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86.まっ昼間から入る温泉って最高だよね

「火酒じゃねぇか。アイツ……なかなか判ってるな」


 一斗瓶のラベルを見たルフェさんが、上機嫌になっている。


「で、何を作って欲しいんだ?」


 ヒビキが、小指に嵌めていた指輪を抜き、ルフェさんに渡そうとして……ビクリと停止した。


 女神さま、またなんか云ってきたのかな?


「えっと……。この指輪の小さい方の石を使って、ミアちゃんとソラちゃんの装飾品を、作って頂きたいのですが……」


「どうした?」


「真ん中の石には、美の女神様が宿ってるんですけどね?」

「うん?」


「……」


 天井を仰ぎみて、オブラートに包む言葉を探している様子のヒビキ。


「なんだ。はっきりしない奴だな。怒ったりしないから、さっさと云え」


「妾に触れたければ、まず小奇麗にしろ……と、云ってます」



 さばー、さばーとかかり湯の音がやまない男湯から、声がする。


「ヒビキ―。全然泡たたないンだけどー」

「一旦流して、もう一回洗ってみたら?」

「げぇ~。面倒くせぇ~」

「頑張れー」


「ヒビキ、もっとしっかり力をいれてくれ」

「あ、はい」


「アベル、も一回お湯かけてくれ」

「はい。なかなか透明になりませんね」


 どこまでが毛皮か判らないけど、顔やら腕やら見える範囲のすべてが毛皮のカイ君は、どうやら二度洗いが必要な汚れ具合だったらしく。


 ルフェさんの背中を擦らされているらしきヒビキは、力加減について色々と注文を受けているようだ。

 アベルさんは……、ルフェさんの洗髪のお手伝いかな?


 ってか、頭と体、一度に洗ってるって事かしら。

 ……どんだけ面倒くさがりなんだ……。


「お昼間から入る温泉って最高~」

「おか~ん、シャーベットジュース作って~」


「にゃうにゃう」


「あ、オカン、私も~」


 なんだか色々大変そうな男湯に対して、女湯(こちら)は、まったりのんびり温泉を楽しんでいる。


 女神様から駄目出しを喰らった後、面倒くさがるルフェさんと、嫌がるカイ君をなんとか説き伏せて、いつもの修行場兼露天風呂に連れてきたのだ。


「今日は修行なしかな?」

「ないといいねぇ」

「私はどっちでもいいけど」


 ……そりゃピーちゃんは、一度も修行に巻き込まれてないもんねぇ。


 娘っ子達が、じとっとした視線をピーちゃんに送る。

 視線を受けたピーちゃんは、ケラケラと笑って「逃げるの上手くなったんだからいいじゃん」と嘯いた。

 

「オカーン! ちょっと来て―!」


 男湯からヒビキが私を呼ぶ声がする。


 ……え。やだよ。男湯なんて。


「オカーン! 出してくれ~」


 ルフェさんの声もする。


 ……なにを出せと? もしかして猫の手? なにがそんなに忙しいの?


「オカン、すみません。僕だと固いのしかでなくて」


 固い……? アベルさんが出すと固くて私が必要……って、あれか。霜柱か。

 さては、ルフェさんお酒をシャーベット状にして飲もうとしてるな。


「「「オカーン!!!」」」


 王様の角の粉末入りのお湯は、幸い濁っているし、まぁ大丈夫か……な?

 ぱっと行って霜柱だして、さっと戻ってくればいいか。


「にゃ~う」


 むさくるしい男湯に向かうと。

 湯船に浸かり、すっかり出来上がっているルフェさんが、コップを差し出して来た。


 ちょっと! ヒビキまで顔赤いよ?!

 飲まされたの?!


「オカン~、すみませ~ん。霜柱出して下さい~」


 これまた赤い顔をして、左右に頭を揺らしているアベルさんが、声を掛けてきた。

 貴方もか!!


「えへへへへ。なぁンかぁ~回ってるぅ~」


 湯船からだらしなく上半身を出して、うつ伏せで寝そべるカイ君が、ほとんど回っていないロレツで独り言ちている。


 かかり湯の音しなくなってから、まだそんなに時間経ってないよね?

 なんでこんな皆して出来上がってるの?!


「オカン? なんか怒ってるみたいだけど、ルフェさん以外飲んでないからね?」


 口調は意外としっかりしているものの……。


 ぷわぷわと漂う酒気。

 もしかして、きみたちお酒の臭いで酔いかけてるの??


「火酒はな。火トカゲの尻尾を浸けこんで造ってるんだ。巨人の酒の次に強い酒なんだよ」


 聞いても無いのにルフェさんが解説してくれたけど。

 

 漂うお酒の臭いで、私まで気持ち悪くなってきた気がするので。

 ここは早めに退散するが吉と、ルフェさんの差し出すコップに、霜柱を二つ放り込んで踵を返すも。


「お前さんも入ってけ~」


 と云ったルフェさんに、背中をむんずと掴まれて、そのままの勢いで湯船に沈められた!




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