにぃ~? そンならいいか~」


 お茶を濁すヒビキとアベルさんに、速攻で丸め込まれているカイ君。

 純粋なんだろうけど、『賭博の街』で身ぐるみ剥がされる前も、よく無事で生きてきたなと心配になる。

 

 一時保護してた犬のカイと似てるからか、なんか他人って感じしないんだよなぁ。

 タローさんのお店で、ヒビキが食器を2人分ずつ買ってたのは、カイ君の分なんじゃないかなぁと、密かに思ってるんだよね。


「さて。そろそろ始めましょうか」

「はい」

「はーい」


 アベルさんの掛け声で、木の伐採が始まる。


「取り急ぎ一本切って乾燥させましょうか」

「じゃあ、そこそこ太い木の方がいいかな?」

「うん。この木だとたぶン一本で足りると思うぜー」


 カイ君が選んでくれたのは、大人三人で抱えたぐらいの太さの木だ。


「ヒビキさん、ちょうど良いから風魔法の練習しましょうか」

「はい」


「木の根元の、同じ部分に風の刃を当てて下さい」

「はい」


 ヒビキが、風魔法の付与された剣を振るう毎に、スパスパと小気味の良い音を立てて、木の幹に斬撃が刻まれていく。


 寸分違わず……とまではいかないが、ほぼ同じ部位に入る斬撃に、ヒビキの訓練の成果がはっきりと見て取れる。



 この場所で、私が襲われた日から始まったヒビキの訓練は。

 アベルさんから、「僕の知る魔法使いの訓練法の中でも、五指にはいります」の言葉を引き出す程に、厳しいものだった。


 一つできる事が増えると、すぐに難易度を増した新たな課題が追加される。

 それを、粛々と受け入れ続けていたヒビキ。 


 私は、ずっと泣きそうだった。

 厳しすぎるんじゃないかと思う訓練内容にも、泣き言一つこぼす事も無く。


 極度に疲弊してぶっ倒れても、起きたらすぐ再開する姿に。

 そこまでしなくてもと、何度も止めそうになっていた。



 あの日、


『ヒビキが剣を構えてなければ、オカンが噛まれる事は無かった』

 

 と云い切ったアベルさんの言葉が、心に深い楔となっているらしく……。


 夜中に「オカンごめん」と、毎晩何度もうなされるようになっていた。


 

ドオオォォォオン


 何度目かの斬撃を与えた後、木が向こう側へ轟音を響かせて倒れる。


 アベルさんに何か云われたヒビキが、「ほんとですか?! やったぁ!」と歓喜の声を上げている。


 喜ぶ顔が……。


 うなされて目が覚めたヒビキと目があった時に、


「絶対守れるようになるからね」


 と、うっすらと涙がにじむ瞳で微笑んでくれた顔と重なる。


 すごいね。

 たった十日程度で、あんな太い木を一人で切れるようになったんだね。

 

「おかーん! アベルさんから『これならもう大丈夫!』って云って貰ったよ!」


 駆け寄ってきたヒビキが、私を抱き上げながら心底嬉しそうに報告してくれる。

 


 ヒビキの頬を両手でつかみ、おでこ同士をくっ付ける。


「にゃう~~~」


 母ちゃん、猫の中(ここ)から見てたよ。

 ほんとに良く頑張ったね。




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