8.君の名は
襟元に隠れていたピクシーが、モソモソと出てきて飛び上がり、ヒビキの顔の真ん前で停止する。
大きく息を吸い込むと、あきらかにわざと出したと思われる大声で、叫んだ。
「名前ッ!!!」
「え? ヒビキだけど……。こっちの白い猫が『オカン』」
突然の主語のない問いかけに、しどろもどろになりながら答えるヒビキ。
「そうじゃなくて! ワタシに名前を付けてみて!」
「え? 名前、俺がつけていいの?」
「いいから言ってるんでしょ! ほら、早く!」
ピクシーさんや……ヒビキの名づけセンスの無さを侮るなかれ……
どんな残念名前が飛び出してくるのかと、少しわくわくしながら見守る。
「早く! 早く!」
獲物を狙う肉食獣のような、ギラギラした瞳で急かすピクシーの勢いに、慌てまくったヒビキが口を開く。
「ピーちゃん!」
「はあぁぁぁぁ?! 何その安直な名前っ!」
真っ赤になってジタバタしながら、怒り狂うピーちゃんの姿が光り始めた。
「ちょっ! やだ! こんな安直な名前は嫌だぁぁぁぁ! やり直しを要求するぅぅぅ!」
完全に手遅れな望みを叫んでいる間にも、ピーちゃんから出てくる光は、どんどんと強さを増してゆき、3人そろって目を閉じた。
光が収まった事を確認して、そろりと目を開ける。
そこには、15センチぐらいの身長に成長したピーちゃんが浮かんでいた。
「すっごい。本当に成長してる!! 魔力も倍以上になってるじゃない! まさか本当に『生き物使い』が存在するなんて!」
一人興奮して捲し立てているいるピーちゃんを、ヒビキと二人で首をかしげながら見つめる。
「まさか、アンタ達何にも知らないの?」
半眼になって睨んでくるピーちゃんに、ヒビキと二人、こくこくと頭を縦に動かした。
◆
この世界の人間は、15歳になると神様から『職業』が与えられるらしい。
数ある職業のなかには『魔物使い』『死霊使い』『動物使い』という職業があり、持っている職業に該当する生き物は、使役する事ができるそうだ。
使役する方法は、戦闘してある程度弱らせた後に、使役魔法を発動するだけなのだが、成功率は、魔力や使役魔法の熟練度によってかわるらしい。
対して、『生き物使い』はすべての生き物に名前を付ける事だけで使役できる、いわゆる『使役系で最上位の職業』だという。
さらに『生き物使い』は、使役した生き物に、使役者自身の持つ魔力の量によって、種そのものの進化や、まったく別の新たな力を与える事もあるらしく、一部の名を持たない生き物たちからは、絶大な人気を持つそうな。
ただし、最上位の職業とはいえ、もともと名を持つ生き物には使役できないとか、視線が合った状態でないと成功しないなどの制約はあるらしい。
「え? 使役って、ピーちゃんが俺に従属されたって事?」
オロオロと問いかけるヒビキに、ピーちゃんはニヤリと答える。
「あ、それは大丈夫。名づけによる使役の時には、頭の中で制約事項を思い浮かべながらでないと、完全に従属させる事はないのよ。さっき、ヒビキってば慌てまくってたから、名前の事しか考えてなかったでしょ?」
そのための急かし攻撃だったのか!
つまりこのピーちゃんは、何の束縛もない状態で、パワーアップだけ手に入れた事になる。
……なんという知恵のまわる俺様……
「まぁ、『名づけしてもらった人には攻撃できない』って制約だけ、最初からあるから安心してね。」
よほど成長した事がうれしいのか、高速で飛び回りながらはしゃぐピーちゃん。
「従えたい訳じゃないから、それで良いんだけど……。なんか釈然としない……」
遠い目をしながらヒビキが呟いた。
初めてコメントを頂けて、狂喜乱舞しながら、本日3度目の投稿です。
手さぐりで綴っておりますので、お気軽に感想や改善点・誤字などお知らせ頂けると、うれしいです。