86.まっ昼間から入る温泉って最高だよね
「火酒じゃねぇか。アイツ……なかなか判ってるな」
一斗瓶のラベルを見たルフェさんが、上機嫌になっている。
「で、何を作って欲しいんだ?」
ヒビキが、小指に嵌めていた指輪を抜き、ルフェさんに渡そうとして……ビクリと停止した。
女神さま、またなんか云ってきたのかな?
「えっと……。この指輪の小さい方の石を使って、ミアちゃんとソラちゃんの装飾品を、作って頂きたいのですが……」
「どうした?」
「真ん中の石には、美の女神様が宿ってるんですけどね?」
「うん?」
「……」
天井を仰ぎみて、オブラートに包む言葉を探している様子のヒビキ。
「なんだ。はっきりしない奴だな。怒ったりしないから、さっさと云え」
「妾に触れたければ、まず小奇麗にしろ……と、云ってます」
◆
さばー、さばーとかかり湯の音がやまない男湯から、声がする。
「ヒビキ―。全然泡たたないンだけどー」
「一旦流して、もう一回洗ってみたら?」
「げぇ~。面倒くせぇ~」
「頑張れー」
「ヒビキ、もっとしっかり力をいれてくれ」
「あ、はい」
「アベル、も一回お湯かけてくれ」
「はい。なかなか透明になりませんね」
どこまでが毛皮か判らないけど、顔やら腕やら見える範囲のすべてが毛皮のカイ君は、どうやら二度洗いが必要な汚れ具合だったらしく。
ルフェさんの背中を擦らされているらしきヒビキは、力加減について色々と注文を受けているようだ。
アベルさんは……、ルフェさんの洗髪のお手伝いかな?
ってか、頭と体、一度に洗ってるって事かしら。
……どんだけ面倒くさがりなんだ……。
「お昼間から入る温泉って最高~」
「おか~ん、シャーベットジュース作って~」
「にゃうにゃう」
「あ、オカン、私も~」
なんだか色々大変そうな男湯に対して、女湯は、まったりのんびり温泉を楽しんでいる。
女神様から駄目出しを喰らった後、面倒くさがるルフェさんと、嫌がるカイ君をなんとか説き伏せて、いつもの修行場兼露天風呂に連れてきたのだ。
「今日は修行なしかな?」
「ないといいねぇ」
「私はどっちでもいいけど」
……そりゃピーちゃんは、一度も修行に巻き込まれてないもんねぇ。
娘っ子達が、じとっとした視線をピーちゃんに送る。
視線を受けたピーちゃんは、ケラケラと笑って「逃げるの上手くなったんだからいいじゃん」と嘯いた。
「オカーン! ちょっと来て―!」
男湯からヒビキが私を呼ぶ声がする。
……え。やだよ。男湯なんて。
「オカーン! 出してくれ~」
ルフェさんの声もする。
……なにを出せと? もしかして猫の手? なにがそんなに忙しいの?
「オカン、すみません。僕だと固いのしかでなくて」
固い……? アベルさんが出すと固くて私が必要……って、あれか。霜柱か。
さては、ルフェさんお酒をシャーベット状にして飲もうとしてるな。
「「「オカーン!!!」」」
王様の角の粉末入りのお湯は、幸い濁っているし、まぁ大丈夫か……な?
ぱっと行って霜柱だして、さっと戻ってくればいいか。
「にゃ~う」
むさくるしい男湯に向かうと。
湯船に浸かり、すっかり出来上がっているルフェさんが、コップを差し出して来た。
ちょっと! ヒビキまで顔赤いよ?!
飲まされたの?!
「オカン~、すみませ~ん。霜柱出して下さい~」
これまた赤い顔をして、左右に頭を揺らしているアベルさんが、声を掛けてきた。
貴方もか!!
「えへへへへ。なぁンかぁ~回ってるぅ~」
湯船からだらしなく上半身を出して、うつ伏せで寝そべるカイ君が、ほとんど回っていないロレツで独り言ちている。
かかり湯の音しなくなってから、まだそんなに時間経ってないよね?
なんでこんな皆して出来上がってるの?!
「オカン? なんか怒ってるみたいだけど、ルフェさん以外飲んでないからね?」
口調は意外としっかりしているものの……。
ぷわぷわと漂う酒気。
もしかして、きみたちお酒の臭いで酔いかけてるの??
「火酒はな。火トカゲの尻尾を浸けこんで造ってるんだ。巨人の酒の次に強い酒なんだよ」
聞いても無いのにルフェさんが解説してくれたけど。
漂うお酒の臭いで、私まで気持ち悪くなってきた気がするので。
ここは早めに退散するが吉と、ルフェさんの差し出すコップに、霜柱を二つ放り込んで踵を返すも。
「お前さんも入ってけ~」
と云ったルフェさんに、背中をむんずと掴まれて、そのままの勢いで湯船に沈められた!




